Like an elephant in the woods

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孤独に歩め悪をなさず、、、求めるところは少なく、、、林の中の象のように、、、

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貿易立国で戦後急速に復興した日本だった。

なんせ敗戦国の日本は、通貨も弱けりゃ貧乏で労働力も安かった。
戦後構造の中だったから、それを背景にした貿易立国は悪く無かったし、人的資源以外の資源・資産を持たない日本には、その時点での選択肢は、それしか無かったのかな。

戦後も突き抜けて、すでに21世紀な日本で、既にクール・ジャパンとか言って、グルっと一周回っている感じの日本。

その中で、戦後レジームからの脱却を標榜しる安倍総理が円安に誘導して、輸出増を目指した政策をとっている事が不思議に思えたりした、8月10日。

その安倍政権の政策の中で、貿易赤字が続く日本。何で赤字なのだろう?と思う。
輸出するために加工に必要とするエネルギーを含めた天然資源も含めて、バランスとして赤字なのだ。

食料も当然輸入している。日本民族1億3千万人が毎日の食事をしている。輸出をして得た対価で自分達が消費する分を輸入しているということだ。

反転して考えると、皆自分達て賄う事ができれば、輸入が必要無くなり、さらに言うと輸出も必要無くなり、さらに輸出用に製造する必要が無くなるという極めてシンプルな原理に辿り着いた。

目的は、みなが安定的に食べれる事であって、貿易そのものは手段の、しかも一部でしか無いという事だ。それを忘れて新たな構造を考えると、あらぬ方向に道を求める事になりそうだ。
地方から両親を残して上京して、困る事というか申し訳なくなる事の一つに、
両親が使うパソコンの世話がある。

先日、フレッツ光を引いているいるのだけど、何かルーター?を取り替えないといけないらしいと、NTTさんから連絡があったらしい。

うちのオヤジは「自分達では替えられない、NTTさんにサポートできる業者を紹介してもらいたい」とそのルーターを替える案内を出した紙に書いてある窓口に電話したらしい。

でも、その窓口は「そういった要望を答える窓口じゃない」って言われてしまい、どうしたら良いか途方に暮れたらしい(今は知人に相談して解決した)。おそらく、NTTさんから委託されたどこかだろう。

以前ならNTTさんの各市町村に支店というか営業所が在ったので、直接聞きに行けば良かったのだけど、合理化が進んでいて、窓口の有る営業所は宮崎県内でも、数えるほどしか無いらしい。昔は、とりあえず「良く分からない」状態でも、窓口に行けば、適切な対処へと導いてもらえたなぁと思っているらしい。

よくよく聞いて見ると、両親が心を痛めているのは、実はルーターを取り替えられない事じゃなくて、
(1)各窓口に電話すると、各窓口に定義された内容で「機械的に扱われる」ことと、
(2)自分で問題を切り分けて窓口を使い分ける能力を「暗黙」に要求されていて
   それをこなせない自らの老い
に関してだ。

なかなかに難しい問題だ。近くにいればこんな思いをさせずに済むのに、、、


逆?の話も母親から聞いた。ウィルスバスターが新しい更新の案内をPC画面上に表示を出したらしい。そこからWebに飛んだら、ちょっとややこしい更新だったらしく「ご自分で出来ない場合は、7,800円払えばサービスマンが行きます」とメッセージが告げていたらしい。

手順は読む気にもならないくらいの量だったので、自分でやるのはあきらめて、サービスマン派遣を申し込もうと母親は思い、トレンドマイクロの申込み窓口に電話した。

トレンドマイクロの窓口の人は、「僕が言うのもなんですけど、7,800円払うような難しい操作じゃないんです。いまから僕を信じて、言うとおりに操作してください」と母親を説得したらしい。その窓口は、サービスマン派遣の申込み窓口「なのに」だ。

あまりに熱心な口調だったらしく、付き合ってやってみようと母親は、言われた通りに操作し、更新作業を終える事ができた。70歳も近くなってきているなか、なにか達成できた感じが、すごく母親を満足させたらしく、うれしそうに語った。

僕は、その窓口の人に、感謝の念を感じた。

いや、すごい田舎にまで人を派遣すると想定より原価高になるので、電話口でなんとかしろ、トレンドマイクロのマニュアルに書いてあったのかもしれない。でも、なんとなく、「僕を信じて」とか言葉使いが、不安に思っている気持ちを察してくれているようで、母親は心を動かされたようだ。

窓口業務というものは、奥が深いなぁと感じ入るの母親との会話だった。
ライオンキングを昨夜見てきた。陰陽の観点で、悪役スカーを見ると、思う所があった。

そもそも弟のスカーが、兄のムファサを暗殺しようと思った、そのきっかけとは何だったのか?

貧困だ。名誉、富、家族、自分に無いものすべてを独占している兄の姿。何一つ持っていないを比較してあまりにも輝ける存在。一体、どうしてこうなった?

