聖心女子大学ラクロス部 HEARTS

聖心女子大学ラクロス部 HEARTS

                       

2025年度主将のりりーです。

まず初めに、平素より弊部を支えてくださっている保護者の皆様、OGの皆様、関係者の皆様にこの場をお借りして心より感謝申し上げます。

 

らこからバトンを受け取りました!らことは中高バスケ部の頃から合わせて10年間も同期です!

敏腕MGとして下級生の頃から頼もしい存在で、特にラストイヤーは副将として、沢山支えてもらいました。長い時間お世話になりました!本当にありがとう!🐊

 


さて、今日まで同期9名の引退ブログが毎日更新されてきました。みんなの感動ブログを読みながら、私達は引退したんだなーと少しずつ実感が湧いてきています。私もみんなに続く感動blog、ありのままの4年間をここに残せるように心を込めて書きます。長くて拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです!

 

’22


22の背番号とりりーの名前を名付けてもらい、うきうきで4年間のラクロスライフがスタートしました。毎日の練習や同期との時間が楽しくて、1年目はほんとにあっという間だったと思います。

毎日の荷物運び、keith組との1限アップ、倉庫のドア事件、勝利ダンス練習、新人戦、1年キッズらしい思い出ばかりです。

(初めての同期写真)

 

そして、応援席から見ていた入れ替え戦の景色は今でも心の中に残っています。入れ替え戦特有の空気感、4年生でも越えられない現実、3部の壁の高さ。試合に出ていなくても、1年生ながらに色んなことを感じて考えた日でした。そしてあの日の闘志に満ちた4年生の姿は私の4年間の目標となり、また入れ替え戦の景色を見たいと強く思いました。そんな背中を見せてくれた先輩達に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

’23

あすなろが終わると本格的に先輩と混ざって評価を受ける立場になりました。最初のチーム分けでAチームに名前があった時は嬉しくて、与えてもらった環境に感謝して頑張ろうと意気込んでいました。でも実際にAでの練習が始まると、Aの中で1番下手な現実、練習中のプレッシャー、自信の喪失に直面していきました。

リーグが近づくと自分のミスで流れを止めることが申し訳なくなり、ボールを持つことが怖くて逃げるようになりました。当たり前ですが逃げている分、自信に繋がる技術やA相応の力は身に付かず、自分がAに居ていい理由も分からなくなりました。楽しかったラクロスが辛いことに変わり、自分の中で悔しいと思う感覚や熱も下がっていることも感じていました。こんな事は情けなくて失礼なのを分かっていても気持ちは沈むばかりで悩みながら時間が過ぎていきました。

 

気づけばリーグ戦になり、自信も覚悟も無いままベンチに居ました。先輩の代わりでほんの一瞬試合に出していただいても役に立てるようなことは出来ず、ベンチに入りたい先輩や同期が居る中でこんな自分が選ばれてしまったことが申し訳ないと思っていました。

 

そんな中で気持ちが変化したのは創価戦です。

みんなのブログにも沢山書いてありました、37期が大活躍した試合です。チームが苦しい状況の中でも果敢にゴールに向かい、チームに流れを作る同期の姿が当時の自分にすごく刺さりました。

私は何してるんだろうと目が覚めた感じでした。

自分でチャンスを掴もうとしないこと、挑戦から逃げてる自分に悔しい気持ち、誇らしい同期達と一緒に上手くなりたい気持ちが強くなって燃える感覚が戻りました。残りの2戦は覚悟を持ってベンチに入り、フィールドに立たせてもらった時間は必死に走りました。同期の姿に背中を押された23シーズンの思い出です!

 

(37期大活躍!)

’24

24が始まって改めて感じたのは幹部とコーチが陰で沢山の時間をかけてくださっていることです。

新しいことを教えてもらえること、自分のプレーを見てもらえる事が本当にありがたくて、絶対に上手くならなきゃと思わされました。

この1年のモチベーションは、幹部とコーチに試合で返すこと、近くでお世話になった36期の先輩と3部に行きたい気持ちだったと思います。

 

試合で恩を返すこと、36期と試合に出たい気持ちからスタメンが目標となり、どうやったらMFの先輩と肩を並べられるのかずっと考えていました。

リーグ間近の頃になると、技術幹部とコーチから提案をいただいてDFに移ることになりました。

自分でも全く想像してなかったです。


夏練が過ぎてからのポジション変更は不安の種でもありましたが、そんなことよりはチームから信頼されるDFになり、与えてもらった役割に応えたい気持ちの方が強かったです。

 

毎日必死にボトムの役割を勉強して練習し、目標のスタメンで24リーグを経験させていただきました。自分だけの力では到底無理だったことで、みいさんをはじめ、DFのメンバーに沢山教えてもらったおかげで、不安を払拭してリーグに臨むことができました。本当に感謝しています。

(24DF組)

大好きな先輩達と悔しくも24チームで入れ替え戦に行けませんでしたが、最後は勝つことができて、先輩が笑顔で引退していく姿を見ることができました。

それと同時に、明日から36期の先輩がいなくなって自分たちが1番上になること、自分がりるさんに代わって主将になることの不安、色んな感情にあの日は襲われていました。

先輩達の存在が本当に大きかったこと、チームの上に立って引っ張ってくれた先輩達の偉大さを改めて感じました。

’25 

ラストシーズンは濃くて、長いようであっという間でした。1番最近なのになかなか整理ができてなくて、うまく書けるか分かりませんが、主将としてチームと向き合った1年について書いてみます。

 

主将

私の知る歴代の主将はどなたも偉大な存在です。

3人と自分を比べる度に、この私があの3人に続く主将になれるのかと、不安だらけでした。

そんな中24最終日に読んだりるさんからのお手紙には、主将像は誰かと比べたり真似たりするものではない、自分なりの主将像を探せばいいんだよと書いてありました。りるさんからのお言葉に背中を押されて、私に出来ること、私がなりたい主将の姿を目指そうと思えるようになりました。

 

どんな軸を持っていたのかは色々ありますが、

まとめると

"チームの写し鏡であること"、

"自分の言葉に重みを持たせること"

の2つだったかなと思います。

 

"写し鏡であること"

主将と4年生の態度、行動、言葉、細かい表情1つもチームや下級生に伝わり、影響すると思います。部活の空気とか、練習態度とか、挙げたら色々出てきますが、自分は良い意味でも悪い意味でも影響を与えてしまう立場なのだという自覚を常に持ち続けようと思っていました。

 

"言葉に重みを持たせること"

罰走ばっかの主将に遅刻しないこと!とか言われても何言ってんだいと思うと思います。

主将の権利があるから何でもみんなが自分の話を聞くと慢心してはいけないと思うし、行動が伴ってなければ言葉はきっと響かないと思います。

自分の言葉を聞いてもらう為、3部昇格の言葉に重みを持たせられるように、その為の行動をまずは心がけるようにしました。

 

 

今のチームに自信が持てるかな?

主将になってから心の中でよく思っていたことです。自信があると即答できる主将がかっこいいし、即答できる状態であるべきですが、正直そうはいかない時期がありました。


25シーズンはそれなりに色々な事があり、思い描いたチームの姿とはかけ離れるような出来事、うまくいかない現実の連続でした。事がある度に重く責任を感じ、主将としての自信が無くなり、みんなの前で話すのが怖くなる時もありました。

1番は組織幹部なのに、ラクロス以外のことにみんなを悩ませてしまった自分が憎くて、みんなに対して申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

不安な素振りをするのは私のポリシーに反するので、本音に蓋をして嫌でも前向きな言葉を選んでチームの前で話す時間はちょっと苦しかった。

でも苦しいと思う状況を作ったのは主将である自分なので、弱音は同期含む誰にも話さないようにしていました。

 

みんなで夏練を乗り越えた頃

今のチームに自信があるかな?と自分に問いかけをしてないことにふと気がつきました。

その時はふーんと思ったくらいだったけど、今思うと無意識に自信がついてたからだと思います。


なんでそう思ったのか?

考えれば考えるほど25チームのみんなの姿が出てきます。

みんなが色んな問題を一緒に乗り越えてくれたこと、戻ってきてくれた子、勝つ喜びを後輩に教えたいという同期の言葉、細かいけどチームみんなの前向きな姿が、自然と自信に満ちたチームを作ってくれたんだと思います。


成城戦に負けた時、1人の4年生として悔しかったと同時に、次に頭に浮かんだのはチームです。

みんなが目標を見失わないか、意欲が落ちないか、あの日は色んなことを考えました。

次の日、みんなどんな感じなんだろうと思って朝練に行ったけど、そこには気持ちを切り替えて前を向くみんなが居ました。特に同期の気持ちの強さが、まだまだ行けるぞと後輩のみんなにも感じさせてくれたと思います。マイナスな気分を引きずらずに、気持ちを切り替えて前を向いていけたのは37期らしくて、ほんとに強い同期達だと改めて思いました。

 

みんなで気持ちを切り替えて迎えた茨城戦、白百合戦。25チームを体現した試合で、本当に楽しくてきっと見てる人たちもワクワクする試合だったと思います。1年間のみんなの努力が結果に出ました。

 

25チームとして1年間やってきてよかったとみんなで証明できたと思うし、誇りや達成感を感じてくれたと自信を持って思えました。

 

まだ25チームは終わりじゃない!

ブロック戦を終えても、入れ替え戦への希望に満ちた気持ちにさせてくれたみんなに感謝の気持ちでいっぱいです。

こんな素敵なチームの主将でいさせてくれてありがとう! 


怒涛の4年間は、楽しいことも、大変なことも、入部した時には想像もできなかった事が沢山あり、全て含めて最高な時間だったと思います。振り返ると沢山の人のおかげで自分の4年間が成り立ち、成長できたんだと改めて思いました。

 

そして4年間を終えて思う事は、これまでの過程で得られたものは全て一生物の財産だということです。楽しかったことは最高の思い出に、辛かったことは今後の私を強くする経験になると思います。沢山の仲間と出会い、数えきれないことを学んだ4年間は本当に宝物です。!

 

私の4年間に関わってくださったコーチ、先輩、後輩、そして37期のみんな、本当にありがとうございました。


長くなりました!

最後は感謝を述べて、締めたいと思います✨

 

後輩のみんなへ

今までありがとう。25は不安が大きかったと思うけど、最後まで一緒に頑張ってくれてありがとう。部活をしていたら大変なことも理不尽なことも沢山あると思うけど、苦しい時間は決して無駄な時間では無くて、間違いなくみんなを成長させるものだと思うし、乗り越えた先には自信が待ってると思います。一緒に頑張る仲間を大切に、楽しむ気持ちを忘れずに頑張ってほしい!

そして26チームの3Qは本当に感動してしまって、。来年の姿が今から楽しみになりました。

ろは率いる26チーム、応援してます!!

 

ろはへ

既にチームのために沢山頑張っているろはの姿を見ると、不安なんかは無くてかませ!という気持ちです。大変なこともきっとあると思うけど、陰での努力もきっと誰かが見ているし、ろはの頑張りはきっといつかチームに何らかの形で表れます。ろはらしく、仲間にも頼りながら最高のチームを作っていってね!何かあったらいつでも連絡してね!ファイト!!

 

らこ、らおへ

頼りない主将を沢山支えてくれてありがとう。

2人と毎日のようミーティングしては悩み続けたり、正解が無さすぎることを考えて3人で頭抱えたり本当に色んなことがあったね。2人とでなければ、到底乗り越えられなかったし、心の救いでした。本当にありがとう。

らおはラスト1年!らおがいてくれる26チームは本当に心強いと思うよ。沢山ろはを支えてあげて、最高のチームにしてね!助けが必要になったらいつでも頼ってほしいし、またごはんいこうね

 

先輩へ

3年間、2年間、1年間、本当にお世話になりました。ラクロスを教えてくれた先輩、ドローを教えてくれた先輩、背中を押してくれた先輩、試合を見に来てくれる先輩、思い出すと数え切れないくらい程、先輩達にお世話になってた4年間です。そして、不自由なく練習ができていた環境、今も尚活動ができること、過去の先輩方がその環境を作ってくださっていたんだと主将の立場になって改めて思いました。本当にありがとうございました!

 

りるさんへ

主将になってからりるさんの偉大さを改めて感じていました。現役の頃は勿論のこと、引退された後も沢山気にかけてくださってありがとうございました。主将になってから、人に言えない本音とか弱音をりるさんに沢山相談してしまいました。私の答えの無い相談を聞いてくださって沢山励ましの言葉をくださってありがとうございました。バスケ部合わせたら8年間りるさんの後輩で幸せです!いつか何かの形でお返しさせてください。

 

お友達へ

フレクリ、学連、主将会、色んなところでラクロスメイクスフレンズのみんなも、ラクロス外の友達も。お友達は宝物なんだと改めて感じました。

会う度に背中を押してくれて、泣きたい気持ちも吹っ飛ぶほど笑わせてくれた友達の存在に何回救われたか分かりません。わざわざ私のオフを把握して日調を提案してくれるお友達もほんとに愛。試合を見にきてくれて、フィールドに聞こえるほどの大声で応援してくれて、応援の声が聞こえた時本当に幸せだなーと感じてました。

ほんとにありがとう✨✨これからもよろしくね

 

親へ

4年間ラクロスを続けさせてくれてありがとうございました。親から部活の理解を得られること、応援してもらえること、金銭的に続けられることは当たり前では無いです。不自由なく、最後の学生生活に好きなことを続けさせてくれたことに感謝しています。姉妹ラクロスをしていて長年玄関が砂だらけだったと思いますが、今後は恩返しできるように頑張ります。

 

最後に37期へ!

雨女、ぎっくりこと、ラストイヤーに色んなあだ名をつけられたりりーです。

 

ちい、しあ、ちゃい、ぴん、すう、びび、まる、べりー、らこ、らら、すかい、める、なつ

 

本当におもしろいおかしい最高の13人の同期。

出会ってくれてありがとう。

 

1年生の頃から準備が遅い人を平気で置いて帰るドライな37期、仲良さそ!?って先輩から言われることもあったけど、私にとってみんなは最高の同期で、4年間続けられた1番の理由です。しんどいと思っても隣を見たら、頑張ってる人、腹ちぎれるくらい笑わせてくれる人、ナイスファイと言ってくれる人がいたから、乗り越えてこれました。(大泣き)

協調性が無いで有名な37期だけど、3部昇格にかける思い、後輩がやりやすい空気を作りたい気持ちとか、チームに向ける気持ちはみんな一つで、熱い心を持った女達とのラストイヤーは本当に濃い時間でした。

 

引退しても定期的にみんなと終電を逃していきたいと思います!

ここでは語りきれない程の苦楽を共にしてきた4年間は宝物です。

4年間ありがとう!

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございました。

これからは後輩のみんながheartsの歴史を作っていきます。ろは率いる26チーム、その先のheartsもずっとずっと応援し、お世話になったチームに出来ることを還元していきたいと思います。

 

改めまして、関わってくださった皆様ありがとうございました!

 

 

これにて、りりーの引退ブログ、

そして37期10名の引退ブログを終わります。

4年間ありがとうございました!

 

#22  りりー

 

 

ベリーからバトンを受け取りました。2025年度HEARTS副将を務めさせていただきました、37期のらこです。


ベリーは、私が体験入部として初めて朝練に行った時に一番最初に声を掛けてくれた同期です。価値観や考え方、趣味が似ていて、私にとって一緒にいると安心できる存在です。しっかり者で、自分の中に芯があるベリーと話していると自分も頑張ろうと思えました。自分のことに集中したいはずなのにマネージャーである私のことまで気にかけてくれて、部活内外でたくさん助けてもらったのでこちらこそ感謝の気持ちでいっぱいです。

1年生の頃から、自分が上手くできた練習動画を画面録画してDFの先輩に送っていたり、私なんかにもプレーに対する意見を求めてくれたりと、努力家な一面を持っていましたが、最後の1年は特に、DFリーダーとして多くの時間をチームのために使ってくれていました。本当にありがとう。25チームが始まる頃は技術幹部になることに対して自信がなくてものすごく不安がっていたベリーだけど、ベリーが技術幹部でいてくれて心の底から良かったです。これからもよろしくね。






改めまして、顧問の加藤先生、コーチの方々、OGの皆様、保護者の皆様、2025年度HEARTSを支えてくださった全ての皆様、この場をお借りして御礼申し上げます。皆様のおかげで、2025HEARTSの活動を無事に終えることができました。



言葉にして伝えるのがあまり得意ではないため、長く拙い文章になるかと思いますが、4年間の中であった出来事、感じていたことをできる限り思いのまま書かせていただければと思います。






大学入学当初は、部活動はもちろんサークルにすら入るつもりのなかった私でしたが、気が付いたら4年間体育会に所属しHEARTSに時間を費やしていました。


HEARTSに入部しようと思ったきっかけは、1年生の頃の体育の授業が同じだった既に入部を決めていた一部の同期たちにマネージャーとして誘ってもらったことです。

中高時代はプレイヤーとしてバスケ部に所属していたものの、毎年どこかしらは大きめな怪我をし、高校3年の夏には前十字靭帯断裂を経験し手術を受けて間もなかったこともあり、体育会の部活動なんて視野にも入れていなかったので、最初は半分冗談のように流していました。笑 しかし毎週のように誘ってくれる同期たちの圧に押され、2週間ほど真剣に迷って悩んで、当時4年生のマネージャーの先輩であるむぎさんに時間を作っていただき、お話しもさせてもらいました。その後体験で多摩川のグラウンドに行かせていただき、朝早くから一生懸命練習に取り組むプレイヤーの格好良さや、チーム全体の雰囲気、そしてマネージャーの先輩方の温かさに惹かれ、その日の練習終わりには入部手続きの話をしていました笑


マネージャー経験もなく、ラクロスの知識も何もない私に1から全て丁寧に教えてくださったむぎさんれいさんうたさん、本当にありがとうございました。


1年生の頃は、ラクロスとマネージャーを知ることでいっぱいいっぱいで、あっという間に過ぎていった気がします。当時のHEARTSのマネージャーは、4年生2人と3年生1人、そして1年生の私という計4人がいましたが、3年生のうたさんが夏頃から1年間の留学に行かれたため、12月に4年生のお2人が引退されたらしばらくは私1人になってしまうことになり、とにかく先輩方から何もかもを吸収しなくてはと焦っていました。

同期のみんなも書いていましたが、当時の4年生はチーム力も技術力も非常に高く、リーグが始まると毎試合で勝利を収め、昇格戦に連れていってくれました。しかしそんな強い4年生が引っ張るチームであっても、昇格戦では敗北し、3部昇格の壁の高さを実感させられました。






再び3部昇格を掲げ始まった23チーム。私にとって23年度の1年間は、マネージャーとしてのプレッシャーや焦りだけでなく、それまでとはまた異なった忙しさや時間の使い方、やらなくてはいけないことの多さにキャパオーバー気味になり、周りを冷静に見ることができなくなっていた1年でした。


特に23チームが始まってすぐは、プレイヤーに迷惑をかけずメニューを時間通りに進められるのか、1年生の私がこんなこと言っちゃって良いのか、などマネージャーが1人だけになることに対する不安だらけでした。同期や、当時怪我の影響で見学されていたじぇりーさんをはじめ、プレイヤーの皆さんにたくさん助けていただきながら、自分なりに精一杯マネージャーとしてできることを模索していたように思います。

