今日は
メタリックな鏡面コーティングがしてあるメノウ(?)をマクラメしました。

これでなんだか3部作が完成した気分です。
左から、フラクタル、グランドクロス、トーラス、と名付けました。

、、、、、それにしても絶妙。

自分で作っといて、

この流れは自分では思いつかなかったわ~、、、、。

みたいな感じで、不思議で面白かったです。

石に作らされたような感じってこういう感じなんだなと思いました。

私の考えなんかより、よっぽどすごいなぁと思うので、

信頼して、どんどん流れに乗って行こうと思います。

昨日ようさんに、「ブレスレットとか作ったら?」といわれたので

今日はスタロウライトとジャスパーの勾玉をマクラメで編みました。

すごいアートで渋くてミニマルな模様でお気に入りの二つだったので

いつもより慎重に編んでおります。

(スタロウライトはカーサロータスで購入しました。)

それにしても、こんな造形が自然にできるなんて、、、

水石みたいにも見れるところが特に萌えます。







出来てから、

グランドクロスにスタロウライトなんて!

と気がついて、うれしかったです。

ようさん師匠ありがとう!

ものつくり楽しいな。


いろいろ作品作って、ゆくゆくは世界征服を目指そうと思います。


今日4月22日の15:00前から 24日14:00頃まで

はグランドクロスが全て13度になるという

スーパースペシャル未曾有な時期だそうですね。

天体のグランドクロスじたいは5月20日ごろまで続くそうですが

きっと、このグランドクロスパワーは

大志くらいの大きなビジョンがないと乗りこなせない

ということなんじゃないかなと、

いろんな占星術のサイトを見て、

それから昨日のお守りのこともあって思いました。

それから、今日から明後日までの

グランドクロスの13度の山場な期間というのは

超深いところからのインスピレーションとかを

受け取りやすい日なんじゃないかなと思いました。

だから、私のように

グランドクロスは大志を抱こう!

とかいわれてもなかなか思いつかないという方は、

このグランドクロスのピークになる

今日~24日の期間に

瞑想するなり、空になるなり、怪しい儀式を行うなりして、

自分がこの人生で最もやりたいことや本当の幸せや到達したいとこ

などを思い出したり、インスピレーションを受け取ったら

いいってことなんじゃないかなと、

ちょう自分に都合の良いように解釈することにしました。




そんなわけで私も怪しい儀式でもして、

明後日までに必ず大志を見つけて抱くつもりです!キリッ


皆さんも素敵な大志の抱ける一日になりますように!
今日、こんな素敵なものを拾ってしまいました。




少年よ、大志を抱け


つい先日

このグランドクロス期間は大志を抱きましょう!

みたいなのを読んで

よーし、私も大志を抱くぞ!

とか思ったけど特に何も浮かばなくてだったので

そもそも大志って何?と思って、調べてみました。


クラークの言葉、「
Boys, be ambitious少年よ、大志を抱け)」は、よく知られている。これは、札幌農学校1期生との別れの際に、北海道札幌郡月寒村島松駅逓所(現在の北広島市島松)でクラークが発したものとされている。しかし、この文言は、クラークの離日後しばらくは記録したものがなく、後世の創作によるものだと考えられた時代があった。1期生の大島正健(後の甲府中学校(現甲府第一高等学校)の学校長)による離別を描いた漢詩に、「青年奮起立功名」とあることから、これを逆翻訳したものとも言われた。

しかし、大島が札幌農学校創立15周年記念式典で行った講演内容を、安東幾三郎が記録。安東が当時札幌にいた他の1期生に確認の上、この英文をクラークの言葉として、1894年ごろに同窓会誌『恵林』13号に発表していたことが判明した。安東によれば、全文は「Boys, be ambitious like this old man」であり、このまま訳すと「この老人のように、あなたたち若い人も野心的であれ」という意味になる(ただし『恵林』には「Boys, be ambitions like this old man」と印刷されているが、「n」は「u」の誤植・倒置と思われる)。安東の発表の後、大島自身が内村鑑三編集の雑誌 Japan Christian Intelligencer, Vol.1, No.2 でのクラークについての記述で、全く同じ文章を使ったことも判明した。また大島は、次のように述べている。

先生をかこんで別れがたなの物語にふけっている教え子たち一人一人その顔をのぞき込んで、「どうか一枚の葉書でよいから時折消息を頼む。常に祈ることを忘れないように。では愈御別れじゃ、元気に暮らせよ。」といわれて生徒と一人々々握手をかわすなりヒラリと馬背に跨り、"Boys, be ambitious!" と叫ぶなり、長鞭を馬腹にあて、雪泥を蹴って疎林のかなたへ姿をかき消された。

「クラーク先生とその弟子たち」

この時に「Boys, be ambitious in Christ (God)」と言ったという説がある。また、「青年よ、金、利己、はかなき名声を求むるの野心を燃やすことなく、人間の本分をなすべく大望を抱け」と述べたという説がある。また、「Boys, be ambitious」は、クラークの創作ではなく、当時、彼の出身地のニューイングラン地方でよく使われた別れの挨拶(「元気でな」の意)だったという説もある。



