我が子が不登校になってから

不登校の子を持つ親御さんの話を

聞くことが増えて


多くの親御さんが

「子どもが不登校になって

最初はパニックだった」

と聞いて驚きました

 

と言うのは

私は子どもの不登校に対して

パニックになるほど

心配したことがありません。

 

むしろ


「学校へ行きたくない」

 という子どもの気持に共感を覚え


「辛さを我慢して学校へ行くメリットは

 どのくらいあるのだろう?」


と思いました。

 

私自身は不登校経験がなく

どちらかと言えば学校が好きでした。

 

「行きたくない」「面倒くさい」

と思ったことはあっても

その気持ちは長続きしなかった。

 

学校へ行くのが当たり前で

嫌なことがあっても

「学校へ行かない」

という選択肢を考えるほどでは

なかったのでしょう。

 

学校へ行って良かったことも

たくさんあります。


今でも付き合いが続いている友達ができた。

素敵な先生にも出会えました。


学校で教えてもらって

今役立っていることもきっとあると思います。

 

それでも

子どもたちの

「学校へ行きたくない気持ち」

に直面したとき


「行きなさい」と思う気持ちも

焦りや不安もありませんでした。


「そうなんだね。

 嫌なんだね。」と。

 

子どもと私は人格が違って

生きる時代も違います。

 

私は当たり前に学校へ通いましたが


不登校になっている子どもたちにとって

学校はエネルギーを奪われる

しんどい場所

のようです。


そんな彼らに

「学校へ行かないとダメだよ」

と言う気になれないし

そもそも、そう思わないのです。

 

学校へ行かないと

子どもが自由に使える時間が多くなり

いろんな過ごし方ができます。

 

毎日好きなことばかりして

過ごすこともできる。

そんなふうに過ごす時間は

人生の中でどのくらいあるのでしょう。

 

私は大人になる過程で

「決められたことは

嫌なことでも頑張ってやらなければいけない」

という価値観を身に着けました。

 

でも

「嫌なことを渋々頑張ったおかげで

 幸せになれた」

という経験はありません。

 

時々

「やりたいことだけやって

 時には何もしないで過ごしたいな」

としみじみと思います。

 

だから

そんな経験をしている彼らが羨ましい。


「私も学生時代に

 不登校を経験しておけばよかったな」と

大人になってから思ったことがあります。

 

好きなことを十分にしていれば

エネルギーが溜まってさらに活動できますが


嫌なことを頑張り過ぎるなら

いつしかエネルギーが枯渇して

好きなことすらできなくなってしまいます。

 

嫌なことでも

その先の「やりたいこと」や

「好きなこと」のために

自分で「やる!」と決めて頑張るなら

エネルギーが枯渇するリスクは少ない

と思います。

 

自分で決めたなら

「やっぱり、やめる」

ということも自分で決めればいい。

 

けれども

「これをしないと大変なことになる」

という恐れによって「頑張る」なら…

その人の心身は蝕まれていくように思います。

 

不登校は

解消すべき問題でも

ダメなことでもなく

 

選択肢の1つ

 

そんなふうに考えると心が軽くなります。