政治の話って好きじゃないんですよ。
という書き出しで政治の話をするのもなんですが。
ある意味タブーなものととらえられることが多いと思われがちだけれども、世界情勢でも何でも議論になればそれなりの意見を求められるのが、日本以外の国では当たり前らしいです。
でも、今どちらが首相になるかなんて完全に僕の触れることのできないものである以上は、その後どうするかを直ぐに判断しなければならないということしかできないわけです。
前の会社に入って早々「新聞は隅からすみまで読め」と言われました。
「経済面より、政治面を詳しく読め」と。
業界自体が法に縛られることの多い業界だったので、その法をつくる組織=国会の動き、準ずる政令=行政の動きを逃すのは損をしているようなものだと。
だから、次にこの国のトップが誰になるのかによって大きく変化する業界が無きにしも非ずということになる。
だから嫌でも政治の話にはついていかなくてはならない。だからって、秘密投票のこの国で支持するものの名を挙げるなんてことはしないからね。
よく素人が公共の電波で堂々と意見を言えたもんだよ。
効率主義。
温度の高く日差しの強い日中は昼休み。サマータイム。道理で地元の人間は日中見かけないわけです。
行きの機中で残念な人の思考法を一気読み。
人生の優先順位「プライオリティ」をどこに置くか。イタリア人のそれはなんなのだろうか?旅の目的の一つになった。
答え
「楽しさ」
それが全員だとは言い切れませんが、向こうで読んだ記事で更にそう思うようになった。
「日本は残業ばかりで休みも取れないのに、休み放題残業なしの欧米社会が機能する理由 」
まあ、全てが全て正しいとは思いませんがね。需給バランスの一致を目指すには、双方が歩み寄るべきなんですよ。(あわせて読むもご覧あれ)
イタリアでの半分以上を姉の家(正確に言えばホームステイ先)で過ごしたのですが、着いた当日が土曜日ということで、買い出しに付き合うことになりました。基本的にスーパーは日曜日は休みなので買いだめしなければならないとのこと。
どのお店も昼休みがあり、姉の旦那(職業:シェフ)も、ランチタイムが終わったらいったん帰宅して昼寝をしていた。24時間365日が当たり前になった日本とのギャップはここにある。
かつて、僕の通う大学が陸の孤島と言われていた頃、年末は教授の家で餅つきをし、それで大晦日・正月をすごす食料にしていたということがあったみたいだが、今ではどの店も年末年始休まず営業(それなりに需要が見込めるようになったから?)となり、餅つきの意義は薄れてきてしまっている(教授談)ようだ。
つまみ一つとってもそうだった。
姉の旦那の姉妹が僕が訪れる直前まで居たそうだが、そのお土産が日本のスナック菓子。コンビニに行けばすぐ手に入るようなものなんだが、それを配送するトラック、生産する工場、包装、etcを考えると、そこに労働需要が生まれるとはいえ、非効率の方が多く発生しているのではないかと疑ってしまう。実際一番美味しかったつまみは、プチトマトを半分に切って塩胡椒&バルサミコ酢をかけたものだった。
24時間365日が当たり前になった生活は便利と言えば便利だが、そこに慣れてしまうと自らが供給者になった場合に非効率な部分に耐えられなくなってしまうのだろう。
時間的に不便であっても「買いだめが必要な土曜日」であったり、「ランチが終わってしまう14時過ぎ」という供給者の時間に合わせるようになれば、自然と不規則な生活から脱出できるようになるのではないだろうかと、日本に帰ってきてから思うようになった。
実際に何の「楽しさ」がプライオリティかわからなかったが、個人個人でそれなりに持っているのだろう。それが仕事であるという人はあまりいなかったような気がするが。
「ローマは1日にしてならず」の意味ってのは、「建国に500年近くかかったから」って言うよりも、「ローマ人みたいに無理せず効率的に働いていたら1日でできるわけないじゃん」って言う意味かもしれない。
温度の高く日差しの強い日中は昼休み。サマータイム。道理で地元の人間は日中見かけないわけです。