5月、同学年マネージャーとしてピンが入部してきてくれました。もともと面識もあり、何よりもマネージャーの同学年ができたことは嬉しい気持ちももちろんありました。しかしその反面、性格が違い過ぎていずれ2人でやっていくという想像はできずにいました。夏になり、うたさんが留学による休部から復帰されたためマネージャーは3人に増え、役割分担ができるようになり少しずつペースを掴み始めました。


先ほど述べた"それまでとはまた異なった"という理由は、内渉係と大会委員を任せていただいたことです。内渉係としては大学とのやり取り・文化祭の責任者、また大会委員としては他大学の同学年や先輩方と共に大会運営に携わらせていただき、それまでとは異なった視点からチームと関わることができました。これらの経験は、目に見える仕事や役割以外にも、こうして見えないところで動いてくれている人がいるから、チームは成り立っているのだなと知ることができた機会でもありました。しかし、大会委員の仕事や、文化祭の責任者をやらせていただいていた中で頭を悩ませることが多く、選んでいただいたにも関わらず無責任ではありますが、この頃は早く内渉と大会委員の仕事から離れたいとばかり考えていました。






チームの一員として活動することに疲れ、難しさを目の当たりにした2年生の終わり頃、同期のマルと共に幹部へのお誘いをいただきました。まさかマネージャーの私が副将になるなんて想像もしておらず、もともとの自分の消極的な性格もあり、その時の驚きは今でも鮮明に覚えています。その日のうちに、副将に選んでいただいた理由がりるさん(24年度主将)から長文で届き、ありがたいことだし喜ぶべきことだとは分かっていても、やはり、マネージャーの私に何ができるのだろうか?どうしたら副将としてチームを支えられるのだろうか?という不安だらけで、自信も全くありませんでした。授業の合間やLINE上でマルと2人で不安を共有し合い、りるさんいおさんてんさんにもたくさん相談に乗っていただいた時間が印象的です。自分の中でも悩んだ結果、大好きな36期の皆さんに選んでいただいたからには、責任と覚悟を持って副将に挑戦しようと決めました。





そんな不安と緊張を抱えたままスタートした24HERATSは、マネージャーとして、副将として、チームのことを考える時間がそれまでとは比にならないほど圧倒的に増えた年でした。同期との関わり方がわからなくなったり、マネージャーと副将の両立が難しいと感じてしまったり、自分自身とも時間を掛けて向き合っていました。「マネージャーだからこその副将像」と「副将だからこそのマネージャー像」、この2つを見つけるためにもがいていた気がします。本当は2人きりの組織幹部として一緒に頑張らないといけない立場なのに、私に何かあると一瞬で見破って声を掛けてくれて、優しい空気で包んでくれた強くて温かい24主将りるさんには、感謝してもしきれません。24HEARTSの1年間は、りるさんをはじめ、周りの方々のおかげで少しずつ副将として、またチームの一員として、視野も広がり、自分の中で考え方やHEARTSへの向き合い方に良い変化があったと思います。最後まで頼りなかったかもしれないけれど、間違いなく、私の人生に欠かせない大切な転機となりました。こんな私を3年副将に選んでくださった36期の先輩方、本当にありがとうございました。 


たくさんお世話になった大好きな36期と活動できる時間を少しでも長くしたいという想いで迎えたリーグ期。現実は厳しく、1・2戦目が敗北で終わり、最終戦を前に3部昇格には届かないことも決定してしまい、悔しい気持ちでいっぱいでした。しかし、最終戦は24チームとして勝って終えるという目標を掲げた36期を、笑顔で送り出そうと心に決め、無事24チーム初の勝利を収めることができて本当に嬉しかったです。それと同時に、次の練習からは36期のいない自分たちの代が始まってしまうことが不安で、怖かったことを覚えています。






いよいよ始まったラストイヤー。

「SEEK UNITY - 心をひとつに。責任と感謝を力に変え、愛されるチームを創る。」というスローガンを掲げ走り出した25HERATSは、思うようにいかないことの連続でした。

例年にないことが次々に起こり、テストオフも毎日のように大学に行って話し合ったり、夜遅くまでzoomしたり、答えの出ない問いに組織幹部3人で向き合い続けていました。その中で、最高学年として、幹部として、それまでの言動や考え方を見つめ直し、チームの在り方について改めて考えさせられました。






そのような状況下でも着実に成長していくプレイヤーのみんなをずっと近くで見てきたため、今年度こそ昇格するんだと強く願って臨んだリーグ1戦目。先制点こそ獲得できたものの結果は9-14で敗北。試合後に涙を流す同期を見て、本当に悔しかったです。しかし次の練習からは、あんなに涙していたとは思えないほど明るく前向きに振る舞う同期に内面的な強さを感じました。確かに悔しさがあったのは間違いないですが、昇格戦の希望はまだ絶たれていないし、マイナスな気持ちを引きずって練習していても勝利に近づけるわけではない。だったら、切り替えて前を向いて明るく楽しく取り組んだ方が次に繋がるのではないかという、37期らしい選択だったと思います。


そうして気持ちを切り替え、2・3戦目は19-3、21-3と勝利で終えることができました。最終的に昇格戦に行くことは叶わなかったけれど、4年間のHEARTS生活の中で見たことないほどの圧倒的勝利を決めてくれたみんなが最高の誇りです。

実際にコートに立ってプレーしてくれたのはプレイヤーであり、点を取ってくれたのも、ゴールを守ってくれたのもプレイヤーです。私たちマネージャーがやっていることが直接結果に繋がったわけではないかもしれません。それでも、マネージャーとして頑張ってきたことが報われたと感じられる瞬間でした。






HEARTSで過ごした日々は、1日1日が濃くて、引退までまだまだ先は長いと思っていたのに、いざ終わってみるとあっという間な4年間でした。誰かのために努力する喜びを改めて知り、困難を困難と捉えず楽しめる強さを身に付けられた気がします。一度自分が決めた道だから逃げ出したりせず、絶対に最後まで続けたい。これまで多くの分岐点があった中で選んできた全てを、最後には正解だったと言えるように歩んできました。


楽しい!嬉しい!というポジティブな感情だけでなく、むしろ辛いこと、大変なこと、理不尽なことなど、ネガティブな感情や出来事の方が多かったと思います。でも引退から2ヶ月以上が経った今、「マネージャー経験がないから」「みんなと1ヶ月遅れの入部になるから」などとあんなに悩んでいたあの頃の自分がバカらしく思えるほど、入部という選択をして正解だったと胸を張って言えます。






家族へ

朝車で送ってくれたり、部荷物を手伝ってくれたりしたお父さんも、定期的に家に届く大量のテーピングたちの置き場を考えてくれたり、私が家を出るのは4時台なのに毎朝必ず起きて玄関まで見送ってくれて美味しいご飯と楽しいお喋り時間で気分転換してくれたりしたお母さんも、体育会の先輩としても愚痴を聞いて相談に乗ってくれたり、アドバイスをくれたりしたお姉ちゃんも、みんなのおかげで最後まで続けられました。マネージャーだから試合には出ないのにリーグの応援は絶対に来てくれて、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします。



後輩たちへ

自分がしんどい時、自分だけが大変な思いをしているような感覚になることがあるかもしれません。そんな時こそ周りに目を向けてみると、必死にもがいて自分と闘っている仲間がいて、みんなのために頑張ってくれている仲間がいると思います。私はそんな仲間たちの存在のおかげで、自分が大変なようにみんなもいろんなものを抱えながら自分や誰かのために奮闘していることを知り、周りの方や環境に常に感謝とリスペクトの気持ちを持つことの大切さを学ぶことができました。HEARTSはたくさんの方の支えで成り立っていることを忘れず、楽しんでラクロスしてね。ろは率いる個性豊かなみんなが創り上げる26HEARTSを楽しみにしています。



ここへ

マネージャーとしてHEARTSに戻るという選択をしてくれて、本当にありがとう。不安なこともたくさんあると思うけれど、わからないことはわからない、大変なことは大変って言って良いし、周りにいるプレイヤーのみんなの力も借りながら、ここが思うマネージャーを築いていって欲しいです。今まで以上に成長したここに会えるのを楽しみにしてるね!



らおへ

この1年間共にたくさん頭を悩ませ、一緒に闘ってくれてありがとう。1年前、らおが副将を引き受けてくれて、同じ副将として頑張ることができて良かったと心の底から思います。引退の日にくれたお手紙は、私にとって大切な宝物です。大変なことや不安ももちろんたくさんあると思うけど、25チームを乗り越えたらおなら大丈夫。ラストイヤー、とにかく楽しんで最後まで駆け抜けて欲しいです。またすぐご飯いこう!




ピンへ

2年生という難しいタイミングで、マネージャーとして入部することを決めてくれてありがとう。これまでも何度か言ったことがあると思うけれど、ピンが入部するってなった時は本当に不安でした(笑)あまり深く関わったことはなかったし、性格も真逆で、上手くやっていける自信がなかったです(笑)でも23チームが終わったらマネージャーが私たち2人だけになるという焦りから、私がどんなに厳しく言ってしまっても、どんなに知識を一気に叩き込もうとしてしまっても、しんどい気持ちもあっただろうに踏ん張ってくれてありがとう。同期の中に同じマネージャーがいてくれたことはもちろん、チームとしてもマネージャーが私たち2人の期間が1番長くて、ピンがいなかったら私は乗り越えられなかったと思います。いつの間にか不安とか相談とかいろんなことを分かち合えるようになり、その凸凹さがぴったりはまる感じでちょうど良かったし、私にはないものをたくさん持っているピンにたくさん助けられました。技術幹部が考えてくれた大切なメニューを滞りなく進めたい、プレーヤーのみんなに思う存分練習に集中して欲しい、という想いがお互いに強いが故に、練習中、意思疎通が上手く行ってなかったり、報連相ができていなかったりすると、普通にちゃんとケンカというか言い争いをしてしまっていた日々が懐かしいね(笑)隣にいてくれて本当に心強い存在でした。ありがとう。




同期のみんなへ

1ヶ月遅れという謎タイミングで途中入部させてもらった私を温かく迎え入れてくれてありがとう。すかい・らら・める・なつ・ぴん・ちぃ・すう・べりー・びび・りりー・ちゃい・まる・しあ、この13人と同期になれて良かったです。(部活動に所属する1つの学年としては良くないことかもしれないけど、)人にそこまで興味がなく、協調性のカケラもなかった37期だったからこそ、変に気を遣い過ぎない距離感が私にとっては居心地良かったのだと思います。協調性こそないけれど、「練習中の雰囲気は悪くならないようにしたい」という共通認識や、昇格への想い、練習中私たちマネージャーの声を必ず復唱してくれるような優しさを持っているみんなとだから、最後まで続けることができました。最後の1年は、ただ試合会場を走っただけなのにマネージャーのくせに前十字靭帯を再断裂し、25チームの初っ端から手術とリハビリで休部させてもらったり、復帰してからも動きに制限があったりで審判もできなくなり、迷惑をかけてしまって申し訳なかったです。たくさんサポートしてくれてありがとうございました。4年間、頼りないところや至らないところもたくさんあったと思うけれど、同期でいてくれて本当にありがとう。






次はついにラストを飾る我らが主将リリーです!

リリーとは小学校からずっと同じなので出会って16年、同期歴は中高時代のバスケ部も含め10年です。思ってることや考えていることは言葉にしなくても大体分かるし分かってくれる、そんな存在のリリーが同期にいてくれたことは私にとって安心要素だったし、最後の1年は主将副将としてもいろんなことを分かち合いながら過ごしました。主将としてチームを引っ張ってくれるリリーは格好良く、普段はちょっと天然で面白くて愚痴も相談も受け止めてくれる優しい人です。主将を務めてくれて本当にありがとう。

37期引退ブログのラストを、リリーらしく格好良く最高な形で締め括ってくれると思います!



聖心女子大学ラクロス部HEARTSを応援してくださっている皆さま、そして日頃より支えてくださっているすべての関係者の皆さまに、心より感謝申し上げます。



まるからバトンもらいました。べりーです。

まるは、要領よくて人との関わり方が上手くて、尊敬するところばかり。たくさん自主練誘ってくれたり、しんどい時には頑張る力をくれた同期の1人です。

そして'25HEARTSでは一緒に技術を務めた、頼れる相棒!!恥ずかしくて直接は言えなかったけど、こんな私を"相棒"と言ってくれたことがほんとに嬉しくて、、。遠征の帰り、隣で寝る姿を見ながら泣きそうでした。私よりも何倍もしんどいことがあったはずなのに、あやのために私ができることはほんと小さなことで、力になっていたか不安でしたが、あやの引退ブログを読んで救われました。

これからもお世話になります。末永くよろしくね。


▷同期エアビでの一枚



引退ブログもいよいよ自分の番になりました。

4年間を振り返ってみると、本当にあっという間でした。気づけば終わっていたような感覚なのに、思い返すと一つひとつの出来事が濃くて、嬉しかったことも苦しかったことも全部詰まった時間だったなと思います。あっという間だったけど、間違いなく最高な4年間でした。


引退してからも朝練に参加したり、他大の試合を見てると、ラクロスが羨ましくなる一方で、現役の頃のようには起きれず動けなくなっている自分を感じながら、当時の自分と現役の後輩たちを尊敬する毎日です。


自分の気持ちやお世話になった方々への感謝をうまく伝えられるか心配ですが、こんな機会はこの先きっとないと思うので、思うままに書こうと思います。拙い文章にはなりますが、お時間のある時に読んでいただけたら幸いです。



'22 HEARTS

HEARTSとの出会いはインスタでの新歓でした。チームの明るい雰囲気に惹かれ、体験会参加直後に入部届を提出しました。

そんな私のラクロス生活は、同期からの"鬼電"で幕を開けました。早起きは大の苦手なのに、「なんとかなるでしょ」と勢いで入部。ところが初日から電話をもうことになり、4年間続けられるのか不安になったのを覚えています。


ラクロス1年目は、とにかくがむしゃらでした。毎日の荷物運びもグラメも、今思えば大変なのですが、当たり前だもんなあと思いながらも、言われたことをがただただがむしゃらにこなす感じでした。ラクロスについて何も分からない状態で入部しましたが、ナイスプレーは褒めて、分からないところは分かるまで教えてくれる先輩がいて、そして一緒に頑張る同期がいて―そんな恵まれた環境のおかげで毎日が楽しく、朝練に行きたくないと思った日はありませんでした。


リーグが本格的に始まり、1年生もBチームの一員として練習するようになりました。ですが、この年は、コロナ禍ということもあり、BチームをBチームのメンバーだけで運営しなければならないという厳しい組織体制でした。本来なら自分のことだけに集中したいはずなのに、ヒヨコ37期を含むBチームを仕切ってくださった先輩方には本当に感謝しています。自分のことだけを考えて練習できる環境が、どれほど恵まれてたものだったのか、あとになってから気づきました。


リーグ戦では、試合を重ねるたびに強くなっていく先輩方を目の前に、1年生だった37期は、シュートが決まるたびにお祭り騒ぎ、毎週のように勝利ダンスを準備して、リーグ期間が楽しかった記憶しかありません。


▷ダンス部兼お守り作成部だった37期

:らこ.まるとお守りキット作ったのも思い出


そして、ストレート勝ちで掴み取った入れ替え戦、絶対昇格すると信じていました。しかし結果は、2点ビハインドで4部残留。最強だと思っていた'22 HEARTSでも達成できなかった『3部昇格』がどれほど大きな壁であるのかを、当時の私は理解できていませんでした。


ユニフォームも着ず、応援席で応援するだけだったとしても、振り返ると入れ替え戦という舞台を経験できたことは、私にとって大きなことでした。「もう一度あの場所を経験したい」「後輩にも経験してもらいたい」という想いが、ラクロスを続ける理由の一つになっていた気がします。



'23 HEARTS

この年、大きかったことは育成係を務めたことでした。お世話になった育成係の先輩たちが、Aチームや試合で活躍していたこと、そして育成係が自分の成長にも繋がることを信じて、重い係であることを知りながらも務めることにしました。ですが、想像以上に大変でした。ゼロから育成することの難しさを痛感し、それだけでなく、育成係になったことで、見えないところで先輩方がどれだけ動いていたのかを1年越しに知りました。また同年に、グラウンド係やOG係を任せていただき、円滑な練習の運営や部の存続には、多くの人が関わっていることも知りました。


リーグベンチ入りを目標に迎えたラクロス2年目。

初めてのAB分けでは、ありがたいことにAチームに入れてもらいました。引退を控える35期DFのお2人と、少しでも長く一緒に練習したい。その気持ちだけで、喰らい付いていた記憶があります。

先輩方とDF面のスキルでは差が大きい中でも、パスキャだけは負けないと一個一個のパスキャにはめちゃくちゃこだわっていました。DF陣の中でも自分が自信持ってできることを見つけたくて、DFなのにOFをやってみたり、その振り返りを同期のOF陣に聞いてみたり。やってることは細くてすぐには成果の出ないことだったけど、間違いなく成長した1年だったし、自信に繋げるための必要な時間だったと思います。


先輩に引っ張ってもらいながら迎えた'23リーグ。

目標にしていたリーグ戦ベンチ入りは、1戦目果たすことができました。1戦目も2戦目もDF5枚目が試合に出れない展開が続きましたが、チームのために戦う先輩方を間近でみれたことやベンチの熱気を経験できたことだけで満足していました。

'23リーグで印象深いのがやっぱり創価戦。この試合も苦しい時間が続きましたが、チームの流れを同期が変えたことがありました。HEARTSの1点目はちゃいちゃんの初シュート。泣いて喜びました。チームとしては悔しい結果ではありましたが、同期が大活躍する姿を見て、誇らしい気持ちでいっぱいでした。

ですがその試合をきっかけに、試合に出てない自分がAチームで練習する意味について考えるようになりました。自分がセットに入ることで、先輩のセット数を減らしてしまっているのではないか。むしろ、邪魔をしているのではないか。そんなことまで考えてしまうようになりました。それでも、そんな気持ちとは裏腹に、先輩たちは私をセットに呼んでくれて、たくさんのアドバイスをくださいました。その優しさが嬉しくて、してもらったことを無駄にしないよう、自分にできることをコツコツと頑張るしかないと思うことにしました。


最終戦後、チームのために全力を尽くしたDFの先輩方に「出させてあげられなくてごめんね」と言わせてしまったことが、今も心に残っています。この言葉が、「お世話になった方々にプレーで恩返しする」という目標のために、HEARTSで頑張り続ける私の力となりました。


▷お世話になった'23 DFチーム

:先輩に囲まれた毎日は、本当に幸せでした。

どんなプレーでもまず褒めてくれて、たくさん甘えさせていただきました。そんな恵まれた環境の中で練習できたからこそ、間違いなく自分が成長できた一年だったと思います。心から感謝しています。



