２０　何程制度方法を諭ずる共、其人に非ざれば行はれ難し。人有りて後方法の行はるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其人に成るの心懸け肝要なり。

（どんなに制度や方法を議論しても、そこの現場に当たる人が立派でなければ話にならない。適任者があって、その方法が実際に行われるものであるから、人こそ第一の宝であって、自分もそういうのに適した立派な人間になる心がけが必要なことである）― 渡部昇一『「南洲翁遺訓」を読む』（致知出版社）、pp. 146f

　「十八史略」に、人が第一であることを言った一節がある。

威王、魏の惠王と郊に會田す。惠王曰く、齊に寶（たから）有るか、と。王日く、有ること無し、と。惠王日く、募人の國小なりと雖（いえど）も猶（なお）徑寸の珠（たま）、車の前後各々十二乘を照す者十枚有り、と。威王日く、寡人の賓は王と異なり。吾が臣に檀子（たんし）といふ者有り。南城を守らしむれば、楚（そ）敢（あえ）て寇（あだ）を泗上（しじょう）に爲（な）さず。十二諸侯皆來朝す。眄子（べんし）といふ者有り。高唐を守らしむれば、趙人（ちょうひと）敢（あえ）て東のかた河（か）に漁（ぎょ）せず。黔夫（きんぷ）といふ者有り。徐州を守らしむれば、則（すなわ）ち燕人（えんひと）北門（ほくもん）に祭り、趙人西門（せいもん）に祭る。種首（しょうしゅ）といふ者有り。盜賊に備へしむれば、道遺（お）ちたるを拾はず。此の四臣（ししん）は、將（まさ）に千里を照（てら）さんとす。豈（あに）特（ただ）に十二乘のみならんや、と。惠王、慙（は）づる色（いろ）有り。

（斉の威王は、ある時、魂の恵王と城外の地で会合して狩をした。その時、恵王が威王に向かって、「貴国には何か宝がありますか」といった。威王は、「何もありません」と答えた。すると恵王は、「拙者の国は小さな国ではありますが、それでも直径一寸ばかりの珠で、事の前後それぞれ１２台ずつ、合わせて２４台の距離を照らすものが１０個あります」といった。そこで威王は、「拙者の宝というのは、貴殿のとはいささか違っております。拙者の臣に檀子という者がおり、これに南城の地を守らせたところ、南隣りの楚は恐れて泗水のほとりに攻め入ろうといたしません。その上、１２の諸侯もみな来朝するようになりました。又眄子という者がおり、これに高唐の地を守らせたところ、西隣りの趙人は自国の東境の黄河へ出て魚を漁（と）ることをようしなくなりました。又黔夫という者がおり、これに徐州を守らせたところ、北隣りの燕人はわが北門へ来て祭りをし、西隣りの超人は西門へ来て祭りをし、（わが国から征伐されないよう禱（いの）ったということです。）また種首という者がおり、これに盗賊の取締まりをさせたところ、道に遺し物があっても拾わなくなりました。この４人の臣は、千里の遠いところまで照らすでありましょう。なんと、ただ車１２台を照らすくらいに止まりましょうか」といった。恵王は赤面した）（林秀一『新釈漢文大系２０十八史略上』（明治書院）巻１春秋戦國、pp. 94f）

　この話に感銘を受けたのが、伝教大師・最澄であった。

《珠が自ずから周囲をほのかに照らすような徳を養え。何も車１２乗を照らす必要はない。その徳を以て一隅を照らせ。これが国宝である。なるほど一人一隅を照らし、それが千人となれば千隅を照らす。これは遍照、遍ねく照らすということになる。それは一隅を照らすことから生ずる。何も大きなことを考えなくとも、１人それぞれの道心という自らの徳を以て一隅を照らしさえすれば世の中は救われるのだという、伝教大師の名訓の１つであります》（安岡正篤『十八史略上』（ＰＨＰ文庫）、pp. 210f）

　ここから、安岡正篤（やすおか・まさひろ）氏が言うところの「一燈照隅（いっとうしょうぐう）」という考えが生まれたということである。

《日本人の言う、中立・中道・平和・民主、これはことごとく的を外しておる。ことごとく大事なところを取り違えておる。これを１つはっきりさせる思想・学問が必要であります。このままいくと、不養生の限りを尽しておる肉体と同じで、必ず混乱に陥る。不祥事が起こります。

　これをいったいどうすればいいか。結局、正しい思想・正しい学問を興（おこ）すことである。そして、それぞれがただ議論をしておるだけでなく、いわゆる一燈照隅行（ぎょう）で、一人ひとりがわが立つ一隅をそれぞれ照らしていく。

　そうすれば一燈が千燈、万燈になるので、それをやるよりほかに日本は救いようがない》（５月２９日一燈照隅行『安岡正篤活学１日１言』（致知出版社）、p. 103）

『西郷南洲遺訓』を読む（59）一燈照隅行