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zeraniumのブログ さんより抜粋させていただきました。
というわけで、
マジで甑岩には、白い龍がいるんじゃないかなと思うし、
ずっと人のために頑張ってきたんだとしたらすっごい悲しいと思うし、
今後のためにもなると思いましたので、ぜひこちらもよろしくお願いいたします↓
越木岩神社ブログ
こしき岩の杜を知ろう2 ~ 社名の起こり ~
こしき岩の杜を知ろう4 ~ 天然記念物の杜 ~
こしき岩の杜を知ろう5 ~ 大坂城築城の刻印石 ~
兵庫県西宮市越木岩神社宮山の磐座が大規模マンション及び道路開発により爆破粉砕されようとしています。
工事許可の撤回及び中止を求めるネット署名と拡散をお願いします。 @change_jpさんから
https://www.change.org/p/%E5%85%B5%E5%BA%AB%E7%9C%8C%E8%A5%BF%E5%AE%AE%E5%B8%82%E8%B6%8A%E6%9C%A8%E5%B2%A9%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E5%AE%AE%E5%B1%B1%E3%81%AE%E7%A3%90%E5%BA%A7%E3%81%8C-%E5%A4%A7%E8%A6%8F%E6%A8%A1%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E5%8F%8A%E3%81%B3%E9%81%93%E8%B7%AF%E9%96%8B%E7%99%BA%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A-%E7%88%86%E7%A0%B4%E7%B2%89%E7%A0%95%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99-%E5%B7%A5%E4%BA%8B%E8%A8%B1%E5%8F%AF%E3%81%AE%E6%92%A4%E5%9B%9E%E5%8F%8A%E3%81%B3%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E7%BD%B2%E5%90%8D%E3%81%A8-%E6%8B%A1%E6%95%A3%E3%82%92%E3%81%8A%E9%A1%98%E3%81%84%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99?recruiter=58968031&utm_source=share_petition&utm_medium=facebook&utm_campaign=autopublish&utm_term=des-sm-share_petition-reason_msg
署名は31日までです。
なんかマジで書いてほしいみたいなので。
すいませんがよろしくお願いいたします。

まえがきの紹介に続きあとがきも紹介させていただければと思いまして、です。
あとがきより
「ヨハネの黙示録」についてはキリスト教世界から多くの注釈が出ました。
そのほとんどが未来預言の観点からの注釈です。
しかし、エドガーケイシーによれば、個の書はヨハネが瞑想経験において体、心、霊を新生させる経過を記したものであり、
個人の集合体として世界が新生する経過が同時に預言されているといいます。
この解釈を理解するには、黙示録だけ取り上げるのではなく、創世記との対比で見る必要があると思われます。
創世期は人間の創造、堕落、その結果としての世界史の展開を描く物語であり
黙示録は、キリストの贖罪を通して堕落前の純粋な状態を回復する物語です。
創世期において、人は七つの創造の段階を経て、今見る体となり、パラダイスと呼ばれる神との交わりの境地に住みました。
2つの選択が示されたときに、人は自我の道を選び、その結果、善悪の抗争の歴史が展開しました。
このはてしない善悪の循環を逆転させる方法が、キリストによって与えられました。
キリストは福音書の中で、神人合一の境地を説き、同じ境地になれることを弟子たちに約束しています。
その教えの奥義は、最後に使徒ヨハネに示され、黙示録となって結果しました。
人は世界であり、世界人類は細胞です。個人の病が集合化されて世界の病が起きる。
個人が世界に直接責任を負っているのです。個人が聖化する道を歩めば、世界も聖化への道を歩みます。
誰もが自分の純化に真剣に取り組むことが二十一世紀を救う究極の方策であるに違いありません。
以上あとがきより抜粋。
- エドガー・ケイシー文庫015 黙示録の解読/中央アート出版社

- ¥2,160
- Amazon.co.jp
黙示録はヨハネ自身の体、心、霊を新生させる経過を記したものであり、
また同時に、個人の集合として世界が新生する経過が預言されている、ということで、
フラクタルでトーラスだなと思い、何通りにも読めるってそういうことなんだなと思いました。