'24 HEARTS

去年の悔しさをバネにチームにプレーで貢献することを目標にした3年目。全然思うようにいきませんでした。

2年生からAチームに入れてもらったのに、そんなこと言える状態ではありませんでした。「一緒に出たいよ」と言ってくださる先輩や「応援してる」と言ってくださるDFコーチになかなか応えることができず、ずっともどかしかったです。


同時期に来年の幹部決めも進み、’25で技術幹部を務めることが決まりました。本来なら実力が伴っているはずの立場であるにもかかわらず、Aチームに上がれない、試合に出られない状況が続き、気づけばリーグ期はずっとBチームでした。


4Qの終わりでなんとかフィールドに立てた2戦目。ずっと目標だったその時が来たのに、何もできませんでした。結果は敗北。『3部昇格』が叶わないと分かった時、今年もチームに貢献できなかった悔しさと同時に、大好きな36期の引退が明確になったこと、そして何より大きな目標が自分が技術を務める'25チームに持ち越されることに、不安で涙が止まりませんでした。

▷緊張でプレー中の記憶がほとんどない2戦目



36期引退の最終戦、来年技術を務めることが決まっている人が、ユニフォームも着ないベンチスタッフ。技術をやることを隠したいほど、恥ずかしかったです。1番長く一緒にDFをやったであろうみいさん、ずっとずっと優しく接してくださったくうさんの最後の試合で一緒にフィールドに立てないこと、悔しかったし、情けなかったです。


最終戦終わり、'24HEARTSで1番お世話になったコーチのしゅうこさん.ゆりこさんの前で大号泣。今思うと4年間で1番泣いた時でした。とにかく不安でしかなかったです。



'25 HEARTS

技術幹部は私にとって大きすぎる挑戦でした。

プレーでチームに貢献したことないし、自分が幹部になるなんて考えてもいなかったのでたくさん悩みましたが、出来る機会などそうそうないと思いラストイヤーに挑戦することを選びました。


挑戦すると決めたはいいものの、できないことばかりでした。メニュー前のポイント確認も私が言っても説得力ないし、慣れないことばかりで毎練習不安でしかなかったです。DF幹部としてやるべきことはたくさんあるのに、5月のチェレンジカップまでは正直自分のことでいっぱいいっぱいでした。ポイントや戦術を言うからには自分が一番体現しないといけない、できることを増やしてそれを確実なものにしていかないといけない。プレッシャーを毎日感じながら、春練期間はみんなへ何かアドバイスをすることよりも、DFポイントを自分が一番体現することに必死でした。


一年通して、特に不安やプレッシャーを感じていたのは今年から始めた"技術mtg"の時間でした。咄嗟に考えを話すことが本当に苦手で、毎週毎週自分の不器用さに落ち込むばかりでした。それでも'25 DF/Gみんなでプレーについてたくさん話し合って、振り返って、新しいことにも挑戦した時間は、チームとしても個人としても少しずつですが、自信につながる時間だったと思っています。


できることが少しずつ増えても、技術として練習に参加するのが嫌で、朝練に行きたくないと思う日が続いたり、練試の前日は勝てるか不安でなかなか寝付けなかったり。技術をやると自分で決めたのに、全てを投げ出して辞めてしまいたいと思う日の方が断然多かったです。それでもグラウンド着いたら、一緒に頑張る賢くて真面目なマルリロがいて、練習全体を盛り上げてくれる同期がいて、「まず今日頑張ろう!」とか「明日はオフだ!」とか言ってなんとか1日1日を乗り越えてた気がします。


いよいよ始まった'25リーグ戦。

DFリーダーとして、初めてリーグ戦のスタメンでフィールドに立ちました。迎えた初戦、最後相手の流れを変えることができず、敗北。一緒に頑張ってくれた後輩に「ごめんなさい」と言わせてしまったのが心に残ってます。今でも「どうしたら勝てたかな」と考えては悔しくなります。


それでも2戦目・3戦目には圧倒的な勝利で終えることができたのは、最後まで入れ替え戦の可能性を信じ、全員ができることをやり切ったからだと思います。しんどいと感じることの方が多かったですが、3戦目の4Q途中、楽しすぎて終わって欲しくないなと思ったほど、みんなで掴んだ2勝、最高な時間でした。


見にきてくれた人が「楽しかった!」って言ってくれて、36期の先輩に「楽しそうで羨ましい!」って言ってもらって、私が一年生の時に先輩の試合を見て感じてた楽しさを、見てる人たちも同じように感じてもらったことが嬉しかったです。

また、目標にしていた、『お世話になった方々にプレーで恩返しする』が達成できた気がして、もっともっと嬉しかったです。

▷'25HEARTS "SEEK UNITY"



'26HEARTSを頑張る後輩のみんなへ

最終戦の’26チームの試合、本当に感動しました。あの一戦が、少しでもみんなの自信につながっていたら嬉しいです。それぞれにいろんな状況や立場があると思うけれど、悔いのないようにラストまでやり切ってほしい!!HEARTSのナイスプレーに、全員が飛んで喜ぶ。そんな瞬間が当たり前のようにある、素敵なチームでこれからもいてほしいなと思います。

自分が先輩でいるのが上手じゃなくてミステリアスって言われたこともあったけど、親子やファミリーで一緒だった子たちは「べりーさーん!」ってたくさん話しかけてくれて、とっても嬉しかったよ。ありがとう。



’25 DF/Gのみんなへ

ラストイヤーに技術幹部を任せてもらって、そして頼りないDFリーダーについてきてくれて本当にありがとう。

mtgで説明したことを練習で積極的にトライしてくれたり、それに合わせて改善点一緒に見つけてくれたり。みんなに助けてもらったから最後まで務めることができました。

特にDFズ。DFを選んで良かったと何度思ったことか。常に支えてくれて一緒に頑張ってくれたビビ、誠実に努力し続けられるハニ、安定的なDF力で引っ張ってくれるナル、悔しいなかでも常に優しい言葉をかけてくれたセラ、負けず嫌いを強さに変えるイヴィ、チャレンジ精神旺盛で伸び代しかないレベ。たくさんみんなに助けてもらいました。感謝してもしきれません。プレーで悩むことがあっても、ひとりで抱え込まず、ぜひ周りを頼ってください。みんなで話し合いながら、もっともっと素敵な’26DF/Gチームをつくっていってね。ずっと応援してます。



'25技術ズへ 

3年生から技術を務める2人には、私は一生頭が上がりません。これはまるりろと3人で技術をやると決まった時からずっとです。技術をやるか迷った時、一緒にやるのがまるりろだとわかっていたから、私も2人と頑張りたいと思って、技術を決断したのも事実です。最初は不安でしかなかったけど、2人がいたから不安を自信に少しずつ変えていくことができました。2人がシュート決めた時は特に嬉しかったし、2人に褒められた時はもっともっと嬉しかったよ。

幸はラスト一年、無理せず適度に息抜きして悔いなく最後までやりきってね。ずっと応援してます。

一緒に技術できて幸せでした。本当にありがとう。



37期のみんなへ

まずはこれまで本当にお疲れ様。

ベタベタせず、程よくドライな37期。独特の距離感で先輩に「仲良いの?」って言われたこともあったけど、私にとってはとても居心地が良かったです。みんなの大切なラストイヤーに技術を任せてもらえたこと、とても感謝しています。同期mtgすると、みんな根っこにある想いが同じで、その中でそれぞれがHEARTSに向き合っている姿が印象的でした。そんな熱い気持ちを持つ同期が近くにいることはとても心強かったです。


最後の最後まで同期に怒られる圧倒的トラブルメーカー、何でも理解してくれる出会って10年の腐れ縁、いじられポジな単細胞のパンピー代表、遅刻ギリギリのため朝から河川敷を猛ダッシュするMG、何でも信じちゃう素直すぎる優しいお姉さん、朝から口が回りすぎですぐ嘘ノリ始める大切なDF同期、私への煽りスキル高めな相棒technical chief、べりー専属ハサミ係も兼任していた敏腕MG、雨女の力を発揮し夏合宿には雷まで落とした主将。そして途中でお別れしてしまった同期にも感謝してます。みんな出会ってくれてありがとう。


楽しいも苦しいも色んなことあったけど、37期としてHEARTSに入部して本当によかったと思ってます。いくつになって定期的に集まってしょーもないことで笑おうね。また会う日までみんな元気で!!


▷雨でキラキラしてる37期✨

:私とちゃいちゃん、iPadのホーム画これです



ちゃりの2人へ

4年間何かと一緒にいることが多かったはるか、まりこ。

朝練終わりの寄り道も遠征の移動も、そして緊張のリーグ前夜もずっと隣にいてくれました。良くないところは良くないってちゃんと伝えてくれるし、しんどい時は話聞いてくれて、今年は特に近いところで支えてもらいました。2人がいないラクロス4年間は考えられません。

真面目な話もくっだらないノリも一緒にいるのが今も本当に本当に楽しい。4月まではイベント盛りだくさんだけども、社会人になっても話したいこといっぱいいっぱいになる前に定期的に会いましょう。

末永くよろしくね。


▷チャリ組Big Love



#0156の皆さん

読んでるか分からないけど伝えさせてください!

しんどい時みんなに会えばなんか気持ちが軽くなってて、ほんと心のオアシスでした。朝練で先に帰ったたり、途中参加する私を、先輩は身体面心配してくれるし、同期はいつも褒めてくれるし、後輩は応援してくれるで、たくさん助けてもらいました。本当にありがとうございます。

ウェルカムマッチに来てくれた人もいて、助けてもらってる人たちに楽しんでもらえたことが本当に嬉しかった!もう少しお世話になります。最後まで楽しもうね。



家族へ

4年間ラクロスを続けさせてくれて、遠くても寒くても毎試合応援に来てくれて本当にありがとうございました。

恥ずかしいくらい目立つ色の服装、そして大きな声で応援してくれるので、私が気づく前に同期に「ママパパ来てたよ」って言われることの方が多かったです笑大学で運動部に所属する仲間が身内にいたのも、私にとっては救いだったと思います。私よりも何十倍も大変そうなので、ケガせず大きく強くなってください笑

3人ともHEARTSの試合を見て、楽しかった!と言ってくれたときはやってて良かった、頑張ってよかったと嬉しくなりました。社会人も頑張ります。



最後まで読んでいただきありがとうございました。

4年間たくさんの人に支えられて続けることができました。お世話になった方々に感謝の気持ちが伝わっていたらとても嬉しい限りです。



残すところ2人になりました。次は、らこです!

らこの視野の広さと記憶力はやーばいです。笑

私がしんどい時にいち早く気づいて、さらっと優しい言葉をかけてくれるので毎度とても助けられていました。振り返りが長引いてメニューが押しても細く修正してくれたおかげで、その日予定していたメニューを終わらせることができました。リーグ期後半、撤退が押しまくったことはごめんなさい。笑同期としても、幹部としてもさらに助けられてばかり。本当にありがとう。

副将としてもMGとしても私たちの見えないところでやってた細かい仕事、たくさんあったと思います。

そんならこの引退ブログ、私も楽しみです!



▷37th幹部ズ



 

ビビからバトンを引き継ぎました、マルです。

ビビはチームの中でのムードメーカー!オチのあるトークと、ボケとツッコミの二刀流で、関西出身の私から見ても、関西人並みに笑わせてくれる最高な同期です。でも私はもう一つビビの努力家の一面を知っています。負けず嫌いの性格から、何時間もビデミをし自分の課題と真摯に向き合い、OFの私からのアドバイスもプライベートでは全く見せないような顔つきで真剣に聞いてくれる。壁当てに誘ったら、予定パンパンの中、深夜から集まったりしたこともありました。今年の初戦では、苦しい展開の中でもビビの励ましの声かけがチーム全体の士気を上げてくれて、とても力になっていたことは忘れられません。そんなビビとトイメンでプレーするのが楽しくて、ついつい練習中はちょっかいを出したくなる同期でした。いっぱい一緒に思い出を作ってくれてありがとう。大好きです!

 

*一緒にマレーシア旅行に行った時のワンショット

 

改めまして、聖心女子大学ラクロス部HEARTSを支えてくださっている皆様、並びに日頃から応援してくださっている皆様に、この場をお借りして心より感謝申し上げます。

 

気づけば、怒涛の4年間にも終止符が打たれ、引退してから1ヶ月以上が経った今でも、まだどこか引退した実感が湧いてないですが、ついに私も引退ブログを書くときが来てしまいました。当時の感情や考えなど、全てを言語化するのは難しいですが、「37期 マル」という人がHEARTSに在籍していた証として、できる限り素直に文章を綴りたいと思います。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

 

 

私がラクロス部に入部するきっかけとなったのは、同期のある人の強い勧誘のおかげでした。シアとは、1年生の体育の授業が同じになり、ある推しグループが同じというだけで意気投合し、初めて喋った授業のあとはそのままスタバに行って、何時間も一緒に喋り倒したのを覚えています。大学で部活に入るなんて1ミリも視野にありませんでしたが、そんな私を大きく動かしたのが、シアの「一緒にラクロス部入らない?」という一言でした。普段からあまり優柔不断な方ではありませんが、2回目くらいの勧誘で、「私もラクロス部入る!」と体験会も行かず、締め切り当日に入部願を出したのは、今振り返ってみてもかなり突発的だったなと思います。

入部当初の私は、今まで見たこともない道具で軽々とプレーをしている先輩方のカッコ良さに圧倒され、早く私も上手になりたい、先輩のようになりたい、という一心で、ひたすら自主練に行っていました。その自主練バディもシアでした。広尾で遭遇すると必ず2人ともクロスを持っていて、「ちょっとだけしない?」と言って高架下に行ったものの、結局暗くなるまで何時間もしていました。まだ習ったこともないフットワークを見様見真似で2人で考案し、自主練に来たのになぜか部活中と同じくらい汗だくになっていたのはいい思い出です。

 

*自主練の合間に小腹を満たすシア

 

私が1年生の時の4年生の先輩方は圧倒的に強い代でした。練試で勝つのは当たり前で、リーグのブロック戦でも全勝。負けているところなんて見たことない22HEARTSでしたが、入れ替え戦の結果は敗北。「あと2点の壁は私たちにはすごく高いものでした。」と涙ぐみながら話してる当時の主将のらみさんを見て、この人たちでも勝てない3部の壁を壊すのは、そう簡単なものではないのだと、言葉も出なかったのを覚えています。

 

 

とにかくまず自分の技術を上げなければ試合に出られない。そんな少しの焦りを抱えながら迎えた2年生は、大きな変化に押しつぶされそうな1年でした。

1年生の頃は、全員が同じ育成メニューに取り組み、新人戦という共通の目標に向かって一丸となって燃えていました。それとは打って変わり、AB分けやリーグのベンチメンバーなど、目にみえる評価を受ける立場になり、仲良いはずの同期の間にも、いつの間にか見えない壁ができていました。スポーツ経験者にとっては当たり前のことかもしれませんが、今まで自分自身と向き合えば、それとなく結果が出てきた個人スポーツしか経験してこなかった私にとっては、この独特な雰囲気はどこか居心地が悪く、自分はどうしたらいいのか分からない、と悩む毎日でした。

そんな中迎えた、リーグ2戦目。ありがたいことに1戦目から、当時はMFのスタメンとして出させてもらえていましたが、リーグ戦当日に呼ばれたのはATでした。まだ試合経験もほとんどなく、急な変更に戸惑い、他のATと十分なコミュニケーションも取れないまま試合が始まりました。ベンチに戻ると、「今日はATなんだから、ゴールだけ見てもっと点を入れてこい」というヘッドコーチの一言。リストレ上からの動きだしや、クリアの連携など、自分の中では何一つ力になれないまま、4Q終了の笛がなった時には5点差がついていました。試合に出られず、悔しい思いをしている先輩、同期がいるのにも関わらず、自分の無力さを痛感し、正直ボロボロだった試合。人に頼るのが得意ではなく、20年間で一度も自分のことで母の前では泣いたことがなかった私が、初めて電話越しで大号泣した日。あの日のことは忘れたくても忘れられません。いつも的確にアドバイスをくれる母からの言葉は、「与えられた役割の中でよく頑張ったと思う。でもそんなに辛いなら、辞めてもいいんだよ。」というものでした。「一度やると自分で決めたことは絶対に投げ出さない」をモットーにしていたはずなのに、その時の私は、自分と向き合うことを避け、逃げ道を探しては、弱音を吐いているだけでした。

 

*今では幻のMF時代

 

そんな精神面がぐちゃぐちゃだった矢先、来年度の技術幹部の話をいただきました。後輩からは不思議に思われるかもしれませんが、私はもともと人前で話すのが苦手で、どちらかといえば目立たず、ひっそりと過ごしていたいタイプの人間なので、歴代の先輩方の姿を見てきて、「自分には絶対に向いてない」と思っていました。同じく幹部の話をもらっていた同期のラコとは、授業の空きコマに集まっては2人で下を向き、「どうしよう」という言葉を繰り返していたのを覚えています。それでも最終的には、「この機会が自分の成長につながるかもしれない」と前向きに捉え、挑戦することに決めました。

 

 

右も左も分からないまま始まった、技術幹部としての3年生。正直、2年生の頃思い描いていた技術幹部像と現実は、想像の100倍も波乱万丈なものでした。

私の中の技術幹部のイメージは、圧倒的技術力でチームを引っ張っていくリーダー。でも、当時の私は圧倒的な技術力もなければ、リーダー気質でもない。自分の中での理想像だけがどんどん膨らみ、その姿に追いつけない自分が情けなくて、日々自信を失っていきました。mtgで部員の前に立つ時も、「自分で説明しているくせにできてないなんて恥ずかしい」、「できてない人にアドバイスされたくない」—誰かはそんな風に自分のことを思っているのではないかと、目を合わせるのが怖くて、気づけば下を向きながら話すのが癖になっていました。そんな時コーチは、「ゲームをコントロールする力さえ身につけられたら、圧倒的な技術力はいらないから大丈夫」という言葉をかけてくれました。自分に必要以上の負荷をかけすぎていた私からすると、その何気ない一言が救ってくれました。毎日深夜まで続く技術mtg、練習後の話し合い、そして夏合宿の深夜3時まで続いたmtgでは、初めて「これもうダメだ」と脳が限界を迎えそうになっていたのを覚えています。

 

*大好きなりるらむファミリー

 

大所帯な部活じゃないからこそ、一人ひとりが勝ちにこだわり、同じ目標に向かって進まなければ勝つのが難しい中、自分たちが馬鹿正直に時間をかけて考えた戦術が、本当は誰にも届いていないような気がして、苦しくなる時間もありました。それでも試合に負ければ、「戦術のせいだ」という言葉が刺さってくる。表ではなるべく暗い顔をしないように気をつけていましたが、何かあった時は必ず、同期のベリーには見抜かれていた気がします。同じ学科、同じ授業、同じ班(席は隣)なだけあって、「何かあった?」と聞いてくれるベリーは、数少ない私のはけ口になってくれて、いつも中立の立場で聞いてくれて、すごく感謝しています。ありがとう。もう一人、私のことを理解し、どんな時も支えてくれた恩師がいます。この人のおかげで、確実にラクロスIQは上がったし、私の異変にはすぐに気づいて、「あや大丈夫?」とラインをくれるのはこの人だけでした。正直、引退した今でも、こんなにも人のために誰よりも1番に動いて、自分の体力が尽きるまで問題に向き合い続ける人は見たことがありません。過労死しちゃうんじゃないかと本気で心配になるほど、偉大な人です。「何があっても、私が盾になるから」。この言葉には、何度救われたか分かりません。

