今から40年以上前のこと。
3階建ての自宅兼美容院の真横に、同じく3階建てのビルが建っていた。
そのビルには、若いおばあちゃんとその娘、娘の幼い女の子の3人が住んでいた。
おばあちゃんとその娘は、お隣ということもあり、お客さんとして時々来てくれていた。
そんな普通な日常に、ある日、映画的な出来事が起こった。
住み込みの従業員から、まじめな顔で言われた。
今夜10時になったら、一斉に家中の電気を消すことにすると、先生(私の両親)に言われたので、そうするようにと。
どうやら隣の親子をやくざさん達から逃がすということのようだった。
中学生だった私は、だんだん胸が緊張で高鳴りを帯びてきた。
そしてその時間。
暗闇の中、屋上伝いに毛布を被った影がササっと現れて、2階のリビングへと降りて行った。
その中には、おばあちゃんはいなかった。
3人全部が突然いなくなると、さっそく捜査の手が伸び、逃げ切ることが難しいと判断したようだった。
しかし何故、親子がやくざさん達と関りがあったのか、逃げないようにと日々監視され続けられていたのか、理由はわからない。
そして、もやが霞む次の日の早朝、父が運転をする黒い車が玄関にそっと横づけされ、毛布を被った親子が後部座席にそっと乗り込んだ。
後ろの席で、見えないように小さく身を屈めたままの親子を乗せて、車は何事も無かったかのように、静かに出発した。
父は、新幹線の駅へと向かった。すぐ近くの駅では危ないからと、もう1つ先の駅まで運転をした。
途中、車の中で、小さな女の子が恐怖と不安でずっと泣いていたそうだ。
父も、子供の泣き声に胸を締め付けられる思いに耐えながら、運転をしていた。
そして数時間後、目を赤くした父が、少し疲れた様子で帰ってきた。
父は、親子たちに1つの約束をしていたようだ。
もし万が一捕まっても、私たちの関与は絶対に言わないと。
その後、親子は遠くの場所で無事に生活していると、時々偽名で電話報告をしていた。
多分、残っているおばあちゃんに無事を知らせるためでもあったと思う。
逃げる方、逃がす方、残る方。 それぞれ、命を懸けた一大事だった。
私は、恐竜や宇宙が好きなので、博物館に時々足を運ぶ。
人類の類人猿からの進化過程の模型なども見ることがある。
それらを見ていると、様々な危険をかいくぐりながら、今の私たちまでつながっているのだなぁと思ったりする。
動物の襲来、地震や台風や飢饉などの天変地異、戦争・・・。 祖先たちは、それらを乗り越えて命をつないできてくれて、今の私たちが存在する。
この命は、すごい確率のもとで、つながれてきた命なのだと。
あの時、父や母が命を懸けて逃がした親子は、今どんな暮らしをしているのだろうか。
幼かった子供も、もはや40代だ。
幸せな家庭を築き、次の世代へと命をつないでいると信じる。