ここしばらくブログも仕事も何もかもやる気が起きなくて、ただボーっとした毎日を送っていた。

 

厳密に言ったら2ヶ月ほどか。ここのところの陽気から看護研究を始めてもう1年経つのかと感じさせられる。

 

真夏の盛りにこれを計画して実践したのが10〜11月、ヒカルが再度崩れ始めたのが12月、検査を依頼しようとして延び延びになってしまってもう2月。

 

その間色々あったなぁ。これだけは自信持って言えるのが自分的には劇的な変化を遂げることができた。懐かしいなぁ、愚図な自分が懐かしいなぁ。

 

 

「あんた看護研究終わったの!?他の病棟の子っちはとっくに終わってるらしいよ!!」

スーパーの袋に20個ぐらいだろうか。小さなパンの詰め合わせを僕のバックに押し込みながらメアリーは毒づいた。

 

 

「なんだかやる気が出なかったんです。でも大丈夫ですよ。自分目が覚めましたから!」

 

「何があったのか知りたいわね。何その表情は。やる気に満ち溢れてるというか、今までと確かに違うわね。」

1本目の特大魚肉ソーセージを剥きながらメアリーはいぶかしんだ。

 

 

これまで自分は何をやっても中途半端で、そのくせなんとかなりそうな器用貧乏だから色々手を出しては諦めることを繰り返してきた。何にも全力で取り組むことができず、本当にやりたいことがこの歳になってもまだ分からないでいた。

 

そんな俺が変わることができたのは、ひとえにアメジストちゃんのおかげであり、外川さんのおかげであり、カミさんのおかげであり、周りのみんなのおかげである。

 

知らない人前でこれまでに味わったことのない辱めを受け、そこからもがいて這い上がろうと努力するもド壷にはまり、自分を変えるのに他人の力を借りるということに抵抗を感じながらも藁にもすがる思いでアドバイスをお願いし、出た結論は「自己承認が低い」・・・。

 

 

 

この結論を解釈するのは困難を極めた。

 

だって何をやっても物足りないし、こんなもんじゃないって思うし、どこでどう折り合いをつけられたら自分を認めてあげられるんだろうって。もう何をやっても何を試しても悪い方悪い方へ板水のように流れ落ちていった。四柱推命的にはイケイケドンドンのはずなのに、引き寄せの法則だって信じてる。でも駄目だった。ネットに入り込んでくるありとあらゆる無料メルマガも登録してみたけど、肝心なところできっちりお金を要求してくる。

もう自分しか信じちゃいけないのかな。

 

 

外川さんのアドバイスはこうだった。

「日々の自分のやったことを記録して振り返ること。そしてどう貢献できているのか確認してみること。」

 

なんだよ、そんなことで俺のこの思考は変わるのかよってのが第一印象だったけど、とにかくどうせ自分でやってダメだったんだから言われた通りにやってみようって初めて思えた。

 

 

1週間経つと、あれっ、俺って割と動いてるのな。2週間経つと、俺って割と家族にも社会にも貢献してんだな。3週間経つ頃には物欲が一切なくなったことが意識できるようになっていた。

 

 

おそらくモノ(知識・技術)に頼らなくても自分で勝負できるという自覚が出てきたんだと思う。いや、そもそも誰と勝負するんだって話か。

理論武装しなくてもいいし、他人にマウントをとられる恐怖も感じなくて良くなっていたのだ。誰と比べてどっちがいいとか悪いとか本来そんなの関係ねー。やりたいことやってると忙しくて、他人の目とか考えとかやってることを気にしてる暇なんてないんだよね。人間と関わることが嫌になって本気で牧場で働きたいと考えたこともあったけど、それも牛さんに物凄く失礼な話であって、草を食べて物言わない牛に対してマウントを取りたかっただけなのかも知れない。でも動物が大好きだということは真実なんだけどね。

結局やりたいことってのは結論が出ていたんだけど、それに本気に取り組んでいないってことを指摘された俺は、ただ言われるままに自己肯定感を高める訓練を積みました。なんでこんなに自己肯定感が低くなっちゃったんだろう。

 

振り返ってみると先輩同僚と合わなくて職場を辞めた頃からかなぁ。それまで看護師は人の身体を扱う以上、完璧でなければならないって思いから間違えや指摘を素直に受け止められていなかった。それこそ毎日マウントの取り合いで神経をすり減らして来た気がする。そんなの患者に一切利益がないのにね。患者にも自分にも同僚にも逃げる余地を与えていなかった気がする。そんなだから折れるときなんて簡単なんですよ。もうその頃には入ってくる救急車のサイレンが聞こえてきただけで職場から逃げ出したくなる衝動にかられていた。

 

「3月いっぱいで辞めます」

 

そう主任に伝えた時には肩の荷が降りました。と同時に自分に対して「逃げた」っていう烙印を一生背負わなければならないなんて悲壮感漂わしていたなぁ。

そこからは簡単だった。生活費が切り詰められ、妻と子に対して負い目しか感じられなくなっていったんです。何をやっても逃げたくせにって言われるんじゃないかってビクビクしてました。看護師以外の職で成功してお金を稼がないと認めてもらえないんじゃないかって、だからうまくいかない度に焦って、苛立って、逃げての繰り返しで、そんなんだからお客さんにだって伝わっちゃうんですよね。根底にこれがあるって気付かされたのは本当に救われました。自分を認めていないんだから、生きてて幸せなんか感じられるわけないですもんね。幸せを実感していない人のヘッドスパなんて気持ちよくもなんともないんですよ。きっと。

