いつも

ご訪問ありがとうございます。

はつかです。

 

 

 

久しぶりの更新ですが相変わらず

このブログでは

 

【ただ喜びの存在として

ワクワクの人生を生きる。】

 

をテーマに記事を書いています。

 

 

 

 

 

今日は、一年と四か月越しになりましたが

「NVC(非暴力コミュニケーション)-その2-」

と題して

NCV (Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)

という 

コミュニケーションについての

お話しのつづきを書きたいと思います。

 

 

 

前回の記事はこちら

 

 
 
 
このテーマのお話は、
一番下にリンクを張っています
「NVC 
人と人との関係にいのちを吹き込む法」
という本の内容をご紹介しながら、
 
 
「ただ喜びの存在として
ワクワクの人生を生きる」をテーマに
 
私が考えたことを自由にお伝えする
というスタイルで書いております。
 
 
 
 
 
さてさて。。。
 

NCV 

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)

という コミュニケーションにおいては、

 
 
 
 
何か心地よくないこと
 
 
いわゆる 怒りや悲しみといった感情を
感じるようなことが起こるときや
 
 
 
 
紛争を解決するときにおいて
 
 
 
自分とのコミュニケーションや
対立する相手とのコミュニケーションなかで
こんな問いかけを行います。
 
 
 
 
 
 
 
 
それは、
「自分の中で、
あるいは対立する相手の中で

必要としているのに 
満たされていないものは何か」
 
という問いかけです。
 
 
 
怒りや悲しみを伴う体験の中には
必ず  
必要としているのに満たされていないものが
表現されています。
 
 
 
 
先々週
ドラマの相棒17 #4を観たのですが
あの回のお話は
暴力団の恐ろしさが
強調されている印象でした。
 
 
 
シャブ山シャブ子と名乗る女性から
とある刑事の方が殺害されます。
(ドラマのお話のネタばれになりますので
こんな表現になっています。)
 
 
 
 
 
 
 
 
このドラマを観た人の反応は様々です。
 
 
 
 
 
個人的な印象ですが
大半が心の中にある『恐れ』が
表現されていたように見えました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
何故 
このドラマをみて『恐れ』の表現が
こんなにもあふれたのだろうと
私なりに考えたことをこれから綴ってみますと
 
 
『自分の人生がどこか知らないところから
いつかめちゃくちゃにされるのではないか』という恐れ
を持っているにからではないかと思うのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
※このドラマでいうと、暴力団。
ほかにも病気や事故など
一見
『自分の人生に突如降りかかってきたように
見えるもの』
によってめちゃくちゃになってしまうという恐れのこと
 
 
 
 
 
 
でもですね。
書かせていただいた通り
 
 
自分は
自分の世界の創造主であることを
すっかりわかってしまえば


他人が自分の人生を
めちゃくちゃにすることは起こらないのです。
 
 
 
 
私を含めこの世界に生きる
すべての人の人生は完璧です。
 
そして、
人生には自分が起こることを
許したことしか起こりません。
 
 
 
しかし
肉体的、精神的、社会的な視点での
苦痛を感じることが起こるとき
その出来事を自分が自分の人生に対して
起こることを許したという
視点を持つことは難しいかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
そんなとき役に立つと
私が思っているのが


今回の記事でご紹介している

NCV (Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)

という コミュニケーションです。

 

 

 

 

 

マーシャル・B・ローゼンバーグ著

「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版」

 

第1章 心の底から与える-非暴力コミュニケーションの確信-

 

では、

NVCというコミュニケーションが

どのような視点から

生まれたのか綴ってあります。

 

 

 

今後NVCの

お話を続けていくにあたって

重要な視点ですので


かなりの長文で恐縮ですが 

ぜひお読みください。

 

 

 

以下 17ページより引用

 

はじめに

 

 人は生まれながらにして自分以外の人を思いやり、与えたり与えられたりすることを楽しむ。そう信じる私にとって、長年、頭から離れないふたつの疑問があった。人を思いやろうとする気持ちがいったいどういうわけでかみあわなくなってしまうのか、そしてそのあげく、暴力的になったり相手から搾取したりするようなふるまいに出てしまうのか。逆に、どれほど過酷な状況に置かれてもなお、人を思いやる気持ちを失わずにいられるのはなぜなのだろうか。

 

-中略-(著者のこどもの頃に体験した1943年の出来事)

 

 1943年のその夏以来、前述したふたつの疑問についてわたしは考え続けてきた。最悪の状況にあってもなお人を思いやる気持ちを失わずにいられるとしたら、何がそうさせるのか?たとえば、エティ・ヒレスムは、ドイツ軍の強制収容所という異様な状況でも他者への思いやりを失わなかった。当時の彼女の日記には、こう記されている。

 

 「わたしはそうたやすく怖がったりはしない。それは勇敢だからではない。人間だとわかっているからだ。そして、全力を尽くして人の言動すべてを理解する必要があるということも。今朝はそれがとくに身にしみた。不機嫌な若いゲシュタポ将校から怒鳴りつけられたからではない。彼に対し憤りは感じなかった。それよりも心の底から気の毒に思い、彼にたずねてみたかった。『恵まれない子ども時代をおくったのですか? それともガールフレンドにふられたの?』そう、彼はいらいらして余裕がなく、生気にかけて弱々しく感じられた。すぐにもその場で彼の気持ちを受けとめてあげたかった。なぜなら、彼のようなかわいそうな若い男性ほど、人間に対して歯止めがきかなくなるまで残虐になってしまうと知っているから」(エティ・ヒレスム『日記』)