そんな波乱万丈な24HEARTSも終わろうとしていたブロック最終戦の最後には、4年生が引退し、頼れる存在がいなくなる来年度への不安で、大号泣でした。「私、もう絶対やっていけないです」と、引退したばかりの4年生とコーチに泣きついていたあの日のことを、今でも鮮明に覚えています。

 

 

 

不安に押しつぶされそうになりながら迎えた、最高学年としての25HEARTS。「自分がチームを引っ張らなきゃ」と、とにかくがむしゃらだったこの1年は、つい最近のことなのに、なぜか1番記憶が曖昧な気がします。

不安のまま始まった25HEARTSでしたが、そんな気持ちを掻き消してくれるぐらい、同じ技術幹部を務めたベリーとりろには、本当に沢山支えられました。努力家のベリーと、真面目すぎるくらいなりろと一緒にいると、多分私が1番適当屋なんじゃないかなと思います。練習後3人で座り込み、気づけば昼まで喋っていたり、夜行性の私とベリーに合わせて、絶対寝たいはずなのに夜からのmtgに付き合ってくれるりろ。夏合宿では、花火返上でビデミをしたこともありました。沢山の思い出があって、今振り返ると、いいタッグを組めていたんじゃないかなと思います。

 

*タッグといえばこの2年間で何千回も呼んだ”チャイちゃん”

 

プレー面では、自分の技術向上よりも先に、後輩の育成に力を入れるようになりました。チーム全体を見る立場である技術幹部としては当たり前なことですが、3年生の頃の自分を思い返すと、自分のことで精一杯で、疎かになっていた気がします。

昔から後輩が得意ではなかったので、後輩には、「マルさんに話しかけるのなんて無理ですよ」と何回言われたかわかりませんが、今年はちゃんと後輩と向き合い、沢山関われた1年だった気がします。特に毎週のビデミでは、同じポジションのATズに、このmtgの時間が苦だと思ってほしくなくて、勝手に「気楽にわちゃわちゃ」というテーマを決めていました。楽しい時は全力で笑い、悔しい時は隠さずに泣く後輩。一見、一匹狼が集まったように見える同期ですが、みんなが集まれば思ったことを素直に言い合い、羽目を外す時は思いっきり外せる。私が1年生の頃に憧れていた4年生の姿とは程遠かったかもしれませんが、37期なりに、私たちの代を作り上げられたのではないかなと思います。そんな30人で作りあげる25HEARTSは、一言では表せないぐらい楽しくて、濃い1年間でした。

 

 

 

私にとってこの4年間は、入部した時には想像できなかったぐらい険しく、決して安易な道ではなかったけれど、すべて含めて最高な4年間でした。一人で抱え込まず誰かを頼る大切さ、何も考えず思いっきり笑い飛ばす楽しさ、物事を断片的に捉えず、自分の尺度だけで測らないことの難しさ、多くのことを学び、成長できたのは、HEARTSに在籍し、関わってくださった先輩、同期、後輩、コーチ、すべての方々のおかげです。

学生最後に、かけがえのない青春をくださり、本当にありがとうございました。 

 

 

家族へ

4年間陰ながらずっと応援してくれてありがとう。

リーグ戦には、毎回関西から往復5時間かけて観にきてくれたり、家に帰ると、ユニフォーム姿の私のイラストを描いてくれていたり、そんな些細なことが嬉しくて頑張れました。何より、4年間部活を続けられた1番の動機は、私が普段部活している姿を近くで見れないから、せめてその集大成に「試合で頑張ってる姿を見てもらいたい」「だから絶対試合に出れるぐらい上手くなりたい」と思えたからです。

何不自由なく部活をさせてくれて、遠くから観にきてくれた家族にはすごく感謝しています。本当にありがとう。

 

同期

本当に個性豊かな同期。4年間一緒にプレーできて最高に楽しかったです。

頑固でわがままだけど、結局居心地がいいtwinsのしほ。IQ3ぐらいなんじゃないかと思うぐらい、抜けに抜けまくってるアメリカンガールのまひろ。毎朝遠いところから始発遅刻で来てて、グラウンド見えたらダッシュで走ってくるなつ。持ち前の天然さで皆んなを笑顔にしてくれるひな。イジられ愛されキャラのチャイちゃん。文句なしで盛り上げ隊のあゆみ。誰もが認める敏腕マネージャーのらこ。一回口が開くと、止まらなくなるぐらい喋りすぎなまりこ。安定にトラブルメーカーな石川。なんでも広ーい心でいつでも包み込んでくれるみなと。涙脆くて泣き虫な萌。巷では足が爆速に速いと騒がせた、デザインセンス抜群の黎。お目目クリクリなベイビーフェイスなのに、意外とサバサバしている25HEARTS主将を務め上げたリリコ。

近すぎず遠すぎないぐらいの距離感のみんなが、居心地良くて、1年に一回の恒例行事のエアビや、同期飲みでは必ず終電を逃しちゃう皆んなとの思い出は、とても濃くて、一生の宝物です。

改めて皆んなと出会えて幸せでした。

 

 

後輩

今まで私と関わってくれて、一緒にプレーしてくれて、ありがとう。

多分何回も、怖い、話しかけられない、と思わせちゃってごめんね。そんな私に最後まで何も言わずついてきてくれて、最後の方は「マルさん!」って沢山絡んでくれた皆んなは本当に可愛かったです!思い通りに結果が出ないことや、何ができないのか分からなくなる時もあるかもしれないけど、そんな時は下ばっかりを見ずに、周りを見渡せば案外すぐ近くに力になってくれる人がいたりするから、一回顔をあげてみてね。何かある時は私も力になります!

 

さち

さちは本当に最高な後輩です。改めて1年間一緒に頑張ってくれてありがとう。さちへの気持ちは全部手紙に書いたから、長くは書かないけど、何かあったら私とベリーは問答無用で飛んでいくので、すぐに連絡してね。最高の相棒でした。ありがとう。

 

 

友達

部活外でもたくさんのエネルギーをくれた友達にも大感謝です。

会ったら絶対1番最初にビッグハグをくれるゆっこ。

地元に帰りたいっていう号泣電話に何回も付き合ってくれた美音。

月1で会うのがマストなぐらい、ラクロスをやっている親友としてあやの最大の拠り所だったヒナ。

2人に会いたくて、毎回壁打ちとジムに行っていたと言っても過言じゃないぐらい、沢山いい刺激と思い出をくれたそらとよね。

2年生の時、下級生ながらにして沢山大変ことはあったけど、そんな時いつもモチベを上げてくれたあこ。

地元に帰ったら、もう東京に帰りたくないって思わせてくれるぐらい、一生分笑わしてくれる、いつメンと黄色の皆んな。

個性豊かだけど、お互いのことリスペクトし合っている広報ズの皆んな。

みんなとの何気ない日常が、私の息抜きできる時間で、改めて恵まれているなと思える瞬間でした。

 

しゅーこさん

まず初めに私と出会ってくれてありがとうございます。出会ってから約2年半、どんだけ感謝を伝えても伝え切れないぐらい、いつも私の支えでした。24HEARTSはもちろん、その後も何かあればしゅーこさんが力を貸してくれていた気がします。延期になった25HEARTS初戦、またしも審判員不足で延期になろうとしていた時、いち早く気づいてくれて、「私入るよ。他も声かけてみる。」と、もう自チームでもないのにいつも気にかけてくれてくれたり、技術幹部3人だけでは解決できない事も、相談したくて電話かけるとすぐに出てくれる。こんなにHEARTSに尽くしてくれた人はいないと思います。プライベートではかなり赤ちゃんのしゅーこさんですが、一生私の恩師です。ありがとうございました。

 

 

次は、私の4年間の相方ベリーです!

私からみたベリーは涙脆くて頑固な赤ちゃんで、チャーミングポイントの天然パーマはもしゃもしゃっと触りたくなりますが、実は誰よりも努力家でまめな性格の持ち主です。2年生の頃、私が試合で初シュート決めた時は、自分のことのように泣いて喜んでくれて、画録までしてくれた、とっても愛のある同期です。学科も同じということもあり、部活も含めると、多分誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきました。私の悩みをずーっと聞いてくれて、気づいたら授業2コマ分、何も作業が進まなかったこともあります。そんなベリーとラストイヤー、技術幹部として一緒にチームと向き合い、切磋琢磨できた時間は、かけがえのないものでした。私の頼りない瞬間や不安な時もあったと思うけど、最後まで相方として頑張ってくれてありがとう。

そんなベリーの最初で最後の引退ブロブ、楽しみです!

 

*同期皆んなでいても自然と隣の席^^

 


こんにちは!すうから回ってきました4年DFのびびです!



美奈都とは、みんなが思っているより多くの時間を過ごした気がします。笑

特に印象深いのは’24 heartsの最終戦の時にベンチ外で来年はこの大井で絶対に2人で立とうね、2人で頑張ろねって話しながら泣いたのを思い出します。あの日、美奈都とラストイヤーで必ず立つんだって思えたから最後まで頑張れた気がします。部活で病み散らかした時も、わざわざ次の練習の時にクッキーに激励メッセージを書いて渡してくれて、あのメッセージが私の頑張れる起源になれたので、メッセージを書いてくれたクッキーの袋は私の練習リュックの中に入れてお守りとしてずっと持ってました笑

そんな美奈都から素敵な引退ブログを回して頂き嬉しいのですが、声の大きさでいうと美奈都には叶わないので、もっと自信を持って下さい。私がラムネ好きっていう情報の一般公開も、まずはありがとう。引退してからかなり毒素が溜まってるので日調して抜きに行こうね🎶



初めに、日頃からHeartsを支えてくださっているコーチやOGの皆様、保護者の皆様に心より感謝申し上げます。

引退ブログをとうとう書く番になって改めて色々思い返してみると、苦しかった思い出より楽しかったことの方が多かった4年間だったなと思います。

大学入学前から、大学に入ったらラクロスを始めようと意気込みながら入学し、意気揚々と新歓に参加したのを覚えてます。ラクロスを始めたきっかけは私の知らないスポーツだったことと、中高バスケ部で室内部活であったことから外の部活をやって汗をかきたい、バスケの知識が生きると聞き活躍できるかも!という単純な理由で入部しました。練習場所が家から近かったこともあり、初回の体験会の後すぐ入部を決め、グッズを揃えてスタートできることが待ち遠しかったのを今でも覚えてます。基礎知識ゼロからスタートしてみんなでお互いのわからないところを教えあったり、自主練をしたり、とにかくラクロスに時間をかけることが楽しくもっと上手くなりたいと向上心に満ち溢れてました。私が1年の時の4年生は本当にとにかく強くて、リーグ戦でもストレートで入れ替え戦の切符を勝ちとり、私もいつかリーグで名前を叫んで応援してもらえる選手になりたいと思いました。みんなが書いていたように、勝利ダンスも沢山踊って、1年生の後半はダンス部と兼部してたんじゃないかと錯覚するくらい踊りました笑

入れ替え戦で同期の数人がベンチに入り急にレベル分けされた気がして焦ったのを覚えてます。そこから急に楽しいだけじゃなくて実力をつけていかないと置いてかれる頑張らないと思いひっそりと自主練を始めたりもしてました。そんな強かった4年生でも超えられなかった、3部昇格。壁の高さを感じました。


大学2年生になり、基礎練期間がとてもきつかったのを思い出します。1月〜3月までの基礎練で学年混合で3チームくらいに分かれ、十字パス連続30回、終わるまで次のメニューに行けない苦しいセットがあり、ラスト2回で終われるっていう時に私がパスキャミスをしてしまいゼロから振り出しに戻ったりすることが多々あり、自分のパスキャ力の無さにもがっかりしましたが、何より先輩たちに私のミスのせいで付き合わせてしまっている、無駄な体力を使わせてしまっていることに申し訳なさが強く、正直楽しんで部活をすることができませんでした。緊張しすぎて上手くいかず、自分のミスが可視化される度に逃げたいと思うようになりました。5月あたりからAB分けがスタートし、同期の多くがBチームにいたのですが、夏過ぎたあたりからAチームにほぼあがり、私はBチームから抜け出すことが出来なくなってしまいました。また、Bチームに1年生が入ってきたことから、組織練を教えたりと自分の実力に特化するだけでなく教えながら練習することが増え、練習メニューの作成を任されたりと少しずつAチームから排除されてる様に感じ、部活を続ける意味がわからなくなりました。今思えば、1年生に教えることこそ自分の実力を見つめ直して一緒に成長できる大きなチャンスであり、メニュー作成をすることで自分やチームを俯瞰して見ることができる最高のポジションだったのに、当時の私はとにかくAチームに行きたい、みんなと一緒にプレーしたい、ユニをきて試合したいの気持ちしかなく、あの時のBチームのみんなには気分をあげてあげられなくて、もっと楽しくできたのに申し訳ないなと思います。そんな気持ちで過ごした'23heartsだったので、リーグ戦にもう自分が出れる道はない、ラクロスも楽しくない、部活をやめようと思ってました。しかし、結局辞めないで頑張れたのは、当時Bチームマネをしてくれた同期のあゆみが一緒にずっと練習にいてくれて、ビデオ撮ってくれて、頑張ってるから大丈夫!って声をかけ続けてくれて、時にお互いで愚痴も言い合って帰った日があるから、しんどかったしきつかったけど、一緒だったら頑張れるという思いで部活を続けることができました。あゆみちゃん、あの時はありがとう!そして、この苦しかった2年があったから自分がしんどかったこと、きつかったこと、わからなくても聞きづらかったことなど同じ思いを後輩にさせちゃいけないと思い、周りをよく見て行動することの大切さを学ぶことができました。



そして、3年生にあがり1番長く時間を過ごしてきた4年生のラストイヤーを少しでも長く一緒に部活をしたいという思いで、自分のできる最大限を出し切ること、そして技術を高めようと自主練を重ね頑張りました。コーチ(しゅうこさん)が平日休日問わず練習に来てくれ、辛いメニューも明るい声で盛り上げて下さったり、沢山アドバイスを下さったりと、コーチから見てもらえてる気にかけてもらえてることが嬉しく、そこから意欲的に質問に行ったり先輩にわからないところをすぐ聞きに行ったり、自主練に沢山行きました。頑張りが認められてAチームで名前が呼ばれた時は本当に嬉しかったです。大好きな4年生と一緒にプレーできることが嬉しかったし、アフターとか残るタイプじゃなかったのですが、もっと練習したいもっと上手くなりたいという気持ちがどんどん湧いてきました。そんな4年生と近くで練習して試合を迎えたからこそ、4年生が引退する時は本当に悲しく寂しく損失感が大きかったし、自分たちの代はこんなチームは作れない、頑張れない引退しないで下さいと泣きながらりずさんやくうさんに縋りました笑


そして迎えたラストイヤー!色々揉めることもあったけど、今年1年、みんなで走り抜けた'25 heartsが1番楽しかったなと今強く思います。笑

細かいことを書くとキリがないのですが、この4年間何回も部活をやめよう、もうまじで一旦プレイヤー降りるとか口に出しては同期に宥められてを繰り返してたのに、今思えばすごく楽しい思い出しか残ってなくて、みんなと駆け抜けた1年がとても濃い充実した1年でした。私は技術面での強みがないから、今年は自称雰囲気担当として、チームの声出しを人より何倍も頑張ったり、雰囲気が下がっている時こそポジティブな声かけをしたり、リーグに近づくにつれてピキピキした空気を少しでも和らげられる存在でありたいと思い、色んな人に絡んで話してました。

特にBチームでプレーしてる中で大切にしてたことは、「Aだからすごい、Bだからできない」と技術差を自らつけるのではなく、Bだからこそ、このメニューで基礎を徹底できるチャンスだし、組織人数少ないからこそ1on1強化できる最大のチャンスだと、考え方を変えてポジティブな方面にみんなを巻き込むことを意識してやってました。自分の頑張り次第で練習はもっと楽しく、質を上げられるので、私が言えたことではないのですが、今後チーム分けでバット入った時にこの考えを少しでも思い出してくれたら嬉しいです。入れ替え戦に届かなかった悔しさはずっとありますが、私自身4年間で今年1番自主練に行って、毎日ビデミして、私生活の多くを同期とラクロスの話をしながら費やしたり、沢山泣いて沢山笑った1年だったので後悔はないです。周りの体育会の友達含めここまで関わってくださった方々、本当にありがとうございました。周りの体育会仲間が話を聞いてくれるだけで心が軽くなり、同志としてそばに居てくれたことが強い心の支えでした。本当にありがとう!私にとってラクロス部で4年間を過ごせたことが1番の宝物です。今後もずっとheartsを応援してます!




37期のみんなへ

あの日ラクロス部を選んだことは間違ってなかったなと思わせてくれてありがとう!朝からアサイーを食べるシア、いつも足洗うマル、単細胞のチャイ、緑heartsの練習着しか着ないリリー、インナーマストのベリー、練習終わりすぐ前髪整えるすう、いじられて嬉しくなっちゃうちい、後輩支持率1位のらこ、マネなのにアイシングされるぴんと一緒にいれた4年間はかけがえのない日々で楽しかったです😭同期LINEが現役ほど動かなくなって数ヶ月経つけどいまだにLINEのピンは外せないです。これから先も定期的にあって飲んだりしようね!とりあえず卒業前までにみんなでまた集まりたいです!今までありがとう、そしてこれからもよろしくお願いします🙇🏻‍♀️




後輩へ

ブログに書きたいことはほぼ書いたので何かこれから先部活のことでも部活外のことでも困ったらいつでも頼って下さい🎶明るくて面白いみんなとプレーできて、試合でフィールドに立った時にたくさん名前呼んでくれて、すごく幸せでした。ありがとう。最終戦での'26 heartsメンバーで出た試合を間近で見て、今年がより楽しみになりました。辛い時こそ笑顔で、無理せずロハ率いる素敵なチームにして下さい!応援してるよー!!!ファイト!!


萌へ 

同じDFとして、同期に萌がいてくれたことが、何よりも心強かったです。ポジションをDFにして本当に大正解だったなって、心から思っています。笑 幹部としてきっと大変なこともたくさんあったはずなのに、私がプレーでバットに入ってしまった時、「何があっても私は最後までまりこの手を離さないから」って真っ直ぐに言ってくれた言葉は、今でも忘れられません。心が折れそうになった時、苦しくて前を向けなかった時、いつもそばにいて話を聞いてくれて、「2人で出るんだ」「一緒に守るんだ」って思わせてくれたから、最後まで踏ん張ることができました。あの時間があったから、どんなに辛くてもDFでいることをやめたいと思わなかったし、ここまで続けてこられたんだと思います。萌をDF幹部に推薦して、本当に間違ってなかったなって心から思うし、萌が率いるDFチームでプレーできたことは、私にとって最高の時間でした。
これからもきっと、長い付き合いになると思うけど、これからもよろしくお願いします🙇🏻‍♀️🤍




シアビビファミリーへ

今年たくさんことあるごとに写真撮ったり、ご飯行ったりと楽しかったね!みんなノリいいし、面白いしで一緒にいたらずっと笑ってた思い出ばかりです。今年はらぶちゃんが親ということで、フラフラしないでしっかり頼みますよ🙂‍↕️👍🏻笑

またシアビビでご飯とか行こうね!みんなの活躍を楽しみにしてます!ファイトー!!!



