「自分は、自分より不幸な人に比べて幸せだ。」

「自分は、自分より幸せな人に比べて不幸だ。」


上の二つの文は、言葉のルールをなぞっただけある。…はずだ。

しかしなぜか、ある感情が沸いてしまう。

二つの文を並べた時に比べ、片方の文を単独で考えると、その感情が強くなる。


「私よりももっと不幸な人がいる。」

「俺よりいい思いしているヤツがいる。」

などと文を変形すると、「ある感情」は更に増大する。


変形した文章は、元の文章と全く同じ意味でない事が原因なのだろうか。いや、そうとは考えにくい。

「変形した」とここで呼んでいるものこそ日常的な文章であり、それを分析したものが最初の文章だ。

分析した事によって、言葉のルールをなぞっただけである事に気付くのだ。

そして、それは当然の事と結論付けることが出来る。。


…だからなんだ、というと、結論はなんでもない。

しかし、この文章を読んだ人も、読んだ事によって、何某かの感情が沸く…、のではないかと思う。

やあやっぱ月初めにブログ更新するとランキングがジャンプアップして気持ちがいいなぁ。
ってホントこれ気にしていないつもりでもついつい気になるよ。
で、今日もなんか書こうなんて思ってたところでちょうどこんな記事に出会ってしまった。


…ご冥福をお祈りいたします。

正直この人の本読んだ事ないんだけど…、こんな記述が目について思わず載せてみました。

>>難解な専門用語を使わず、日常の言葉で執筆した著作は幅広い層の人々に支持されている。

そう。哲学って誰でも、プロアマ問わず個々にするような事だと自分は思っているので、
きっと同じような考えを持っていた人なんじゃないかな。
だけどいざ哲学を学ぼうとすると、いつの間にか「哲学史」をなぞるだけになってしまって…。

この人の本、今度読んでみたいと思います。


ドラマ、久しぶりにちゃんと続けて見てます。

「エラいところに嫁いでしまった」です。


仲間由紀恵ファンなので、まあ一応チェックしてたわけですが…、いいですね。

呆れ怒りつつ作り笑い、とか、文字通り、一言で形容できないような表情、そしてその変化。

それからさりげないシーンにさりげなく入れるギャグ。これも相変わらずうまいなあ、って感じです。


姑役の松坂慶子は、一本調子のようにも見えるけど、これまた役にぴったりはまっている感じ。


でも特筆すべきは、ダンナ・磯次郎役の谷原章介。

「俺に任せてよ!」っていう時なんかの、「満面のバカ顔」。

本物のバカなんじゃないかってぐらい(笑)、最高。


…実はちょっとこの谷原章介って人。以前は顔とか演技とかしゃべり方なんがが、

ちょっと鼻につくなぁなんて思ってたんだけど。

きっとその時も、ちょっと鼻につく役どころだったわけね。


で、また脚本のおかげか演出のためか、「バカ」がそのまま「ピュア」というか、「純粋」な感じに変化する。

最初は「バカ」に着目させられているんだけど、その特質は、裏を返せば「純粋」ということに気付かされる、

ってとこかなぁ。とにかく、急にキャラが変わってしまうようなわざとらしさはない。


ちょっと3枚目のキャラの人がここ一番で急に渋いセリフを吐いたりする(役者も力が入りすぎて、くさい演技)

なんてこと、通常は多いんだけど、このドラマではそんな風には感じない。


このドラマ、あとちょっとだけど、まだ見た事ない人はオススメですよ!!