 
何がどう影響して人への思いやりが失われてしまうのだろうかと研究しているうちに、言葉が非常に重要な役割を負っているということ、そして私たちの言葉の使い方がとても重要であることに気づき、わたしははっとした。それ以来、どのようにコミュニケーションをとれば、つまりどのように話をしたり聞いたりすれば、自分たちに本来そなわっている力――人を思いやろうとする気持ちを引き出せるのか、心の底から与えることができるのか、自分自身とそして相手と理解し合えるのかをさぐった。そうしてある方法にたどりついた。それを、「非暴力コミュニケーション」(Non-violent Communication)とわたしは呼ぶ。心のなかの凶暴性を鎮め、他者を思いやろうとする自然な心地を表現するには、ガンジーが使った”非暴力”という言葉がぴったりだ。自分では「暴力的」ではないつもりで話していても、口にした言葉が、相手ばかりか自分自身をも傷つけたり苦しめたりするきっかけとなることもある。これからご紹介する非暴力コミュニケーションのプロセスは、「人を思いやるコミュニケーション」とも呼ばれている。本書では、非暴力コミュニケーションを略して「NVC」と表記する。

 

(引用終わり)

 
 



 
 
絶望は、
光に変えることができます。
 
 









それは何か
特別な魔法によってではなく








言葉による







身近で






現実的な






コミュニケーション






によってです。
 
 
 
 








恐れは、
問いかけという光によって、
その姿を現します。
 







 
 
 

そしてそれは、










「恐れ」ではなく 







 
ただ
 









必要としているのに 
満たされなかったものだったのだ








とわかるのです。
 
 
 
 







 
 
バシャールは
 
「未来は、えらべる!」において
このように話しています。
 
以下 65ページ 
「第2章 運命は、変えられる」より引用
 
バシャール
アクシデント(事故や偶然)というものはありません。
アクシデントというものはないのです。
すべては、その人が引き寄せているものです。
 
もちろん殺人などを犯した人を、擁護しているわけではありません。
けれども、次のような見方をすることもできます。
 
たとえばある人が、非常に強烈な恐怖に基づいた観念を持っていて、「自分は安全でない」とか、「自分は犠牲者だ」と思ったとします。すると、自分を傷つけるのに十分なくらい、人間性を尊重しない人を引きつけることになります。
でもここでは、「犠牲者のエネルギー」をつくらないことを、その人が学ぶことが大切なのです。
 
地球人は物事に対して「黒/白」に分けた見方をしがちなので、みなさんがいわゆる「殺人」と呼んでいる出来事についても「加害者/被害者」という見方をしてしまいます。
 
もう一度言いますが、これは別にどちらかを擁護しているわけではなく、ただ説明をしているだけです。
私たちの見方からすると、地球人が「被害者」と呼んでいる人は加害者でもあり、また「加害者」と呼んでいる人は被害者でもあるのです。

なぜなら、ふたり共同でその出来事をおこしているからです。
 
これらの出来事は、本来ならその人が「変わる」ための素晴らしいチャンスです。けれども、みなさんの社会ではそのことが理解され始めてもいないのです。
 
そうですね。一般的にはまだ受け入れにくい考えかもしれません。
 
 
バシャール
ええ。しかし最近、この付近(ロサンジェルス付近)で、ある象徴的な出来事が起きたので、ご紹介しましょう。
ある企業に銃を持った若い男が押し入り、そこで働いていた女性をつかまえ、「殺すぞ、金を出せ」と脅しました。
つかまえられた女性は恐怖を感じましたが、それでも彼女のもっともいい側面がそこなわれることはありませんでした。
命の危険を感じていたにもかかわらず、彼女は意を決して男に話しかけたのです。
そんなことをしたら、彼自身の身の上にどんなことが起きるか、「本当にあなたの幸せが心配なのだ」ということが伝わるようなやり方で。
同時に彼女は、「銃で人を脅す以外に自分が生き延びる可能性はない」と思うしかなかったこの男の境遇に、心からの同情を表しました。
彼女の思いやりに満ちた言葉にふれて、男は、その女性が本心から自分の身の上を気にかけてくれているのだとわかったそうです。
彼女のおかげで、その男は真実の自分とつながることができ、「自分が本当にやりたいのはこんなことではない」と気づけたのです。
彼は銃を女性に渡して謝罪しました。そして、自ら警察に出頭し、生きて、人生をポジティブに変えるチャンスを自分自身に与えたのです。
 
それらすべてのことは、わずか数分の間に起きました。
地球のもっと多くの人が彼女のように行動できれば、このような大きな変化が、いまこの瞬間にも起こせるのです。
 
ここでのレッスンは、「どんなに絶望的に見える状況でも、そうしたいという意志さえあれば、暗闇を光に変えられる」ということです。この流れがもっともっと進んでいくと、そのうち加害者も犠牲者もいなくなります。
 
(引用おわり)
 
 
 
上記の
 
バシャールが紹介した象徴的な出来事にて
 
女性がおこなったコミュニケーションこそが
 
 
 
この記事でご紹介している
NVCであることをお気づきでしょうか。
 
 
※上記と同じような事例が実際に
「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法 新版」
「第8章 共感の力」 208ページより紹介されています。
 
 
 
 




 

暗闇は





光に変えることができます。
 
 
 
 




 
私たちがそうしたいと思えば。
 
 
 
 
 
 
 
そして
 

この地球上に生きる
 

すべての人が
 

一人の例外もなく
 

ただ喜びの存在として
 

ワクワクの人生を生きることができるのです。
 
 
 
 
 
