水の溜つてる面積は五六|町内に跨つてる程廣いのに、排水の落口といふのは僅に三ヶ所、それが又、皆落口が小さくて、溝は七まがり八まがりと迂曲して居る。水の落ちるのは、干潮の間僅かの時間であるから、雨の強い時には、降つた水の半分も落ちきらぬ内に、上げ汐の刻限になつて終ふ。上げ潮で河水が多少水口から突上る處へ更に雨が強ければ、立ちしか間に此一區劃内に湛へて終ふ。自分は水の心配をする度に、此處の工事をやつた人の、馬鹿々々しきまで實務に不忠實な事を呆れるのである。
大洪水は別として、排水の裝置が實際に適して居るならば、一日や二日の雨の爲に、此|町中へ水を湛ふる樣な事は無いのである。人事僅に至らぬ處あるが爲に、幾百千の人が、一|通ならぬ苦みをすることを思ふと、斯の如き實務的の仕事に、只|形許りの仕事をして平氣な人の不信切を嘆息せぬ譯にゆかないのである。
自分は三ヶ所の水口を檢して家に歸つた。水は三ヶ所へ落ちて居るに係らず、吾庭の水層は少し増して居つた。河の水はどうですかと、家の者から口々に問はるゝにつけても、茲で雨さへ小降りになるなら心配は無いのだがなアと、思はず又嘆息を繰返すのであつた。