Roland 24bit WAVE/MP3 Recorder (赤) R-09R
¥35,810
Amazon.co.jp

音楽関係の友人が、最近相次いでこれを買っている。

iPod、って言うのがはやっているけど、あれって主にCDとかダウンロードした音楽用で、

ライブ録音なんかにはあまり向いてない。というか大抵のやつは出来ないみたいだ。

自分も電気屋とか見に行くんだけど、多分出来なそう、という機種ばかりのような気がする。

あ、調べが足りないのかもしれないんだけど。


なので、これ欲しいです。


それにしてもMDの時代は短かった。

って、まあまだウチじゃあ現役なんだけど…。

意気込んで録音できるMDを買ったのに、

PCへの取り込みが、煩わしくてあまり使いこなせなかった。

おかげで、今時代に取り残されているわけです…orz


あ、タイトルの「反省材料」ってのは、自分の演奏を録音したもの、を指してます。


録再MD買って失敗した…の反省じゃないですからね。笑

ムスメが「じゃんけんぽん」と言うようになった。

正しいルール(グーチョキパーや勝敗)は、まだよくわかっていない。

「じゃんけんぽん」という掛け声を、手を出しながら行う、という遊びなのだ。

そして、その仕草が終わると必ず、「まけちゃったね」という。


自分やヨメが咳やくしゃみをすると、「だいじょうぶ?」と訊いてくる。

大丈夫と答えると、「よかったね」と言う。


ムスメは心優しいのだ。


おひなさま(と通常呼ばれているもの)を見て、「おだいりさま」と言う。

確かに、御内裏様とお雛様、二人並んだ物の名称が「おひなさま」であるのはおかしいのだ。

ムスメは鋭い。


「いちたすいちは?」と訊くと「に~」と答える。これは、ヨメが仕込んだんだそうだ。

試しに、「100引く98は?」と訊いてみたところ、「2」と答えた。


ムスメは、繰り下がりのある3桁と2桁の数の引き算でも、正解することが出来るのだ!

