結婚していた当時は共働きで、その上家事育児はすべて私が担っていました。

当然、朝起きてから夜寝付くまで食事の時以外で私が座る暇もなかったくらいでした。

その時彼が私に投げつけた言葉は

「バタバタ動くな。家に帰った時くらい落ち着けないなんて最低だ」

でした。

そういう彼は、テレビを見ていたり本を読んだり 自分一人だけコーヒーを飲んでいたりしていました。

もちろんコーヒーは自分で淹れません。

コーヒーを淹れるのも私の役目でした。

そしてそのコーヒーを飲んで彼は


「リラックスできない家で飲むコーヒーはマズい」

「落ち着きのない女が淹れるとコーヒーはろくなものじゃない」

「仕事から帰った夫のそばで疲れをいやすのが妻の役目なのにお前は全然ダメだ」


これに対して私は

「一人で家事とかしてるんだから仕方ない。そう言うんだったら手伝って」

すると彼は

「なんだかんだと言ってすぐお前はサボろうとする!」

この後にお決まりの離婚だとか主婦失格だとかいろいろ言われました。


「専業主婦のくせに使えない奴だ!」

だそうです。

共働きで生活費は半分以上私が負担していたので、

「専業主婦じゃないよ。私働いてるでしょ?」

と言うと

「働いていても、家事とか全部お前がしてるんだから、全部しているお前は専業主婦だ!」

これに対して私もいろいろと反論したように思います。

最終的には

「お前のは全部へ理屈だ。言いわけばっかり。最低な人間だ」

と〆られたと思います。


本気で彼は私を専業主婦だと思っていたのでしょうか。


未だに友人に言われることなのですが、

「あの元ダンナさんみたいな人ってそうそう居ないよね」

だそうです。

たしかに私も未だに彼と同じような人を見たことがありません。

結婚する前に気付かなかったの?とも言われますが、残念ながら気づきませんでした。

ただちょっと俺様かなと思うことはありましたが、俺様な人が全員あんな感じだとも思えません。

今でこそ草食系とか流行ってますが、私が結婚した当時からそうそう肉食系の男性っていなかったと思います。

折しもバブルの時代だったので、女性の立場の方が恋愛においては強かった時代とも言えたかもしれません。

そんな世の中の空気に反して、俺様な彼は稀有な人でした。

たしかにいろんな意味で稀有な人ではあったと思います。


結婚前はよく相手を見て・・・という言葉もありますが、やっぱり見抜くことはできなかったんじゃないかと思います。

引っかかるセリフがなかったわけでもないのですけれど。

引っかかったセリフは


「お前のいいところは俺の言うことを聞くところだ」


今考えればとても失礼なセリフですよね。

でもその当時は、従順ないい女と言われたような気持ちになってました。

その当時の私の周囲からの評価は

「生意気な女」

でしたから、新鮮なその言葉に舞い上がってしまったのかもしれません。



今いる地域は教育熱心なところで、幼稚園からお受験があります。

幼児サークルや幼児教室を経て私立の幼稚園や小学校に行く人が多いです。

私の子どもたちは公立へ行ったのでお受験を経験をしたことがありません。

ですが お受験は一種のステイタスのようです。

知人たちの中でもそういう話はちらほらあるようで、親の心構えとか親の学歴とかいろいろな話が飛び交っていました。

どういう経路かは分からないですが、彼の耳に入ったのでしょう。

お受験に関して向こうからうるさく言われたことがあります。


「子どもの受験のために結婚すべき」

「離婚は子どもに悪影響を及ぼす」

「両親が揃ってないと受験できない」


そんなの関係ないと思いますけど・・・

そもそも私立に行く予定もなかったですし、彼が私立用に養育費を支払ってくれるはずもありません。

全部断りました。

元夫はその時随分怒っていました。


「バツイチと結婚するような男を父親として連れて行っても受かるはずがない!」


そう言ってきましたが、その当時(今もですが)私に彼氏がいるわけでもありません。

それに 元夫だろうが誰だろうが私と結婚するのなら嫌でも「バツイチとの結婚」になります。


「そんな男はろくな奴じゃない」

「男を見る目がないのを自覚した方がいい」

「バツイチだからといって焦りすぎ」


いろいろ言われましたが、彼はいったい誰を私の次の夫候補として想定していたのでしょうか。

私の近くにいる男性と言えば 私の父親か当時元気だった元義父くらいです。

ですが 彼の口ぶりからは具体的な人物が頭にあったようです。

今もってそれがいったい誰なのかは分かりませんけれど。


「受験の面接には父親の存在感が重要」


と彼は主張していましたが、一度も自分の子に関心を示したことがないのにどういうつもりだったのでしょうね。

ですが ああいった公式の場所での振る舞いは彼の得意領域です。

たぶん 完璧にこなしたことでしょう。

子どもを見るプロの人にどこまで通用するかは未知数ですけど、他人から見た彼はとても評価の高い人出あることは間違いありません。

今にして思えば 彼はお受験というステージで自分の能力を証明したかったのではないかと思います。

そして十分に自信があったのでしょう。

他の知己の人たちがなかなかわが子を入れることができなかったところへ合格させることが出来る自分というステイタスが欲しかったのかもしれません。


彼の望みに反して 子どもたちは今日も楽しく公立の学校へ行っています。