ちゃり組へ

みんなと練習終わりに「どこ寄ってく?」って考える時間が、私にとって本当に大切で、気づけば心の支えになっていました。しんどい日でも、「このあとみんなと過ごせる」って思えるだけで、また頑張れた気がします。マックやコメダでモーニングしながら、最初は他愛もない話をしているのに、いつの間にか話題は部活のことになっていて、朝から何時間も熱く語り合った日もありました。特別なことをしていたわけじゃないのに、笑って、悩んで、真剣になって…今振り返ると、あの何気ない時間こそが一番濃くて、かけがえのない思い出です。部活は一区切りだけど、みんなとの縁はこれからも続いていくと思っています。これから先も、変わらず一緒に笑っていられたら嬉しいです。末永くよろしくお願いします🙇🏻‍♀️🤍


育成のみんなへ

今年色々大変なことがあったけど、それでもここまで仕事を終えられたのは紛れもなくみんなのおかげです。本当にありがとう。今まで育成をやったことがなかったので、今年育成して行く中で過去の自分を見ているような気がして、こういうメニューを組んだらいいのかなどと気付かされることが多くありました!しっかりと先輩らしい先輩はできなかったけど、みんなと育成組めて良かったです。本当にありがとう😭あすなろも応援してます!


DFのみんなへ

今年プレーしていく中で、すごく雰囲気も良くてみんなで意見を出しながら実践してる姿を見てポジション運に恵まれたなと感じてました。笑

はにちゃんは誰よりも自主練頑張っていたし、なるは後輩のアドバイスを去年よりもすごくしてて素敵だなって何回も思ったし、セラはとにかく指示が的確で細かいところをよく見てるなと思ったし、いゔぃは上手くいかなかった時の改善の切り替えが早く流石だなと思ったし、レベは一緒に入ったセットの反省をすぐ聞きに来てくれて一緒にセット入るのが楽しかったです。'26 heartsではその強みをもっと磨いて鉄壁DFチームを築いて下さい!試合必ず行きます!


最後に家族へ

4年間、当たり前のように部活に通わせてくれて、本当にありがとう。
早朝も深夜も、私の部活が生活の中心だった毎日を、文句一つ言わず支えてくれたこと、今になってそのありがたさを強く感じています。
「明日までに必要だから」と言えば、どんなに遅い時間でも洗濯機を回してくれて、私にとってなくてはならないママチャリが壊れた時も、すぐに修理に連れていってくれました。思い返せば、家族の手がかかっていない日は一日もなかったと思います。部活がうまくいかず、悔しさでいっぱいになって泣きながら帰ってきた日もありました。そんな時、理由も聞かずに味方でいてくれたこと、何も言わずに背中を押してくれたことが、どれだけ私の心を救ってくれたか言葉では表せません。
家族の存在があったから、何度つらくなっても、最後までやり切ることができました。これからは、支えてもらう側ではなく、少しでも恩返しができるように歩いていきたいです。
今まで本当にありがとう。そしてこれからも、よろしくお願いします。



次は部活、私生活含めたくさんの時間を過ごした隠れ甘えん坊のマル!あやとは、私生活ではここに書ききれないくらい濃い時間を過ごしてるからこそ、何を書こうかすごく迷います笑 今年はあやと壁打ちしたり、遠征車で語り合いながらドライブしたり、私生活ではマレーシア旅行に行ったりと沢山遊んだね!2年連続で技術幹部を務める中で、誰よりもheartsに対して愛が強く、チームのために私生活のほとんどをラクロスに費やしたあやを側で見てきたので、あやのブログはティッシュなしでは見れないと思ってます!ツンデレすぎてまたそこが可愛くて愛おしいのがあやです。社会人になっても沢山会ってね!!!それではマルの素敵なブログをお楽しみに!





こんにちは!

ピンから回って来ました37期のすうです。

ピンはいつも声が大きくて、帰りの電車や私のバイト先のタリーズで大きい笑い声を響かせて喋るので、何度「静かに!」って言ったことか、、。

でも、ピンのその大きな声に何度も何度も救われました。練習では、トップでビデオを撮ってくれるマネージャーとゴーリーという1番遠い距離なはずなのに、私がセーブをすれば「ナイキー!みなちゃんいいよー!!!!」とか私がシュートを入れられてばかりでバッド入った時は、「みなちゃん大丈夫よー!!」と大声でたくさん励ましてくれました。ピンのその声があったから、練習を頑張れたし、次はセーブしようと切り替えることができました。

心から感謝しています。ありがとう。

六本木ワーカーとしてもlava会員としても大変お世話になりましたね。

今月こそヨガに行きましょう。



まずはじめに、25HEARTSを支えてくださったコーチの方々、顧問の加藤先生、OGの方々、保護者の皆様、日頃からHEARTSに関わり、活動を支えてくださったすべての方に、心より感謝申し上げます。


毎年読むのを楽しみにしていた引退ブログ。

いつかは私も書くんだなーって思いながら読んでいたのに、ついに自分が書く番になっていて時の流れの早さを実感しています。

文章を書くのが苦手なため、意味不明なことを言ってしまわないか不安ではありますが、私が4年間ラクロスをして感じたこと、思いを素直に書きたいと思います。最後まで読んでいただけたら幸いです。




中高6年間ゴリゴリ体育会系のテニス部に所属していた私は、「大学生になっても体育会に入りたい!!」という思いから、どんなものかもあまりわからないままラクロス部への入部を決めました。

初めは練習場所が多摩川という行ったこともない所で、家から1時間以上もかかることを知り、早起きが苦手だった自分が週5日で4時になんて起きれるのかという不安はありましたが、そんなことよりもずっと憧れていた団体競技ができる!新しい世界だ!とワクワクしたのを覚えています。


入部してみると、心配していた早起きは意外と苦ではなく、クレードル、グラボなど新しいことをたくさん教えてもらえて、パスキャが続くようになって、毎日の部活が楽しかったです。そんな中、私のラクロス人生を語る上で欠かせない出来事が起きます。

それは、「ゴーリー体験会」です。

たかさん(当時のヘッドコーチの方)が打ったシュートをクロスで一生懸命取った記憶があります。体験会の後に、たかさんとゴーリーの先輩方に呼ばれて、「ゴーリーに向いてると思うから、少し考えてみて」と言っていただきました。その時は、「せっかく向いてると言っていただけたならやってみようかな」という思いもありながら、シュートを決めることに憧れがあったため即断はできませんでした。

ですが、その日以降、フィールダーの練習をしながらもどこかゴーリーのことを意識するようになりました。

そして、私がゴーリーになろう!と思ったきっかけの日があります。それは、サマー練で合同チームを組んでくれた立教とミニゲームをした日です。その日に初めて、ゴーリーとして試合をしました。初めてのゴーリーは、球は速くて怖いし、バンバンシュートを入れられるしで心が折れそうでした。というか折れました。

こうなったらもうとりあえずボールが来たら動こうと思い、構えた瞬間なんとセーブすることができました。その時に育成の先輩方や同期が、おー!ナイキー!と言ってくれて、「ゴーリーやってみたいかも」と思った瞬間でした。

そこから、同じく推薦されていた同期のちぃと一緒にりとさんのところへ「ゴーリーやりたいです。」と言いに行き、2人でゴーリーグッズを一式ラックスコングへ買いに行き(ちゃっかりヘルメットのカスタマイズまでして笑)、私のゴーリーの生活が始まりました。

1から教わるゴーリーのことはフィールダーとは全く違うもので、先輩方についていくのに必死でしたが、優しくて尊敬するりとりずりるさんにアドバイスをいただきながら、上手くなりたいという一心でゴーリーアップをする日々でした。



2年生になると、同期からも練習試合に出る人やリーグ戦のメンバーに選ばれる人が増えて来ました。そんな同期に対して私は、「かっこいいなあ」と思うだけで、私も出たい!!とか悔しいとは思いませんでした。それは決してやる気がなかったとかではなく、ゴーリーとしてメンバーに選ばれるのは、セーブ率の高い先輩方であるのは当たり前だし、りずりるさんなら止めてくれる!と完全に他人事で、リーグ戦は観客席から全力で応援するものだと思っていました。ですが、リーグ戦2戦目のvs創価で同期がたくさんシュートを入れ、チームに貢献しているのを見て、自分はここで何をしているんだろう。試合に出て自分もチームの力になりたい。と初めて思いました。



3年生になって、セーブ率が上がり始め、毎日の練習にポジティブな感情しかありませんでした。基本的に楽観主義なのもあるのですが、練習試合でも1枚目として出させてもらうことも増え、試合中も楽しい!と思うことしかなかったです。24heartsが始まって初めてのAB分けでは、初めてAチームに選んでいただけてとても嬉しかったことを覚えています。でもこれは油断の始まりでした。

練習試合に出させてもらえることが増えたということは、シュートを入れられる数も増えるというわけで、今まで感じたことのなかったプレッシャーを感じるようになりました。試合に出れたら楽しい!としか思っていなかったのに、だんだんと止められなかったらどうしよう、クリアで失敗したらどうしよう、私のせいで負けたらどうしよう、、とネガティブなことばっか考えるようになりました。

また、私はボールが来るととりあえず止めるというやや本能的なセーブをしていたので、セーブ率を上げようと頭で考えるうちに、ボールの止め方がわからなくなってしまいました。


そうして迎えた24リーグ期間、私は一度もフィールドに立つことはできませんでした。

観客席から見た、セーブをたくさんするリズリルさんの姿は本当にかっこよくて、頼もしくて、「私もこんなゴーリーになりたい」と心から思いました。


右も左もわからないままゴーリーになったちぃすうを快く仲間に入れてくださり、たくさんのアドバイスをくださったりずりるさん。


りるさんはどんな時でも落ち着いていて、自分のセーブやパスがうまくいかないと、黙々とポジショニングや素振りをしていたのが印象的で、努力の人とはこのような人を言うんだなと心から尊敬していました。

ゴール裏で、まなね〜ってお話ししてくださる時間は、いつもかっこいい主将のオフを見れているようで大好きでした。笑


りずさんはいつも明るくて、シュー練でチェンジする時すれ違うとボケてくるので、ツッコミが大変でした。笑でも、セーブする姿は頼もしくて、私にもいつも真正面からアドバイスをしてくださいました。うまくいかない時や理不尽なことがあった時は、愚痴も言い合える大好きなお姉ちゃんでした。





そんなかっこよすぎるりずりるさんが引退されて、こんなかっこいいゴーリーになりたい!と思った反面、自分の中の目標がなくなってしまったような気がしました。常に誰かに追いつくことをモチベーションに練習して来たので、どうしたらいいかわからなくなり、気持ちが切り替えられないまま25heartsが始まりました。

またその時くらいから、ラクロスとは別に挑戦してみたいことができたり、過度なダイエットのせいで筋力も落ちたりということも重なり、ラクロスとは距離を置こうかなと考え始めました。



それでも、ラクロスを続けよう。25heartsの一員として、頑張ろう。そう思えたのは、チームメンバーのおかげでした。




チームのためにたくさん動いてくれる幹部や3部昇格のために寝る間を惜しんで戦術を考えてくれた技術のみんな、悩みながらもお互いにアドバイスをしあって切磋琢磨した同期、がむしゃらにボールを追いかけて、「今のはどうしたらよかったですか?」とアドバイスを聞きに来てくれた後輩。


特にゴーリーの後輩、ナビ助にはたくさんの刺激をもらいました。ナビのナイスセーブする姿や大きい声で的確な支持する姿は私にとって大きい刺激になっていたし、私もラクロスに全力で向き合わないとと思わされました。

本当にありがとう。

頼りがなさすぎる先輩だったのに、アドバイスを求めてくれて、逆にアドバイスをくれて、たくさんゴール裏でナイキー!って言ってくれてありがとう。ナビ助ならきっと大丈夫だ!




自分のラクロスのモチベーションはそんなみんなへの感謝と、その感謝をセーブでお返ししたい、セーブで勝利に還元したい、素敵なチームで3部に昇格したいというものでした。



リーグ初戦のvs成城は忘れることができないと思います。みんなが泣いている姿を見て、自分がもっとセーブできていたらと何度思ったことか。みんなが全力で練習して挑んでいたからこそ、本当に悔しくて、情けなかったです。


それでもみんなは前を向いていて、それ以降の試合には切り替えて挑む姿を見て、素敵なチームだなと心から思いました。

そんなチームの一員でいさせてくれて本当にありがとうございました。




後輩へ

こんな頼りなさすぎる私に、「今のDFどうすればよかったですか?」とか「ゴーリー的にどこのシュートが嫌ですか?」とかたくさん聞いてくれて嬉しかったよ。みんなの向上心やラクロスにかける熱量は、私の頑張る源でした。最終戦の26heartsメンバーの試合をみて、この子達ならきっと大丈夫!そう思ったよ。

最後まで先輩らしいことは何もできなかったけど、みんななら3部昇格できると信じています。


同期へ

みんなのおかげで最後までやりきれました。

各々自分の時間があってマイペースだけど、誰かのために本気で怒れて、意見を言い合えて、応援できる。そんな同期が大好きです。

一年生の時、荷物準備に間に合わなくて遅れて来ても、誰も嫌な顔をせずにおはよう!って言ってくれて、朝から歌ってる同期もいれば、ラムネくれる同期がいたり、個性豊かすぎるこの同期がいたから始発の練習も苦じゃなかったです。出会ってくれてありがとう。




家族へ

始発を逃すと遅刻が確定してしまう私。

寝坊して、朝から大声で「やばい!!寝坊!」って言って起こしてしまってごめんなさい。

そして、高速を法定速度ギリギリまで飛ばして多摩川まで送ってくれてありがとう。

いつも朝練から帰って来たら美味しいお昼ご飯も用意してくれていて嬉しかったです。

これからもよろしくお願いします。



次は、朝からラムネをくれて血糖値を上げさせてくれるビビ!

一見怖そうな見た目だけど、実は誰よりも情が熱くて、友達思いで、頑張り屋なビビ。

お互いに練習中でうまくいかないことがあったら、ボール探しの時に励ましあったよね。

ビビからセーブを褒められるのが1番嬉しかったし、私が「当たる!!!!!」って言ったら、ドンピシャであたりに行ってくれて、誰よりも声を出すビビのDFが大好きでした。

年も明けて、毒素も溜まりまくってることでしょうし、そろそろまたサウナ行きましょう。

それじゃあ、ビビよろしくね!!











ちゃいからバトンを受け取りました。髙橋あゆみことMGぴんです。
「HEARTSの元気の源」、私にとって身に余る言葉です。
ちゃいのドロー成功率を上げるためにも自分なりですがアドバイスしたのを覚えています。試合が始まって1番最初肝心なドロー。わたしは経験したことがないのにも関わらず、わたしのアドバイスにも「うんうんやってみるね!」と前向きな姿勢で応えるちゃいちゃん。リーグ戦で見事なドロー率を見せてくれました。「ちゃいのー熱いドローが見てみたい!」この声を出して、あの一瞬に全部を込めていた時間は、今でも忘れられません。頼もしかったです。最高でした。ありがとう。「あゆみー!ドローあげてほしい」と毎朝練りりーと一緒に頼んでくれて、あの時間がたまらなく好きだった。自分の審判モチベにもつながってました。
あの瞬間にちゃんと前を向けていたのは、ちゃいがいたからだと思います。


部活でも、部活以外でも、そして就活時も、言葉にしなくても分かってくれる存在がいることが、どれほど心強かったか。

不安なときも、迷ったときも、ちゃいちゃんの存在が私を前に進ませてくれました。一緒に悩んで、一緒に前を向いてくれた存在です。このチームで、こんな同期に出会えたことを、心から誇りに思います。
ちゃいから受け取ったこのバトン、HEARTSへの感謝と想いを込めて、最後まで丁寧に繋ぎます。

はじめに、平素より弊部に関わってくださっている監督方、社会人コーチ陣の方々、OGの方々、保護者の方々へ、心より感謝申し上げます。皆様のサポートのおかげで日頃の活動ができております。今後とも変わらぬご支援、ご声援のほどよろしくお願いいたします。

そして!39期のベイビーたち!成人おめでとう!おめでたい日と重なり自分の引退ブログがあがるというなんとも矛盾した日ですが、後輩たちに何か残せるものはないかと現在も書き上げ終盤に突入しております。自分の性格上感情がむき出しで拙い文章となりますが、ぜひ最後まで読んでいただけると幸いです。


ついにこの日が来たか、という気持ちで、時の流れの早さを感じています。
先輩方の引退ブログを読んでは、「いつか自分もこの文章を書く日が来るんだろうな」と思っていましたが、その“いつか”が、ついに現実になってしまいました。
私は2年時からの途中入部で、しかもマネージャーです。
初対面の人によく「え!マネージャーなの?!プレイヤーかと思った!」と言われます。
自分でも、目立ちたがり屋な性格の私がよくマネージャーを3年間続けてきたな、と思うことがあります。
正直、みんなのプレーを見ていると
「クロス持ってDFしたいな」と思うこともありました。たまに、いや、結構ありました笑。
それでも私がマネージャーとしてこのチームに立ち続けてきた理由。途中入部で、プレーする側ではなく“支える側”を選んだ理由。そして、3年間必死にHEARTSと向き合って学んだことをこのブログで少しずつお話しできたらと思います。


