かなり昔のことになりますが、

交通事故の後遺症で二十数年続く首の痛みをはじめとした

全身に症状が出ている方がお見えになりました。



身体を見せていただいた感じも

画像診断およびドクターと相談の結果でも

首の関節の間にあるクッション、

いわゆる軟骨というものが減っているのが

痛みや全身症状の原因では、と言うことになりました。



そこで、軟骨を再生することに集中したヒーリングをしましたところ

痛みも、数日して他の症状も無くなられた、とのことで一安心。



ところが、後日、結果を確認するための画像を見ましたら

肝心の軟骨にはあまり変化はなく

その代わりに首周りの筋肉が、

ドクター曰く、

 

『まるでF1ドライバーの首のように』


突如、発達してしまっているとのこと。



痛みが消えたのは、その強い筋肉で

首周りの骨を支えられるようになったからでしょう、と。




私も仕事柄、こういう画像は何枚も見てきましたが

普通の方の4倍はあろうかと言う筋肉の厚さです。




この方は、60代後半の女性。

 


ほんの数か月前の画像では、ごく一般的な筋肉量でしたから

特に生まれつきそうであったわけでは、ありません。



痛みのために数か月ごとにされていた前の画像診断と今回の間に

なにか特殊な訓練をしたとか

首周りの筋肉を特殊に発達させる薬を飲んだ

(そんなお薬は知りませんが 笑)

と言うことも、ありませんでした。



なんとも不思議な現象に、三人で首をかしげたのですが

本来の目標とする結果ではなかったのに

ご本人はとても良い方で

「痛みが消えたのだから、うれしいわ」

と、穏やかに納得してくださいました。



けれども、こちらは一応お金を頂いている身です。

プロとして、なんともモヤモヤしたものが残ります。

今まで軟骨のヒーリングでこんな現象は起きたことがありません。

自分の意図したものとまるで違った結果に、申し訳ないやら、情けない

やら。 かと言って、原因もわかりません。


もちろん自分などが、いつも完ぺきな仕事をできるなどとは

微塵も思ってはいないのですが(その逆はありますが)

それでもどうしてこうなってしまったのだろうと

忸怩たる思いが少々ありました。


しかし、これも自分の未熟さだと反省し、

まだまだ努力が足りないな~などと思った出来事でした。



****************************


さて、それから、5~6年経ったころでしょうか? 



それ以来、時々通ってくださって(なんて、優しい方でしょう!!)いた

その方が、転んで大怪我をしたとのこと。 緊急で連絡が入りました。


 

聞くと、その時にあちこちの骨折はじめ身体の怪我だけではなく、

倒れて頭をかなり強くコンクリートに打ちつけてしまった。

けれども、なにも脳に異常がなかったと

とても良かったと、病院中で褒められたとのこと。



もちろん、怪我はケガとして年齢的なものもあり大変だったのですが

それよりも、そのときの頭を打った状況では

全身麻痺、あるいは脳そのものに異常が出る確率がとても高く

もっとずっと深刻な状態になっていても、少しもおかしくなかった。

でもなにごともなく、貴女はとてもラッキーでしたよ、と。



結局、「あなたのこの立派な首周りの筋肉が、命を助けましたね」

と、言われたそうです。



ただ当日は、そう言った詳しい状況の説明もなく

痛い怪我をした部分より、関係のなさそうな脳波ばかりを

 

優先的に検査されるので

ご本人は不満だったようです(笑)



怪我をされた直後は、わたしくもとにかく治療に夢中でしたし

ご本人もショックでそれどころではなかったのですが

後日

「昔に、首の軟骨ではなく筋肉が大きくなって不思議だったけれど

今となってはそれがかえって良かった」

と、すっかり回復されてから話してくださいました。




これは、単なる偶然なのでしょうか?

もちろん、そうとも言えると思います。



ただ、その方の瞳を見つめながらそのお話を伺っていた時に

『偶然などではない、これは神様の采配ですよね』

そういう空気が、あるいはそういう音、共鳴とでも言うものが

ふっと2人の間に流れ込んできました。

 



そう感じたのは、単なる思い込みだったのでしょうか?