 
 
次のお話からは、
NVCにおけるプロセスのお話を
書けたらいいなと思います。
 
 
 
 
 
今日も長文
 

読んでいただき
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
 
私のブログを
 
あなたの創造の一部としていただき
 
ありがとうございます。
 
 
 

一緒にこの世界の創造を
 
楽しんでいきましょうね。
 
 
 

はつか
 

 

 
 
 

 

 

(以下 補足です)

 

NVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)ついて

 

 

 

NVC Japan 公式ホームページより 

引用して

以下ご紹介しています。

 

先取りしたい方は、

ぜひ NVC Japan 公式ホームページや 

本をお読みください。

 

 

NVC Japan 公式ホームページ

http://nvc-japan.net/nvc/

 

今回の記事にて引用したのは

新版のこちらになります。

 

 

 

 

 

 

NVC

(Nonviolent Communication)

 

非暴力コミュニケーションNVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)とは、

コミュニケーションにおいて相手とのつながりを持ち続けながら、

お互いのニーズが満たされるまで話し合いを続けていくという、

共感を持って臨むコミュニケーションの方法です。

 

カール・ロジャ-ス博士の弟子の

マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって

体系付けられました。

 

 

頭(思考)で判断・批判・分析・取引などするかわりに、

自分自身と相手の心(ハート)の声に耳を傾けて、

今の感情(Feeling)・ニーズ(Needs)を明確にしていくことで、

お互いの誤解や偏見からではなく、

心からつながりながら共感を伴って

コミュニケーションをすることを主眼にします。

 

 

具体的には、「観察(Observation)」

「感情(Feeling)」「ニーズ(Need)」

「リクエスト(Request)」の4要素に注目しながら、

コミュニケーションで起こっている

問題・ズレを整理していくという方法をとります。

 

 

こうすることで、自分の、

また、相手の内側にある大切な思いを丁寧に扱い、

ともに平和を創りだすことをめざします。

 

NVC Japan 公式ホームページより

http://nvc-japan.net/nvc/

 

 

 

いつもご訪問ありがとうございます。
はつかです。



実に前回の更新から
1年以上経ってしまいましたね。
お久しぶりの更新です。




NVCの記事について
全く筆が進まずじまいで
時間ばかりが過ぎてしまいましたが
また機会があれば更新しますね。






さてさて…
本日1年3ヶ月ぶりに
更新しましたのは今年の9月に観た映画、
「若おかみは小学生!」のご紹介のためです。




夫と小学2年生の娘と
三人で観てきました(^_^)





あらすじやテーマについては
予告動画でご確認ください。




写真の下に感想を書きたいと思いますが




多少はネタバレなので

観ていない方で

ネタバレしたくない方は





読まずに

作品鑑賞後に

続きをお読みくださいね。





気にしない方は

そのままお読みください。













ひとつの物語にたいして

どのように意味付けするか

人それぞれなのですが






私はこの物語を観て
こんな風に感じました。







私が生きるこの物質世界は





決して誰も拒まない…






すべての存在を受け入れて…



癒してくれる…



本当にやさしい




愛だけで




満たされた世界なのだと…










小学生の若おかみ おっこちゃんは

花の屋旅館に来てくださるお客さまに
喜んでもらえることを
自らの喜びとして行動し
自分自身を癒していきます。





自分の世界に現れる人々は
姿、名前を変えた自分自身です。






おっこちゃんの
花の屋旅館に訪れるお客さまは
過去現在未来のおっこちゃんを
それぞれ投影しています。





どんなお客さまにも
喜んでもらいたい…

その一心の行動が
両親の死という出来事からも
おっこちゃん自身を癒していきます



時に逃げたり…
周りの人たちやお客さまに
助けてもらったりしながら…








自分自身の行動が
誰かの喜びに繋がること……

そのことを喜んでいられる
自分でありたい…







私の愛は

広くて

深くて

自由で

軽くて



すべての存在を

あるがままに受け入れて


癒されていくことを

喜んでいられる愛でありたいな。




そういう世界を創造できる

自分でありたい…








そんなやさしい気持ちにさせてくれる…





悲しみではない涙が



あふれてとまらない…



とっても素敵な物語でした。








もう一回観たいなぁ…



今は、
Amazonプライムで配信中の
テレビシリーズを家族で観て
楽しんでいます(*^^*)


こっちはとってもドタバタで
楽しい感じです♪






今日も長文読んでくださり

ありがとうございました。








私の記事を

あなたの創造の一部としていただき

ありがとうございます。







一緒にこの創造を味わい

楽しんでいきましょうね。





はつか




いつも

ご訪問ありがとうございます。

はつかです。

 

 

 実に昨年10月以来の更新ですね。

お久しぶりの更新になりましたが

ぜひ これからも お付き合いくださいますと嬉しいです。

 

 

久しぶりの更新ですが相変わらず

このブログでは

 

【ただ喜びの存在としてワクワクの人生を生きる。】

 

をテーマに
記事を書いています。

 

 

 

 

 

 

 

このブログの深いテーマは

【ただ喜びの存在としてワクワクの人生を生きる。】

ですが

 

 

 

 

 

新たに記事を更新するにあたって

ぜひ ご紹介したいものが見つかりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、

NCV 

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)

という コミュニケーションについてです。

 

 

 

 

 

 

 

 

非暴力コミュニケーションNVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)を

ご存知でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

これまで私は、

 

・バシャールのいう 宇宙の「5つの法則」

 

・エイブラハムの

 「引き寄せの法則」

 「意図的な創造の方法論」

 「許容し可能にする術」について

 