 

 

外川さんのアドバイスを誠実にこなした俺は、自分でもびっくりするくらい安定してきた。欲がなくなったというか、焦りがなくなったというか、自分は居てもいいんだっていう安心を実感できてくると周りの環境も勝手に動き出してきたんです。

 

たまたまフェイスブックで見かけたイベントにこれだっと直感で参加した先で出会ったピーチさんのおかげで大勢のお客さんにご縁を頂くことが出来まして、更には考えてもいなかったイベント出店という夢もあっさり叶ってしまったんです。昔だったら現状に満足するな、もっと上をなんて言われましたけど、はっきり言って凄いです。この動きの速さっていったら。

 

 

「で、今のあんたってわけね。」

 

夜食用に3個ずつの唐揚げを配りながらメアリーが笑った。

 

「納得よ。案外そんなもんなのよね。転機って突然何の前触れもなく訪れるのよ。それで看護研究の結果はどうだったの??」

 

 

「それが聞いて下さい。まさかの結果にびっくりしているところなんです。」

 

『脳内ホルモン分泌を促進させる関わりは統合失調症患者にどのような影響を及ぼすか』ってタイトルでやったのはご存知ですよね。脳内ホルモンって主にドーパミン、セロトニン、オキシトシン、メラトニンってあるんですよね。それらは睡眠とか精神的な安定に関わってくるんですけど、そこに色々看護ケアで介入していったら人ってどう変化するのかなってとこが出発点だったんです。

朝日を網膜に取り込むとか、散歩とか入浴とかいつでもできることをまず習慣化して、更に僕のドライヘッドスパをやることで脳疲労をリセットするんです。

だけど忙しくて2ヶ月くらいしか出来なかったんです、実は。大体5〜6回ドライヘッドスパをやったんですが、その前後に臨床心理士のヤマナカさんにSWLS(人生満足度評価)で心理学の見地から評価して頂いたんですけど、この結果が・・・。

 

「満足度が8点も上昇していたんですよっ!!!これってすごくないですか??」

 

 

今回『脳内ホルモンの分泌を促進させる関わりは統合失調症患者にどのような影響を及ぼすか』っていうことでやったんですけど、脳内ホルモンって主にドーパミン、セロトニン、オキシトシン、メラトニンってあるんですよね。それらは睡眠とか精神的な安定に関わってくるんですけど、そこに色々看護ケアで介入していったら人ってどう変化するのかなってとこが出発点だったんです。

 

朝日を網膜に取り込むとか、散歩とか入浴とかいつでもできることをまず習慣化して、更に僕のドライヘッドスパをやることで脳疲労をリセットするんです。ドライヘッドスパをやると、まずドーパミンが放出されて寝落ちとともに脳疲労がリセットされるんです。そして覚醒した脳(余計なものがなくなりスペースが出来た状態)からセロトニン、オキシトシンが正常に分泌されるので幸せを実感できるようになるんでう。オキシトシンって言えば母性をイメージすると思うんですけど、そのまんまでハグやマッサージ、愛情表現、入浴、触れ合いによって分泌が促進されるんです。それで幸せを実感できることから「幸せホルモン」って呼ばれているんです。

 

人の幸せの定義ってなんだと思います?簡単に言えば安心と満足だそうです。お金や地位は不安や不満がつきまとうものなので本当の幸せとは言えないし、キリがないんです。そして続かないんです。ここでは人生満足度が高い状態を「幸せな状態」と判断しますが、精神科に長期入院していて言動が滅裂だと思われているヒカルが人生満足度を8点上昇させたんです。指標では満足度が高い部類に入っています。看護研究前は満足度が低く、人生の振り返りを行うだけの心のエネルギーも足りなかったと評価されていたヒカルが、人生に意味をもたせ、満足している状態になったんです。これは奇跡ですよ。更にその状態が5ヶ月続いているんです。

 

「ほえー、それはすごいわね。あのヒカルが人生に満足しているっていうの?にわかに信じがたいわ・・・」

 

「正直僕だって驚きましたよ。でもヒカルが人生に満足感という感情を取り戻したってのは数字に出てるんです。行動と言動がもしかしたら一致してはいないかも知れませんけど、そこは統合失調症患者の難しいところかも知れませんね。」

 

「ま、なんにせよ人生満足度が上がったって事実が残るわね。しかも臨床心理士のお墨付きだものね。」

 

「そうなんです。これは『人生満足度が8点上昇する奇跡のドライヘッドスパ』なんです!!」

 

 

盛り上がる2人の横をシルクちゃんを引き連れたマナカがコマネチをしながら通り過ぎていった。

遠くでジモンさんが歯ブラシを洗うために水を流しっぱなしにしてもうすぐ1時間が経過しようとしていた。

 

 

「消灯時間になったからみんな寝てねー」

寝ていた患者がびっくりして起き上がってしまう大声でメアリーが電気を消して回っている。

僕も慌てて保護室の電気を消しに走った。

 

〜   完   〜