どちらでも良いのだと思います。

 

 

 

そんなのは、単なる偶然に対するこじつけだよ、と思うことも
 


きっと、誰か(なにか)が見守ってくれてくれていて

最初からそういうめぐり合わせだったと考えることも
 



あるいは、この方の日ごろの行いが素晴らしいので、

その因果応報で助かったのだ、とも




わたしの中にもこの三つの気持ち全部が存在しますし

どれかが一つがそうだと決めつけることはできません。

 



人間には、まだまだ知らないこと、わからないことが

たくさんあるのだと思います。



ただ、そういう未知のものに対する畏敬・感謝の気持ちが

まるで空から降る雨のように

ごく自然に二人のこころに生まれてきた瞬間のことは

ずっと忘れないでいようと思いました。


* これは、ヒーリングの結果をお約束する話ではありません
*病院勤務のため便宜上「患者」「治療」という言葉を使っていますが、ヒーリングの世界ではこういう言葉を使わない傾向があります。

この数年クリスマスプレゼントとして

 

Kids Meditation レッスンを頼んでくださる親御さんが多いです。

 

 

 

他にも教えている方はたくさんいますので

 

私などで良いのだろうかと申し訳なく思いますし

 

実際、大人の方などには他をお薦めする場合もあるのですが

 

子供は好きなので本人的にはちょっとうれしいものです(汗)

 

 

 

小さい頃から

 

心を整えること

自分の心の面倒を見ること

 

を、きちんと教えようとなさる親御さんたちはすごいな~

 

子供たちはとても幸せだよね~と思います。

 

 

 

瞑想と言うと仏教のイメージですが、実際は全然そんなことはなく

 

様々な国や宗教・教えで使われています。

 

 

また、クリスマスはキリスト教のものですが

 

アメリカやヨーロッパでは宗教に関係なく

 

この時期お子さんに贈り物をする方は多いです。

 

実際、周りの子供たちがたくさんプレゼントを受け取っているのに

 

自分の子だけなにもあげないというのも酷なのでしょうね。

 

 

そんなこんなで、キリスト教はもちろん

 

ユダヤ・イスラムその他教の方も、ニコニコして参加してくださいます。

 

 

 

 

私自身の話で恐縮ですが、偶然にも

 

祈ること、瞑想することなどをかなり早くから覚えました。
 

ちょっと変わったところでは自己催眠を覚えたのも十代のころでした。

 

初めて座禅を習ったのは子供の頃

祖父の墓がある庵、お寺に座禅を教わりに行きました。

 

 

 

瞑想を行うとき、今でもその原風景が心に蘇ります。

 

シン…と静まり返った、どこまでも広がり伸びていく空間

 

たくさんのものがそこにあるはずなのに

 

まるで無となったような輝きを伴った香り

そこに座っているのに、まるでなにか浮いているような

 

いつもとはなにかが違う感覚

 

 

ヒグラシの声

何本も並んだお堂の柱

見えないはずなのに、感じる太陽の気配

 

警策(きょうさく、お坊さまが励ましに叩く棒のこと)の温かさ

終わった後に急によみがる、畳の様子

 

そういうった細々としたことまで

 

すべてが、生き生きとよみがえってくるのです。

 

もう何十年も昔のことなのに

 

そしてもう何千回、何万回繰り返しているのに

まるでそれは、わたしにとって
 

『日常世界』 と 『座禅世界』 の境目のように


毎日行き来する場所なのです。

 


当時は子供ですから、和尚さんにあだ名をつけたりして(滝汗)

 

その楽しい和尚さん目当てに通っていただけだったのですが

子供心に、その当時の自分には、あまり深く意味をなしていなかったことが

 

いつの間にか、自分の日常生活に溶け込んで行き

こんなにも長く、自分の人生に影響を与える出来事となりました。

 

ところがつい最近になって、その和尚様は

とても瞑想の教えが上手な方だったと知りました。

 

それは、そうですよね。

 

こんなに落ち着きのない私に瞑想を教えてくださったのですから。

 

ごめんなさい、変なあだ名をつけて!!!

