使いたいものは使う。
好きなものは好きだから扱う。
どこまでも奥深く、どこまでも力強く、本当はシンプル。
そういうものがとても好き。
日々、駅までの道すがら、自分の身体と対応する生命の樹に流れるものがどんな感じか確認します。頭のてっぺんから喉、胸、お腹、足下…
ちょっと悩んでいるときは大体、胸が詰まっていて、あれこれ何とかしようと考えているときは頭からすでに流れない。こういうときは、ろくなことがないのです。
良い感じのときは、ズドーンと大きなエネルギーが身体の中を流れ、自分が在ると感じます。
そうすると、ずっと考えていたことの答えがポーンとやって来たり、仕事の依頼やお申込みが続いたりします。嬉しい知らせなんかもやって来ます。
滞らせているのは自分だった、とわかる瞬間。コントロールではなく、整え方、巡らせ方、そして知る方法がある、ということ。