その日も唐突に訪れた。
午後の入浴時間の混乱の中、他の誰よりも小さくて可愛らしいカウンセラーヤマナカは大きなヘルパーさん達の間をかき分けながらNsステーションに入ってきた。
「おまたせしました。今日ヒカルさんと面談して人生満足尺度を測って見たいと思います。よろしいですか?」
俺は簡単にヒカルの現状を説明し、面談にも十分耐えうるであろう精神状態を保っていることを伝えた。
泣きながら隔離室で過ごし、時間開放中には退院したくて何度か外界への扉をこじ開けそうになってしまったこと。毎食事開放中に他患の幻聴妄想の対象になり、思わず口論になりかけたこと。スタッフの仲介で各々がそれが幻聴なんだと認識できて手を取り合って泣き出したこと。
今、そこを経てヤマナカ先生と向き合うヒカルを見ていると込み上げてくるものがある。
他の患者は入浴に行ったため、いつもとは打って変わって静かと思わせる食堂だった。
ヤマナカ先生の前にヒカル、隣に自分が座って面談は静かに始まった。
1.ほとんどの面で、私の人生は私の理想に近い
ヒカルはしばらく文面を眺めた後、ゆっくりと口を開いた。
「ほとんどって言うのが良く分からなくてどう答えたらいいのか、、、、。私の理想って言うのもその時で変わっていると思うのでなんて答えたら良いのかちょっと、、、、」
だめか、、、?ヒカルの生真面目さが回答を邪魔するのか?
「どちらとも言えませんね。」・・・4
2.私の人生は、とてもすばらしい状態だ
「私は悪かったり良かったりするので、、、どちらとも言えませんね。」・・・4
3.私は自分の人生に満足している
「満足してた時もありましたけど、、、嫌なときもありますからね、、、、やっぱりどちらとも言えませんね。」・・・4
4.私はこれまで、自分の人生に求める大切なものを得てきた
この質問になった時、ヒカルの動きが止まった。そして何かを思い出すかのようにブツブツとつぶやき始め、そして顔を上げた。
「これは、5です。すこしそう思うです。」・・・5
5.もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう
ヒカルは即答した。
「全くそう思わないですね。」・・・1
初回の面談はこうして終了した。15分程度のセッションだったが投げ出す素振りもなく、淡々と終えることができ、その足で入浴に行った。
俺はこの短いやり取りから何か読める事はあるのでしょうか?と素直に疑問をぶつけてみたが、ヤマナカ先生的には仕草や会話の抑揚などからも色んな情報はもらえたとの事だった。
やっぱプロにお願いして良かった。
俺なりに感じたことは、くそ真面目でバカ正直だからトータルでの自分を評価できずにその時々の自分の評価を表出して良いのか戸惑っている。答えに困ると一旦は保留する。これまでの経緯からヒカルの大切なものとはおそらく両親であること。こちらが思っていた以上に自分を把握しており、今の自分の置かれている立場に満足していないこと。納得していないことが伺われる。
ヤマナカ先生の見解は来週以降だとしても、なんにせよスタートラインに立てた。