 

 


よく、エネルギーに重きをおくスピリチュアルの世界では

 

何を習うかと同じくらい、誰から習うかが大切

 

だと言われていますが

 

今はもう亡くなってしまった和尚様を思うとき

 

そのことの意味や、深さに想いを馳せることが多いです。

 

 



そういう意味で、初めて物事を習うのが、私などで良いのかと

 

とてつもなく申し訳ない気持ちになることが多いのですが


これもなにか、理由があって与えられためぐりあわせなのだからと、

 

心して務めさせていただいています。

(いやもう(汗)、わたしより素晴らしい教えに出会った時には

 

遠慮なく記憶を書き換えていただきたいです!!)


 

このことは、ほかの機会にも共通する部分がある気がします。

たとえば、なにか…バッグとしましょうか?を買うとします。

 

普通ですと、できるだけ安い料金で買おうとします。

 

あるいは、機能性の高いものを選ぼうとします。

 

ところが、同じバッグを買うのでも

 

旅先や、なにかの記念に、家族から買ってもらったとします。

その時には「一番安いかどうか」「一番品質が高いか」

 

そういった合理的判断は、そこまで追及されません。

 

旅先ですと、なおさらそうでしょう。




そのようにして購入したバッグは

料金的には、そんなにお得ではなかったかもしれません。

 

合理的に考えますと、少々愚かな買い物だったかもしれません。

 

 

けれど、そのバッグを見るたびに

 

贈ってくれた家族の優しいまなざしや

 

楽しかった旅行の記憶が

 

なんども、なんども蘇ってきて

 

おおきな幸せやパワーを与えてくれる

持ち主にとっては、かけがえのないバック

 

ではないでしょうか?

 

 

 

まったく同じバッグを購入したとしても

 

どこから 

 

または

 

どのような状況で
 

購入したかで

 

この後のバッグの意味合いや

 

及ぼすエネルギーが

まるで違ったものになる気がします。


わたしたちはなにかを選択するときに

ついつい合理的な判断をしがちですが

そして、それもとても大切なことですが

 

たまには、少しだけその先を考えてみるのも

 

良いのかもしれません。
 

 


PS 瞑想の仕方は何種類もあり

 

ここに書いたものが正しいというものではありません。

 

ご自身が習ったものと違っていても、心配なさらないでください。

 

また、瞑想は無理にするものでもありません。

瞑想をしなくても、幸せに暮らしている方はたくさんいますので

しないことで、ご自身を責めたりすることなど

 

