~これまでのあらすじ~
現代日本に転生したマイスラオルだったが、マイダードだけ前世の記憶が無かった。
それでもなお惹かれ合うマイスラを、以前と同じように静かに見守るオルグァン。
一方ターラはマイダードの幼なじみとして転生しており、近年は悪質なストーカーに悩まされていた。
マイダードは彼氏という名目でボディガードを請け負っていたが、硫酸により皮膚に傷を負ってしまう。
それらの事情を知ったオルグァンは、スラヴィには真相を明かさないまま、ストーカー退治に協力させられる羽目になるのだった。
(17時きっかりに帰り支度を始めるマイオル)
(外回りから戻ってきたスラヴィが怪訝そうな顔をする)
スラヴィ「あれ、今日は二人とも定時で帰るの?」
オルグァン「ああ」
マイダード「……うん」
スラヴィ「なによ、いつの間にか仲良くなっちゃって。男同士はこれだから……」
マイダード「夢野さん」
スラヴィ「?」
マイダード「彼女いるって言ったけど、あれ嘘だから」
スラヴィ「え……」
マイダード「じゃ!」
(爽やかに片手を上げ、鼻歌を歌いながらオフィスを出て行くマイダード)
(その隣でやれやれといった顔をしているオルグァン)
~愛染宅~
ターラ「いらっしゃい……」
マイダード「おう鱈ちゃん。話してた通り協力者を連れてきたぞ」
ターラ「え、ええ」
オルグァン(鱈……)
(女子高生の制服姿で、二人のリーマンに向かってお茶を出すターラ)
(銀髪ではなく総白髪だったが、それが天然なのかストレスによるものなのかは、オルグァンには聞けなかった)
ターラ「愛染鱈です。今回は私のために、申し訳ありません」
オルグァン(今世でも苦労をしているようだ。気の毒に)
オルグァン「市井の同僚の、小野だ。こいつが会社の業務に専念できるようにするため、協力することにした」
(オルグァンの目をじっと見つめながら、小さな声で呟くターラ)
ターラ「……ひょうけつざん」
オルグァン「!!」
(マイダードの耳には届いていない)
マイダード「さて、顔合わせも終わったし、おれ、ちょっとトイレ行ってくる」
(パタン)
(マイダードが消えた途端、ターラの肩を鷲づかみするオルグァン)
(事情を知らない者が見たら確実に問題となる行為だった)
オルグァン「ターラ、お前……!」
ターラ「ええ。久しぶり、オルグァン。ちゃんと覚えてるわ」
(怪力に苦笑しながら告げるターラに、ほっと肩を落とす)
オルグァン「そうか、なら話が早い。スラヴィも会社で一緒だ」
ターラ「それも聞いてる……。でも、どうしてあの人にだけ記憶が無いの?」
(マイダードの消えていったドアを、心細げに振り返るターラ)
ターラ「だからスラヴィもここに来ないのね?もしかして、私のせいで……」
オルグァン「違う。ターラが転生済みだって事を、まだ話してないだけだ」
ターラ「どうして?」
オルグァン「色々とややこしくてな……」
(ガチャッ)
マイダード「お待たせ。あれ、もう意気投合してるのか?結構結構」
オルグァン(こいつは……)
マイダード「鱈ちゃん、女装セット出して」
(言われるがままに、絨毯に女物の服や化粧品をぶちまけるターラ)
(ターラの母親の若い頃のものを拝借したらしい)
オルグァン「なあ市井、やっぱりスラ……夢野にも協力してもらった方が良くないか。あいつも剣道有段者だし、何より女性だ。お前が女装するよりはよっぽどいいと思うが……」
マイダード「何で、告白する前に好きな人の力を借りなきゃいけないんだ?」
(マイダードの言葉に、驚いてオルグァンを見つめるターラ)
(目と目で会話をする)
ターラ(まさか、スラヴィの事忘れたままなのに、もう一度好きになったの?)
