大きな病気をしている方や、ご家族にご病気を抱えていらっしゃる方がいるとき、少しでも早く治したいと思うのは人情というものですよね。できるだけ苦しみを少なく、短く、元の状態に戻りたい。そう思うのは無理のないこと。
2度のがんを経験して、その後にがん患者さんの集まるお茶会を開くようになって、たくさんの方たちのご経験を伺って、最近なんとなくひとつのことが見えてきたような気がしています。私の主観のように思えるようで、どこか大きなものから授かった万民への知恵のようにも感じられるので、今日はそのことを書いておこうと思います。
私はたまたまがんという病気に2回かかったのですが、その2回ともに大きなテーマがあったように思います。
1度目は子宮頸がんで、子宮の全摘出と、抗がん剤+放射線の術後治療を受けて大きな後遺症を抱える経験をしました。このとき私は43歳で、向き合うテーマは「女性性」でした。とても大きな困難を乗り切ることで、私は幼少期から抱えていた女性性へのねじれた価値観を修復することができたと思っています。
2度目のがんは胃と食道の間の噴門部にできました。これは外側から見るとみぞおちにあたります。これは7つあるチャクラの3番目のマニプラと言われる部分でもあり、「自信」のエネルギーが宿るところです。私は闘病からリハビリの数年を通して、感情を解放することと、自分を信じることを本当の意味で体得できたと感じています。
病気になると多くの情報が入ってきて、中には不治の病が魔法のように瞬時に治ったというようなサプリメントやメソッドを強く勧めてくださる方もいました。
私はがんの標準治療である西洋医学のメソッド(抗がん剤や手術)がその時点では最善と思ったので受けましたが、それなりに体にもダメージがあり、かなりきつい治療だったことは事実です。
もし痛みや苦しみがなく、確実に病気が治るなら、もちろんその方法を選びたいですが、残念ながらそういったメソッドは完治までの明確な道順やデータが乏しく、博打の要素が強すぎて私には選ぶことができませんでした。
そしてもうひとつ、険しい道のりを超えた経験から思うのですが、誰かがおまじないのようなもので病気を治してくれていたら、私は今の私の屋台骨ともいえる大切な学びを得ることはなかったと思うのです。
病気になるということは、長い時間をかけて積み上げられた原因が必ずあります。私の場合は感情を溜め込んでしまう癖や、何事も自分が至らないせいだと責めてしまう癖を手放す必要がありました。でないと小さな毒は毎日毎日積み重なって、最後には私の体を埋め尽くしてしまったでしょう。
腫瘍科のお医者さんの一人から「がんもあなたの細胞の一部ですよ」と言われたことがあります。その瞬間に、私のがんは負の感情や自責の念が生み出す小さな毒が体全体に回らないように、1箇所で堰き止めてくれていたのだということが、ひらめきのようにわかったのです。その時初めて、がん細胞に熱い感謝が溢れました。
この瞬間を私は体験する必要があったのだと思っています。この先の人生をもう少し生きていくために、どうしても病になって、治療を経験しなくてはならなかったのだと感じます。
治療は辛くて、先が見えなくて、光も希望もないどん底の気分になることも少なくないと思います。痛みや吐き気や苦痛は体力だけでなく気力もごっそり奪っていきます。何もできなくなってしまった自分にどうしようもない焦りを感じるのは、当たり前のことだと思います。
それでもきっとそこを通過しながら、あなたは人生で一番大切な学びを得ているんだということをお伝えしたかったのです。言い換えれば、人生で一番重要な仕事を、今あなたは果敢に成し遂げようと日々めちゃくちゃ働いているということです。
これは私が通った道のりと、時間が経った今だからこそ見えてきた視点です。たった今、がんと向き合いながら治療をしている方たちや、治療を終えて日常に戻りながらも体の変化や不安と向き合っている方たちに届けばいいなと思い、書いてみました。