くれぐれもないようになさってくださいね。

ヒーリングをしていますと、メッセージを受け取ることが多々あります。



通常これをチャネリングと呼びます。


チャネリングはアメリカで使われだした言葉で

もともとは、高次の霊的存在・神・宇宙人・死者などから

メッセージを受け取ることを意味します。




ただし現在では、死者の霊と交信するミディアムと比較して

「死者や霊ではなく、宇宙の根源や神などとコンタクトする」

という意味で使われることのほうが

世界的傾向としては多くなっています。



つまり

霊と話す人=ミディアム

宇宙からのメッセージを受け取る=チャネリング、チャネラー

ですね。



ミディアムとチャネリングの解釈の違いは、国によって違いますし

もちろん、その団体によっても異なります。



私個人の気持ちとしては

誰かが「宇宙の根源」までスペースシャトルで行き

メッセージが発送される所を確認したわけでもなく

死者に身分証明があるわけでもないのに

小さな定義にこだわることに

どこまで意味があるのかなぁ(笑)と

思うところもありますが…



もちろん、この2つのどちらがより良いとか、正しいとか言うべきものではありません。

また、そういうメッセージが必ずしも正確だとは限らないのです。


以前、有名なSAGBのテリーさんが

霊の力で机を動かす様子をお話ししましたが

その時、テリーさんの動かした机は、

わたしの血液型を当てることができませんでした。

ほかの方のものも、はずれ。


通常、霊というもは、物質を動かすほどの力はありません。

その中でも机を動かせるくらい力のある霊

でさえも、間違いもあるのです。




つまり、霊や宇宙人からのメッセージだからと言って

はずれることは、しょっしゅうあるのです。

これは、テリーさんもおっしゃっていました。



SAGBというのは、日本では江原さん?も学ばれたという学校で

その中でもテリーさんは、イギリスでも大変尊敬されている

世界的にも有名な先生。

日本の総理夫人が受けにいらしたことでも有名ですね。

そんな方でも、100%の答えは出せないのです。





わたしは、それで良いと思います。

人間が介在する出来事に『完璧』はなく

そして、だからこそ、わたしたちは人間として

この世に生きている意味がある。



なにもかもを、カンニングペーパーがあって

それを見れば答えが書いてある…

そんな人生では、楽しくありませんよね?



ですから、どんなメッセージも参考程度に心に留め

なにかを妄信したり、ましてや依存したりすることなく

そして同時に、まだまだ自分たちには説明のできない

学んでいない事柄がこの世にはたくさんある

という謙虚さを忘れず

自分自身の判断を持ち、

しっかりと地に足をつけて、生きていくべきだと思っています。


桜

もうすぐお誕生日のクライアントさん。

 

 

 

 

長いおつきあいなので


 

「お誕生日プレゼントはなにが欲しい?」


 

と飾らずに尋ねてみました。

 

 

「え~、そんな、なにもいらないわ」


 

と、何度も辞退されたあと

 

 

 

 

 

「あのね…もし良かったら、


 

貴方のヒーリングが受けられない人のためにお金を払わせて貰えない?

 

 

そうしたら、私にとって最高のプレゼントになるのだけど。」

 

 

 

 

こういう素敵な魂を持った方のためにお仕事ができるなんて、

 

 

私はどれだけ幸せなのだろう。

 

 

 

 

より精進しなければと、心がキリリと引き締まった夜でした。

 


 

 

 

とても尊敬している人がいます。
 
代替医療者ですが、その施術は大人気。
予約は数か月先まで常に一杯
各国の王室や著名人などにも愛され
あまりの混雑に、ここ数年新規クライアントを受け付けていません。
 
主にホメオパスを扱いますが
「具合の悪い人に砂糖を与えることを信じない」
と砂糖玉を扱わず、全て手作り。 
 
必要に応じて植物から育て、ひとつひとつ創り出す。
しかも、サイキック能力も抜群の能力者でもありますので
その愛とエネルギーをたっぷりと込め…。
 
はじめて目にしたとき、あまりに光り輝いていて
そのパワーに驚いてしまいました。
 
もちろん本人もすばらしいエネルギーを持ち、
一目会っただけで
「この人は、ただものではないな」
ごく一般の人でもはっきりと感じるほど。
 
仕事柄、サイキック能力の高い方にはたくさん出会いますが
彼女は間違いなく超一流レベル。
 
 
そして会えば
「誰もが、好きにならずにいられない」
人なのです。

心の暖かさが瞳に映し出されている、とでも言うのでしょうか?
会っただけで、癒されたような気持ちになります。
 
彼女と長年仕事をしている人が言うには、
「彼女は会っただけで人に好かれてしまう。
たくさんの人に毎日会っているのに
今まで一人も嫌う人がいない。
 
魔法みたいに誰もが大好きになってしまう。」
まさに、そんな人なのです。
 
見かけが美人でもスタイルが良いわけでもなく
どちらかと言えば身なりにはあまり気を使わず
口数もそれほど多くはなく、むしろシャイ。

もちろん、心優しい人物ではありますが
特に気を使ってくれるとか、親切なことをしてくれるとか
自分からなにかをしてくれるような人でもありません。

かといって、ただ単にボーと生きているだけではなく
多くの努力をし、心を常に磨き
そうやって生きてきている人だと言うことは
一目でわかります。
 
そんな彼女を、女性でも男性でも
「大好きにならずにいられない」のです。
 
 
そんな彼女にも欠点はあります。
 
 
なにしろ 「片づけられない」
 
診療室の中は足の踏み場もなく
キャビネットのドアというドアは開けっぱなし、
クライアントはなんとか物を踏まないように気を付けて
足元を注意しながら入っていかなければなりません。
 