少し物語を進めて考えてみると、どうやらこの王国は一子相伝のようだ。歴代の王は王子の中から一人を選んで、王国を継承させているようだ。

もしかしたらスカーもその王国を継承できたかもしれない。だが、スカーは途中の発言でもあったが、小さい頃から愛を知らずに生きて来たのだ。

全てはムファサが独占して来たのだろう。親の愛も含めて。

それでも我慢して来たのは、永遠に回って来なかったかもしれないが、形の上では第2継承権を保持して、王族であるという誇りだったはずだ。

それが、シンバの誕生によってその権利も剥奪されてしまう。

ムファサが成功し、いや増す「陽気」。だがムファサは、王国の栄光をすべて一身に浴び、「兄弟」と分け合おうとしなかった。その上に、シンバの誕生を祝えと呼び出し、従わないスカーを恫喝までした。

長い年月、スカーの中に溜まってきた「陰気」の巨大さ。底深くなる闇。

それは肉親である兄と甥であるシンバへ抱く殺意となって噴出する。その暗黒が実体化したようなハイエナの群れ。

スカーは怨念を晴らし王国を手に入れる。だが、、、だがだ、、、これが悲劇なのは、彼の中に生じた陰気は単に王国を兄王のように運営するだけでは、飽きたらなかった。

個々の中の陰気を埋めるために、必要もない蕩尽に、王国の資源を浪費してしまう事になる。単にハイエナに兄王殺害の秘密を握られていたから?

本当にそうなのか?彼は賢い。謀略を使いハイエナどもを追い払う事も、計算の範囲で分前を渡して均衡を保つことだってできたはずだ。

彼の中の奥底の貧困、そして癒える事なき愛への渇望。

彼を滅ぼしたのは誰か?

ムファサ・スカーの父王だったのではないだろうか?

なぜムファサはその成功を兄弟と分け合おうとしなかったのか?

そうそう育てられたからだ。「1人の王が独占していい」と教わったと思う。責任とセットで躾けられたと思うが。

それを前提に、振り返りたいのがエンディングだ。

王となったシンバに、王国を担うべき子供が生まれ、命がめぐる事の奇跡を歌い上げる。

だが、だが、その子に弟が生まれたとしたら、この一人の王が全てを独占するというシステムが生み出すカルマに、再びとらわれるのではないか?

そう、シンバが、なぜそこに帰ってきてスカーと対決したのか?それは、正当な王の世継ぎであるからだった。そのように王位に就いたシンバがどのように子供を育てていくか?は想像に難くない。


再び悲劇もリインカーネーションするのかもしれない。
「人生万事塞翁が馬」は有名な話しであるが、事象の良し悪しの解釈は時によって変わる。

一人一人の人生でもそうなのだから、民族で捉えると、恐ろしく難しいなぁと思う。

日清・日露戦争の勝利は、太平洋戦争での大敗と死者を思うと、間違った時に勝ってしまったのか?とも思う。

太平洋戦争の惨敗も、戦後の繁栄を考えれば悪くなかったのだろうか?

ただ、世界大戦の前半で達成した日本の仮初めの勝利は、その後の死傷者の数を飛躍的増やし、悲劇の拡大した。

戦後が終わり、バブル景気に湧いたがそのせいで日本は外国資本に色々なものを売り払う事になった。
作用・反作用

誰かに良いことが集まれば、誰かに悪いことが。

今、良い事があれば、未来に悪い事が。

悪い事が極まれば、良い事が。

原因と結果というような、単純な論理で直接的出ない論理。

あまり利得を独り占めにしていると、大きな災いを後に引き込む。

その独占が大きければ大きいほど、悲劇も大きくなるのかも知れない
キリスト教の7つの大罪
 傲慢
 貪欲
 ねたみ(嫉妬)
 憤怒
 貪食
 色欲(肉欲)
 怠惰

マハトマ・ガンジーが定義した7つの大罪
 理念なき政治 (Politics without Principle)
 労働なき富 (Wealth without Work)
 良心なき快楽 (Pleasure without Conscience)
 人格なき学識 (Knowledge without Character)
 道徳なき商業 (Commerce without Morality)
 人間性なき科学 (Science without Humanity)
 献身なき信仰 (Worship without Sacrifice)

未だに乗り越えられてないな

ウィキペディアの「七つの大罪」より
小さい女の子を連れたお母さん。里帰りからの帰還のようだ。またまだ混んでる電車の中、抱っこも限界のよう。女の子は眠いせいかぐずり始めてる。

週末に酒をかっくらって帰るおやじどもは、電車の席を譲ってやる気配すら無い。単に憂さ晴らしの無駄に流し込む小便になるだけの酒のくせに。「誰か譲ってやれよ」と思わずつぶやいたが、ぐーぐー寝てるオヤジどものジャブジャブの脳には届かなかった。

一事が万事で母たちに親切な空気は失われた。そんな日本人が民族的に少子化で滅亡するは必然と感じた。

女の子が「パパー」と泣いた。男不在だ。
帰りの電車。そこそこ混んでる。小さい女の子の鳴き声。グズってなかなか静まらない。親御さんは大変だ。特にあやすお母さん。

そうしてると「うるさいよ」の声が車内からあがる。大人げないと思って声の方を見やる。ダウン症とおぼしき白髪混じりの人だった。

その人にも母さんが居て、幸せを等しく祈ってるだろう。そう思うとギュッとなる。

そうしてると、多摩川を電車が越える。川沿いにホームレスのかビニールハウスが見える。あの中に住む人たちにも、母さんが居る、または居た。

日暮れが遅くなってきて、まだ18:00でも明るい。

故郷は遥かだ
お互いに思いやりながら、立ち食いそば屋で、ドンブリから蕎麦をすするスーツ姿のカップル。

大きなビジネスバックを肩から下げてホームを歩きながら回転焼きを頬ばる小太りのサラリーマン。

みんな笑顔で1日を終えようとしている。柔らかい幸せが街を灯す、20:50。