「生活のギャップ」
1年生の頃の自由な生活から一転して、朝練のための早寝早起き。最初はそのリズムにどうしても慣れませんでした。プライベートで友達と遊んでいても、途中で眠くなってしまったり、アドレナリンで元気なときでさえ、「明日も部活だ」「朝練だ」という言葉が、頭の中をよぎってしまう。そんな生活を望んで入部したわけじゃなかったな、と思うこともありました。
そのギャップに苦しみ、2年の入部時から10月頃まで、悩んでは立ち止まる日々が続きました。部活の中では弱音を吐けず、部外の友達に涙を見せてしまったこともあります。
「絶対にこの1年で辞めてやる」
そんな想いを抱えたまま、’23リーグがスタートしました。ここまでは辞めることへのモチベで日々の活動を淡々と過ごしていました。どーせ辞めるからという適当な理由で、メニューのコーンの置き方や練習メニューのタイムキーパー、ビデオも適当にこなしていたのを思い出します。特に‘23先輩方からも生意気ぴんだなと思われているんだろうなと感じていました。((大いに謝罪
自分なりのリーグ目標がないそんな中で、’23リーグは始まっていきました。
先輩たちが大いに活躍し、次々と得点を決めていく姿。日頃の練習が、そのままプレーとして実った瞬間を、応援席側から見たとき、震えが止まりませんでした。そして、ベンチ側に選ばれていた同期スタッフのらこの背中を見て、なぜか心に火がつきました。
「いつか自分も、この場所でチームを支える側になりたい」そう思えた瞬間でした。
そして、ここがHeartsに居続けることになった1番のターニングポイントだと思っています。
リーグ2戦目、当時スタッフのボスだったうたさんが、諸事情でベンチに入れないことが分かり、代わりに私が出ることになりました。そのときの感情は、今でもはっきり覚えています。楽しみ、ではなく、ただただ不安でした。
こんなペーペーな私が支えられるのか。もし大きな怪我をした選手が出たらどうしよう。
右も左も分からない、、Heartsはマネージャーが、アナライズもテーピングもやらなきゃいけないため、そんな大きな責任自分には全うできないよと、不安で頭がいっぱいになり、1人で涙した日もありました。そこからビシバシとうたさんにスタッフの定義を叩き込まれる日々が続きました。また同期スタッフのらこに、1on1で叩き込まれたスコアシートの書き方。ショット率、グラボ率、ドロー率、T-O、チェイスの出し方。動画の撮り方、見方。選手の怪我のテーピング、タイムキーパー、審判のファールの仕草とその名称。当時は「ちょっと待って、何この単語、なにこのファール、誰が今GBしたのか、、もう意味不明」とつぶやきながら、六本木のすうのバイト先で、頭を抱えて時間だけが過ぎていったのはいまでもはっきりと覚えています。あのとき熱心にわたしの「わからない」を最後まで説明してくれたらこには頭が上がりません。同時にこの子と一緒にスタッフとして支えていく未来しか見えないなとも生意気ながら思いました。それぐらい信頼が増したってことですね。らこの存在には感謝しきれません。まずはありがとう。
いよいよ試合当日、正直ほとんど記憶はありません。それだけ緊張していたのだと思います。ただ一つ覚えているのは、今まで応援席側で見ていた空気感とは、全く違ったということ。スタメン側の空気感。試合の流れについて戦術を交わす先輩たちとコーチ軍。点を取りにいくのか、今の点差でSTAYするのか。2年生の私から見て、その迫力は圧倒的でした。振り返ってみると、私はこれまで団体競技で本気で勝敗を争う経験をしてきませんでした。だからこそ、この空気感が強烈なスパイスになり、一気にモチベーションが上がりました。
「HEARTSが3部に行けるなら、私は何がなんでも全力で支える」
そう本気で思うようになったのが、この瞬間でした。
最初から同じ時間を過ごしてきたわけではない分、自分にできる形で、HEARTSに本気で関わりたい。プレーで直接貢献することはできなくても、プレーする人たちが全力を出せる環境を整えることで、チームの一部でいたい。その想いが、私をマネージャーという立場に向かわせました。そう思うようになってから、私は「退部」という選択肢はいつのまにか消えていました。今振り返ってみると、’23チームも’24チームも、あと一歩のところで3部昇格には届きませんでした。結果だけを見れば悔しさの残るシーズンだったと思います。それでも、その一つひとつの試合と向き合い、積み重ねてきた時間は、確実に次へと繋がっていました。
そして今年度’25チーム。
これまでの悔しさも想いもすべて背負いながら、初心を忘れず、「SEEK UNITY」を体現するチームとして、一戦一戦に全力で向き合ってきました。勝ちたいという気持ちだけでなく、同じ方向を向いて戦うことの大切さを、この代で改めて学んだ気がします。今までに見たことのない得点数と、得点差。今年度のHEARTSは、全学年が「勝ち」にこだわり続けたチームだったと思います。その姿をベンチから見られたことが、何より幸せでした。同期のアシストが決まり、迷いのないショットが突き刺さる瞬間。体を張ってナイDをする同期、GBからそのままインターをかます姿。苦しい場面でもクリアやライドを成功させ、流れを引き寄せる瞬間。一つひとつのプレーに、これまで積み重ねてきたものが詰まっていました。もちろん、輝いていたのは同期だけではありません。後輩たちも必死に食らいつき、一試合一試合を全力で戦い抜いてくれました。その姿を見て、HEARTSは確実に前に進んでいると感じました。ベンチから見たその景色は、私にとって忘れることのできない、最高の景色です。本当に、ありがとう。



「自分で自分を動かし続ける力」

マネージャーには明確な正解も、用意されたマニュアルもありません。何をすればチームのためになるのか、今この瞬間に自分は何を優先すべきなのか。常に自分で考え、判断し、動き続ける必要がありました。誰かに評価されるわけでも、結果が数字で見えるわけでもない中で、「これでよかったのかな」と不安になることも何度もありました。また、人の本気に本気で応える覚悟も学びました。勝ちたいと願う選手の気持ち、悔しさを抱えながら努力を続ける姿を、一番近くで見てきたからこそ、中途半端な関わり方はできないと思うようになりました。この3年間で身についたのは、自分のために動く力ではなく、誰かの本気を背負って行動する力です。それは、マネージャーという立場だったからこそ得られた、私の一生の財産だと思っています。


やっとおまちかねpin‘s感謝コーナーです!

同期へ
まずはここまで成長させてくれてありがとう。感無量大泣きちゃんねる。
私がここまで続けてこられた理由の1つに、37期このメンバーだったからというのが大きくあります。何より37期は平和主義で他学年と比べても、それぞれが自分を持っていて、自分のコミュニティを大切にしながら、無理に干渉しすぎない。でも、必要なときにはちゃんとチームとしてまとまる。その距離感が、私はとても心地よかったです。正直、プライベートでは「なかなか会わないのがモットー」なくらい、それぞれが自分の時間を大切にしていたと思います。((他学年からもピンの代って仲悪いん?と言われることが多々ありました。この場を借りて否定させていただきます。仲良しです!なんなら引退後の方が会っているかもしれません笑
部活では、同じ方向を向いて戦っていた、そんな同期の在り方に、私はリスペクトの気持ちしかありませんでした。青春すぎる3年間を一緒に過ごせて幸せでした。寂しくなったら終電逃してオールで飲みましょう。


38期 半どきどきどーきずへ
38期は、約半年間だけ一緒に「同期」として過ごしてくれた、私の半分みたいな存在です。
一個上ってだけで、きっと接しづらいところもあったと思うのに、「ぴんさーん!」って呼んでくれて。何かと思えば、人生相談だったり、恋愛相談だったり。もう全部が愛おしくて、こんな時間がずっと続けばいいのにって、本気で思ってました。
でも現実はそんなに優しくなくて。37期で行くか、38期で行くか、どっちか決めてって言われた時は、正直、かなりきつかったです。フレキャンも、フレクリも、サマーも、ウィンターも、あすなろも、全部一緒に出たからこそ、余計に苦しかった。それでも、私が37期として扱ってほしいって決めた時、誰一人否定しなかったよね。「ぴんさんが決めたことなら、私たちはそれに従うよ」「同期じゃなくなっても、うちらの同期にはいつでもぴんさんが戻ってこられるスペースあるから」とリアナからの言葉(涙)軽いノリだったかもしれないけど、あの言葉に、あの空気に、本気で救われました。
これからは、あなたたちの番。
26Hearts史上、最強にかっこいい姿、楽しみにしてます。
君たちなら大丈夫。絶対に3部行けるって、今年度のリーグ見て思ったよ。がんばれ!

39期へ
改めて、成人おめでとう!
大人の階段を登るってことは、自由と一緒に、いろんな責任も背負うってことだからね。うん、ケアだからね。39期は、どの学年にもなかった、朝から私に負けないキャピキャピ感とパワフルさ。そして何より、話題が尽きない学年でした!ほんとに、ね。
あと2年、まだまだ道のりは長いなって思うけど、
気づいたらあっという間に、27Heartsが来ちゃうんだろうなって。今日は存分に成人式を楽しんで、またオフ明けに、みんなのラクロスを見られるのを
心から楽しみにしてます‼︎

マネージャー唯一の後輩きこちゃんへ
一度は退部したものの、それでもまた戻ってきてくれて、本当にありがとう。
この言葉に、全部詰まっています。
正直、心配な日もあった。
でも同時に、「この子なら大丈夫だ」って思わせてくれる瞬間も、何度も何度もありました。
1人だったけど、1人じゃなかった。
それをぜひ忘れないでほしい。また顔出しにいくね!がんばれきこちゃん!

みいさん・じぇりさんへ
この2人には、部活という枠を遥かに超えて、プライベートまで本当にお世話になりました。
去年、先輩方が引退されて、自分が明日から最高学年になるって分かったあの日。正直、不安で仕方がなくて、心の置き場が分からなくなっていた中で、
思いのこもったあのハグは、今でもはっきり覚えています。あれだけで、「大丈夫だよ」って言われた気がして、一瞬で涙が出そうになりました。
先輩っ子で、甘えてしまう部分も多かった私を、
それでも否定せずに受け止めてくれて、言葉だけじゃなくて、態度や時間で支えてくれたこと、どれも当たり前じゃなかったと、今になって強く思います。来年から社会人になるのでぜひご飯ご馳走させてください‼︎((大泣き

えみりさんへ
就活のOG訪問など、就活時大変お世話になりました。えみりさんのお話を聞くたびに、「社会人ってすごい…」と圧倒されつつ、毎回しっかり喝を入れていただいていました。あの喝がなければ、私は一体どこに入社していたんだろうなと、ふと考えることがあります。
そして就活の真面目な話だけでなく、たわいもないおもしろい世間話まで、えみりさんの人柄が溢れる時間が本当に大好きでした。改めて、ありがとうございました。
ウェルカムマッチ来てくださってたのにお会いできなかったことは、非常に大後悔しています、。ぜひ早急にお会いしましょう。日程調整のほど、よろしくお願いいたします。((また巣鴨の餃子など。TT

ハニへ
久しぶりに2人でご飯に行ったら、
「私のこと引退ブログに書かないんだね、へえー。それでいいんだね」って脅されましたので、ちゃんと書きます。
あなたとは「後輩」って言葉に収まらない、ちょうどいい距離感の関係だったと思ってます。
たくさんお出かけして、たくさん話して、
見た目はクールなのに中身は全然かまってちゃんで、「ピンさん全然サシしてくれないからきらーい」とか言い出すところ、もう愛おしすぎるでしょ!!!って毎回思ってました(笑)
26Hearts DF幹部にはにが直接伝えてきてくれた時、心の底から嬉しかった。実はめっちゃ喜んだ。心の中でガッツポーズしました。ハニの頑張りが認められたんだなって思ったよ。ナイDダンス踊れてないので来年の引退試合までには絶対踊らせてね私を。とにかく!最前線でがんばれ!ピンさんパワー必要な時は電話!連絡!気軽にしてよね笑
本気で応援しています。
これからもとことん遊びに行こうね。
((神奈川まで行くから。

マイメンりりーすうへ
Heartsの中でもかなり心を許していた2人。
ゴーリーとしてゴールを必死に守りきると決めてた美奈都の姿。そしてリーダーなんてやったことないそんな中でも最後まで25Heartsの主将をやりきった莉璃子。2人の頑張りを1番近くで見れて光栄でした。いろんな葛藤の中最後まで完走できたね。感動をありがとう。ナイスファイ!全然タイプの違う3人だからこそいい意味で居心地が良いのかなと思ってます。次は2月に集合ということでアツい話また乾杯しながらお話ししましょう。((p.s.ダナン早く決めなきゃねxx

チーム広報・グッズ作成班へ

広報では、黎を率いる4人でHeartsをもっと多くの人に知ってもらいたくて、TikTokをフル活用したり、((ちゃんとバズらせるために何回も撮り直ししたね笑@つま恋

ひとつのインスタ投稿に意味を持たせて投稿を作ったり、、また、グッズ作成では、部員のモチベーションに少しでもつながるように、「可愛い」と思ってもらえるデザインを本気で考えました。2025新年早々、せらちゃんとわざわざLAXコングに行って、生地選びをしたあの日も、今では大切な思い出です。そのあとのごんちゃで爆語りも!笑

プライベートでも話を聞くようになってまずその関係性になれたのが嬉しかった、ありがとう。


まりちゃんへ

まりちゃんとは学科が一緒だったこともあって、

部活が終わっても、授業が終わっても、気づけばいつも一緒にいました。部活からの授業の日は、平気で半日以上一緒にいたよね。今思うと、あの時間は特別だったなって、少し胸がぎゅっとします。部活のことも、プライベートのことも、言葉にしきれないくらいたくさん話を聞いてくれてありがとう。意味がわからないくらい笑った世間話も、本気で語った恋の話も、「この時間が終わらなければいいのに」って思った瞬間には、必ずまりこが隣にいました。私もまりこも自我が強くて、ぶつかり合って、口をきかなくなって、平気で無視してしまうような時期もあったね。笑それでも離れなかったのは、きっとお互いに、ちゃんと向き合っていたからだと思っています。

就活では、行きたい業界からなかなか内定が出なくて、何度も心が折れそうになりながら、最後の最後まで一緒に諦めなかった同期の一人でした。最終的に、お互いが納得できる場所にたどり着けたこと、当たり前じゃないし、本当に頑張ったようちら。来年、まりちゃんが遠くに行ってしまうかもしれないと思うと、正直、簡単に受け止められません。((まじで東京以外だったら私が企業に直談判しますから


どーせ!明日も明後日も会うから、ここでは多くを語らないけれど、これだけはちゃんと伝えさせてください!!


私の大学生活の真ん中には、いつもまりちゃんがいました。聖心のSPYこと松本まりこ、心から、だいすきだよ。



'23親子へ【もかさん、らっくさん、はにちゃん】

とうとう私も引退ブログを書く日が来ました。

’23Heartsでモカ親子になれたこと、今でも、そしてこれから先も、私の中で一番大きな「出会えてよかった」です。

学年も立場も違う4学年が、ここまで定期的に会えてるってきっと奇跡です。18・19・20・21で出会った私たちが、いつの間にか21・22・23・24の代になっていたことに、時間の流れと、積み重ねてきたものの重さを感じています。

現役のとき、そして引退後でも仲良くしてくださり、たくさん話を聞いてくれて、たくさん世間話もして、恋愛話もして、何気ないドライブも、少し遠くへの旅行も、大好きなお姉ちゃんたちと妹と私で過ごした時間は、逃げ場であり、居場所であり、間違えなく“第二のオアシス”でした。縦割り班の本当の意味って、きっとこういうことなんだなって、、引退試合も全試合きてくださって。モカさんなんて空からいつも有給取ってくださって、わざわざ来てくれてること聞いて本当に感謝しきれません!改めてこの環境に感謝しています。

大好きモカ親子:) Forever and ever♡


そして最後に。

地元栃木界隈、協力隊、にゃんちゅう、現場検証組、ぷくす、英文勢、徒歩組、crisp、内定先の同期、そして体育会各位。などなど!

数えきれないほどの部外のお友達にも本当に恵まれ、気づけばそれが、私の原動力になっていました。たくさん話をして、時には愚痴を聞いてもらって、同じ体育会だからこそ共感できる部分があったり、それぞれの場所で頑張っている姿に、私の方が何度も力をもらっていました。

みんなの引退ブログをみて御涙頂戴何度あったことか。

朝練が嫌すぎて「明日行きたくないな」って弱音を吐いた朝、「それでも意味あるよ」「あゆみはすごいよ」って毎回褒めてくれた友達。

朝5時に一緒に起きて見送ってくれた友達。

オフの日にオールで話を聞いてくれた友達。

最後バイバイしたくないからとわがままいったら終電過ぎてまで一緒にいてくれた友達。

最近どう?と気にかけてくれる遠距離の幼馴染。

絶対自分らの代で一部昇格すると意気込んでた友達。そしてそれを現実させたラクロスの友達。

「一緒に引退まで頑張ろう!」と喝を入れてくれた体育会各位の友達。

やったー!と嬉しさの勢いでLED電灯壊してしまった友達。

同期のことでバット入ってると電話したら終電で駆けつけてくれた友達。

しゃぶしゃぶ食べながら励ましてくれた友達。

家のキッチンでご飯を作ってくれた友達。


逆に朝練から帰ってきて、気持ちよさそうに寝ていた友達。


ウェルカムマッチでは遠い中そして夜遅い中、愛ある応援をしに来てくれた友達たち。

((もっともっとたくさんの素敵なepがあるのですが長くなってしまうので大抜選で。


そして最終戦ではたくさんのお花に囲まれました涙

全部全部、感謝してもしきれません。



ここまで出会ってくれたすべての方々、そして支えてくれたすべての存在に、心からのありがとうでいっぱいです。



この3年間は間違いなく私の人生の宝物で、3年前の選択は間違っていなかったと、今、胸を張って言えます。



本当に最後の最後

両親へ

正直に言うと、子離れができていないくらい愛が重すぎる私の両親は、私がラクロス部に入ったこと、最初はきっと驚いて、少し怒っていました。当時は相談もせずに勝手に入部届を出してしまって、ごめんなさい。でもあのときの私は、「ここで逃げたら、一生後悔する」そんな直感だけで動いていました。


上京したばかりの頃、東京は想像以上に広くて、夜になると、急に心細くなる日がたくさんありました。それでも毎日のように鬼電をかけてくる母と、「私、パパ活してたっけ?」と目を疑うような文章を送りつけてくる父。今思えば、それも全部、不器用な愛情だったんだと思います。

ラクロス部に入ってからは、毎日が一瞬で過ぎていきました。練習、試合、遠征、ミーティング。気づけば、LINEの返信もできず、電話にも出られず、実家に顔を出さない月が続いていました。きっと、たくさん寂しい思いをさせてしまったと思います。まずはごめんなさい。。それでも私は、この部活で過ごした時間のすべてが、自分の人生に必要だったと、今ははっきり言えます。


実は、両親がこの3年間で公式試合を観に来てくれたのは、最終戦の、たった一度きりでした。

それまで、私がどんな思いでラクロスと向き合っていたのか、どんな景色を見て、どんな時間を過ごしてきたのか、きっと、全部は伝わっていなかったと思います。

試合が終わったあと、「ラクロスって、面白いな」「もっと、見たかったな」ぼそっと、そう言ってくれた両親の言葉が、今でも忘れられません。その一言で、ラクロスを続けてきた時間も、東京で踏ん張ってきた日々も、そして何より、私自身の存在そのものが、認められた気がしました。


そして、

これからも私は、自分で選んだ場所で、自分の足で立って、東京で生きていきます。

ここまで育ててくれて、信じて送り出してくれて、何より、どんなときも味方でいてくれて、ありがとう。まだ、すぐに大きな恩返しはできないけれど、

胸を張って「頑張ってるよ」と言える姿で、少しずつ、必ず恩返していきます。どうか長生きしてください。



ここまで、

こんなにも長い引退ブログを読んでくれて本当に!本当に!ありがとうございました!


そして明日は、37期のお姉ちゃん枠・堀井美奈都こと「すう」です!


すうはゴーリーとして、Heartsの守備を支え続けてくれました。リーグ前、練習後にセーブ率についてじっくり話したとき、私が思わず本気で褒めてしまって、それを聞いたすうが泣いちゃって笑

あの瞬間、こんな仲間に出会えると思ってなかったなって、胸がいっぱいになりました。

飲み会になると毎回「すうぴん」と呼ばれて我々2人は麻雀ネタをいじられがち、という追加情報も添えておきます。

前置きが長くなってしまいましたが、明日が楽しみすぎて、正直もう眠れません。どんなふうに、私たちを泣かせてくる引退ブログを書いてくれるのか。


それでは、みなちゃん。

よろしく頼むよーーー!