同僚は彼女が何十年と置きっぱなしにしている荷物に困り
床につけるシミに文句を言いながら
それでも誰もが彼女を大好きなのです。


今は、断捨離や片付けの法則など、
スピリチュアルの世界では
「片づけること」
はとても大切であると言われています。
 
わたしも賛成します。
 
けれど、考えてほしいのは
 
「たとえ片付けられなくても、
彼女ほどの能力を持ち
人々に深く愛され
素晴らしい仕事で大人気になり
とても魅力的な人間でいられる」
ということです。

「片づけられない自分」を責める必要なんて、どこにもないのです。
 
今、部屋が散らかっていたら、明日片づければ良いでしょう。
ゆっくり時間が取れる来週でも構いません。
 
でも、「散らかしちゃっている今の自分」も、
充分素敵なのです。
 
片づけを終えていないから
何かが上手くいかないとか
瞑想や能力開発が滞るわけではありません。
 
片付けが苦手だから
ひどい性格になるわけでもありません。

私は彼女の診察を(やっと!)受けることが出来たときの、
彼女の言葉も瞳もはっきりと覚えていますが
正直部屋が散らかっていたかどうか
まるで記憶にありません。

病的に綺麗好きで片づけ魔な人を、彼女に紹介したことがありますが
その人さえ彼女の文句を言ったことがありません。
(たぶん、気が付いていないのでしょう 笑) 
いかに彼女が素晴らしいか、そんな話ばかりしています。


なぜなら 
 
「大切なことは、そこではない」
 
からです。

 
どうか、
きれいに片付けた後の自分も
片付ける前の自分も、
 
そして、この素晴らしい彼女のように
一生片付けと縁のない自分も
 
すべて大切に愛し、大好きになってくださいね。
毎年この時期になりますと、非常に忙しくなります。

ここ数か月、土日もなく毎日ほとんど深夜まで仕事が続いていました。

ヒーラーって季節労働者だなと、つくづく実感する季節。


もちろん、わたしが特別な有名売れっ子カラオケだというわけではなく

同業者たちと話をしても、みな10~12月はとても忙しいようです。



ただ、その中でもありがたく思うのは、通常、忙しいという漢字が

『心を失う』と書くように

慌ただしく、どこか心ここにあらず...と

追いたてられるような忙しさではなく

量が増えても、心は穏やかなまま、気持ちが少しも荒れることなく

働ける環境を与えられていることです。


勤務先の医院では、同僚の顔をその日初めて見るのが夜の8時9時

待合室は、一日中人がいっぱい…

という状態がずっと続いています。

それでも、誰もが笑顔で、誰一人焦ることもなく

患者さんもクライアントさんも、そしてもちろん私たちも

とても豊かな気持ちで働いています。

そういう時には、この仕事を選んでよかったな~と思う瞬間です。






反対に、ヒーラーになってちょぴり傷つく瞬間というのは

たまにあるのですが、クライアントさんに

「いやっーーー! 怖いっ!!!」と叫ばれることです。


ご説明しました通り、ヒーラーというのは

現代医学で治癒が難しいと言われた方が、お見えになることも多いです。

ところが、それが治っても

あまりにも「治るはずがない!」と、ご本人が固く信じていたために

実際に、改善されてしまうと「いやーーーーーっっ!」となってしまうのです(涙)


先週もそう行った方がお見えになり

リューマチで長い間、手がまっすぐに伸ばせなかった… というクライアントさん。

そういうのは、どちらかと言えばヒーリングの効果が出やすい分野ですから

その方も無事にまっすぐになったのですが




その瞬間に

『いやっっっっーーーーーーーー!』

診察室の外、廊下も含めあたり一帯に響く大声で、叫ばれましたしょぼん



いやって・・・、いや、そういうつもりはないと解っていても

やはりちょっぴり悲しいもので


しかも、その後に続くのが お約束のように

「こわ~~~~~い!」

そしてゾンビを見るような目で、見つめられる、あの視線...