・QE(クォンタム・エントレイメント)

 

についてブログを更新してきましたが

 

 

 

NVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)は、

これまで ご紹介してきたこれらが

実践的なコミュニケーション方法として

体系つけられているのではないかと

 

私は NCVの本を読んで感じました。

 

 

 

 

 

 

この記事のタイトルは、

「NVC(非暴力コミュニケーション)-その1-」となっていますが

 

これからは、

「NVC 人と人との関係にいのちを吹き込む法」という

本の内容をご紹介しながら、

 

 

「ただ喜びの存在としてワクワクの人生を生きる」をテーマに

 

私が考えたことを自由にお伝えできれば と思います☆彡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)ついて

 

 

 

NVC Japan 公式ホームページより 引用して

以下ご紹介しています。

 

先取りしたい方は、

ぜひ NVC Japan 公式ホームページや 本をお読みください。

 

 

NVC Japan 公式ホームページ

http://nvc-japan.net/nvc/

 

 

 

 

 

NVC

(Nonviolent Communication)

 

非暴力コミュニケーションNVC

(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)とは、

コミュニケーションにおいて相手とのつながりを持ち続けながら、

お互いのニーズが満たされるまで話し合いを続けていくという、

共感を持って臨むコミュニケーションの方法です。

 

カール・ロジャ-ス博士の弟子の

マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって

体系付けられました。

 

 

頭(思考)で判断・批判・分析・取引などするかわりに、

自分自身と相手の心(ハート)の声に耳を傾けて、

今の感情(Feeling)・ニーズ(Needs)を明確にしていくことで、

お互いの誤解や偏見からではなく、

心からつながりながら共感を伴って

コミュニケーションをすることを主眼にします。

 

 

具体的には、「観察(Observation)」

「感情(Feeling)」「ニーズ(Need)」

「リクエスト(Request)」の4要素に注目しながら、

コミュニケーションで起こっている

問題・ズレを整理していくという方法をとります。

 

 

こうすることで、自分の、

また、相手の内側にある大切な思いを丁寧に扱い、

ともに平和を創りだすことをめざします。

 

NVC Japan 公式ホームページより

http://nvc-japan.net/nvc/

 

 

 

 

 

今日も長文

 読んでいただき

 ありがとうございました。

 

 

 

 私のブログを

 あなたの創造の一部としていただき

 ありがとうございます。

 

 一緒にこの世界の創造を

楽しんでいきましょうね。

 

 

はつか

いつも

ご訪問ありがとうございます。

はつかです。

 

 
このブログではただいま
 
【ただ喜びの存在としてワクワクの人生を生きる。】
 
をテーマに
記事を書いています。
 
 
 
 
 
 
 
 

途切れることのない

至福感を味わいながら

生きることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ喜びの存在として

ワクワクした人生を

生きることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな言葉に触れたら。。。

そんな生き方ができるのだと

知ってしまったら。。。。

 

 

 

 

 

 

 

しかも

誰にでもできるのだと

言われたら。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私もそんな風に生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰しも そう思うのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん

私も そう思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思いながらも

 

 

 

 

 

 

 

 

今 

苦しさや罪悪感を

感じる。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと ずっと 

幸せだけを感じていたいのに

 

 

 

 

 

 

 

 

何故 

自分には

できないのだろうと

自分を責めたくなるかも

しれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなとき

どうしたらいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし あなたが

今 「苦しい」と

感じているとしたら。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はそれは

「癒し」の始まりなのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからさきは

「苦しさ」や「罪悪感」をどのように扱うかの

一つの 提案です。

 

必要な方は 

受け取ってみてくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが感じている

「苦しさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1~10でいうと

どのくらいの段階でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10は 

もう耐えられない 苦しさです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しさに耐えられず 

冷静さも失い

衝動的な行動にでてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが 苦しさレベル 10 です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数字で表すことが

できるでしょうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で

何か 数字が思いついたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが

今 あなたが 感じている

「苦しさ」の強さ です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今 

あなたは自分の「苦しさ」が

どのくらいか 知りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では

この「苦しさ」を

どのように したいですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと 感じ続けていたいでしょうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも 手放したいでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらを 選んでも 大丈夫ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で 決めるだけで 

実現することが できます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらかを 選んだら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまで 感じていた

「苦しさ」の レベルが

 

 

 

1~10  のうちの

どのくらいなのか

数値化してみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で

何か 数字が思いついたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが

今 あなたが 感じている

「苦しさ」の強さ です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを

数字が 下がるまで

やってみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つでも

下がったら やめても大丈夫です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日常にもどって

生活に必要なことに

取り組んでみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして ふと

思い出した時に

 

例えば

最後に 「苦しさ」を

数値化したときは 「8」だったけれど

 

今は どのくらいかな

と 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じように

数字を 思い浮かべてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういうとき

ほとんどの場合

1とか2

 

場合によっては 0 ゼロ

ほとんど 感じられないほどに

下がっていることに 気づくでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実はこの

 「気づき」が

 

 「苦しさ」を癒すのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

また 苦しみを感じることがあるかも

しれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも 大丈夫。

それは 癒しの始まりですから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今 どんな 気分でしょうか

 

そのことに 気づけば 気づくほど

癒しが起こります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ このように

「気づき」が癒しを 

起こすのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

それは 

私たちという 存在そのものが

「気づき」だから です。

 

 

 

 

 

 

 

『私たちという 存在そのものが

「気づき」である』

 

ということの お話は 長くなるので

また 別に書きますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回 ご紹介した アイディアは

このブログを活発に更新するに至った 

きっかけである。

 