2026.1.12

はじめに、聖心女子大学ラクロス部を支えてくださったコーチの方々、先生方、OGの皆様、保護者の皆様、関わってくださったすべての方に感謝申し上げます。

 

こんにちは!

シアから引き継ぎましたチャイです!

 

 

シアは本当に太陽みたいな存在で、コートにシアがいるだけで周りが明るくなって、みんなが楽しそうに練習していて…そんなシアが大好きでした。力強い1on1とシュート力で得点を量産し、25HEARTSを圧勝で締めくくることができたのはシアのおかげです。

 

私がラクロス部に入るきっかけをくれたのもシアでした。1年生の時、シアと同じ授業をとっていなかったら、初回の教室を間違えていなかったら、今の私はいなかったかもしれません。ありがとう!これからも持ち前のパワフルさでたくさんの人を明るくしていってね!

 

 

 

現役時代、辛い時の部活のモチベーションの一つでもあった引退ブログ。ついに自分が書く側になり、何を伝えられるか不安な気持ちもありますが、4年間で感じてきたことを率直に綴ろうと思います。拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけたら幸いです。

 

 

団体競技への憧れと、HEARTSの明るい雰囲気に惹かれて入部を決意しましたが、1年生の頃はただただ圧倒的な先輩方を目の前にして、「いつかあんな風になりたい」と憧れる毎日でした。

 

 

リーグ戦が始まると、勝利ダンスのために空き時間があれば同期で集まり、もはや「ダンス部なのでは?」と錯覚するほどダンスの練習をしていました。そんな中、1試合だけベンチに入れていただく機会があり、そこで目にしたのは、試合中に戦術について熱く議論する先輩方の姿でした。当時、その熱量に圧倒されたのを覚えています。リーグで全勝し、入れ替え戦まで連れて行ってくださり、「いつか自分もここで戦うんだ。」と思わせてくれた先輩方には、本当に感謝しています。

 

2年生は、がむしゃらにボールを追いかけていた一年でした。技術不足で、貢献できないことも多かったので、自分はとにかく「グラボ」と「キープ」でチームの力になろうと必死でした。その甲斐あってかリーグ戦出場の機会をいただき、「マイボールにして、先輩に繋げよう」「出させてもらったからには先輩たちの力になろう」という一心でコートに立ちました。

 

特に印象に残っているのは、リーグ2戦目の創価の試合です。序盤から相手にリードを許し、なかなかHEARTSの空気に持ち込めない苦しい時間が続きました。そんな中、先輩からのパスを受け、HEARTSの一点目を決めることができました。それに続いて、シア、マルと同期が次々と得点を重ねてくれて、試合の流れを変えることができました。

チームとしては「敗北」という悔しい結果に終わりましたが、私たち37期がチームの力になれたことが何より嬉しかったのを覚えています。自分の入れた得点で泣いて喜んでくれた同期もいて、「これからも37期と一緒なら自分は頑張れる。」そう強く思った試合でもありました。

 

 

3年生になると、「ただ基礎ができていればいい」という時期は過ぎ、自分の強みが何なのか、わからなくなってしまった一年でした。同じポジションにはエースの先輩方がたくさんいらっしゃったこともあり、「自分はどこでチームに貢献できるのか」と自信を失っていました。練習中も、ミスを恐れて「周りに迷惑をかけないようなプレー」に逃げてしまうこともありました。AチームとBチームを行き来し、AB分けの連絡がくるたびに、ドキドキしながら開いては一喜一憂していました。どっちつかずで、フラフラしている中途半端な自分が本当に嫌でした。チームの力になれていない焦りと無力感でとにかく悔しかったです。

 

 

あっという間に、最上級生になり、幹部でもない私は、「自分に何ができるのか」「最上級生としてチームをどう導いていくのか」自問自答する毎日でした。辿り着いたのは、後輩にその姿を「見せる」こと。ラクロスを全力で楽しむこと、強い選手になること、裏からチームを支えること。そう心に決め、より一層気を引き締めて練習に臨みました。

 

ただ、理想とする「強い選手」への道のりは険しいものでした。 頭ではなく本能で動いてしまう私は、よく「単細胞」と言われ、ついには技術幹部から「チャイの賞味期限は夏合宿までだから!それ以降はもうアドバイスしないよ」という、まさかの“余命宣告”までされました(笑)。 表では笑いつつも、心の中では焦り、空回りする日々。

 

それでも夏合宿まで結果を出せなかった私を、リーグ戦前日まで見離さないでくれた技術幹部には感謝しきれません。どんなに私が初歩的な質問をしても、一回で内容が理解できなくても、普通なら引退間近の4年生より後輩を育てた方がいいはずなのに、笑って何度も丁寧に教えてくれました。特にマルは私が単細胞プレイをすると、「チャイちゃん!」と呼び止めて、専門外のはずのDFまで叩き込んでくれました。本当に頭が上がりません。ドロー率が上がったのも、あやが何度も練習に付き合ってくれたおかげだよ。ありがとう。

 

 

リーグ戦本番。初戦で敗北してしまい、みんなが涙していたのを見て本当に悔しかったです。ここまで教えてもらっていた私が唯一できる恩返しが、試合で活躍して勝利に導いて昇格することだと思っていたからとても悔しかった。いまだにすごく悔しいです。

 

 

ラクロスをしていた4年間を振り返ると改めて自分は本当に恵まれていたなと思います。悔しい思いもしましたが、それ以上に楽しいと感じることがたくさんあって、数えきれないほどの学びも得ました。

 

最上級生として技術量も足りなかったし、先輩らしくもなかったし、最後まで中途半端な私でしたが、これだけは言えることがあります。HEARTSの一員としてみんなとするラクロスが大好きだったし、楽しかった。本当にありがとうございました。

 

 

後輩へ

最終戦、4年生抜きの26HEARTSのメンバーで出た時間が今でも脳裏に焼き付いています。私が3年生の時も次年度のメンバーで出る機会をいただきましたが、結果はボロボロで、すぐに4年生メンバーとの交代が言い渡され、4年生の偉大さを実感しました。しかし、今年度は失点しないどころか3得点も決め、最後に繋いでくれて、「26HEARTSは大丈夫だ。」と確信した瞬間でした。後輩たちの成長を間近で見れて感動したし、25HEARTSのやってきた成果が全部詰まっているようで嬉しかった。だから自信を持って欲しいです。HEARTSが3部昇格どころか入れ替え戦にも行けない年が続いて、「どうせ今年も…」と思ってしまうこともあるかもしれない。でもみんなならできるよ。

 

だいすきな同期へ

37期、とにかく居心地がよかった。楽しむ時は楽しんで、思っていることがあれば、言いにくいことでも面と向かってしっかり伝え合える、そんなみんなが大好きでした。

部活が楽しくない日ももちろんあったけど、私がラクロス部を続けてこられたのは、間違いなく同期がいたからです。ボール探しの時間とか練習後の時間とか、地味に大好きだったよ(笑)。みんなに出会えて、37期で本当によかった。ありがとう。

 

家族へ

4年間、何不自由なく過ごさせてくれてありがとう。鳴り止まないアラームで起こしちゃったり、ピンポンに出て起こしてくれたり、迷惑をかけることもあったけど、支えてくれて感謝しています。試合にも見にきてくれて嬉しかったです。

これからもよろしくお願いします。

 

チャリ組へ

本当にお世話になりました。練習後のモーニング、遠征の行き帰り、家族よりも長く時間を共にして、何度も存在に救われました。しょうもなくてくだらないことで笑い合っている時間がほとんどだったけど、その時間なしに私のラクロス人生は語れません!辛い時があっても、話を聞いてくれて、いつもそばにいてくれて、本当にありがとう。

社会人になっても、おばあちゃんになっても、集まって、どうでもいいことで笑ってようね!大好きだよ!

 

 

次は、HEARTSの元気の源、ピン!!

ピンがいればいつも周りには笑いが起こっていました。学年問わずみんなと仲良しで、私が持っていないものをたくさん持っている大好きなピンです。

部活に対して熱い一面も持っていて、常にチームメイトのために尽くしてくれました。試合中、ドローの成功率を笑顔で伝えてくれるピンがいたから、頑張れました。部活外でもたくさんあゆみに助けられたよ。本当にありがとう。

ピンがどんな熱い引退ブログを書いてくれるのか楽しみです!!ピンよろしくねっ!

 

平素より聖心女子大学ラクロス部HEARTSを応援してくださっている皆さま、並びに日頃より支えてくださっている関係者の皆さまに、心より御礼申し上げます。

 

 

 

ちいからバトンを引き継ぎました、シアです。

得点王というかっこいい名前をつけてくれてありがとう。ちいの引退ブログに無事涙してしまい、プレッシャーを背負ったまま最終編集をしております。。。

 

 

ラクロス部として過ごした4年間は、私にとって多くの感情と向き合い、たくさんの新しい学びを得ることができた貴重な時間でした。

かといって、お手本になるような先輩だったかと聞かれると、正直自信はありません。

部活を一緒にしていた皆は、私のことを断片的にしか見えていなかった部分も多かったと思います。何を考えているのか分かりにくい人だったかもしれないし、もしかすると、ただ明るい先輩として映っていたかもしれません。

それでも、そうした不器用さも含めて私だし、私のラクロス生活だったと思っています。そんな私の不器用さが全面に出たブログですが、最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

 

 

 

「シアって天気でテンション変わるよね」

快晴の日は早朝からテンションMAXで、空がどんよりしている日は分かりやすく機嫌が悪い。最悪です。

テンションが高いときは「なんかいいことあった?」とも聞かれず、空を見て納得されるという意味わからない私の性格(笑)

私自身、どの自分が本当の自分なのか分からなくなることもありました。そんな情緒不安定な私を笑ってあしらってくれる同期たちがいたことが、本当にありがたかったです。

 

△ルンルンでアップ中

 

「え、プレーヤーなの?」

初対面の人によく言われたことです(笑)普段からアクティブな方ですが、走ってる姿が想像できないともよく言われます。(え、悪口??笑)

短距離ではあるものの走るのが大好きだった私は、大学に入っても身体を動かしたいと思っていました。そんな時に「ラクロス部一緒にやらない?」と声をかけてくれたのがリリーでした。

楽しそうとは思っていたものの、どんなスポーツなのか全く分かっていなかったし、ましてや団体スポーツ未経験の私にとっては未知の領域でした。

 

でもなんとなく、新しいことに挑戦したいと思い体験会に行き、そこでHEARTSの明るい雰囲気に惹かれて入部を決めました。

体験会に行く前から入るだろうとは思っていましたが、高校生の時から顔見知りだったモカさんが私に気づいてくださり、体験会終了後に駆け寄ってハグしてくれたことが決め手だったかもしれないです。(ちょろい笑)

そんなこんなでラクロス部に入り、私のラクロス生活がスタートしました。

 

 

 

特に印象に残っているのは、毎日のようにマルと広尾の高架下で自主練をしていたことです。

夜、真っ暗になるまで走り続けて、終わりの合図はだいたい「もう暗くてボール見えないね」か「お腹すいた」だった気がします(笑)

 

あの頃は、正直これが合っているのかどうかも分からないまま、とにかくがむしゃらにパスキャとクレードルの練習をしていました。

上手くなる方法が明確に見えていたわけではなくて、ただ少しでも前に進みたいという気持ちだけで手を動かしていた気がします。

今振り返ると、そんな遠回りのような時間が、私のプレーの土台になっていたのかなと思います。

 

パスキャだけは失敗しないように。怖いと思うなら、怖いと思わなくなるまで練習すれば勝ち。そう信じて、がむしゃらに練習していました。

 

もう1人、私の自主練バディがいます。

それは、私の父です。

「今から自主練してくる〜」というと「一緒にしよう」とついてきてくれました。遅い時間でも暗い中一緒に1on1の練習をしたり、走り方や抜き方のコツを丁寧に教えてくれたりしました。

私が1on1を自信を持って「好き」と言えるのは、そんな父の熱心なコーチングがあったからだと思います。暑い日も寒い日も、忙しい時間の合間を縫って自主練に付き合ってくれてありがとう。

 

 

 

1年生の時の4年生は本当に強いチームで、キラキラしていて、みんな話しかけることすらできていなかったような気がします。

試合に勝ち続ける先輩方の姿を見ながら、ただただかっこいいと思っていました。当時は勝つのが当たり前のチームで、私たちはその姿を追いかけるのに必死でした。

 

試合のたびに勝利ダンスのことを考えて、「私たち、ダンス部なのかな」と笑い合っていました。今思えば、勝利ダンスのことだけを考えてたってすごいことだなって。

 

1年生の最後に昇格戦でベンチに入れていただき、そこで見た光景は今でも鮮明に覚えています。先輩方が戦い、コーチが熱く声をかけ、チームが一つになっていく空気。

 

私はその光景を、絶対に目に焼き付けておこうと思いました。

 

いつか自分が4年生になって、もう一度みんなであの景色を見たい。まだ見たことのない後輩にも見せたい。そんな気持ちが、私の中で芽生えた瞬間でした。

 

ただ、結果は敗北でした。

これだけ強い先輩方でも負けてしまうのかと、下級生ながらに衝撃を受けました。入れ替え戦の壁の大きさを、初めて現実として感じた試合でもありました。

 

 

そこからやる気が起きて「頑張るぞーー!」となった矢先、腰を痛め、歩けなくなってしまいました。

あの時は「もう無理かもしれない」と悲観的に考えてしまい、マネージャーになることまで考えるほど精神的にも追い込まれていました。

 

整体に通ったりストレッチを続けたりしながら少しずつ回復していきましたが、すぐには良くならず、結果的に約6ヶ月間、思うようにラクロスができませんでした。プレーできず、裏方の仕事しかできなかったことが悔しくて仕方ありませんでした。

 

「やりたいのにできない」という気持ちは想像以上に苦しく、さらにその頃は部活の空気も重く、怖かった記憶があります。

 

「先輩についていかなければ」という思いが強くなるほど緊張してしまい、思うようにプレーできない自分にも落ち込むという負の連鎖でした。

 

 

そしてこの時期になると、同期や先輩などとスタメン争いで競うことが増えていきました。

団体競技経験がなかった私にとって、仲間とぶつかり合いながら勝ちに向かうことはとても新鮮で、平和主義者な私にとっては、その空気感が少し怖い時さえありました。

早朝からピリつきたい人なんて、いないでしょうし。

 

 

3年生の頃、チームの雰囲気が自分に合わず、部活を辞めようと思っていた時期がありました。

少しの間休部して距離を置いたことで、改めて実感したのは、私はやっぱりラクロスが好きだということ。そして、プレーしている時間が自分にとって本当に楽しいということでした。

時間を置いたからこそ分かったことでもあります。時間をくださったりるさん(24主将)には感謝の気持ちでいっぱいです。

 

だからこそ、あの頃の自分のように、チームの空気に押しつぶされそうになったり、心が削れていくような思いを、下級生にはできるだけしてほしくないと強く思うようになりました。

みんながのびのびとラクロスに向き合える環境にしたい。その気持ちは、4年生になってから一層大きくなりました。

 

そのために私が大切にしていたことは、HEARTSの雰囲気を明るくして、ラクロスを楽しいものとして続けられる環境をつくることです。

ラクロス(部活動)は、無理をしてまで続けるものではないと思っています。自分が苦しくなるまで頑張ったり、人の顔色をうかがい続けてまで続けるものではないはずです。もちろん、空気を読むこと自体が大切な場面もあります。それでも、好きという気持ちが削れてしまうような環境にはしたくありませんでした。

特に下級生の頃は、そういったことで心が少しずつ削れていく感覚がありました。

 

 

 

私が4年生になった時には、後輩に同じ思いをしてほしくないという気持ちが強くありました。

暗い気持ちでラクロスをする人が、少しでも減ってほしい。

ラクロスが好きという気持ちを、大切にできる日々であってほしい。

そんな思いを持って、私はこの一年を過ごしてきました。

 

同じ思いを持っていた同期がたくさんいたからこそ、同期MTGでは必ず部活の空気感について話すようにしていました。

どうすればみんながのびのびといられるか、どうすれば暗い気持ちの人が少しでも減るか。小さなことでも気づいたことを共有しながら、私たちなりに空気づくりに向き合っていたと思います。

 

正直、それが後輩にどこまで伝わっていたのかは分かりません。

自分がその役割をきちんと全うできた、と胸を張れるような証拠があるわけでもありません。

それでも、同じ方向を向いている人がチームの中に増えていったこと自体が、25HEARTSを少しずつ明るいチームにしていったのではないかと感じています。

 

 

 

4年間、辛いことは正直数え切れないほどありました。思うようにプレーできなかったこと、不安、ストレス、自信の欠如。理不尽さに頭を悩ませた日もあります。

それでも今振り返ると、苦しかった時間も含めて、私はこの部活でたくさんのことを学ばせていただきました。

 

そして何より、いちばん辛かったのは、辛いという気持ちを同期にうまく伝えられなかったことです。

近くで一生懸命頑張っている同期を前にすると、弱音を吐いたら士気を下げてしまうのではないかと思い、言葉にできませんでした。

同期が私のことを考えてくれている時間があったのに、その優しさに素直に甘えられなかったこともあります。自分の思いを上手く伝えられなかったことも、きっとたくさんあったと思います。

 

 

それでも、こんな私を最後まで「シア」として関わってくれた同期には感謝の気持ちでいっぱいです。

不器用で、気分屋で、たぶん扱いづらい瞬間もあったはずなのに、見捨てないでいてくれて本当にありがとう。

この同期だったから、ここまで来られたと心から思っています。

 

 

△2025年あすなろ帰り

 

私は得点王というかっこいい名前をもらいましたが、胸を張れるほど完璧だったとは言えません。

それでも、自分で決めたことを最後までやり通したいと思って、ここまで走ってきました。

ラクロスを好きでいられる環境を守りたい。誰かが暗い気持ちでラクロスをする時間を少しでも減らしたい。そう願いながら過ごした一年は、私にとって大切な時間でした。

 

 

 

 

 

支えてくれた友達へ

メンタルが不安定になってしまう私を支えてくれた、たくさんの友人のみんなへ。本当にありがとうございます。

一旦忘れて楽しもうと連れ出してくれたり、親身に話を聞いてくれたり、涙が落ち着くまでただ待っていてくれたり。

私の周りには、こんなにも素敵な友人がいるのだと心から誇りに思っています。

みんなのおかげで、私は4年間のラクロス生活を最後まで完走することができました。本当にありがとう。

 

そして、遠い中、寒い中、試合に足を運んでくださった皆さまにも、心より感謝申し上げます。

応援の声が聞こえるたびに、身体に稲妻が走るような感覚がして、アドレナリンが一気に出ました。いまでもその歓声が耳に残ってるよ!!