ヒーラーだって、傷つくんですっ!




しかも、ああいう心の底と言いますか

その人の本音が思わず出てしまった言葉というのは

聞かされるほうは、よけいに傷つくものです。


「こわいって・・・わたし、こわいって言われちゃった」


帰り道に、うつむいてブツブツ言いながら

帰宅するときも、あるわけです。



悪気がまったくないと、頭では理解していても

感情は別物。



少々寂しくはありますが

それでも、元気になったクライアントさんを目にしますと

それでもいいかなと、師走のロンドンを過ごしています。





6の続きです。


では、どうやって自分だけに変な能力があると

判ったか。。。


それは、随分と時間がたちまして

私がもう30代になり、伯父の死を迎えた時です。





子供のいなかった伯父夫婦は

私を育ててくれた祖父母の近くに住んでいたこともあり

子供の頃に、とてもかわいがってもらいました。

私の両親が離婚し、母がいなくなってしまった際には、

養子として引き取ろうという話まで出たそうです。



ですから、大人になってからも、伯父夫婦とは

まるで第二の父母のように親しくしていました。



そんな伯父に癌が見つかりました。

ところが、高齢のため手術はできない

でも、年齢的に進行も遅いだろうから

まあここ5~6年は特に変化はないだろう

という診断でした。


そんなこともあり、当時住んでいたアメリカから

日本に足蹴く帰国していたのですが

ある日、成田からその足で伯父の家まで行き

伯父の顔を見たとたん

伯父に残された時間が短いことを悟りました。




見間違えることのない、暗く冷たい顔。




帰国したばかりで、まだスーツケースも開けていないのに

ちょっと買い物があるからと、

無理な言い訳をして伯父の家を抜け出し、

アメリカで待っている夫に電話をしました。



一週間で帰国予定だったが

伯父にはもう死相が出ていること

だから、すぐには戻れなくなったこと

など、涙をポロポロポロポロ流しながら伝えましたら

夫がすぐに帰りの飛行機を変更してくれたことを

今でも昨日のことのように覚えています。



はたから見れば、そんな「予感」みたいなことで

飛行機の予約まで変更するなんて

ちょっと正気ではないと、感じられるかもしれません。




でも、わたしにとっては、「死相が見える」ことは

あまりにも明白なことで、

こんな時にそうするのは当然のことで

きっと誰だってそうするだろうと

ごく自然に思っていました。





ところが、伯父の妻である伯母の行動には

少々理解できない部分がありました。



例えば、伯父のために洋服のクリーニングを

七万円分も出したり

(忙しくて、溜まっていたそうです)


伯父の寝起きが楽になるようにと、新しいベッドを

何十万もかけて購入しようとしたり

(レンタルでは可哀相だからと…)



もちろん、その気持ちは理解できますが

もう決して着ることはないであろう仕事用のスーツを

わざわざクリーニングに出したり

何日も使わないことが判っているのに

高額なベッドを購入しようとしたり


もうじき亡くなるであろうことは

妻であれば、当然理解しているはずなのに…!?


いくら悲しくても、あまりにも

不可解な行動に思えました。





極めつけは、その10日ほど後でしょうか?

とうとうひどく具合が悪くなってしまった伯父を

救急車を呼んで入院させました。


その翌日、長年伯父を担当していた主治医から

「本当に申し訳ないのだけど・・・(伯父は)

もしかしたら来年まで生きられないかもしれないね」

という話があった時です。



『!?!?!?!?!?!?!?』



きっと、私はこんな顔をしていたと思います。

当時まだ5月、それなのに来年までって???

もしかしたらって??? どういう意味?


