自分の身支度が済んだら
長男をお店の近くの託児所に預けて出勤してた。
当時のキャバクラの半数以上は
レギュラー出勤の社交さんには
お店が託児所代金を半分負担してくれてたから楽だった。
と言っても
ここのお店は1か月を前期と後期の15日ずつで区切っていて
レギュラーさんは前期2回後期1回
または前期1回後期2回のお休みしか取れなかった。
休みが取れない訳ではないのだけど
実はこうして月に3回しか休まないで頑張ると
皆勤手当がもらえたので
レギュラーさんはその皆勤手当欲しさに
頑張って仕事をしてた。
あたしもそのうちの一人だったのは
言うまでもない。
なぜなら、その皆勤手当は60000円も支給されるからだ。
とにかくお給料の他に60000円もいただけるなんて
頑張るしかないでしょ!
当時は19時開店の2時閉店のお店が多かった。
ここのお店は時給ではなく
日給+歩合(指名バック・ドリンクバック・フードバック・ボトルバック)
というシステムだった。
キャバクラというところに働くのは
当時、ここのお店が初めてだったので
他の店舗のシステムは分からなかったのだが・・・
確か、19時出勤ラストまでの場合
日給12000円
指名バック1500円(お客様からは指名料2000円いただく)
延長指名バック1500円
ドリンクバック200円
フードバック500円(料金一律のフードなので。フルーツは別。)
ボトルバックはボトル料金の20%がバックされる。
ここのお店は日給は安いが
とにかくバックが良かったので
1日に20000~30000円は確実に稼げた。
21歳になったばかりのあたしは
半月、半月のお給料だけど
月収500000~700000円位は稼いでいた。
もちろん、そこから差し引かれる
10%の税金や福利厚生費1日1000円や託児所代や寮費があるが
それでも充分、余裕を持って生活ができた。
稼いだお金でアパートを借り
長男と何も気もにせず暮らすことになった。
だけど、若さゆえのお金って恐いもので
キャバクラで仲良くなった女の子たちと
焼肉屋に行ったり、飲みに行ったり
しまいには近所のホストクラブじゃ物足りず
新宿のホストクラブにまで行って遊ぶようになってた。
お金の使い方を知ってる女の子は
自分で物を買わずお客様に買ってもらってた。
そっか、ここはキャバクラ。
あたしはキャバ嬢なんだ。
あたしを気に入ってくれてるお客様にちょっとおねだりすれば
アクセサリーくらい買ってくれるよね。。。
あたしはあんまりおねだりするのは苦手だったけど
当時のやたらと高い携帯電話の通話料金は
「払わないと止まっちゃう」と言っては
よく、支払ってもらっていた。
お客様には子供がいることも隠さず
ありのままを話していたので
若いのに苦労してるんだねぇ~と同情を買い
まだバブルのなごりの人たちも多かったせいか
10000円位のチップをくれる人は結構いた。
おつりは息子に小遣いだよ。とかなんだかんだと
息子パワーは凄かった。
アパート暮らしをして先々を考えると
貯金もできるようになってきた。
なんてキャバクラってところは素敵なんでしょう