なぜ私が音ゲーの沼にハマったのかを学年ごとに振り返って行こうと思います。


〜中学1年生〜

某天邪鬼系マイクラ実況者の動画を見ていたとき、その方がDeemoというゲームをプレイしているのを発見。

その方の手捌きに憧れ、Deemoを即インストールしました。

やってみると動画で見るよりも圧倒的に難しく挫折しかけましたが、Deemoの世界観や曲にハマって一日中夢中になってやり続けていました。


↑当時のリザルト


 そして某実況者の影響で2019年1月に


チュウニズムにハマることになります。

チュウニズムを初めて触れたのはアミパラ広島、今でも思い出の場所です。

 始めた当時はカードが無いと保存ができないなどと言った基本的なことも知りませんでした。

しかし、恵まれたことに当時のクラスメートにチュウニズムをやっている人が一人いました。

すぐに彼とは仲良くなり様々なこと(カードや操作方法など)を教えてもらいました。彼には今でも感謝しているし、彼が居なかったら、今もAC音ゲーを続けていなかったと思います。


↑チュウニズム1クレ目のときのリザルト


〜中学2年生〜

夏くらいまでは相変わらずチュウニズムを続けてやっていました。

 ですが私は夏にとある動画に出会いました。

その動画はオタクの格好をした人がダンスラッシュでButterflyを踊っているという内容で、当時の私には衝撃的な内容でした。こんな音ゲーがあるのか、とチュウニズムなどのセガ音ゲーしか知らなかった私の音ゲーの視野が広がりました。

そして調べていくうちにnamcoイオンモール広島府中にあることが分かり、行くことにしました。足元がピカピカと光り、凄く大きな画面がある筐体に圧倒されました。

先にやっていた人が終わりやってみました。

恥ずかしさを忘れるくらい爽快感や様々なアクションで夢中になってやりました。

 これがKONAMI音ゲーとの出会いです。



 

また2019年9月にはSOUND VOLTEXに出合いボタン音ゲー処女を卒業しました。ボルテをやり込んでいたこの時期は、よく私の音ゲーの原点であるアミパラ広島に開凸してやっていました。最終的に雷電まで頑張りました。


↑雷電を取ったときの写真


2019年11月には現在のメイン機種beatmania IIDXに初めて触れました(ふぇすたらんど可部)。IIDXを知ったきっかけは、親からbeatmaniaというゲームがあると教えてもらいDOLCE.氏のU.S.Aの動画を見て知りました。

 ですが、この頃はIIDXがあまりにも難しく継続はしていませんでした。(動画は見てた)

そして12月にスマホ版IIDXがリリースされて、曲は好きなものが多かったのでやり込みました。



他にも12月にポップンやユビート、DDR、ダンエボ、オンゲキ、maimaiなどにも触れるようになり、どんどん音ゲーの幅が広がっていきました。


↑jubeatをやっていた頃のリザルト

〜中学3年生〜

この頃(春)は新型コロナウイルスが蔓延し緊急事態宣言が発令されるなどで休校が続いていました。私はこうなることを予期していたので3月に家庭用IIDX(PS2)を導入することにしました。

その時に買ったのがGOLDで低難易度が充実していたこともあり、休校もありでどんどん上達していきました。確か5月には7段が取れていました。

そして、6月ゲーセンに行けるようになりACのIIDXを本格的に始めることになりました。


6月に6段まではすんなりと受かりましたが7段で詰まりました。そうです サファリ難民 になりました。 6月〜10月までは7段で詰まっていました。



↑スペースV1廿日市で7段初合格


それからは 11月8段合格。 2021年3月9段&10段合格。 


〜高校一年生〜

4月には中伝に合格できました。そして、様々な人と出会うことができて世界が更に広がりました。


↑ラウンドワン広島で中伝初合格


はい、完全にIIDXの沼にハマってしまいましたね。


最近ではチュウニズムなどの音ゲーをほとんどしなくなっているので、完全にIIDXに沼ハマしてます。(大丈夫かな…)


これからもさらなる高みを目指して頑張るので応援よろしくお願いします!!音ゲーのことで褒められるのが本当に嬉しくてモチベーションの維持に一番繋がっています。


今回初めて長文のブログ?らしきものを書いてみたので文章が変だったり構成がグチャグチャだったりするかもしれませんが、大目に見ていただけると幸いです。