どう見ても、伯父の命はあと数日…

そんなこと、誰にだって判ることなのに。

なにを、どう考えても

伯父が半年以上生きるとは、思えません。



その分野では非常に優秀だと言われているお医者さんが

しかも、昨日今日ではなく、もう何年も伯父を担当して下さり

伯父の病状を誰よりも理解してくださってる先生が

どうしてそんなことを言うのでしょうか???

この人、わかってないの???

来年まで無理って、そんなのあたりまえなのに???(謎・謎・謎)




もちろん、大好きな伯父に一日でも長生きして欲しい気持ちは

私にだって、あります。

誰よりも負けないくらいあったつもりです。

だけど…

それと、今の伯父の病状という現実とは

また別の話のはず…



なにが、なんだか、まるで解らなくなってしまいました。






・・・・結局、伯父はその数日後に亡くなりました。

伯父の死を予感してから、ほぼ2週間。

(さすがに、亡くなる前日には、お医者様から

「ご家族に連絡を..」と言われましたが・・・判るのが遅すぎっ!)



お葬式や、死後の手続きなど慌ただしくしていた時には

ショックや悲しみも重なり、あまり深く考えなかったのですが

それでも、だんだんその時のことを思い出すようになりました。

その時にやっと、理解したのです。



普通の人には『死』が、判らないのだと…

どんなに優秀な主治医でさえ、判らないのだと…



もちろん、その頃には、それまでにも度重なる「死の予感」の的中率に

なんとな~く、おぼろげではありますが

自分にはそういう勘の良さみたいなものがあるのかもね?

と、ふと考えることはありました。

(それでも、まさか、わたしだけってことはないよね?)

そんな気持ちをどこかで抱いていたのです。


人より少々料理上手とか、トランプが強いとか

あくまでもその程度の問題だと、思っていました。



けれど、とうとうなにか

もっと真剣なことが起きているのだと

それが、動かしようのない現実として

目の前に突きつけられた…そんな瞬間でした。




とてもとても仲良しで

どんなことでも解りあっていた夫婦のはずなのに

それなのに、伯母のまるで死を予感していなかったような

不可解な行動…


お医者様の言葉…



この時に、私に起きているのは、ただ単に

「少々勘が良い」程度のことではないことを

はっきりと自覚したのです。


パリで悲しい事件が起き、たくさんの方が亡くなりました。

ご冥福をお祈り申し上げます。




事件の合った翌日は、ロンドンでも

必要以外の外出を避ける方が多かったのか

街がガランとしておりました。



ここロンドンとパリは近く、車で5時間ほど。

とくに病院の近所にはフランス人学校があり、

フランス人の方が多く訪れますので

フランス人の方、もちろんイスラム系の方も

混乱されたり、ショックを受けられたりして

お見えになる方がありました。




十年ほど前に、ロンドンで頻繁に起きていた

爆破事件などを思い出してしまい

具合が悪くなってしまわれる方もおられました。







エンパスという言葉をご存知でしょうか?

エンパシーという言葉から派生した、共感能力が高い方

のことを意味します。



主に6つのタイプに分けられますが

人ごみに行くと、具合の悪くなってしまう方

原因不明の頭痛に悩まされている方などが

典型的なエンパスと言われています。


また、似たようなもので、HSPという非常に

外部刺激に敏感な体質の方もおられます。





どちらも、素晴らしい才能の一つなのですが

体調を崩しやすいので、ご自身の体質をよく把握し

もし必要でしたら、的確なトレーニング等を

お勧めしています。




このような方たちは、ご本人に自覚がなくても

外部の影響で、体調を崩すことが多いと言われています。

今回の事件や、日本の3.11津波報道などで

ショックを受けたり、自分でも???と思うほど

そのことばかりを考えてしまったり、

体調の波が、大きなニュースや世界のエネルギーの波に

リンクしていたり、その影響がとても大きかったりします。



もし、ご自身に思い当たる部分がある方は

エンパスについてお調べになってみては

いかがでしょうか?





一口にエンパスと言いましても

ひとりひとりの健康状態が違うように

思考方法も、エネルギーからの影響の受け方も

とても違います。



エンパスは、この方法でOK!