 

 

「クォンタム・エントレイメント」の

「何もしない」という 手法です。

 

 

 

クォンタム・エントレイメントについては

私もブログで書いています。

良かったら こちらから お読みください。

 

 

 

 

クォンタム・エントレイメントの創始者

フランク・キンズロー氏の著作は

↓こちらを ご参照ください。

 (本については、私もamazonで

  レビューを書いていますので参照してみてくださいね。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も長文
 読んでいただき
 ありがとうございました。
 
 
 
 私のブログを
 あなたの創造の一部としていただき
 ありがとうございます。
 
 
 
 一緒にこの世界の創造を
味わい
楽しんでいきましょうね。
 

はつか

 

 

 

 

 

 

いつも 

ご訪問ありがとうございます。

はつかです。

 

 

 

 

ブログの更新、

もっとこまめにやりたいなぁと

思いつつ。

 

 

 

 

 

書き始めては 

消える言葉がたくさんで

記事アップまではいたりませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近はハッシュタグから

いろんなブログ記事を読んで

日常を楽しんでいます。

 

 

 

 

 

 

 

さて

そんななか 

素敵な詩と出会いましたので

ご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

85歳の女性、

ナディア・ステアさんが書いた

「人生をもう一度やり直せるなら」

という詩です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原文は、英語で 

日本語訳もいろんなもの

がありますが

 

 

 

 

 

 

一番最初に読んで 

感動したものを

ご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この詩は、

ナディア・ステアさん

が85歳の時に

作った詩だそうです。(原文はこちら

 

 

 

 

 

 

 

 

85年間 

この物質世界で過ごした

女性の言葉として

意識してこの詩を読んみて・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人生に思い煩うことなど ほとんどない

ということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない間に

「無難に生きようとしている自分」

 

 

 

 

 

 

 

に気づくことができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「外」には 

誰もいないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私というカラダ」を通して

 

 

 

 

 

 

この物質世界を

体験しているのは

「私」という意識だけなのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと

こんな風に

生きていいんだって

思える素敵な詩です。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでは ご紹介しますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし、人生をもう一度やりなおせるなら」

 

If I had to live my life over agein Nadine Stair

 

 

 

 

 

もし、人生をもう一度やりなおせるなら、
もっと失敗をして、
もっと馬鹿げたことをしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今度は

もっと間違いを犯そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もっとくつろぎ、

もっと肩の力を抜こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


絶対にこんなに

完璧な人間ではなく


もっと、もっと愚かな人間になろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


この世には、

実際、それほど真剣に
思い煩うことなどほとんど無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もっと馬鹿になろう。
もっと騒ごう。
もっと不衛生に生きよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もっとたくさんのチャンスを掴み、
もっとたくさんの冒険をし、
行ったことの無い場所にも、
もっと、もっと、たくさん行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もっとたくさんの

アイスクリームを食べ


お酒を飲み、

マメはそんなに食べずにおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もっと本当の

厄介ごとを抱え込み、

 


頭の中だけで想像する厄介ごとは
出来る限り減らそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



見ての通り、
私は来る日も

来る日も片時も休まず、


危機を避け、

懸命に、まともに生きてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もちろん、

私にも最高の瞬間があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もう一度やり直せるなら、
そんな瞬間をもっと数多く持とう。

 

 

 

 

 

 

 



一瞬一瞬をイキイキと生きよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



私は体温計と

お湯入りの水筒と
うがい薬と

 

レインコートと

パラシュート無しでは
どこにも行けない人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もう一度やり直せるなら、
今度はもっと気軽に旅しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


もう一度最初から

人生をやり直せるなら

 

春はもっと早くから裸足になり、
秋はもっと遅くまで裸足でいよう。

 

 

 

 

 

 

 



もっとたくさんのメリーゴーランドに乗り、
もっとたくさんのデイジーを摘んで、


もっとたくさんの夕日を見て、
もっとたくさんの子供たちと真剣に遊ぼう。

 

 

 

 

 

 

 

 


もう一度人生をやり直せるなら。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-end-

 

 

 

 

 

 

 

もし、

人生をもう一度やりなおせるなら

 

とても素敵な詩でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感謝を込めて

ご紹介いただいた方の記事をリブログ

させていただきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に詩を紹介してあった記事に

コメントしたところ

新たな記事として

ご紹介されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらの記事をリブログしようか

迷いましたが

最新の記事リブログしますね。

 

 

 

 

 

 

小森 圭太さん

素敵な詩をご紹介くださり

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

今日も長文読んでくださり
ありがとうございました。







私の記事を
あなたの創造の一部としていただき
ありがとうございます。






一緒にこの創造を味わい
楽しんでいきましょうね。




はつか
 

 

 