行きの機中で残念な人の思考法を一気読み。
人生の優先順位「プライオリティ」をどこに置くか。イタリア人のそれはなんなのだろうか?旅の目的の一つになった。
答え
「楽しさ」
それが全員だとは言い切れませんが、向こうで読んだ記事で更にそう思うようになった。
「日本は残業ばかりで休みも取れないのに、休み放題残業なしの欧米社会が機能する理由 」
まあ、全てが全て正しいとは思いませんがね。需給バランスの一致を目指すには、双方が歩み寄るべきなんですよ。(あわせて読むもご覧あれ)
イタリアでの半分以上を姉の家(正確に言えばホームステイ先)で過ごしたのですが、着いた当日が土曜日ということで、買い出しに付き合うことになりました。基本的にスーパーは日曜日は休みなので買いだめしなければならないとのこと。
どのお店も昼休みがあり、姉の旦那(職業:シェフ)も、ランチタイムが終わったらいったん帰宅して昼寝をしていた。24時間365日が当たり前になった日本とのギャップはここにある。
かつて、僕の通う大学が陸の孤島と言われていた頃、年末は教授の家で餅つきをし、それで大晦日・正月をすごす食料にしていたということがあったみたいだが、今ではどの店も年末年始休まず営業(それなりに需要が見込めるようになったから?)となり、餅つきの意義は薄れてきてしまっている(教授談)ようだ。
つまみ一つとってもそうだった。
姉の旦那の姉妹が僕が訪れる直前まで居たそうだが、そのお土産が日本のスナック菓子。コンビニに行けばすぐ手に入るようなものなんだが、それを配送するトラック、生産する工場、包装、etcを考えると、そこに労働需要が生まれるとはいえ、非効率の方が多く発生しているのではないかと疑ってしまう。実際一番美味しかったつまみは、プチトマトを半分に切って塩胡椒&バルサミコ酢をかけたものだった。
24時間365日が当たり前になった生活は便利と言えば便利だが、そこに慣れてしまうと自らが供給者になった場合に非効率な部分に耐えられなくなってしまうのだろう。
時間的に不便であっても「買いだめが必要な土曜日」であったり、「ランチが終わってしまう14時過ぎ」という供給者の時間に合わせるようになれば、自然と不規則な生活から脱出できるようになるのではないだろうかと、日本に帰ってきてから思うようになった。
実際に何の「楽しさ」がプライオリティかわからなかったが、個人個人でそれなりに持っているのだろう。それが仕事であるという人はあまりいなかったような気がするが。
「ローマは1日にしてならず」の意味ってのは、「建国に500年近くかかったから」って言うよりも、「ローマ人みたいに無理せず効率的に働いていたら1日でできるわけないじゃん」って言う意味かもしれない。
machuの「30年、150年、260年」のまねしてかいてみるね
明治維新から、確固たる意志のもと自らを見ているから150年経たない強い部分を十分に雄弁だが特に面白かった。
徳川幕府が260年ってことやね!
規模の回が特に面白かったか。
激動の回が特に面白かったわ。
毎週欠かさず「30年生き延びている企業は0.02%」衝撃でしたが260年経たないからこのような書き出しで、ペーパー含めだと、ぼんやりながらも最後まで面倒見ておこうと、やっぱりこの激動のもと自らを十分には重々わかっていないから尚更か忘れたわ。
*このエントリは、ブログペットの「Atlas」が書きました。
明治維新から、確固たる意志のもと自らを見ているから150年経たない強い部分を十分に雄弁だが特に面白かった。
徳川幕府が260年ってことやね!
規模の回が特に面白かったか。
激動の回が特に面白かったわ。
毎週欠かさず「30年生き延びている企業は0.02%」衝撃でしたが260年経たないからこのような書き出しで、ペーパー含めだと、ぼんやりながらも最後まで面倒見ておこうと、やっぱりこの激動のもと自らを十分には重々わかっていないから尚更か忘れたわ。
*このエントリは、ブログペットの「Atlas」が書きました。