委ねることで、チャクラやカルマや自我の浄化や学びの体験がおこり、
個(ミクロ)から全(マクロ)へ、
意識的に、物質的に、霊的に、
と、新生に至るんだなとか思いました。
まだ半分も読み終わってないけど、おすすめです。

黙示録を見直してみようかなと感じ、この本を今日読み始めました。
訳者の解説(まえがき)より一部抜粋して紹介させていただきたいと思います。
↓
「ヨハネの黙示録」の価値は預言に限定されず、神との私的合一の階梯を記す、ヨハネ自身の観想経験の記録であり
神人合一の究極的境地に至る7つの段階が書かれているのは想像に難くない。
その意味では伝統的な観想の奥義書といえよう。
ヨハネは瞑想中に超意識の心に触れる。
超意識の心は心身浄化と新生の秘密をヨハネに啓示し、清めを開始する。
7つの教会は7つの霊的中枢、7つの封印された巻物は7つの腺に封じられている体である。
人が超意識に指導を委ねれば、超意識が先導者となって腺を浄化し、隠された人間本来の姿を回復する道が開かれる。
第1章 超意識との接触
第2,3章 超意識が7つの霊的中枢(チャクラ)の支配知性に話しかけ、体、心、霊を清めるのに必要な指示を与える。
第4章 覚醒したヨハネの心は体の管理を超意識にゆだねる。
第5、6章 7重に封じられた巻物(7つの内分泌腺に封じられた体)が順次、開かれて掃除が始まる。
第7、8章 新生が始まり、体内に変化を起こす
第9章 心身の浄化によって体細胞の三分の一が清められる
第10、11章 新生が完了し、体の管理がヨハネの心に戻される。
以上が黙示録の前半部に要約されているヨハネ自身の新生の経験であるという。
創世記で7段階を経て形成された「神の形」が、黙示録では7段階の浄化を経て回復される。
黙示録の後半部は、新生を完了させたヨハネが見る人類全体の動きである。
ヨハネは魂と心、自我、体、感情の成立と、それらの抗争の中で人間がいかに自我の力に支配されてきたかを示される。
人間の我欲の集合が、七つの文明期を支配する獣の帝国として書かれている。
ヨハネの体細胞における選別された14万4千個に相当するのは、「完成の型」を押された14万4千人である。
彼らが一体となって世界にキリスト意識が保たれるときに、人類は新生に向けて動き出す。
集合的な意味で7つの内分泌腺の清めが始まり、人類は疫病や環境破壊など、7つの腺中枢の想像力を誤用した結果に向き合わされる。
今世界に起きているさまざまな問題は、人類全体が長いこと7つの腺中枢を我欲に振り向けてきた結果なのであろう。
黙示録の最後の章は、神人合一の境地である。
黙示録の内的解釈の中心は「清め」にあり、自分の清めに加わることは世界の清めに通じる。
地球が大きな体であり、人類がその構成細胞であるという認識を持つならば、個人の重みと生の価値は増してくる。
私たちのあり方がひいては地球全体のあり方を決める。
黙示録は、神の計画に進んで貢献する人々が会得すべき、霊的進化の教科書と定義できると思う。
以上、解説より一部抜粋。
- エドガー・ケイシー文庫015 黙示録の解読/中央アート出版社

- ¥2,160
- Amazon.co.jp
宗教も、錬金術も、道も、カバラやヨガも、
究極には物質化、非物質化を操り、永遠の命や、不老不死の仙人を目指すみたいな、
要はアセンション(神人合一、父との一体化)のことで、目指すところは同じなんだろうな。
ふと、複数の読み方ができることと、
暗号は古今集とタロットの方法でよみとけるんじゃないかなって言われたように感じました。
本歌取り方式で旧約聖書等からモチーフを象徴的に引用してたり、
春夏秋冬や大アルカナのフールズジャーニーは行程、
小アルカナの象徴的解釈や4大元素とかかな。
オススメです。
サナートは鞍馬ですが、サナンダはクンピーラ(金比羅)という事で、
今まで、サナンダを勘違いしていたみたい!!!!と思いました。
気づけて本当に良かったです。(今の私の中では、そういうことなんだと思います)
あと、ナダのツインはサンジェルマンなもようで、ようさん恐るべしと思いました。
サナンダはナダのツインでイエスで、、、というように一般的に言われていますが
私の中ではどうやら違うようで、私の考えていた、洗礼者ヨハネでもなかったようでした。
といっても、もちろん今の私の中でのみ、そういうことなのかもしれないし
何かの象徴だったりもあるかもしれないし、変わるかもしれないし、
人によってそれぞれ違うこともあるだろうし、ということでご了承ください。
そんなわけで、サナンダと、エルモリヤと、アーサー王関係かなぁ。
勉強していきたいと思います。
あと、なんかドラゴンボールもきてる感じだけど、まだその心がわかりません。
わかるのが楽しみです。
あと
視覚情報は光だから、音よりもイメージを伝えるのは早いんだろうなと思い
あらためて、絵ってすごい使えるのかもと思い、少し、絵を見直しました。
あぁ!そろそろマクラメもやらないとだった、、、。
そんな今日この頃です。
昨日は三井記念美術館の探検ワークショップにようさんと参加してきました!
