父の命日♡
今年も無事に父の命日を迎えられて嬉しく思います。
来年の13回忌も無事に迎えられるよう私自身しぶとく生きていなきゃ!!と遺影に手を合わせながら強く思いました🙏
昨夜はアルバムに残る父のカメラ目線の写真や懐かしい三輪トラックに乗ってる写真を見てメーカーや年月日を調べてみたもののわからず終いだったりして夜明け前まで起きていました😅
遺影台はダイソーの化粧板にリメイクシートを貼り付けて作った手作りで今回リメイクシートを張替えました✨
父の好物だったマルタイの棒ラーメン他、食の細い父が好んで食べてたうるめ鰯、14歳で祖父の勤めるニッスイの捕鯨船の下働きに乗船し私や弟が幼い頃は地図を広げてはクジラの話を聞かせてくれたのでクジラの缶詰とイカ釣りが好きだったのでニッスイのイカの缶詰など毎年命日には父の好物を思い出してお供えしています。
月に1度ジゴロ生活の大阪から帰省する父の好物は色々記憶しているのに母の好物は何一つ覚えていません。
母の興味は弟にしかなくクリスマスケーキやプレゼントも無い家庭でした。父も弟には弟が好きなプラモデルやプラレールを買い与え子供の日には立派な兜を飾り大きな鯉のぼりもありましたし七五三には高価な着物を母が縫い、それを着た写真が沢山残っています。
私の着飾った写真は1枚もありませんし祝って貰った記憶もありません。
もちろん、お雛様のお人形も無しでした。
長男である父に嫁いだ母の男児を産むプレッシャーはかなりあったらしく私と5歳上の姉の間に産まれた男児を一人は生後1ヶ月一人は流産でなくしていたので弟誕生は嫁としての達成感と期待でいっぱいの時代背景を感じます。
昭和30年代、地元で任侠の世界に身を置いてた父の弟は〇〇組の会長と呼ばれていて父の人生に大きく影響を与えました。
父の人生を評価出来るのは父自身のみだと思うので今日は僅かに残る父との思い出を懐かしみ心穏やかに過ごしたいと思います。