オルグァン(そういうことだ)
ターラ(……面倒臭い)
(ピンポーン)
(インターホンが鳴り、慌ててターラが出て行く)
マイダード「気をつけろよ」
ターラ「大丈夫、顔を確認してから開けるし……あっ」
(心配になったマイオルが背後からカメラを覗き込む)
(そこには、ターラそっくりの少年が映っていた)
ターラ「と、十音……」
トーン「久しぶりだね、鱈姉さん。あがってもいい?」
ターラ「う、うん」
トーン「初めまして、弟の米良十音です」
(仏頂面で下げた頭から、さらさらと零れる白い髪)
(美少年だが、いかんせん愛想がない)
マイダード「鱈ちゃんに腹違いの弟がいるとは知らなかったなぁ。そっくりじゃないか」
トーン「姉がストーカーに狙われていると聞いて、いてもたってもいられず。ところで、あなたたちは姉とどういう関係なのですか?」
(どうやら彼にも前世の記憶は無いようである)
オルグァン(またややこしい展開に……)
ターラ「ねえ十音、私はこの人たちと大事な話があるの。悪いけどまた……」
トーン「どうしてそうやって僕を遠ざけようとするんだ!」
ターラ「あなたが大事だからよ。危険に巻き込みたくないの、わかって」
トーン「僕はもう子どもじゃない!鱈のためなら何でもするよ!だから一緒に暮らそう!」
(マイダードの目がきらりと光る)
マイダード「……何でも?」
オルグァン「おい、まさか……」
マイダード「そうかそうか、何もおれが女装する必要は無かったな。鱈ちゃんと瓜二つの顔が来てくれたんだから」
トーン「?」
~繁華街~
(セーラー服着用で立たされているトーン)
(むすっとした顔をしているが、ターラのためと言えば断らなかった)
マイダード「今日で三日目か……」
オルグァン「そうそう現れるはずがないだろう」
(有給を取り、交代でトーンを見張っているマイオル)
マイダード「そろそろ交代だな。おれはひとまず家に……」
スラヴィ「ターラ」
オルグァン「!!」
マイダード「夢野さん!?なんでここに……」
オルグァン「時間外だが、あいつの営業ルートだ」
スラヴィ「久しぶりね。わたしのこと覚えてる?」
トーン「え?」
スラヴィ「………」
トーン「どなたですか?」
オルグァン(まずい、ターラと勘違いしてる)
スラヴィ「………ごめんなさい、知り合いに似ていたものだから。じゃあ……」
(その時、電柱の陰から黒いコートに身を包んだ人物が現れる)
(手にはスタンガン)
(よろよろした足取りで二人に近づく)
マイダード「スラヴィ!」
オルグァン「!?」
(咄嗟に走り出すマイダード)
マイダード「ここで会ったが百年目!」
(黒い背中に蹴りを見舞うと、意外に小柄な体が倒れ込んだ)
(目深に被った帽子からこぼれるストレートの黒髪)
オルグァン「女!?」
マイダード「あれ、言ってなかったっけ?」
オルグァン「……聞いてない」
(後ろから覗き込んで言葉を失うオルグァン)
(前世で戦ったことのある顔だった)
(スラヴィも女の顔を見て絶句している)
女「……また、あなたたちに会うなんてね」
(彼女は少女ではなく、女性の体つきをしていた)
(それでも、彼の体を引き裂いたこの顔を忘れることはない)
マイダード「どうしてまた、ターラを狙うんだ?」
女「羽虫はどうでもいいの。あの子を通して、また彼女に会えると思っただけ」
マイダード「……会わせてたまるか」
(女の髪を掴み引き起こすマイダード)
マイダード「今世でもまた、人間を苦しめる気か?」
(苦痛を与えられても、女は不敵に笑っている)
女「私が転生したって事は、それが許されてるってことだわ」
スラヴィ「……市井くん、いえ、マイダード。もうやめて」
オルグァン「その女に恨みがあるのはわかるが、やめろ。お前らしくないぞ」