プロテクションは、こうやりましょう!

という画一的な方法ではなく

どうぞ、ご自分に合った方法を丁寧に

そして、楽しみながら探してみてくださいね。






ここ数年、通って下さっている

クライアントさんのお話をします。


80代の女性の方です。


この女性は、非常に強いエンパスで

様々な症状に悩まされていました。

また、現代では治らないと言われていた持病が

進行するのではと言う恐怖感で

感情のコントロールが難しく

外出することもできないほどの

状態が続いていました。



今では、すっかりお元気になられて

月に一回のメインテナンス*にだけ

いらしています。



*これは、健康な方が受けられる

病気予防・老化防止のためのヒーリングです。



フランス人の彼女が、今度の事件でショックを受けて

いるのではと、気になっておりました。



が、なんと事件の翌日、パリに旅立たれてしまいました!

『パリは今、世界で一番安全な街でしょ?』と

ウインクされ、笑顔と共に。。。。



病院の受け付けの方が、少々呆れ顔で教えてくれました。

「思考型」の彼女には

発想の転換方法を、しっかりトレーニングして

いただいたのです。

ちょっと、トレーニングし過ぎでしょうか?(汗)






悲しい事件が起きることは、私達には止められないかもしれません。

けれども、なにが起こっても、自分を守る方法

自分自身を揺るがせない方法、というのは

必ず見つかります。



そしてそれは、特に難しい方法でも

激しい修行の必要な、困難な道のりでもないのです。




80歳を過ぎても、エンパスのコントロール方法は


充分に可能ですし、自分自身が変わることは


ちっとも難しいことではありません(^^♪




どうか、これは体質だからと諦めずに

ご自分らしく生活していく方法を

探してみてくださいね!






5 を読んでお気づきになった方もいるかもしれませんが

わたしには、変な能力があったのです。

それは、人の死を予知できる、というもの。




『死相が見える』

おかしな話ですが、わたしはずっと長い間

それは、誰にでも見えるものだとばかり思っていたのです。


なぜかと言いますと、よくマンガや小説などで

「彼の顔には、既に死相が出ていた」

「そこにはもう死相が表れていた」

などという、表現をよく目にしましたから。




誰もが見えるからこそ、そういう表現があるのだろうと

そう単純に、信じ込んでいました。


例えば

「砂漠で陽炎(かげろう)を見た」

というのは、陽炎(かげろう)というものが存在するから

本などに書かれている表現。


「死相」も「陽炎(かげろう)」と同じく

誰にでも見えるからこそ

小説に出てくる言葉、そう受け止めていたのです。




人間、若いうちは、そうそう身近な人が亡くなる機会もありません。

死について、口にすることもありません。


子供の頃に経験した曽祖母や祖父の死も

当然、周りの大人には「死相」が見えていて

単に、礼儀として口にしていなかっただけなのだ…

という、自分なりの解釈をしていました。



大人になって、知り合いの方に

そういう兆候を見ても

「あ~、もう長くないな」とは思いますが

もちろん、礼儀上口になんて出しません。

ですから、当然周りの方々も自分と同じ

わかっていらしても、口にしないだけなのだと

自然に考えていたのです。




今になって、友人などに話すと

「え~~~~~~~!!!なんで?」と

言われますが、信じ込んでいましたから

他人に確認さえもしませんでした。



お恥ずかしい話ですが、かなりの年齢になるまで

ずっとそう思い込んでいました。



私には他にも思い込みがありまして


例えば赤ちゃんは

女の人が大人になって

「ごはんをたくさん食べると」

お腹が大きくなり

充分大きくなったら

「お腹がファスナーのように開いて」

赤ちゃんが自然に生まれてくる。

と自分なりの解釈で納得していました。

(着ぐるみの、反対バージョン)


後になって、その仮説が崩れた時には

ショックというか、少々傷ついた

覚えがあります。


思い込みが激しいのか

生来の鈍感なのか

自分では判断しかねますが

とにかく MY仮説はかなりユニークなものでした。