いつも
ご訪問ありがとうございます。
はつかです。





今日は、
仕事が終わって
保育園にお迎えに行き
家に帰ってきて


娘と
家で夕食を取ってるところに








夫が帰ってきて
こう言いました。







「あなたが
観たいって言ってた映画
今日の9時30分からあるから
ご飯食べたら観てくれば?」







何か観たいのあるとか
言ったけ?
と思ったんですけど







こういう流れには
乗っておこうっと





と思って
観てきました






新海  誠監督の
「君の名は」という作品です。






写真の下に感想を書きたいと
思いますが



多少はネタバレなので
観ていない方で
ネタバレしたくない方は

読まずに
作品鑑賞後に
続きをお読みくださいね。

気にしない方は
そのままお読みください。




予告の動画はこちら

















ひとつの物語にたいして
どのように意味付けするか
人それぞれなのですが






私は、この作品を観て
こんな風に感じました。







時間は、幻想であり
記憶は夢物語






そして
過去も未来も、今 ここにあり





何にフォーカスするかで
過去も未来も今もすべて
変えることが可能なんだということを





この作品は観るひとに
伝えようとしているのではないかと。







今体験している
「私」という物語さえも


記憶のなかではとても曖昧で


とらえどころない夢物語。







何千何億通りある
平行世界のなかで




一瞬の今
味わう私という他人の
夢物語






主人公の男の子と女の子は
お互いに体が入れ替わるのですが
その時の記憶は
夢から覚めた夢のように
すぐに消えてしまいます。




夢の中ではハッキリ
と思い出せるのに




夢から覚めると
思い出せなくなる
「君の名前」









ふとしたとき
「あれ 今、何してたっけ」
ということが
私には良くあるのですが








この作品では
主人公たちが
「じぶんは
  今、何してるんだろう」と思うと





絶対忘れないと思って
呼びあったお互いの名前が
記憶から消え去ってしまうのです。






でもこの物語を
俯瞰したところから観ている
映画の鑑賞者は、





結ばれ、もつれ
絡み合う 時間の幻想を
すべて観ることができます。





彼らがどんな物語の主人公であるのかも
見通すことができるのです。







映画の鑑賞者の視点というのは
常に俯瞰的で




ハイヤーマインドの視点だなぁ









そういったことを
思い起こさせてくれた

とてもいい作品でした。





パンフレットを読む限りは
そういったことを
伝えたいとは書いてありませんでしたが


こうした視点でも楽しめる
興味深い作品でした。








今日も長文読んでくださり
ありがとうございました。







私の記事を
あなたの創造の一部としていただき
ありがとうございます。






一緒にこの創造を味わい
楽しんでいきましょうね。




はつか



いつも ご訪問ありがとうございます。

はつかです。

 

 

 

 

早速ですが

前々回のお話の続きを書きますね。

 

 

 

私の甥自身
歌手になりたいという
ワクワクのままに
ウチに住むことになりましたが



その先
彼のワクワクの着地点について
彼自身こだわっていない

という話を

 

 

 

甥から聞いた私は、

 

 

 

あ そうだよね。

 


と いろいろ腑に落ちたんですけれど

 

 

 

 

 

 

今日は、
「いろいろ」のところが

どんなところだったかということを

お話してみます。

 

 

 

 

 

 

 

私自身、

その時 その時、

 

自分がもっとも

ワクワクして

 

 

 

自然の流れというか

 

 

 

自分にとって

一番抵抗のないことを

選択し 行動してきました。

 

 

 

 

 

そして 10年以上前から

ヒプノセラピーを

仕事にしたいなぁという願いが

ありつつも

 

 

 

 

なぜか 今も

仕事にはしていません。

 

 

 

 

 

 

でもね。

今 とても幸せなのです。

 

 

 

 

 

 

私がこれまで

味わってきた

ワクワクすることは…

 

 

 

 

 

 

つぎの ワクワクに

つながっていき…

 

 

 

 

 

今の場所である

とても 幸せなところに

私を連れて来てくれました。

 

 

 

 

 

 

 

ヒプノセラピーを

仕事にしたいなぁという

思いは、

 

 

 

実は

ずいぶん薄れてきています。

 

 

 

 

 

この思いは

 

 

そのまま

実現しないまま 

消えてもいいと

 

思っていますし、

 

 

 

 

 

残っているなら

残っていてもいいと

 

思っています。

 

 

 

 

 

(もしかしたら

この思いが

完全に消え去って

手放した瞬間に

願いが叶うのかもしれませんね。)

 

 

 

 

 

これまで

ヒプノセラピーを

仕事にしたいなぁという

ワクワクを持ちながら

 

 

 

 

いろんな本を読んだり…

 

 

 

 

 

好きなように

ブログを書いたり…

 

 

 

 

 

人と交流したりしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

やすらぎと幸せを

味わうために

 

 

 

 

 

 

するべきことは 何もなく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行くべきところも 何もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も 心配することもないし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを 成し遂げる必要もなかった…

 

 

 

 

 

という 大切なことに

気づくことが できました。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、

ヒプノを仕事にすることを通して

 

 

自分自身 幸せになれると

思っていたけれど

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒプノを仕事にしていないのに

今 十分 やすらいでいて 幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は 今 しあわせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも 

はっきり

確信できるし

 

 

 

 

 

 

 

発信できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも 

ワクワクには

「着地点」はないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワクワクの先には、

次の「ワクワク」があるだけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いっこ、いっこ

ワクワクを 味わって

また 次のワクワクに気づいて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっちにいって 

また ワクワクを味わう。

 

 

 

 

 

 

 

それで いいんだし

 

 

 

 

 

 

それが すべてなんだ。

 

 

 

 

 

 

そういうことが

腑に落ちてきました。

 

 

 

 

 

 

 

それからは

やたらと

体のチカラがすごく抜けて

 

 

 

今 肩に力が入ってる。

 

 

とか

 

 

今 足にへんなチカラが入ってる。

 

 

 

とか

何度も気づくようになったのです。

 

 

 

 

 

 

それで

力が入っているところから

どんどん ゆるめていくと

 

 

 

 

 

今まで

相当 緊張して生きていたんだな~

 

 

 

と 気づくことができました。

 

 

 

 

 

そんな感じで

 

今は、 ワクワクの着地点にこだわらず

 

ただ ひたすら ワクワク。

 

 

静寂と至福を

 

 

味わう日々です。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回も
長文読んでいただき
ありがとうございました☆
 

 

 

 

 

 

 

 

私の記事を
あなたの創造の一部として
いただきありがとうございます(^^)

 

 

 







一緒に
この世界の創造を
楽しみ、
味わって行きましょう☆






はつか
 

 

 

 

 

 

いつもご訪問ありがとうございます。

はつかです。



前回の続きを
書きたいところでしたが

それはそれで、
ちょっと 置いておきまして。。。。



実は、
Pokémon GO 
を始めちゃいました~~~☆彡



理由は
「なんだか 楽しそうだから☆彡」






ここのところ
世界的に熱中する人々の
ニュースで話題でしたが


いやいや
Pokémon GO 面白いです!