忙しい。


ちょっと目一杯だ。
あんぱんまーん
エッセイ風なもの、お話的なもの、論文調なものを書く余裕が無い。


でもブログはまさに、メモでもある。メモしとこう。


まず、宿題。
アンパンマン、PC上で描いてみた。

マウス使用のフリーハンドです。

ちょっと色気を出して、色をつけてみた。

いつもムスメに描いてあげるときは、

色で塗ったりしないことが多いんだけど。


そうそう、ムスメもうずいぶん前からは

色の名前を言ったりするんだけど、

「ぴぃく~(ピンク)」

「みずいろ」

が、お気に入りらしい。


で、ケースを開けて色鉛筆を散乱させると、

「ハイどうぞ」ってパパに手渡してくれる色は黒。

パパが使う色だって認識。


そうそうそうその「ハイどうぞ」って、

ムスメにとって物を手渡すとき全般の意味。

ゴミを拾って「ハイどうぞ」って手渡したり、

自分が中身を使いたくて、ふたを開けて欲しいとかの時も、

かぶってた帽子が邪魔で脱いじゃった時も、


「ハイどうぞ」


ムスメは確かに言葉の覚えが早いとは思うが、

単に、おしゃべりなだけかもしれない。

それでもなんでも、ムスメの可愛さにはかわりがないのだが。

ムスメはいつも、

「カキカキした―い」

などといいながら、紙と色鉛筆を要求する。

以前書いた 「アンパンマンのたのしいらくがき教室」の場合は、自分で取り出すことも多いが、

鉛筆などは、普段はムスメの手の届かないところにおいてあるのだ。


「カキカキするー」

などといっているわりに、

ぶちまけた色鉛筆の中から1本(大抵、黒)を、

「はい、どーぞ」

と言いながら手渡す。


そして、

「あんぱんまーん」

「ばいきんまーん」

「どきっちゃーん(ドキンちゃん)」

などと、遠くにいる人に呼びかけるようなイントネーションで、呼ぶ。


呼ばれたら、親たちはその絵を描くのが通例である。

最近は、ヨメもアンパンマンの主要キャラクターの絵をマスターした。


ヨメは、よく

「おめめ、おめめ、おーくーち」

といいながら顔の絵を描く。

ムスメも、そのフレーズはずいぶん前に真似して言うようになっていたのだが、

言いはじめたころはまだグチャグチャと鉛筆を走らせるだけだった。


でも、一番最初は紙から線がはみ出すのが当たり前だったのが、

はみ出さないようになり、

最近は

「あめ」

といいながら鉛筆を紙全体にボツボツとぶつけるようにして、

なにやらそれらしいものを書いている。

それなりに上達しているようだ。


そして今日、紙になにやら顔の様にも見えるものが書いてあり、ヨメがそれに気付いた。

ヨメは「これパパ書いたの?」と訊いてきた。

自分はその絵を描いた覚えが無かった。

いつの間にか、ムスメが描いていたに違いない。


で、ムスメに言った。

「『おめめ、おめめ、おーくーち』って描いてみて。」

するとムスメは、まだ当然いびつな線ではあるが、二つの目と口を描いた。


いつの間に…。

成長していくのが当たり前、といつも自分に言いきかせてはいるのだが、

それでもムスメの成長ぶりにはいつも驚かされる。


ムスメ、もうすぐ、1歳9ヶ月。



って、そんなこと気にしてもいなかったけどアメブロさんからご丁寧にメールが届いた。

それで確認のために一番最初の記事を見てみたら…、

ああホントだ。一年前の今日だったか。


そういえば最初は、どんどん気軽に文章を垂れ流していこうと思っていたのに、

未だに、ついつい何書こうか考えすぎたりしている。

考えた分だけ名文になるならいいんだけど、

どちらかというと


「考えすぎて時間切れになり、書かずに終わる」

「時間切れになった挙句、ちょっと不満の残るまま公開してしまう」


というパターンが多いなあ。


ほんのちょっと仕事など他の事で頭が一杯になると

すぐ更新がおろそかになるのも、まあ別にいい、っちゃいいんだけれど、

そんなときこそ垂れ流すかのように書くのが

「発散」って意味でもいいんだろうな。


…などと、久しぶりに、気軽に書いてみた。

こういうのも一種の性癖なんだろうな。

だから何度も挫折する。何度も元に戻る。


…そんなこんなで自分は「新年の抱負」なんかもむやみに立てない。

挫折して、気持ちを新たにするのがまた来年では一年のほとんど挫折しっぱなしだから。

何度も思い立つのが、吉。そう思うことにしているんだよね。


そう、この前書こうと思ってた事。

適当に要約して書いておこう。


バレンタインデー用とかではない、普通のチョコレートは、結構好き。

好きと言っても、滅多に食べないんだけど。

一年に一度くらい、貪るように食べる日があってもいい。

その日が、たまたま、バレンタインデーであってもいい。


愛の告白なんて今更なんで、気合の入った本命チョコなんかもどうでもいい。

義理チョコ?最近は義理チョコと呼ばれるものすら高級すぎる。

義理チョコとも呼ばれないような普通のチョコレートが、なんだか無性に食べたくなってきた。


…だから何なんだ?別にこの文読んでくれてるひとに、「頂戴」っていうつもりではないのだが…。

…。


かなり欲しがっちゃってる…。




これまた、くだらん失言ですね。

「女性は『産む機械』」、だなんて…。


…、本当に「失言」ですね~。


正しく言い直すと、最初の言葉は


「子作りを、モノの生産にたとえると」

だったはず。たとえばこんな感じ。

-----------------------

子作りをモノの生産にたとえるならば、子供を産む女性は製作機械にたとえられる。
機械の総数は変えられないので、生産量は個々の機械の稼働率によって決まる。

機械を稼動させるためには、動力のための燃料と、機械のケア・メンテナンスが必要。

その点に目を行き届かせる事が、工場の稼働率を向上させる。

-----------------------

ここまで言い切ることが出来ればよかったと思う。

いや、もしかすると、これでも怒る人は怒るんだろうけど。


論旨が、「女性は子供を産む機械である。」だとしたら、論外、というほどの大問題なんだけど、

話の筋道さえしっかりしていれば、たとえ話の文脈で、なにが出てこようと別に問題ないはずだ、

と僕は思うんですよね。(…あ、反論ウェルカムです!!でも全体をよく読んでね。)


で、改めて今回の柳沢伯夫厚生労働相の発言。

女性を「機械」にたとえた文脈が続かなくなって、

「機械」にむかって、「がんばれ!」とか言っちゃっているんですよね。もうグダグダ。

このおかげで「比喩」と本人が思った部分だけ浮いてしまって、あたかも


「少子化問題解決のためにはとにかく産める人ががんばって産め!」

「女性は『産むj機械』だ!」


という論旨のように受け取られるんだよな。

そう思われちゃったら、、、そりゃダメでしょ。

今話題の「納豆ダイエット」。


巷では、「実は『やらせ』だった」と言っている人がいますが、「検証データ捏造」ですよね。


報道を見て「納豆は体にいい食べ物だと思ったのに…」と言っている人もいますが、

「『納豆は体にいい食べ物ではない』という事が証明された」のではありません。

そもそも、「やせる・やせない」を「体にいい・悪い」、と読み違えています。


「『納豆を食べてもやせない』という事が証明された」も違います。


こうして見てみると、誤読・曲解の余地はいたるところにありますよね。

でもそれら以前に、根本的に気になっている言葉があります。


「ダイエット」という言葉です。


自分の認識では、「ダイエット」の意味は「食事制限」です。「やせる方法」という意味ではありません。

で、やせるために効果的な方法が、食事を食べない(減らす)という事なのではないでしょうか。


これって、やせるための商品を売りたい人が意図的に言葉の意味をすり替えていったもの、という気もします。


ま、逆に「○○ダイエット」、といえば、「○○(食べ物)」と「ダイエット(食事制限)」なんだから、

普通に考えれば「○○を食べ、その他は食事制限」と読むべきところ.。

それを勝手に(自己責任で)曲解している、って人も多いんだろうけど。


「解釈する側の自己責任を重視・尊重し、発言する側の責任が問われない」ということなら、

やせたい人に対してはただ一言、


「食べるな!」


というのが最も正しい(…と思います)。