自分を生きれば人生もっと楽しめる!             人生なんでも予定外! -17ページ目

自分を生きれば人生もっと楽しめる!             人生なんでも予定外!

人生なんでも予想外!私自身、長い間の家族問題、うつ病、摂食障害、アルコール依存症、薬物依存症などを
克服したことからアロマセラピー認知行動療法をとりいれたカウンセリングをしています。
ブログでは、病についてや日々の楽しみを綴っています♪

みなさん、こんにちは
暑さもピークですが
いかがお過ごしでしょうか

駅や建物へ近距離行くだけでも
すごい汗かいてしまいますー。
でも、冷房のきいた屋内や電車に
長時間いると体が冷えきって
外に出るとまるで解凍される人間
みたいなジワーっという感覚(笑)
体も体温調節忙しそう

無理なさらず、お身体いたわりながら
素敵な夏をお過ごしくださいね

今日は、生きるためや病気を持ちながら
または、克服に向かう過程での
「生きるための共有意識」
について、お話させてください。

私は、子供の頃
「とりあえず、贅沢な生活がしたい。
絶対、そうする。」
と夢見ていたことがありました。
そして、それが20代のときに、現実になり
思い通りの贅沢な生活を手に入れたのですが
遊びにいったラスベガスのスイートルームで
ふと、心の中に隙間のような埋められない
物足りなさ、寂しさのようなものを
感じたんです。

それを追求してみたら
この状態、状況を
同じ感覚で、共有できる人

がいない。ことでした。

その時期はすでに、その時期の私と同じような
生活や状況の人たちが周りに多かったということも
あり、それまでの過程は一緒に居たわけでは
ないので、共感することはできない。
そういうことは、自分や相手もいくら努力しても
叶えられないことですよね。

もちろん、リアルタイムで共有、共感し合えること
は、いくらでもあったので問題なかったのですが
おそらく、当時、私自身がまだ過去のことなどで
癒されてなくて、それを求めていたのだと
思います。

同じ感覚になって(共感や共有)欲しい
ということこそ
「贅沢な欲求」かも知れないけれど・・・(笑)
基本的な欲求なんだと思います。

その時に、今まで、ずっと贅沢な暮らしや
成功的なものや、常識ある素敵な人に
なることなど
「自分がどういう人間か」という結果のような
ものに、必死にしがみついてきたけれど
そもそも、生きる意味って
「誰かと物事や思い出または”今”を
共有することにある
んだ。」
と気づきました。


(↑我が家のベランダ菜園のゴーヤの花の中に
蜂とてんとう虫のような虫がいました


「同じ釜の飯を食べた仲」という言葉も
ありますね。
一緒に食事をしただけでも
共有意識が生まれますが
同じ経験を共有した仲という幅広い意味
でも使われています。

日常的な些細なことでも
食事のときに
「これ美味しいね!」
「うん、すごく美味しいよね。」

「これ味変じゃない?」
「やぱり?私も変だと思った。」

など、ちょっとしたことでも共感することが
あると嬉しいですよね(笑)

意見が違う場合であっても
なぜ、相手がそう思ったのかなどを
聞くと、より相手のことを理解できた
ことで満足感が生まれるし
”お互いの距離を縮めたい”という
同じ想いは、共感、共有ですよね。

話が逸れますが
誰かが亡くなると
その人との共有した思い出も一緒に
消滅てしまうようで寂しいものですが
自分が生き続けている限り
その人も思い出も心の中で
生き続けると思っています。


病の克服に必要な共感共有意識


悩みや問題、病気など
誰かに話せて、ただ聞いてもらい
受け入れてもらうことでも
(同じ経験を持たない人であっても)
だいぶ心は楽になるものですが
もし、その相手が同じ経験を持つ
”共感、共有”意識の持てる

人だったら、どうでしょう。

アルコール、薬物など克服するための
自助グループなどでも
過去や生き方自体に違いはあっても
止めたい。良くなりたい。
という想いは、同じ
そして、止める、止め続ける過程での
困難さや喜びを共有することにより
「止める意欲」や希望、様々な気づき
など得られることが大きいです。

家族会なども、当事者を支えるためと
自分たちを支えるために
同じ想いの家族が集い
情報だけでなく
共感や共有で力をもらえます。

私自身、幼少期の頃、家庭内のことや
自殺ばかり考えていたときに
もし、同じ立場の人一人でもいたら
孤独を感じることなく精神的にとっても
だったと思います。

地域社会や組織などでも
自分と同じような立場の人が他にいない
立場
につくと、孤立や孤独を感じて
精神的にかなりキツいようです。
その立場に共感してくれて気軽に
話せる相手がいるとだいぶ違うようです。

子供の頃は周りに同じ立場の人が
いなくて
「自分と同じ思いをしている人が
世界中のどこかにいるはず。」と
信じて、心の支えにしていたことも
ありました(笑)
実際、大人になってからは
交流範囲も広くなり同じような経験をした人と
大勢出逢い力をもらえました。

だから、今苦しい思いをしている人も
”今”あたなと同じように苦しい思いをしている人が
どこかに必ずいるはず。

また、同じような経験を経て
”今”は、人生を楽しんでいる人も
どこかに必ずいるはずです。

そう、認識するだけでも
精神的に楽になり
また、精神的に楽になることで
考え方に幅ができて
その苦しさから脱出できる方向へ
向かえるのではないでしょうか。

本来、人間が持ってる集合的無意識
個人の経験を超えた集団、民族、人類などの
共有する無意識だけれど
それから先の個人の経験や
些細な日常なことでも

共有する(している)」意識や無意識って
生きてゆくのに大切なことだと思います。

”どんな時も、ひとりではない”
ということが伝えたかったのですが
分かりづらい文章になってしまいました(^^ゞ

拙文をご覧いただき、ありがとうございます。

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