しかも
開発者の方のメッセージが
とても素敵なのでご紹介します。





(Pokémon GO 開発者メッセージ から)

日本の皆様、大変お待たせ致しました。
ついにPokémon GOの日本での配信が開始されました!

Pokémon GOは、実際に、皆さんが家の外に出て、
自らの足で世界を歩きまわることで、
はじめて楽しむことが出来るリアルワールドゲームです。

プレイヤーのみなさんを現実世界での冒険に誘い、
人々につながりをもたらし、世界を少しでも良い場所にしようという理念のもと、
開発されました。

是非Game Freak開発本部長の増田順一
とNintic CEOのJohn Hankeのメッセージを御覧ください。

(メッセージ 引用 終わり)







これは、
世界中を遊び場にして
歩き回って 
楽しむゲームなのです。





本当は、
この世界が
遊び場だということを
体験で私たちに伝えてくれるゲーム!!


それが
Pokémon GO ☆彡






そもそも最初から

聖なる場所も
悲劇の舞台も
明るいところも
暗いところも



すべてが
わたしたちの
遊び場。





自分の世界に現れるもの


そのすべてが 
自分で創造した



「自分」そのもの




今までは
自分の生活の範囲で
生活を楽しんでいたけれど



今は世界中の人が
世界を遊び場にして
ゲームを楽しんでいるなんて
すごい!!




世界中が
平和になってほしくて




世界平和に貢献したいと
思っていて



楽しくふんわり
ゆるーく 



自分一人で
幸せに浸っていたけれど




それがいよいよ
外の世界に
反映され始めたんだ~






バシャールがいっていた
2016年の大きな転換点って
もしかして
Pokémon GOのことではないだろうか?

















7月22日の夜11時くらいから
始めましたが
ポケモン4匹 捕まえましたよ★



家の中でウロウロしてただけで
この楽しさ!








明日は
早起きして
子供が起きる前に
お散歩してこようかな~☆彡





そして 家の近くにある
「ポケストップ」に早く行きたい!!
マクドナルドに行きたいです!





画面を見ながら歩くと
危ないので
ポケストップを目指しつつ

スマホからポケモンがいる
お知らせ来たら、
画面を見る
スタイルで行こうと思っています。





マナーを守って
みんなで気持ちよく
ゲームを楽しんでいきたいと
思います☆





長文読んでいただき
ありがとうございます☆彡





次回こそ
前回の続きである

いろいろ腑に落ちたことの
「いろいろ」のところについて
書きますね。



はつか



いつも 
ご訪問ありがとうございます。
はつかです。




前回の更新から 
1か月以上時間が
経ってしまいました。





とっても続きが
気になる書き方をしておいて
間がこんなに空いてしまって、
ごめんなさい。





前回の更新の後、
すぐ更新しようと
思っていたのですが






急に体調を崩したり
急にめちゃくちゃ元気になったり


臨時収入がどんどん入ったり
仕事の内容が変更になったりと
生活全般に変化があり



とても 
目まぐるしい一か月
を過ごしていました。





特に夏至のころから
これまでにかけて
明らかに違う世界に 
入り込んだような





去年までとは、
全然違う 


明るくて軽ーい感じの
さわやかなパラレルワールドへ
移行したことを



ちょっとしたことから 
感じる一か月でもありました。






さて
話は変わって 
前回のお話の続き
を書きますね。







甥が 
仕事をやめて 
歌手になろうと思うという
話を聞いて





ついに 
私の世界に
こういう人が現れたのかー。
と、




すごく 
ワクワクして 
にやにやしながら
甥の話を聞いていた私でした。






よくよく 聞くと
もう仕事先には、
7月いっぱいでやめる
と伝えてあり




これから 
関東で住む家を探して 
バイトをやりながら 
レッスンをうけて
オーディションをいっぱい受けよう 
と思っていて





関東にいる
親戚である私に
どんなところに
住んだらいいのか



相談しようと思って
電話してきたそう。





それなら 
一度物件探しのために
うちに泊まりに来ればいい 



といって
電話を切りました。





その電話を
横で聞いていた私の夫。






「うちに空いてる部屋あるから
ここに住んでもらったらどう?
食費は入れてもらえばいいし。」






と急に言い出したのです。







私は 



とんでもないこと
言い出すな~。



でも夫が 
平気ならそれもいいかなぁ。






と思っていました。








でも
その2時間後






「やっぱり… 
ほかのだれかと
一緒に住むなんて
自分の中でないなって、思う。」






と言ったので







「まあ そうだろうね」




と言って 
その日は終わりました。







私は、
甥がこれからどうするか
面白がって見守ろうと
思っていただけで








具体的に
何かできることも
思い付きませんでした。









でも何故か






甥がウチに
泊まりにくる日が
近づくにつれ…






夫が
住所変更するなら
こうした方がいい とか







不動産屋さんに行って
さいたまの物件を
探してきてくれたり






お金は
ちゃんと持ってるのかと
心配しだし…










やっぱり
ウチに住んでもらうのが
一番いいよ!