本当にありがとう。

 

 

まま、ぱぱ、ティノくん

4年間、私のラクロス生活を一番近くで支えてくれて、本当にありがとうございました。

朝早い練習や試合、遠征、怪我で落ち込んでいた時期も含めて、いつも変わらず応援してくれたことが、私にとってどれだけ心強かったか言葉では言い切れません。

結果がうまくいかない日も、気持ちが折れそうな日も、帰る場所があること、味方がいることが私を前に進ませてくれました。

そして、何も言わずに見守ってくれたり、いつも通り接してくれたりしたことも、私にはすごく大きかったです。

家族の支えがなければ、私は最後までやり切れませんでした。

 

ここまで見守ってくれて、本当にありがとうございました。

これからは少し違う形になるけれど、また新しい挑戦も私らしく頑張っていきます。これからもよろしくお願いします。大好きです。

 

 

ジェイクへ

4年間、熱愛を出さずに無事ラクロス生活を終わらせてくれてありがとう。使いたい番号はすでに使用されていて、、、「4年間熱愛でませんように」と思いを込めてジェイクの誕生日を使わせていただきました。

ちなみに、誰よりも15番愛があった自信があります。たまに「黎の誕生日って15日だっけ?」って勘違いされるくらい。

15番に出会わせてくれて、15愛をくれてありがとう。私の頑張る源になりました。

 

 

 

38期のみんな

2026HEARTS、大変なこともたくさんあると思うけど、37期は全力で応援してるよ!みんなのラクロスに対しての、まっすぐでひたむきな姿をずっと見てきたからこそ、今年度のHEARTSが本当に楽しみです。そして、私たちが大切にしてきた想いを、みんなの色で繋いでいってくれたら嬉しいな。

 

 

39期のみんな

部活が終わって帰り際、2年生の子達が「しあさんがいると部活が明るくて楽しいです」と声をかけてくれたの、覚えてるかな?

その言葉が嬉しすぎて、帰りの自転車で泣きました(笑)嬉しすぎて、すぐ友だちにも報告しました(笑)

私が心がけていたことが後輩に伝わっていたのが嬉しくて嬉しくて…。

そして、それをまっすぐに言葉にして伝えてくれた2年生のみんなの存在に本当に救われました。ありがとう。

あの日からもっともっとやる気が出たし、2年生のみんなと距離が縮まっていった気がします。

本当にありがとう。

 

 

特にロゼ、部活内外でいろんな話をしたね。後輩にこんなに打ち解けられると思ってなかったし、ここまで仲良くなれると思ってなかったから本当に嬉しかったよ。

そにとたくさん電話して泣いて、ご飯食べてドライブして(笑)年下なのか?って思うくらい真剣に、冷静にアドバイスくれたり相談に乗ってくれて感謝の気持ちでいっぱいです。これからも広尾ランチしようね♪

 

 

ラックさん

ななこさんも部活内外でたくさんお世話になりました。田園調布のベンチで語り合ったり、合宿前日に熱出してバッド入ってたらお家まで合宿に必要なものを届けにきてくれたり、休部中もたくさん話を聞いてくれたり。楽しいこともいっぱい一緒にしてきましたね。

ななこさんがいたから最後まで頑張れました。ありがとうございます。

 

 

引退試合の日にみんなが帰った後、ソニアとななこさんに囲まれて2人と話していたときが一番涙が溢れてしまって…。

語り合った日々が走馬灯みたいに蘇ってきて、溢れちゃいました。2人とも本当に大感謝です。

 

 

 

 

シアビビファミリーのみんな

今年一年シアビビファミリーとしていっぱい思い出作れて嬉しかった!!いっぱい写真とったり(ラブちゃんいないこと多かったけど)ファミ会したり、いままでした事なかったからみんなといろんなこと話せて嬉しかったな。26heartsはみんなが盛り上げてくれることを期待してるよ!!

 

 

親子のルナエラ

「最後のしあさんの親子になれて嬉しいー!」って言ってもらえて嬉しかった!!可愛い2人の親になれて嬉しかった!なんだかんだ最初で最後の親だったな笑2人の活躍に乞うご期待!!

 

 

ATズへ

みんなとATができて、本当に幸せでした。

たくさんMTGで話し合って、試行錯誤して、一年を通してすごく空気がよかったなと(勝手に)思っています(笑)

みんなで話し合った時間があったからこそ、プレーも気持ちも前に進めた一年でした。

シイとは特にたくさん一緒にプレーしてきたけれど、これからはみんなのことを引っ張ってくれると信じています。

みんなの活躍を楽しみにしています。頑張ってね!

 

 

SNS係のみんなへ

みんなと一緒に広報の仕事ができて楽しかった!!今年のSNSも楽しみにしています。これからも応援してるねっ

 

 

 

37期のみんなへ

マイペースな私を、最後まで受け入れてくれて本当にありがとう。

たくさん迷惑をかけたと思うし、不器用でうまく言えないことも多かったけれど、それでもここまで続けてこられたのは、間違いなくみんながいてくれたからです。

しんどい時も、うまくいかない時も、みんながそれぞれの形で頑張っている姿に何度も背中を押されました。

この同期だったからこそ、最後までやっていけたと心から思っています。

本当にありがとう。

 

 

ベリー

約10年間の私たちのストーリーに、いったん終止符だね。

中高も何だかんだずっと仲良くて。留学先もたまたま一緒で。

そして、ラクロス部まで一緒になると知った時は、さすがに「腐れ縁ってこういうことだ」と思いました(笑)

特に話すことがなくても一緒にいると落ち着くし、あまり心を開かない私にとって、もえが同期にいることの安心感は本当に大きかったです。

言葉にしなくても分かってくれる存在がいることが、どれだけ救いになるのかを、もえを通して何度も感じました。

今まで本当にありがとう。これからも、変わらずよろしくね。

 

マル

私の強い後押しでラクロス部に入部することを決めてくれて、本当にありがとう。「あやちゃん絶対ラクロス部合うよ!!!」って言い切った、あの無責任な勧誘を、今こうして笑って振り返られるのが嬉しいです。そんな私の言葉通りあやは誰よりも楽しそうにラクロス部にコミットしていて、たくさんラクロスフレンズをつくっていて。その姿を見て、誘って本当によかったなって思いました笑

なにより、技術幹部としてチームを引っ張ってくれてありがとう。あやのラクロスに対しての向き合い方は本当に尊敬しています。

そして、心細かったATにあやが来てくれたことは、私にとって本当に心強かったです。一緒にプレーできた時間はすごく楽しかったし、たくさん助けられました。1年生の時にずっと一緒に自主練を重ねた時間があったからこそ、たくさん連携プレーができたんじゃないかなって思ってるよ。一緒に積み上げてきたものが、ちゃんとプレーに出ていたのが嬉しかった!ありがとう。

 

 

リリー

私のラクロス生活のスタート地点は、間違いなくりりこです。声をかけてくれて、本当にありがとう。

あの一言がなかったら、私はHEARTSにいなかったと思います。

主将として25HEARTSを引っ張っているリリーの姿は、いつも頼もしくて、かっこよかったです。

近くで見ているからこそ、簡単じゃない場面でも前を向いて進む強さに、何度も背中を押されました。

ありがとう。

 

ビビ

まさか高校生の時から塾で椅子の取り合いをしていた相手だったなんて。。。しかもあのクラスしかとってなかったのもびっくりだし、流石にDestiny(しかも2年生くらいまでお互い気づいてなかったっていう笑)を感じています。まりこにもたくさん相談乗ってもらいました。まりこが話を聞いてくれてなかったら今頃、、、と思うとたまに怖くなります。俯瞰的に物事を捉えて冷静なアドバイスをしてくれたまりこの言葉にたくさん救われました。

ありがとう。

 

らこ

らこがいなかったら、マネージャー業務はもちろん、HEARTS自体がここまで成り立たなかったと思います。

いつも正確な時間管理と的確な判断で支えてくれて、本当にありがとうございました。

そして、時には厳しいご指導もありがとうございました(笑)

その一言で空気が締まったり、チームが前に進めたりする場面が何度もありました。本当にありがとう。

 

ちい

同期のはちゃめちゃトラブルメーカー石川さん。なんだかんだで、ちゃんと愛されてます。笑

それは、石川がただやらかすだけじゃなくて、メンタルの強さと、心の純粋さ、そして優しさがあるからだと思ってる。実際、石川に救われた人はたくさんいるはず。私もその1人だし!

遠征の車でも本当にたくさんお世話になりました。

いつも当たり前みたいに支えてくれて、助けてくれてありがとう。

 

すう

心優しいお姉様。

たくさん一緒にゴーリーアップできて、本当に幸せだった!

いろんなシュートの打ち方を試して、試行錯誤を重ねた時間があったからこそ、私はシュートすることが前よりずっと好きになった!!

あの時間は、私にとってすごく大きかったし、ゴーリーと繋がれる大切な時間だったなって思ってる。

そして、どんな状況でも前向きに受け入れてくれるすうには、本当に頭が上がりません。

いつも明るくいてくれて、支えてくれてありがとう。声がスキ。

 

ぴん

途中入部で悩みもたくさんあったはずなのに、持ち前の愛嬌と笑いのセンスで、どんどん人の輪を広げていく姿を見て、さすがコミュ力おばけだなと思ってました笑

だからこそ、マネージャーとしてもあっという間にらこと肩を並べていて、遅れをまったく感じさせなかったのが、あゆみのすごさだと思います。その場にいるだけで空気が明るくなるのに、やることはきちんとやっていて、本当に頼もしかったです。

いつもHEARTSを明るく盛り上げてくれて、ありがとう。

 

 

改めて同期のみんな、ありがとう。

そしてここからは、後輩たちが主役です。

悩んで立ち止まることがあっても、自分のペースで大丈夫。ラクロスが好きという気持ちを、どうか大切にしてほしいと思っています。

この先も、HEARTSがたくさんの笑顔であふれるチームでありますように。

 

 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。HEARTSで過ごした4年間は、私にとって一生忘れられない時間です。

これからもHEARTSを心から応援しています。

そして、シアとして関わってくださったすべての皆さまに、心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

シア

 

 

お次は…HEARTSの愛されキャラ

チャイちゃん!!!

お互い、考えるより先に行動してしまう突発型として、技術幹部の頭をたくさん悩ませてきましたね……(ごめんなさい)

でも、だからこそ一緒にフィードバックを重ねて、一緒に成長していけた時間が本当に楽しかったよ、ありがとう。

そして何より、ドローの成長が本当にすごくて、チャイのドローで何度も流れが変わって、チームが前に進んでいきました。HEARTSを勝利に導いてくれた、ドロー王です。

そして何より、いつもニコニコ笑顔でHEARTSを明るくしてくれた天使です。

さぞかし素敵な文章を紡いでくれるでしょう。涙腺崩壊文章、期待しています♡

 

 


はじめに、平素より聖心女子大学ラクロス部を支えてくださっている関係者の皆様、多大なるご支援をいただき、深く感謝申し上げます。


本日からスタートする37期の引退ブログにて、トップバッターを務めさせていただきます。「ちぃ」です。


引退からちょうど2ヶ月、

電車や街中でラクロッサーを見かけると、毎日汗だくになって重くて大きすぎるボストンバッグと、みんなよりも大きくてちょっと邪魔なゴーリークロスを持ち歩いていた日々が少し恋しくなります。




引退ブログに何を書こうかずっと悩んできました。大学1年生から今までの思い出、自分の挫折経験、ゴーリーになった経緯。

濃かったといえばとても濃い4年間でしたが、役職も何もない自分はみなさんに感動を与えられるような思い出や、みなさんの為になる経験を上手く書ける自信がないので、このブログでは「なぜ私がここまでラクロスが好きなのか」ということをメインに、少しだけ4年間の思い出も添えてお話したいと思います。


拙く、読みにくい文章ですが少しでも多くのラクロッサー、そして関わっていただいた方に読んでいただけたらと思います。


みなさんにとって憧れの人は誰ですか?どんな人に憧れますか?


クラブチームで活躍するラクロスが上手な人、プレーも何もかもがかっこいい人、優しい先輩、チームをまとめみんなから尊敬される先輩、、、

ラクロスだけにとどまらず、十人十色、人それぞれ自分に持っていないものを持っている人に憧れを抱くものだと思います。


私が憧れるのは、「常にパッションに溢れていて、何事も楽しんでいる人」です。


小さい頃から体を動かすことは誰よりも好きだけど、それぞれの競技で特段才能が開花するわけでもない私は、いつも運動神経がある人たちと自分を比べて、自分の動きの醜さに呆れて、幼稚園から続けた水泳も、中高5年間のダンス部も、最後まで挫折せずにやるということだけを目標に、特に楽しむこともなく「こなす」ことだけが精一杯でした。


でもラクロスに出会って、私の価値観は大きく変わりました。


フレクリや開・水田塾、他大学のラクロッサー。ラクロスを通して様々な出会いを経験し、社会人から中学生まで色々な人と交流をする中で、ラクロスの上手い下手は関係ない。「自分が誰よりも1番、最高に楽しいと思ってプレーする」ことが大切であるということを学びました。


開さん、水田さん、隊長をはじめ、ハルさんやタカさん、他大学のラクロッサーみんなに共通しているのは、とにかく全力でラクロスを楽しんでいるということだと気付かされ、私はそのとんでもないパッションを持った人たちに憧れを抱くようになりました。


実際、私は3年生の最後のリーグ戦で運良くフィールドに立たせていただくことができましたが、4年生でもゴーリーとしての才能は開花することはなく、4年生1年間は1度もリーグのゴール前に立つことなくラクロス人生を終えました。


一昔前の自分だったら、「あー、また楽しくないまま終わった」と思っていると思います。

でも、引退してから振り返ってみて、ラクロス部を選んで、4年間の学生時代をラクロスに注いだこと、最後にユニフォームを着て大井のフィールドを踏めたこと、同期全員で同じ場所に立てたこと、全ての思い出を通して、ラクロスに捧げたことに一つの後悔もありません。


4年間を通してラクロスを全力で楽しむことを知り、リーグに出られなくても練習を誰よりも楽しんでやり遂げることを目標にできたことでラクロスが大好きという思いを持ったまま引退することができました。






そして、

ラクロスで人生が変わったと言っても過言ではない理由はもう一つあります。


自分が今年学生代表を務めさせていただいているSEKAI CROSSEとの出会いです。


友人に誘われて2024年の大会を見に行き、運営に携わりたい、新しいコミュニティを広げてみたいという思いで2025年の大会に飛び込みました。

右も左も分からずに入った団体で、平社員だった人間が2年目にして学生代表を務めることになるなんて思ってもいませんでした。しかし、この組織に携わっている実行委員の学生、社会人メンターの方々は、「パッション溢れるかっこいい」私の憧れの人が多く、その人たちと史上最高の大会を作り上げることに自分の学生生活の最後を賭けてみたいという気持ちから、学生代表という大役に名乗り出ました。


自分自身がたくさんの経験と出会いをさせてもらったラクロスを、今度は自分が世界に広げる。ラクロスの競技の才能はなかったけど、新しい人と関わることが大好きな私にとっては最高の仕事です。




両親、弟たち

4年間部活を続けさせてくれた両親、自主練に付き合ってくれた弟たち、ありがとう。朝5時に突然家の電話が鳴ることも、叩き起こされて往復1時間の道を車で送ってもらうことも、もうきっとないと思います。その節は本当にご迷惑をおかけしました。フラフラとまともに人生を生きていない私が、4人のおかげでラクロスという人生を変えられたスポーツに出会うことができました。


同期へ

この場を借りて謝罪させてください。最後までたくさんたくさん迷惑をかけ続けました。同期から除名されてもおかしくなかったと思います。本当にごめんなさい。

でも、4年間、きっと家族以上の時間を過ごしたみんなが、こんなバカな私を最後まで同期として受け入れてくれたみんなが誰よりも大好きです。

いつかまた、私が言えることじゃないけど同期ドライブも同期エアビもしたいです。




すう

4年間、すうと一緒にゴールを守ることができて嬉しかった。感謝してもしきれません。メンタル弱い私をいつも励ましてくれて、誰よりも頼れるすうがいてくれたから、4年間ゴーリーとして居続けられました。絶対的なライバルだけど、唯一の理解者のすうが大好きです。ありがとう。


リズりるさん

4年間ゴーリーずでいられたこと、どんな時でも励ましてくださったこと、たくさんたくさんアドバイスくださったこと、ありがとうございます。怒られたけど、ゴール裏のゴーリーのおしゃべりが大好きでした。またゴーリー会しましょ!


ナビ助

5人が3人になって、1人になって。心細くさせてしまってごめんね。そして、頼りないゴーリーの先輩でごめんね。ナビは誰よりも芯が強くて、かっこいいゴーリーです。後輩だけど、誰よりも信頼してゴールを任せられます。

これからきっと新しい後輩ゴーリーも増えると思うけど、それまでheartsのゴールを託します。練習も行く行く詐欺してますが、ちゃんと顔出します!


たかさん、隊長、廣瀬さん、ローレンさん、しゅうこさん

4年間、ゴーリーとして、人として育ててくださったコーチの皆様、ありがとうございました。

何度も何度もゴーリーを辞めたいと思っていた私にいつも的確なアドバイスと励ましの言葉をくださったコーチたちのおかげで4年間やり切ることができ、ラクロスが大好きになりました。自分がみなさんからいただいた多くのものを、今度はheartsに還元できたらと思っています。




さちさん

SEKAI CROSSEでさちさんに出会えて、私の人生は変わったと思います。代表になること後押ししてくださって本当にありがとうございます。さちさんこそ、私が誰よりも憧れる、パッション溢れるかっこいい人です。あと3ヶ月、まだたくさんご迷惑おかけするかもしれませんが、ご指導よろしくお願いします。さちさんが大好きです。

大会終わったら盛大に打ち上げしましょ!


安田さん、ナカジさん

へなちょこ代表をいつも支えてくださって本当にありがとうございます。仕事も全然できないけど、誰よりもこのSEKAI CROSSEという組織が好きという気持ちだけでここまでやってきました。シゴデキでかっこいいお二人と大会終わったら絶対飲みに行きます。


ハルさん

代表をやるか迷っていた私の背中を1番に押してくださったハルさんには本当に感謝しています。おバカな私にいつもmtgでわかりやすく説明してくださるハルさん、何事にも全力で向き合ってパッション溢れるハルさんを誰よりも尊敬してます。

今度ご飯連れてってください!


SEKAI CROSSEのみんなへ

たくさんの出会いをさせてくれたみんなには本当に感謝してます。こんなにも頼りなくてダメダメな代表についてきてくれてありがとう。みんなと夜遅くまでmtgする時間が大好きです。

あと3ヶ月、絶対に大会成功させようね。




4年間のラクロス人生を通して出会えた、私の憧れである多くのラクロッサーのみなさんに感謝します。

ありがとうございました。




次は、私たちのスーパーヒーロー、「シア」です。

いつもモデルのようにキラキラした彼女は、heartsの得点王としてチームを何度も救ってきた救世主です✨家が近くなってたくさんドライブするようになってからたくさん人生相談にものってもらってます。

いつもありがとう♡

みんなの憧れ「シア」がどんなカッコいい引退ブログを書いてくれるのか楽しみです!


これからもたくさんお世話になるね ♪


それではシア、よろしくお願いします。