皆さま、こんにちは。
ペタ、たくさんありがとうございます。
やはり、誰かが見てくれた、そして何かしらの“反応”というのは、
とても嬉しいです(*^o^*)
愛、の反対は憎しみではなく、無関心。
これはマザーテレサの有名な言葉ですが、とても共感する言葉です。
愛、の反対というと、一見、憎しみと考えがちですが、
憎悪、というものは対象について何らかの関心と、
その行為者自身と被行為者の精神的接点がなければ、発生しない感情です。
見ず知らずの他人に憎悪を持つ、ということはありません。
子どもは、育つ過程で、大人たちとの関わりの中で情操を養います。
お母さんは赤ちゃんをあやしたりお世話したり、
お父さんが抱っこしたり、おじいちゃん、おばあちゃんが笑顔をかけたり、
通りがかりの人が足を止めて、可愛いねと一言したり…
昔に比べると、特に都市部は核家族が主流となり、
お隣さんが誰かもよく知らないような環境での生活なので、
子どもたちの情操教育という点では、あまり理想的ではありません。
一時期、引きこもり、という言葉がはやりましたが、
引きこもりやニートにとどまらず、社会生活を送る大人達の中にも
コミュニケーション障害を抱える人たちは多いくらいです。
情操やコミュニケーションを育てるものは、ただ一つ、
人と人の関わり合い、交わりです。
実際の人間関係は煩わしいことも多く、傷つくこともありますが、
そういうものを通して自分と他者の違い、在り方を学ぶのです。
…とはいっても、
そんなことは、頭で考えれば、誰だって分かることですね。
それで済んだらこんなに苦しまないよ、そんな声が聞こえてきそうです。
そんな時こそ、
わたしはリーディングを用います。
考えに考え尽くして、他人からのアドバイスももらい尽くして、
やることやり尽くして、それでもにっちもさっちもいかない!
もう無理!!
限界、これ以上できない!!!
…そんな時こそ、リーディングです。
藁をもすがる想い、という言葉を彷彿しますが、
リーディングは、神霊的なものというよりは、
自分の心を映してくれる、水鏡、のようなものです。
苦しくなっていると見えなくなりがちな心の湖を、
鎮めて、本来の願いや想いを取り戻し、対話させてくれる…
だから自分自身、なんです。
そして、それと少しの“奇跡”。
これは様々な力が関わってることだと思うので、一言できませんが、
その方の持つ運かもしれないし、守護霊さまかもしれないし、
ご先祖さまかもしれないし…
いずれにしても、その時に引くべく決められていた、必然です。
いつも前向きでいるのは、闘いの連続です。
それはとても孤独な闘いです。
たまには負けそうになることもある。
でも、全部終わりにしてしまう前に、頼って欲しいのです。
今日は本当に気持ちの良い、お天気です。
太陽の光いっぱい、心に取り込んで、深呼吸!
良い一日をお過ごしください。
・・・癒しと恵みが豊かにありますように,Grace xx・・・