フランスのような素晴らしいチームを破って優勝したことを誇りに思う。
僕らは、チャンピオンにふさわしいチームだ。
僕は(チームメートに)こう言ってきたんだ。
“フランスは五ツ星ホテルだ。僕たちは一ツ星ホテルかもしれない。(星はメディアからの評価)
だけど、 僕たちは海を持っている。自分たちだけの海を”(国民)とね。


自分の足を見る度に何でこんなに技術がないんだと悔しくなるし、
一度たりとも自分の足技に満足したことがない。
カカのような天才肌の選手はスーパープレーを連発できるが、
俺のような選手はカルチョに対する情熱だけが全てだ。



--あなたにとってサッカーとは?

「・・・・父のバッグの中に入っていたサッカーシューズの匂いだ」


GKやっているヤツは若林、それ以外はみんな翼ファン。
当時イタリア中がそうだったが、俺だけは違っていたぜ。
俺のお気に入りはひとりの勇敢なディフェンダー石崎(Bruce Harper)だ!!
顔もイマイチで、サッカーだって決して上手くなかった野郎だが、
でも間違いなく最高に好感の持てるアイツのことが俺はたまらなく好きだったんだ。
仲間を思うアイツの優しさに俺は心打たれていた。
サッカーだけじゃなく、人生においてもまた、あんなヤツの存在が絶対に必要さ。
ああいうヤツがいてこそ仲間の輪ってものができあがるってことを、
あの野郎が、まだガキだった俺に教えてくれたんだ!



初めてピルロを見たとき、驚いたと同時にオレはフットボールを辞めようと思ったよwこんな天才がいるのかってね。
でもピルロに無いものをオレは持っているはずだと言い聞かせて頑張ったんだ。俺にはアイツのような右足も頭脳もない。
だから俺は90分間走り続けファイトし続ける。そうしてアイツをサポートし、輝かせてやるんだ。俺は汚れ役が似合っているしなw
きっと俺は個人タイトルを得ることはできないだろう。諦めたわけじゃないぜw
でもそんなものはいらないのさ。俺はこれからもチームの為に走り続ける。
頑張っていれば、神様がゴールをプレゼントしてくれることだってあるんだぜ。本当にたまにだけどなw
俺は思ってるんだ。ミランを支えているのはピルロでもシェフチェンコでもなく俺なんだってな。

インタビュアー
『イタリアの入ったグループ チェコ ガーナ アメリカ どう思いますか?』
ピルロ『厳しいと思います。』
ガットゥーゾ『お前なにがどう厳しいのかちゃんと言え!』

アズーリの攻撃を司るフランチェスコ・トッティ(29=ASローマ)がオーストラリア戦に向けて意気込みを語った。
「決勝トーナメントに入ったら、ミスは許されない。負ければ即、家に帰らざるを得ない状況だ。
ここまで勝ち上がって来たチームはリスペクトに値する。以上のことから、
確かにサッカーの歴史は浅いが・・・オーストラリアを甘く見ないに限る。
ドイツの環境にはもう慣れた。ぜひここに長居しなければ」。

また、現地での合宿についてトッティは「とても暑いのでエネルギーを無駄に消費しないように気をつけなければ。
プレイステーションやカードで仲間達と遊んでいるよ。
俺とガットゥーゾが最も上手いけどね」とチーム内の良い雰囲気を語っている。

イタリア代表のMFイバン・ジェンナーロ・ガットゥーゾは、自らが所属するミランも例外なく
影響を受けている世界的な不況を前に、クラブからの要請があれば一時的な給料の
引き下げにも応じる姿勢であることを示した。

以前から慈善団体“フォルツァ・ラガッツィ”の活動に精力的に参加してきたガットゥーゾは、
イタリア北部の都市サロンノで開かれた、彼の生まれ故郷であるイタリア南部カラブリア地方の
スキアボネアにサッカースタジアムを建設する計画発表に出席した際に、以下のように述べた。
「現在世界が大変な不景気であることを考えれば、僕は給料を一時的に下げてもいいと
思っている。もしクラブからの要請があれば、喜んで協力するつもりだ。この考えは、
アドリアーノ・ガッリアーニ副会長にもすでに伝えてある」

ガットゥーゾはロナウジーニョに匹敵するファンタジスタだ。ACミランにおいても彼の存在は絶対的なものだ。彼は人を引きつける魅力に溢れ、真のリーダーでもある。プロフェッショナルな選手であり、チームには不可欠だ(リッピ:元イタリア代表監督)

俺が10回ボールを奪うことは、1ゴール決めるのと同じか、それ以上の価値がある。ガットゥーゾにはガットゥーゾの仕事があるんだ。

俺にはゴールの感動を与えることはできない。
でも俺には俺にしか与えることができない感動がある

俺にはサッカーの才能はない。あるのは努力の才能だけさ。


「俺が惹かれたのは、ラグビーの精神なんだ。ラグビー選手たちは、試合が終われば握手をして、敵味方一緒になって飲みに行くんだ。俺もそうしたいって思った。試合中は闘志をむき出して戦うけど、試合が終われば、相手のプレーも、レフェリングも、すべて忘れるんだ。だから、俺をよく知る連中は、『ピッチを離れるとお前は別人だな』って言う。とにかくスコットランドでは本当に鳥肌が立つような経験をたくさんした。これはグラスゴーでサッカーをやったことのない人間にはきっと理解できない。

俺にとって理想のサッカーは、雨の降る冬の夜、寒気の中でプレーすることだ。身体から立ち上がる湯気を見るのが好きなんだ。それでこそ、スコットランドのサッカー、スコットランドのラグビーってものだからね」(ACミランMF)

-グラスゴー時代、ラグビーを観戦したことで、その後のプレースタイルに大きな影響を与えたと聞いたけど?(NIKE FOOTBALL GRAPHIC)

-サッカーにまつわる出来事で、一番幼いときの記憶は何かな?

