Macron、もといまっくろん。もちろん仮名です。
わたしの肩書きは神社無所属の巫女。でも、いちばん向いていると思われる職業はイタコです。
なぜなら、神様の言葉を代弁する、死者の言葉を代弁するのはわたしにとっては珍しいことではまったくないので。
でも恐山に行く予定は今のところありません。
なんだかこわいなってイメージあるんです。
沖縄と、青森と、福井が。
これについて理由はわかんないです。なんとなく。
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Kindle Unlimitedで『神様の御使いと暮らしています』という漫画を読みました。
英治あかり先生の『スピリチュアル否定派の私が、旅に出てプロのヒーラーになった話。』という漫画が予想以上に面白かったので、その波に乗りました。
普段はスピリチュアル系統の本は小説も漫画も読みません。正直「嘘ばっかりだな」と感じてしまうので。
今回読んだ漫画も、実は半信半疑です。だってあんなにたくさん眷属を増やしていくのって、怖くないですか?
わたしは生まれつき御加護をいただいているようで、ノートなど紙に書いて言葉を交わすことができる神様がいらっしゃるんですが、以前大きな目標を掲げたとき、
『そういうことなら協力するぞ』
と言われ、びっくりする数の神様を連れてこられたことがありました。
わたしは「神様と話せる」し「神様を下ろせます」が、同時にすごく恐れ多いとも思っています。
慣れてくるとタメ口になることもあったり、神社に行くときに「「ただいまー」って言ってしまうこともありますが、それはそれ。これはこれです。
参拝のときは下手くそながら「祓詞」を心の中で諳んじています。
ただ、神様って天津祝詞好きですよね。
色んな神様から「天津祝詞ちょーだい!」ってリクエストされます。いまも、自転車で一時間以上かかる神社の神様に頼まれているところです。
スピリチュアルな話が本当かどうかって、スピリチュアル体質でもわからないことがあります。
わたし自身も「本当かもしれないし、嘘かもしれないね」というスタンスですが、いくつか言えることもあります。
・神社やお寺にいる神様から「来て!」と言われること:あります。わたしはご先祖さまの縁もあって中禅寺に呼ばれました。
・歴史上の偉人など幽霊とお話する:しますし家にも来ます。外国の方でも日本語でお話できます。不思議と思われるかもしれませんが、理由は解明済みです。
・神様が代わりに働いてくれる:あります。わたしは眷属と契約は一切していませんが、迷い込んだ幽霊を成仏しやすいよう案内、飛ばされた生霊を送り返す、遠方にいる親しい人の生存確認、オカルトな体験の相談など。
わたしに出来ないことをお願いして、助けてもらっている感覚が近いです。ただ「眷属」という意識はありません。神様、あるいはその御使いだとしても、人間よりずうっと上の存在のはずなので。
だからこそ、本の中で「眷属が、誰かに神罰を与えていた」描写に違和感を覚えました。
わたしを保護してくれている神様も、害意を向けてくる人間には厳しく接することもありますが、わたしが誰かを「許せない!」と憎んだり呪ったりしようとすると止められるからです。
『きみがそんなことをする必要はない。悪い人間は必ず報いを受けるから』
わたしの知る神様は、そういうスタンスです。
そういう接し方をされているので、なので意図的にしても悪感情を抱いただけの人を裁くってどうなんだろう?っていうのがもやもやしました。
心の中で憎い!と思うだけで攻撃できてしまう人、心の中で憎しみを抱いていても、他者に害を与えない人、どちらもいます。
でもこれ生まれつきの体質に近いので
・本人が気付いていない
・なのでコントロールができない
可能性もあるんです。漫画だからいろいろ省略されているのかな?とも思いますが。
わたしは「視る」ことも「話す」ことも体調や調子にものすごく左右されるので、ポンコツという自覚があります。だからこそ「眷属より人間偉い!」と言っているのは違和感を覚えます。
とはいえ、それが嘘だと断定したいわけじゃないです。
スピリチュアルの世界は「全員違う世界」を見ています。
「神様にお願いしている」
「眷属を使役している」
「式を作っている」
「天使にお願いしている」
どのパターンがあったとしても、不思議なことはなにもないんです。
スピリチュアルの世界に正解なんてない。
ダジャレじゃないです。
これが、スピリチュアルがホンモノかどうかを見分けるのが難しいところです。
「百万払ってくれたら前世見ますよ」は理由にもよるけど、詐欺の可能性が高いんじゃないかな。金額と内容が釣り合っているかは、信じる信じないに関係なく、シビアに見た方がいいです。
前世ならわたしも見られますよ。たまにですけどね。