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備忘録

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どんな選択にも一長一短あって、完璧に満足できるようになるには、自分の選択に対して責任と覚悟がいる。

 

私にはまだそれがないなあ〜って思う。

ふにゃふにゃだ。

人の心は移ろいやすい。この移り気を、確固たる目標にフィックスできたらもっと楽しく人生を歩める気がする。

苦しくても一直線は悩まない。

あれは?これは?と道を変えようとするから、どうしようと考えしまうんだ。

 

今、私は何を恐れているんだろう?

やりたいことを、やりたいときに挑戦できる時間の余裕のある生活。

でも、そのやりたいことが、つまらなくて、何かを見出せないと感じてしまったら。

私はそれが怖い。

 

でも、主体的に楽しみを見出す、ということが今の私の目標だから、ワクワクドキドキする出会いとか、創作とか、そういうものを積極的に探索したい。

 

今は安定とゆとりを手に入れ、自分の心のままに責任なく挑戦できる環境だ。

これをチャンスと捉えないと、今回の選択の甲斐がない。

 

というわけで、日々揺れながら。

自分を我儘だ・贅沢だ、なんて否定したりしつつ、今ある豊かに感謝して、一歩ずつ進みたい。

 

見出したい。

いつか私は、苦しみの中で成長するよりも、心地よさの中から成長してみたい、と望んだ。

 

それはFさんが教えてくれたことで、そういう道を選んでも人は成長できると知ったから。

 

で、私はあまり自分の心が苦しむことがなさそうな場所を選び、経済的にもまずまずなのに、悩んでいる!

(欲をいえばもう少し月給が欲しい。でも、休みも充実していて、時間の余裕もあり、こんな生活昔、は考えられなかった!)

とにかく私は悩まずにはいられない性なのか??と自問自答して、一つ浮かんだのは、思考癖のスパイラルに陥っているのでは?ということ。

 

困難を乗り越えてこそ、人は成長する。

そう思い込んだ思考は、自分にとって負荷があまりかからない状況を不足と捉える、のかもしれない。

そのような状況を選んだ自分に対して、不甲斐なさを感じてしまう。

自分が何を望むかを明確に意識できない限り、思考はそれまでの観念をベースに心を苦しめてくる。

 

今までと異なることを選び、今までと異なる捉え方をしようとするとき、ざわつく。

思考癖が見に染みて、反論してくるようだ。

 

ああ、私は成長してるのだろうか・それとも逃げているのだろうか。

たくさんの人が思う意見とは逆を選ぶとき、自分の弱さを思う。

境界の曖昧さ、自分を把握できていない覚束なさで心細くてたまらない。

この社会を生きる力が、自分のどこに在るのだろう?

世の中は声が大きい人が目立つから、その主張が一番手にくる。

何が正しく、何が誤りでもない世界で、みんなそれぞれの真実くを生きているのに優劣とか、本当は幻想でしかない。

新しい職場に望んだことは、

人間関係が良好であること。

そして自分の時間が豊かにあること。

 

今の職場はその条件を満たし、勤務に今まで感じていたようなストレスが少ない。

 

それなのに、私は自分の欲深さゆえに悩む。

この仕事で、いいんだろうか?なんて。

私は失敗や困難さを恐れて、二択の選択肢のうちから今の職場を選んだのではないか?という自分の気弱さを否定できないでいる。

つまり、自分の選択に自信がいつまでも持てないのだ。

これが、転職を機に感じた自分の最も弱い部分。

 

決断をする、ということは常にリスクがある。

そのリスクを合理の算段にかけて、今回は、自分に心の余裕が持てそうな場所を選んだ。

そして、その選択は、その意味においては正解だったと思う。

 

でも、私は本当にそれで良かったの?挑戦しなくて良かったの?

という問いが心に迫ってくる。

20代後半の転職はキャリア形成において重要だ、と言う。

それはきっとそうで、今ある機会が先にあるわけではい。

それはどんなことにも言えるけど、私は慎重すぎて、チャンスを見送りがちなのでは?なんて。そんなことを考えてモヤモヤしてしまう、悪い癖だ。

 

こんなことを考えるのは、自分が何者でもない経験もない、子供だからなんだろうって思う。

どんな仕事にも苦労があり、達成感があり、やりがいがある。それを見つける努力をまずはすべきだ。

そして仕事がある、ということ。お給料が貰える、ということはありがたいことなんだ、って感じるべきなんだ。

 

自分の弱さを知れたことは、とても大きな事件だった。

次に何かを決めるとき。

私は心に素直に、確固たる気持ちで決断したい。

こんなふうに悩むことがないように、自分を強くしていかなくては、ってそう思う。台風前夜。