彼の恋人の女性が自殺しました。
原因は、私と彼との関係のこと。
彼の目の前で、二人で住んでいるマンションのベランダから飛び降りたのです。

彼と私は長い間、恋人としてお付き合いをしていました。
だけど、あまりにも色々な事がありすぎた交際でした・・・・・・
聞いてください・・・・
私と妹は、両親が50歳前後で産まれた遅い時に出来た子供です。
何度も流産をして、やっと授かった子供だということでとても大切に育ててもらいました。
でも、私が高校生のある日、当時入院をしていた妹の具合がとても悪くなり、夜中に車で病院へかけつけている途中に母は自分の不注意で交通事故をし、同乗者の父は半身不随になってしまったのです。
母は泣き崩れながら言いました。
「こんな事があっても私は死ぬわけにはいかない、背負わなければならない・・
身体を不自由にして産んでしまった娘と、
半身不随にしてしまった夫が死ぬまでは死ねない・・
自分の罪はわかっているから、
これ以上神様、苦しい事を私に与えないでください・・
生きますから、、、責任取りますから・・・」って。
体重が40キロもない母が毎日病院へ通い、朝から晩まで働いて、
家に帰って妹の面倒を見て、夜中に涙を流しながらうたた寝をする姿を見て、
私はそこに毛布をかけてあげることと、母の10分の1くらいの苦しみを背負う事しか
できていなかったはず.
私は部活をやめ、家庭の事情で時々学校を休まなくてはならない日があり、
生活が一転したのです。
そんな時、心配をして様子を見に来てくれたり、ノートを持ってきてくれたりしたのが彼でした。
私は次第に彼に惹かれて行きながら、自分を抑えて「恋をしてはいけない、そんなうつつを抜かす時じゃない」って言い聞かせながら、ときめく心を抑えていました。
保母になる夢を諦め、就職を探すことに切り替えたときの気持ちの整理、就職活動、全部手伝ってくれたのは彼でした。
彼は私の担任で、22歳の新任の教師だったのです。
私は卒業し、彼の想い出だけを心に秘めて暮らしていました。
卒業して3年後、頑張って働きすぎた母親は力尽きるように倒れ、そのまま帰らぬ人になりました。
母の葬式の時3年ぶりに彼に再会して、それから私たちは再び会うようになりました。
彼がまた、心の支えになってくれたのです。
二人の仲は恋愛に発展し、彼から「結婚を前提に付き合って欲しい」と言われたのです。
彼は私の家族にも挨拶をしてくれ、自分の家族も紹介してくれました。
父や妹も、とても大切にしてもらいました。
私はとても幸せで、彼が大好きだった・・・
「普通の恋人みたいに、お泊りデートができなかったり、嫌じゃない?」って聞くと
彼はそれには答えずに、ぎゅって抱きしめてくれたり
本当に、本当に幸せでした。
付き合って2年経とうとする頃、彼は仕事がとても忙しくなりました。
私はとても寂しくなり、ひとりぼっちのような気持ちになり、不安で孤独な気持ちになってきました。
そして彼に対しても不機嫌な態度をとったり、過度なヤキモチを焼いたり、
彼と一緒にいて楽しいどころか一緒にいるほど辛くなって、
彼が好きでたまらないほど哀しくなって
彼はそれまでに何度かプロポーズをしてくれましたが、私はどうしても応える事ができなかったのです。
彼にも誰にも言えなかったけれど、私は自分の妹が彼に恋をしていることを知っていたからです。
ひょんな事から、私は妹の日記を見つけ、それを読んでしまったのです。
「お姉ちゃんが羨ましい・・
私が自分で立つことが出来たら、、歩くことや家事が出来たら、、
お姉ちゃんの妹ではなく、一人の女性として見てって言えるのに・・
優しくしないでほしい・・
自分の身体も、姉の事も、全てを恨んでしまいそうだから
二人が結婚したら、私はどうやって笑っていけばいいんだろう
大好きな姉の彼氏を好きになってしまうような自分はなんて醜くて不幸なんだろう・・
ごめんなさいではすまないから、早く消えてなくなりたい」
そんな事が書いてありました。
涙が沢山溢れてきました。
だけど、それを彼に伝える事はできなかった・・
なぜなら、「それならしばらく、君の家で逢うのはよそう」って言われるのが怖かったから。
これ以上、あえる時間が少なくなるのが怖かったから・・
私は、風水や占いの本にはまるようになりました。
家中の物の配置から、布製品や服の色はもちろんのこと、
家を出る時間から、起きる時間、寝る時間全部・・
