《君子とは徳がすぐれて信望を受けられる人、小人とは才芸にはすぐれているが人間的修練の未熟な人と解して良いと思います》（渡邉五郎三郎『南洲翁遺訓』（致知出版社）、p. 69）

　君子は、目下や手下を適材適所に配置し、人々の能力を最大限に活かすことが最大の職務である。そこで君子に求められるのは、人々がその人をして君子と認めるだけの「人望」がなければならないということだ。そのために君子に必要なのが「徳」ということになろう。

《人間的にすぐれていて上に立って貰いたい人と、それぞれの才芸的にはすぐれた頭や腕は持っていても、人間的にはついて行けないと思う人がいます。そしてむしろ現実にはそのような人が多いことは、「人有りて人無し（人は多くいるが、必要な人はいない）」という言葉にあるように世の中の実態であります》（同、p. 70）

物（もの）其の所を得るを盛（せい）と為（な）し、物其の所を失うを衰（すい）と為す。天下人有りて人無く、財有りて財無し。是れを衰世と謂（い）う。

（物が、その適当な所を得れば盛となり、その適当な所を失えば衰える。天下に多くの有能の人がいても、その所を得ていなければ有用な人がいないのと同じであるし、金はあっても、それが適当な所にあるのでなければ、金がないのと同じである。このような世を衰えた世というのである）―佐藤一斉『言志四録（２）言志後録』（講談社学術文庫）川上正光全訳注、pp. 80f

　徳川８代将軍吉宗に仕えた儒学者荻生徂徠（おぎゅう・そらい）は、訓示「徂徠訓」を認（したた）めた。

１人の長所を初めより知らんと求むべからず。人を用いて初めて長所の現はるるものなり。

２人はその長所のみを取らば即ち可なり。短所を知るを要せず。

３己が好みに合う者のみを用ふるなかれ。

４小過を咎（とが）める用なし。ただ事を大切になさば可なり。

５用ふる上は、その事を十分に委（ゆだ）ぬべし。

６上にある者、下の者と才智を争うべからず。

７人材は必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨つべからず。

８かくして、上手に人を用ふれば事に適し、時に応ずる人物、必ずこれにあり。

９小事を気にせず、流れる雲のごとし。

《南洲がこの章で言っている主眼は、役職につけるにはその人の人柄・人徳を見なければいけないが、一般の交わりではそのような判断をしてはいけない、それぞれ他にない長所を持っているのだから、それを理解し尊重して行くべきだ、と言っているのであって、その思想は、南洲が愛用した「敬天愛人」の言葉からも知ることが出来ます》（渡邉、同、p. 72）

『西郷南洲遺訓』を読む（27）君子に必要な徳望