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MAJOの家

飛べない魔女のひとりごと
~ホメオパスの子育て体験記~

こんにちは虹

 

暑いですね。

 

 

こんなときは、

やっぱり綿や麻の素材が気持ちいいし、

畳が気持ちいいし、

水に触れるのも

自然の中も

心地よくて、

呼吸が深くなるのが

よくわかる。

(暑くて苦しいだけに。)

 

体感で気持ちいいものは何か、

はっきりしてくる。

 

五感が

際立ってきている。

 

五感は大事。

これはその先の

直感に繋がるものだからね。

 

 

不快なものは選べない。

 

 

花

 

 

水は記憶する、という話を

以前どこかで書いた気がするけれど

(江本勝さんの「水からの伝言」より)

 

最近では

石もそうだ、という話をきいたのね。

 

巨石は

磐座(いわくら)といって

エネルギーが出ていたりするから

そうだよな、とも思うし、

 

小さな頃

息子がせっせと石を拾ってきて、

玄関前に石置き場が出来たことがあり、

(息子は今も天然石が好き)

 

なんとなく

そうだろうな、と思う。

 

 

水の中の記憶も

石の中の記憶も

そこに「在る」といった感じで

時間の概念はないような気がする。

 

 

わたしたちの肉体もまた、

記憶が詰まった物質になっている。

 

見た目で

傷跡があれば、わかりやすいけど、

そうでなくても、

記憶が「固定化」されて「物質化」している。

血の記憶は

遺伝になる。

 

 

だから

そもそも

自分自身の何かを忘れようとしたり

一部を嫌ったり

良いところだけを見ようとすれば、

 

身体の一部を

同じように

失ってしまうような気がする。

 

 

わたしが

前回のBLOGでも書いた、

「なんでもいいよ」の現在地について、

それは

放棄でも諦めでもなくて、

まるっと愛するところに至るのだけど、

 

例えば

 

ペットがいたずらしたとしても

何をしたとしても

許せちゃうように

可愛くて仕方がない、という気持ちは、

もう、

なんでもいいよ!大好き!

って感じでしょ。

 

そこなのね。

 

 

自分のことも

同じように、

愛しくて愛しくて、仕方がない、って

思えるようになると、

 

この世界も同じように、

 

我が子や親や身近な人のことも同じように、

 

自分の持ち物、

自分の家、部屋、

目の前にあるもの、

 

全部同じように、

 

なんでもいいよ!大好き!

って感じになると。

 

胸がいっぱいになって、

「今」が

とても明るく見えてくる。

 

 

ときめいている、

恋をしている、

そんな時の状態にも、

似ているかもね。

 

 

花

 

 

浄化とか、

リセットとか、

不要なものを手放す、とか。

 

それは

自分の一部を切り離すこととは違うの。

 

無理やり受け入れることでもない。

 

キライを好きにならなくちゃって

ことでもない。

 

そうやって

うまくやろうとしなくていい。

 

 

たぶん、

トキメキモードになれば

きっとわかると思う。

 

 

混沌とした世の中は承知しています。

 

でもここは、

わたしたちの通過点。

 

日々、これは旅路。

 

 

花

 

 

書こうと思った本題まで

辿り着けなかったので、

また今度、書いてみます。

 

今日はこの辺で。

 

読んでくれて、ありがとうございました。