原因は、私と彼との関係のこと。
彼の目の前で、二人で住んでいるマンションのベランダから飛び降りたのです。

彼と私は長い間、恋人としてお付き合いをしていました。
だけど、あまりにも色々な事がありすぎた交際でした・・・・・・
聞いてください・・・・
私と妹は、両親が50歳前後で産まれた遅い時に出来た子供です。
何度も流産をして、やっと授かった子供だということでとても大切に育ててもらいました。
でも、私が高校生のある日、当時入院をしていた妹の具合がとても悪くなり、夜中に車で病院へかけつけている途中に母は自分の不注意で交通事故をし、同乗者の父は半身不随になってしまったのです。
母は泣き崩れながら言いました。
「こんな事があっても私は死ぬわけにはいかない、背負わなければならない・・
身体を不自由にして産んでしまった娘と、
半身不随にしてしまった夫が死ぬまでは死ねない・・
自分の罪はわかっているから、
これ以上神様、苦しい事を私に与えないでください・・
生きますから、、、責任取りますから・・・」って。
体重が40キロもない母が毎日病院へ通い、朝から晩まで働いて、
家に帰って妹の面倒を見て、夜中に涙を流しながらうたた寝をする姿を見て、
私はそこに毛布をかけてあげることと、母の10分の1くらいの苦しみを背負う事しか
できていなかったはず.
私は部活をやめ、家庭の事情で時々学校を休まなくてはならない日があり、
生活が一転したのです。
そんな時、心配をして様子を見に来てくれたり、ノートを持ってきてくれたりしたのが彼でした。
私は次第に彼に惹かれて行きながら、自分を抑えて「恋をしてはいけない、そんなうつつを抜かす時じゃない」って言い聞かせながら、ときめく心を抑えていました。
保母になる夢を諦め、就職を探すことに切り替えたときの気持ちの整理、就職活動、全部手伝ってくれたのは彼でした。
彼は私の担任で、22歳の新任の教師だったのです。
私は卒業し、彼の想い出だけを心に秘めて暮らしていました。
卒業して3年後、頑張って働きすぎた母親は力尽きるように倒れ、そのまま帰らぬ人になりました。
母の葬式の時3年ぶりに彼に再会して、それから私たちは再び会うようになりました。
彼がまた、心の支えになってくれたのです。
二人の仲は恋愛に発展し、彼から「結婚を前提に付き合って欲しい」と言われたのです。
彼は私の家族にも挨拶をしてくれ、自分の家族も紹介してくれました。
父や妹も、とても大切にしてもらいました。
私はとても幸せで、彼が大好きだった・・・
「普通の恋人みたいに、お泊りデートができなかったり、嫌じゃない?」って聞くと
彼はそれには答えずに、ぎゅって抱きしめてくれたり
本当に、本当に幸せでした。
付き合って2年経とうとする頃、彼は仕事がとても忙しくなりました。
私はとても寂しくなり、ひとりぼっちのような気持ちになり、不安で孤独な気持ちになってきました。
そして彼に対しても不機嫌な態度をとったり、過度なヤキモチを焼いたり、
彼と一緒にいて楽しいどころか一緒にいるほど辛くなって、
彼が好きでたまらないほど哀しくなって
彼はそれまでに何度かプロポーズをしてくれましたが、私はどうしても応える事ができなかったのです。
彼にも誰にも言えなかったけれど、私は自分の妹が彼に恋をしていることを知っていたからです。
ひょんな事から、私は妹の日記を見つけ、それを読んでしまったのです。
「お姉ちゃんが羨ましい・・
私が自分で立つことが出来たら、、歩くことや家事が出来たら、、
お姉ちゃんの妹ではなく、一人の女性として見てって言えるのに・・
優しくしないでほしい・・
自分の身体も、姉の事も、全てを恨んでしまいそうだから
二人が結婚したら、私はどうやって笑っていけばいいんだろう
大好きな姉の彼氏を好きになってしまうような自分はなんて醜くて不幸なんだろう・・
ごめんなさいではすまないから、早く消えてなくなりたい」
そんな事が書いてありました。
涙が沢山溢れてきました。
だけど、それを彼に伝える事はできなかった・・
なぜなら、「それならしばらく、君の家で逢うのはよそう」って言われるのが怖かったから。
これ以上、あえる時間が少なくなるのが怖かったから・・
私は、風水や占いの本にはまるようになりました。
家中の物の配置から、布製品や服の色はもちろんのこと、
家を出る時間から、起きる時間、寝る時間全部・・