去年の夏のある日、気がつくと白くて狭い部屋のベッドの上にいた。

ここは何処なんだろう?
分からない。

横たわったまま、部屋の中を見渡してみる。

小さめの洋式のトイレが、部屋の隅に置かれている。
簡素な洗面台も見える。
ドアが見えた。

頭に浮かんでくるものがあるが、それが 本当に確かな記憶なのかどうか分からない。
誰かがいれば、聞けば済むと簡単に思っていた。

起きあがってドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていて開かない。
ドアには小さな窓が付いていた。
外を見てみると、白い服を着た女性の姿があった。
声を出してみるが、聞こえないようだ。
ドアを叩くと、怪訝そうな表情を浮かべながら近づいてきた。
看護師…病院…なんで…?

いくつかの質問に答えると、ドアが開いた。

『なんで自分はここにいるのか? 』
その問いに看護士は答えてくれた。

お酒を飲んで救急車で運ばれたこと。
入院してから約3週間、ずっと意識が確かではなかったこと。
それらを聞いている時、初めてオムツを履いていることに気づいて、少し恥ずかしくなった。

『今の状態を詳しく検査して、これからの治療方針を決める。』 とのこと。

いつ頃退院できるのか? の問いに、
『4週間、もしくは8週間の治療プログラムを受けてから。』

その言葉を受けて、この病院がどういう病院なのかを知り、半ば呆然としてしまったのを覚えている。

あくまでも私自身の知識の中での解釈ですが、こういった依存症の治療を行う病院、ダルクの様な施設の場合は、通常全ての出入り口には施錠されていると認識しています。
ですから、私は入院が長期に及ぶことを知って、ある意味で絶望し、ある意味で諦めてしまったのです。

しかし、この体験が、後に良くも悪くも色んな事を考えさせられるものになりました。

                                         続きます