とか
言い出しまして。







夫がいろいろ
世話を焼きだし…






甥のことを
説得しだし…







なんだかんだで
甥と一緒に住むこと
になったのでした~♪ヽ(´▽`)/







「魔女の宅急便」でいう
オソノさんみたいになったねー。





と 夫婦で話しています(ノ´∀`*)









果たして
甥は、
歌手になるのでしょうか?







はたまた
夢破れて
九州に帰ることに
なるのでしょうか?







どうなるのでしょうね。







実は
私はこんな風に考えています。






この
物語の続きは





今  このブログを読んでいる
あなたがこの話を
どんな風にとらえているかで
変わってくると






なぜなら
このブログの記事は
私が書いたものではありますが







この記事を
読んでくださっている
あなたと共同して
創造したものだからです。







この記事は
紛れもなく
あなたの世界の創造者である





あなたが







この記事を
あなたの世界の創造の一部として
その存在を許し…







あなたの
現実の体験として





今この記事を
読んでくださっているからに





他ありません。








あなたの世界で創造された
私の記事は
あなたバージョンの私の記事です。





あなたの世界には
あなたしか存在していません。






その世界に現れるすべてが


カタチを変えた「あなた」


そのものです。








「外 」には誰もいません。





この記事に書かれているのは
あなたバージョンの私が書いている
「あなた」のことばです。








でも
この物語の着地点について
こだわる必要は
全くないんですよ。







そもそも
この話には意味など
何もないのですから









私の甥は
歌手になって
有名になるのかもしれない





だから何?





それとも
全く違う仕事が楽しくなって
全然違うことをやりはじめるかも
しれない。







でも
だから何だと言うのでしょう。





良かったね。




で済ませることもできるし






一体どうなってるんだ
散々期待させといて‼





と怒ることも出来ます。







好きなように
意味付けして
遊んでみてくださいね。








私たちは
幸せになったり
苦しんでみたりしながら







この世界を
遊んでいるのですから♪♪






私の甥自身
歌手になりたいという
ワクワクのままに
ウチに住むことになりましたが






その先
彼のワクワクの着地点について
彼自身こだわっていないそうです。








そんな甥の言葉を
聞いたとき








あ  そうだよね。





といろいろ腑に落ちたのでした。







このお話のタイトルは

「ワクワクの着地点に
こだわらない暮らし」なのですが






いろいろ腑に落ちたところの
「いろいろ」のところを





また
続きを書きますね。







今回も
長文読んでいただき
ありがとうございました☆







私の記事を
あなたの創造の一部として
いただきありがとうございます(^^)








一緒に
この世界の創造を
楽しみ、
味わって行きましょう☆






はつか








いつも ご訪問ありがとうございます。
はつかです。

早速ですが前回の続きを書きますね。



さてさて。。
May.さんのリーディングでは、


「是非周りのご友人な どにコンサルティングの
練習台になってもらい、自身がついてきたところで
、期間限定のトライアル→
口コミで広がる→コンサルティング業スタートとい
うような気負わない流れが出現していくのではと思
います。」




といった、私にとっては
飛び上がるほど うれしい
メッセージを受け取った私ですが






リアルな友人には
そこまで自己開示できていないので
コンサルティングの練習を頼めるような
友人も特に思い至らず。。。






また そういう友人をつくろうとか
今いる人間関係の中で
誰かとそういう関係を築こうということには
今のところ、ワクワクしない。。。







さてさて、
この「夢実現コンサルティングをやりたい」

という情熱のもって行き場は
どこに行けばいいのだろ~







でも
とりあえず
今は、過不足なく幸せだし
いっかぁ~







やりたいことがあるときは
必ず 受け取ってくれる人が現れる






今はその情報待ちかなぁ。。




うちの子(現在5歳)が大きくなって
そういうサポートが必要なとき
できれば それでいっかなぁ~





そういうことを
お風呂に入ってのんびり
至福に浸っているときに
考えて過ごしていた。
ある日の夜。。。






たぶん 5月の上旬ごろでした。









突然 
甥っ子から電話がかかってきたのです。








その子は
現在21歳ですが
(姉が19歳のとき、私が16歳の高校生の時に生まれた)







普段は、自分の用のある時にしか
電話してきません。









地元で国立の高専を卒業して
学校の推薦で大手企業に就職していました。









就職して1年半。。。
里帰りしてきてる様子では 
優しい先輩もいて
楽しくやってる様子でした。








珍しい人からかかってきたなぁ~
と思って電話をとりました。








私 「電話なんて珍しいね~。なんかあったと~?」








甥 「俺~今度、関東に行くことになりました~」





私「 へぇ~、研修かなんか? あ もしかして もう転勤とかあると?」







甥「いやいや 
  俺 歌手になろうと思って~
  仕事辞めて 
  関東に行こうと思っとっとやんね~」







私「はぁ~~~~~???」













まさに

無意識に
努力なく
予想外に
投げ込まれた 喜びの種でした。







自分としては




えぇ~ そこから~??



という感じで


でも 
おもしろ~い!!!


めちゃくちゃ ウキウキする~~
これかぁ~
このことかぁ~~~




と思って
ワクワクしながら
詳しく話を聞きました。




詳しいお話は
また 続きを書きますね☆彡





今日も長文読んでいただき
ありがとうございました☆



はつか