三井記念館は10年くらい前に補修に行ったこともありご縁を感じていたので、
普段は入れない場所や、金庫や、部長室の隠し扉など見れてちょう胸熱でした。
福徳稲荷は建て直され綺麗になってました。
日本橋はすごく気持ちよかったので、ご飯を食べたり、買い物したりしながら東京駅まで歩いたりして、
くたくたになりましたがすごく楽しかったです。
今日はすっかり寝坊してて、かなこさんからのメールで起きることができました。
起きて、ご飯食べて、ブログみてたら、
栗原類君の本のサイン会の整理券が10時から配布開始とあり、
見た時はもうすでに11時半くらいだったのでもうないだろうなと思ったけど
近いし、なんか行ってみたくなり、行ってみたらゲットできました。わお。
なんかご褒美みたいで嬉しかったです。良寛さんかなw
がんばろうと思いました。
それから帰りにBOOK・OFFで、魔術師マーリンの文庫をみつけました。
ドラマが小説化されてたなんて!
行きがけにようさんに、マーリンの子と栗原類君って妖精っぽくて英国で、顔もちょっと似てるかもって話してたので、
なんか妖精さんからのお返事みたいで嬉しかったです。
好きなことをやってたら仕事になったのと、
好きなことを仕事にしようとするのとは、
意識の向きや力が全然違うような感じがしました。
自分らしさを社会や仕事という枠内にはめようとすることで
逆にのびのびとした自分らしさって
失われてしまうこともあるんじゃないかななんて。
無用の用を知って初めて用なるものがわかる。by荘子 で
価値というものを全てお金で計っていると
お金にならないものはまるで無用で、がらくただとか、役に立たないとか。
でも今まではそうだったかもしれないけど
「さて、これからはどうでしょうね。」
という声を感じました。
シンジル&タクセル
では!
求めるところは自分の心にしかない。
でもその心の領域は全体つながってて
波のように影響しあってるものだから
心にあるものは、けっこう責任重大かも。
影の美しさに敏感になること。
水を見習っていこうと思いました。
神というより、大師、アセンデッドマスターみたいな感じなんだろうなと思います。
奉仕的だし、だから解脱され、力と繋がりをもったんだろうなみたいな。
ずっと前から、祟り神や、怨霊、荒ぶる神、ってどういうことだろうと考えていて、
菅原道真も、大国主(オホナウチ)やセオリツ姫も、確かにアピール力は強いけど、徳の高さみたいなのを感じるし、
こんなに優しく情に厚いタイプが、復讐したり祟ったりしようなんて思うのかな
マスターレベルの奉仕的な生き方をされた方が怨霊になるとかあるのかなって不思議だったけど
甑岩の件から、いろいろ考えたり流れを見たりしているうち、
目に見えない世界に気づかせるため、敬う気持ちを持たせるためには必要だったんだなって思いました。
やっと、祟り神の気持ちみたいなのがわかり、昨夜は号泣でした。
きょう、それを代弁してくれているようなブログがアップされていて、
それで合ってますのサインだなと思い、私の感じたことや、甑磐の事などに、確信を持てましたので
ぜひ、ご紹介させていただければと思います。