「サッカーをやりたいという気持ちを俺に植え付けたのは、父親だった。親父はセリエDでプレーする選手でね。4歳の時、家族揃ってスタジアムに出掛けて、親父の勇姿を見たのをうっすらと覚えているよ。だから、80年代初めのサッカーの思い出と言えば、トレーニングから帰ってきた親父の鞄に顔を突っ込んで、その匂いを嗅いだことかな。親父の鞄は、泥まみれの靴下、汗を含んだユニフォーム、そしてサッカーボール特有の匂いが混じっていた。今でも思い出すだけで鼻がツンとくるよ。最初のサッカーの思い出と匂いは切っても切り離せないね」

-スコットランドに行って良かった?

「グラスゴーでの経験は素晴らしいものだったよ。最初、クラブはテクニックに優れた選手を欲しがっていた。だけど結果的に、俺に、自分たち以上にスコットランド人らしい一面を見たようだ。チームに加入して数週間後、ウォルター・スミス監督は俺をレギュラーに抜擢し、右サイドハーフで起用した。俺にとってベストポジションではなかったが、そんなことは構わなかった。とにかく、がむしゃらに荒れ狂うかのように戦ったよ。そうゆう俺のエネルギーがサポーターに受けたんだ。セルティック戦が大きな分岐点だったね。ガットゥーゾ流が炸裂したってわけだ(笑)。あの夜、俺は真の意味でアイブロックス・パークの観衆に受け入れられたんだ。サインを求められるようになったのも、あの時からだ」

-たしかに君のプレーはスコットランドに合っていたかもしれないね。

「先祖にスコットランド人がいるに違いない(笑)。あそこで経験したこと、プレーしたことはサッカー選手として自分が成長するのに決定的だった。もしイタリアに残ったままだったら、こんなにも頭角を現すこともなかったかもしれない」

-特に際立ったテクニックがないにもかかわらず、君は一流の選手になった。これを自分ではどう分析している?

「自分の一番の武器は闘志だ。チームのためなら死ぬ気でプレーできる。ある日、カルロ・アンチェロッティ監督から『ガットゥーゾには裏切られることがない。とことん最後まで一緒にやりたくなる人間だ』と言われた。これは今までサッカー選手としてプレーしてきた中で最高の褒め言葉だ。俺にとって怖いものはひとつ。自分の燃える闘志がいつか消えてしまうこと。その時が、きっと引退する時なんだろう」

-未来のサッカー選手を目指している子供たちにアドバイスをしてよ

「まずは俺を見てみろって言いたいね。闘志さえあれば何でも可能だってことの生きた証拠だ。背は高くないし、スピードもない。テクニックにも決して恵まれていない。それでも欧州一、世界一になれた。サッカーはテクニックや戦術、フィジカルが大切なスポーツだ。だけど一流になりたかったら、まず闘志を持つことだ。これは人生でも同じこと。何かに成功したかったら、汗をかかなきゃいけない(笑)」


「俺が相手から10回ボールを奪うことは、1ゴール決めるのと同じか、それ以上の価値がある。ガットゥーゾにはガットゥーゾの仕事があるんだ」


「本気で物事に取り組めば、ちゃんと結果に跳ね返ってくるってことだ。この仕事を長くやっていれば、身体のどこか痛いのは当たり前だしな」

「子供のころ、一番好きなアニメだった。ひとつのプレーが長くて、丸一日かかることもあったけど、あれが好きで。最後は代表チームとして外国チームとも戦うだろ。すごく影響を受けた」

「チームの強さの秘訣はロッカールームにある。例えばマルディーニのように39歳という年齢ながら、欧州CL決勝戦に出場する為に死に物狂いで怪我を克服した。あの姿を見て刺激されない奴はいない。そしてセードルフ。彼は3つのクラブで4回の欧州CL優勝を経験しているが、それでも昨季の欧州CL準決勝のマンチェスター・ユナイテッド戦に勝利した際には嬉しさのあまり泣いていた。ACミランが何故強いかを理解してもらえるだろう」

「イタリアのサポーターは彼らから何かを学ぶべきだと思う」

「大事なのはチームがいいプレーをして負けなかったということだ。ここ(セルティック・パーク)でアウエーゲームを戦うのは簡単なことじゃない。第2戦ではここみたいなサポーターがいないからもっとやりやすくなるだろう。イタリアのサポーターは彼らから何かを学ぶべきだと思う」

「首脳陣が欲しかったのは、“潰し屋”だったって? それならそれで構わない。リーノ・ガットゥーゾは、生き抜くために“潰し屋”になったんだ。でも、自分のテクニックを磨くための練習を怠ったことはただの一度もない。99年に初めてミラネッロで練習した時のガットゥーゾに比べれば、今の俺は格段に強く、そして上手くなっているはずさ。それは、もちろん、自分を信じて努力し続けた俺自身の功績でもある。だけど、もし俺のことを信じ応援してくれる人がいなかったら、ここまで頑張ることはできなかっただろうな。」
いろいろ決めなきゃなぁ

法学部の友人はえぐり始めてます

チッサイ社会で生きるのはどうも苦手だ!
一応自分の中でルール

時間がないときは戯れ言

あるときは長文駄文


これで、いきます