以上ウィキより転記。



クラーク博士的には「元気でな」の意味だったて…。

なんかクラーク博士のせいで逆に意味がわからなくなった感がありますが

せっかくのグランドクロスだし

ちゃんと大志を抱こうと思いました…。


えーと、今

相似形 http://ameblo.jp/hear44/entry-11825681833.html

学び http://ameblo.jp/hear44/entry-11819589560.html 

わかりやすく直しました。

「 」とか、つけてみたりしたので、

かなり読みやすくはなったと思います。

ぜひもう一度おこしくださいませ~。




ところでSTAP細胞の一連について

私はちょっとニュースで拝見しただけですが、

直観的に、小保方さんに正当性があり、

それをどうでもいいような揚げ足を取って、貶めようとしている輩による

茶番

としか見えなくて、ほんと全然何も知らないくせになんですけど、

小保方さんの取り上げられ方や扱われ方を見ると

本当に本当に残念でなりません。

せめて、天才としてあつかっていただきたいものです、、、。


それにしてもいつまでやってるんだろう

長いなぁ、、、

ふと、自分は

よく知らないけど、、、というより

実はあまり知りたくないというか

避けているなと気付きました。

もしかしたら真済の時とか、

小保方さんみたいなことがあったかもなぁ、、、。


私たちのいるこの、現象としての宇宙は

フラクタル構造でトーラス状です。


フラクタル構造とは、部分と全体が相似である構造のことで

原子構造と太陽系などの天体構造はミクロとマクロの関係で相似形状

みたいな感じです。

フラクタル構造だということは、

「全」の一部である「個」は、「個」にして「全」を内包しているということです。

だから、天体がグランドクロスしている今、

私たちを構成する原子たちも共鳴反応でグランドクロスしてるかもw




トーラス状とは無限ループの形状ってことです。

3次元で表すとドーナツ型とか。DNAの螺旋みたいな。

「全」は無限なら、その一部である「個」も無限なので、

宇宙が無限なら、その相似形からなる私たちも無限ということになります。



ということで、フラクタルでトーラスということは、

自分を無限に映していく、いわゆる「合わせ鏡の世界」だと思います。



現象としての宇宙がフラクタルでトーラスなら

全ての本質である「空」というものも、次元は違っても

フラクタルでトーラスだということじゃないかなと私は思います。

ということは、「空」とは「無」ではなく、

「無限で法則性のある知的な場のようなもの」

みたいな感じなのかなとか考えています。

自分を鏡に映して観察しようなんて、

「空」の目的はやっぱり自分を知るため系かもなぁ。


でもたしかに 人は人とのかかわりの中でしか、

自分を知る事はできないように思います。

人間関係はまさに合わせ鏡なので、

自分の見たくないものを「無意識」に押し込めていると、

人間関係で、その「無意識」を繰り返し映すことになるんだと思います。

「無意識」の中に溜め込んできたものを解放していけば

色眼鏡が取れて視界がクリアになるように、

あるがままに人や出来事を見ることができるようになるから、

人間関係もより上手くいくようになるんだろうな。

だから先日の「100分で名著」の「愛するということ」での

エーリッヒフロムの言う、「愛には技術が必要」という説は

すごく納得でした。

そして今は万葉集です。キターー!!

まことなきものと思ひせばいつはりの涙はかねて落さざらまし (躬恒)

とある返りごと

惜しからぬ命なりせば世の中の人のいつはりになりもしなまし (貫之)


まこと(真実、誠)なんてないものなんだと思うから、偽りの涙なんか落とさないでくれ。

という躬恒の歌に対して、

世の中の人の偽りを行うほど惜しくない命ではないから、

みたいな貫之の返し。

軽口や冗談の中に物の考え方が見えて面白いなと思いました。



ほんと、認識したものが現れるのだとしたら

偽りに費やす時間は1秒たりとももったいないなと、

最近よく思います。

もったいない精神というよりもはや、

自我で生きるなんて損!!なレベルです。


あと、全ては自分の学びのために起こっているとわかれば

自然と謙虚になれるもんなんだなとか思います。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」 というけれど、

学びの観点がないうちは、謙虚にあろうとしても

やろうとしてなれるようなものではないのかも。

それって「感謝」の感じと似てるなぁと思いました。


それにしても、学びに終わりなんてあるのかな。

きっと、どこまでいっても、必ず次のステージや次のレベルがあって

宇宙と同じように、それは無限で、成長し続けるのが本来の姿で、

慢心や自由意志から、どこかにとどまるようなことはあっても

終わりなんてものはないんだろうな、と思いました。




4月4日の44の日は、エミさんの車で府中&新市エリア散策に行きました。

まず、なんとなく通りすがりに気になって立ち寄った皇子神社


桜が見事でした。







それから備後一宮 吉備津神社へ

猿田彦の話をしてたら、桜山神社でカラスが2匹お出迎えしてくれました。


さすがエミさんw



桜山神社で満開の桜が見れるなんてタイムリーで嬉しかったです。






吉備津彦は、神無月に出雲に行かなかったので、大国主がわざわざ迎えに来たそうで備後も神有月になったとかなんとか…。吉備津彦ったらw

あと、なぜか稲荷だけハイテク設備搭載でウケました。



それから空海が雨乞いしたとかいう、たかおかみ神社へ!


参道はプチ登山でした。







帰りは私もエミさんも、この場所で不思議な光の写真がとれました。(エミさんの写真凄かったです!)




平の家の府中焼き超美味しかった~!

楽しかったー!

エミさんありがとう~!!



おまけ


超でべそのデコポン




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3月29日は友達と尾道散策しました。 八幡神社は参道を道路と線路が横切っていて、なんかそれってすごい発想だなといつも思います…。



次はでっかいワラジの西国寺へ。

真言宗醍醐派 大本山 摩尼山総持院 西國寺
公式ホームページ http://www.saikokuji.jp/

天狗にも色々あるんですね…。
出世しだれ紅梅
空海の28寺巡りの2番の札場とかなんとか書いてありましたが、まさにその場所が改装工事中だったので、またあらためて行こうと心に決めました。 そしてメインイベントのコモンのワッフル!
本当に最高でした。 毎回くるたびに、知らないお店や路地裏を見つけるので、本当に尾道は味わい深いなぁ。
一日中モーニングサービスありますw Android携帯からの投稿