そう思い立ったのが小学生の頃からだ。
初めての小学校生活。好きな人が隣の席。
でも昔から引っ込み思案だった私は、何もアピールもせず、ただ淡々と中のいい友達として関係を持っていた。
まだ小学一年生。楽しく学生生活が送れればそれでいいと思ってた。
勉強は苦手だったけど、自分なりに頑張って見た。
クラスメイトとは良好な関係を持っていたと思う。
保育園の頃のみんなも多くいたから、人見知りな私でもすぐ馴染めた。
多分一番楽しかった頃だったと思う。
小学3年生。それなりに知恵もつけてきた私は、色々な感情を持つようになった。
楽しい気持ちはそうだが、悲しい気持ちをたくさん知った。
私自身そこまで頭が良くなかったがために、いじめられるようになってきた。
ある国語の授業で、音読を一人づつやっていくのだが、自分の番になり、立ち上がってみんなに聞こえるよう音読をした。
だがなぜか教師は、『違う!!』 という。
自分は何が違うのかがわからなかった...
読んでいるところは間違っていないはずだ...
何度繰り返し読んでも、『違う!何回間違えるんだ!』という。
自分は徐々にパニックになってきて、最終的にはダメな生徒生徒という烙印を押されたかのように、廊下に自分のテーブルごと放り出された。
何がダメだったのか、わけがわからなくなり泣きまくった...そして、徐々に気持ちが閉じていく感じがした。
私は一人っ子で、両親が共働き、私は家から帰っても、学校が休みの土日でも、ずっと一人だった。
することと言ったら、特にすることもなく、
当時はネットも、スマホもなく、友達もそんなにいなかった。
唯一の暇つぶしは、レンタルビデオ店でアニメを借りして見ていた。
お昼は作り置きなど一切なく、カップラーメンを食べて満足するような子だった。
でも次第に、寂しいと言う気持ちが芽生え始めてくるとはその時は思わなかった。
ベットの上で一人くるまってでよく泣いてた。寂しかった。他の家と違うのかな...など、
小さい子供には辛い時期だったと思い返してみると思う。
そんな中、父だけはちゃんと仕事が終わったら夜には家にいてくれるから、一日中寂しいわけじゃなかった。
一方の母は、夜の仕事や、自分のお店を持ち始めたりと幅広くやっていた。
そのころは、自分たちのためにたくさんお仕事してお金を稼いでくれてるんだと思ってた。その時は。
まだ母が朝方だけ帰ってきていた頃だった。
お金だけ置いて、これでお昼食べてねと申し訳なさそうな顔をしていたのを思い出す。
私は、近くのスーパーで食材を買い、一人で自炊ができるようになっていた。
気づけば、同年代と比較すると、人並み以上にはいろいろできてたと思う。
でも食べてる時の音は、自分のだけしか家の中は響き渡らなかった。
虚しさもこの頃から芽生えてきたのだと思う。
でも、そんな私を救ってくれたのは、アニメの存在が大きかった。
見ればたのしいお話がたくさん。楽しませてくれた。
たぶんこの辺りからアニメが好きになり始めてきたんだと思う。
小学4年生の頃、両親が喧嘩をし、離婚の話が持ち上がった頃だった...