TOORU(トオル)
2003年から独学でbeatboxをはじめ、2009年より、本格的にステージに立つ。2013年よりyo-yo2A元日本チャンプ山崎政和氏と、パフォーマンスユニット「BEAT POIN'T」結成。現在、広島を拠点に、パーティー、クラブ、ライヴハウスなど幅広く出演中。
2013.「AliceFirstChance」グランプリ受賞、「INDIKET13'」パフォーマンス部門準優勝。
僕がビートボックスを始めたのは、高校3年生のときです。
テレビCMで見たAFRAさんのbeatbox、かなりの衝撃でした。
【動画】
当時は、今のように情報もなくて、ただただ、耳コピあるのみ…けど、何度聞いてもわからない…
「どこで息継ぎしとるん⁈」
「なんでこんなに機械みたいな硬い音がでるん⁈」
と、もやもやするばかり…
当然、周りにもやってる人はいませんでした。
その後、ビートボックスはたいして進歩せず、高校を卒業して大阪の専門学校に一年間行き、広島に戻り就職しました。
それから数年は、とにかく仕事が忙しくて、ビートボックスなんてしてるヒマもない日々、今後もやる事はないだろうな…と思っていました。
仕事もだいぶ慣れてきた頃、会社のストレスからの現実逃避で、地元のバンドにボーカルとして所属しました。
そのとき、beatbox熱が出てきて、さっそくYouTubeで動画を見て…2度目の衝撃。
その後、初代日本beatboxチャンプとなる、すらぷるためくん。
【動画】
この動画をきっかけに、再びビートボックスを始めます。
確か21歳くらいだったかな…
下手なりに、クラブでビートボックスのパフォーマンスをさせてもらい始めたり、マイクとアンプを買って、ストリートを始めたのもこの頃。
ストリート、というと、カッコよさげですが、田舎の駅前とか、デパートの駐車場で適当にやる程度でした(^^;;
今は恥ずかしくて、よーやらんですね笑
そんな感じで、とっても地味に活動を開始。
それでも、ご縁というのは不思議なもので、つながりはドンドン広がっていきました。
しかしながら、当時は仕事が第一、趣味の範囲でしか活動していなかった事と、自分自身のスキルの中途半端さに嫌気がさして、ここでまたビートボックスをやめます。
意思が弱いですね笑
音楽は好きだったので、歌のスクールに通ったり、ギターをかじったりもしました。
でも、どれも中途半端。
その頃、病気をして、仕事も中途半端になっていました。
しばらくして、病気がピークに達して、仕事を辞めます。
そのとき、声をかけてくれたのが、現在BEAT POIN'Tとしてユニットを組んでいる山崎政和氏。
何度かコラボしていた仲だし、人柄にも惹かれて、ユニットを組みました。
それから再びビートボックス再開!笑
いろいろな方とのご縁にも恵まれ、下手なりにも、精一杯ステージ出演を繰り返すうちに、自信と、ワクワクする気持ちが蘇りました☻
同時に、この楽しさを、沢山の人とも共有したいとも思うようになりました。
海外のストリートでbeatboxしたことも、ビートボックスは言語を超えたコミュニケーションのパフォーマンスだということを確認できたし、広島beatboxer集会でも、人とのつながりの大切さを改めて感じました。
まだまだビートボックスは一般には浸透してません。
この楽しさやつながりの大切さを、一人でも多くの方と共有したいと考えています。


