「気づき」をテーマとしていて
日々、何かの気づきや生活習慣の改善でより良くなるためのことを書いていて、そこで「自分」について気が付いたことです。 ジャンルを問わず書いている感じですが、できるだけ「日常」とか「身近なこと」であったり、「社会人」として折り返し地点に差し掛かっている自分が思う、「より良い」ことをできるだけ書くようにしています。 歳とともに「頭が固くなる」ってことを以前にも書いていますが、具体的に言うと「固定観念」や「先入観」と言われることが一つ一つ増えていってしまうことのようです。 自分で自分の「変化」ってとてもわかりにくい。 勉強して「知識」を得て、行動が良い意味で変わっていく事が「成長」と思いますが、それと同時に「固定観念」や「先入観」も増えていくってことです。 社会人になりたてのころに、「一生懸命に頑張った」って事を、上司や先輩に言っていた事があります。 すると当時の上司に一言、「頑張ること」は、自分で評価しないと言われました。 常に「人様が評価をすること」であると。 今思えばそうですが、当時は「自分物差し」しか持っていないため、そこまでの考え方はなかったことです。 「固定観念」や「先入観」は、年齢と経験、勉強で知識とともに増えていってしまうことですが、そこに大きな落とし穴的な考えの「自分が正論」って感覚。 経験や勉強で得た「知識」で増えてしまう「固定観念」や「先入観」によって、頭が固くなっていくことよりも、もっと注意しなくてはならないことです。 頭が固くなっていくことと、表裏一体というか相反することというのでしょうか。 すごく近いことですが、ちょっとちがう「自分が正論」であるという「勘違い」。 歳とともに固くなっていく考えより、はるかに「危険」で「成長を止める」こととなる「自分が正論」って考え方。 ここ最近になって「気づいたこと」であります。 勉強や経験で得た正しい知識だと、それが昔の知識だとしても、「自分が正しい」と頭が決めてしまう。 「自分を疑うこと」は、すごく難しくなってしまっている。 「自信を持つ」ってことは、すごく大事でありますが、すべてのことに「間違っている可能性」を忘れずにもっていたい考えです。 自分が正論とおもいだすと、まず人の意見を聞かなくなります。 自分が間違っていると思う人を、けなしたりもするようになります。 自分が間違っているとしても。 自分が正しいと思い出した時からうまくいかなくなっていくことに、「気づいた」次第です。 自分が正論という「観念」を捨てることで、人の意見や考え方とか聞く事ができるようになります。 また、「絶対違う」ってことでも意見を聞く事ができるようになって行きます。 「先入観」や「固定観念」もそこで初めて「上塗り」ができるようになります。 そのあとにさらなる「成長」が訪れるということです。 歳とともに「頭が固く」なっていくことは、だれでも同じです。 経験や勉強で得る「知識」によるものです。 しかし、それで「自分が正論」なんて思いすぎないってことです。 いつも「自分を信じすぎない」姿勢が「成長を促すこと」だと感じています。 年齢問わず、陥ってしまう注意すべきポイントだと思います。 あなたは、自分を信じすぎていて、「100%自分が正論」と思っていないでしょうか。 自信をもつことも必要ですが、思いすぎないことも必要なことと思います。 参考になるといいです。ありがとうございました。