マイダード「……」
オルグァン「後は警察に任せろ」
~マイスラオル集結~
(通報によりパトカーに乗せられていく女)
(ひとり事情が飲み込めないでいるトーンを家に送り届け)
(深夜のファミレスに集まっているマイスラオル)
オルグァン「……お前、やっぱり本当は覚えてたんだな」
マイダード「ああ」
スラヴィ「どうして知らない振りをしてたの!?」
(興奮してテーブルを叩くスラヴィを、隣で宥めるオルグァン)
オルグァン「落ち着け。他の客の迷惑だ」
(一方、座席の並びに不満そうなマイダード)
マイダード「……なんで旦那の隣に座ってるんだ?」
スラヴィ「今それ関係ないでしょ!?」
マイダード「おれだって、ずっとお前らを探してたよ。ただ、トラウマのせいか、あの女のことだけは忘れてた……それが、傷を負わされた瞬間、全て思い出した」
(シャツごしに胸のあたりを撫で、顔をしかめる)
マイダード「ターラに付きまとって芋づる式におれたちを引きずり出そうとしてたのは、予想がついてた。一見ただの女だが、もし今でも何らかの特殊能力を持っていたら……スラヴィを巻き込みたくなかったんだ」
オルグァン「おれはいいのか」
スラヴィ「ふざけないで!どれだけ気を揉んだと思ってるの!?彼女がいるって聞いて、マイダードが幸せならそれでいいって、わたし……!」
(言葉に詰まるスラヴィをじっと見つめるマイダード)
マイダード「実はそれも狙いだった」
スラヴィ「……」
マイダード「妬いてくれるのが嬉しかったし……」
スラヴィ「殴っていい?」
オルグァン「加勢するぞ」
マイダード「ちょっと待て、加勢って必要か!?スラヴィ一人でオーバーキルじゃ」
(火花が散り☆マークが乱舞する)
(砂煙の中から人間の手足や×印のマークが出る古典的表現)
~その後~
課長アーヴィヌス「えー、市井は怪我のため一週間ほど休養を取ることになった」
オルグァン「……」
スラヴィ「……」
オルグァン「電話……」
スラヴィ「ええ」
(廊下でスマホを取り出すオルグァン)
オルグァン「少しやり過ぎたか」
マイダード「いいよ、おれが悪かったんだし。ついでに手術済ませてくる」
オルグァン「何だと?費用はどうした」
マイダード「それがさ、スラヴィに事情を説明したら……」
スラヴィ『それならわたしが半分出すわよ。当然でしょ?マイダードと付き合うなら他人事じゃないんだし。安心して、もしこの先別れるようなことがあっても、お金返してなんて言わないから』
マイダード「だってさ。相変わらず漢前過ぎて、惚れ直した」
オルグァン「……で、同じく漢前のお前としては、当然断ったんだろうな?」
マイダード「え?貰えるものは貰うに決まってるだろ」
オルグァン「………」
マイダード「もちろん結婚したら返すぞ。健康体に戻ったらバリバリ働いて……」
オルグァン「普通は別れる時に返すもんだろ……」
マイダード「もう二度と別れる気は無いからな」
オルグァン「……それもそうか」
マイダード「旦那とも、だぞ」
オルグァン「おれはお前とは別れたい」
マイダード「」
~その後2~
トーン「ストーカーは捕まったし、あの変な二人組も来なくなったし、一件落着だね。また一緒に暮らそうよ」
ターラ「もう、その話はなしって言ったでしょ。いい加減姉離れしてよ……」
(弟に腕を組まれ、うんざりしながら歩いているターラ)
(目の前に、ひらひらと黒い羽が落ちてくる)
烏「カア」
(一声鳴いて、電柱から飛び去っていくカラス)
(足を止め、薄暗い空を仰ぐターラ)
トーン「どうしたの?」
ターラ「……ううん、何でも無い」
ターラ(彼女がまた今世に現れた、ということは)
ターラ(……あの人も、どこかに転生している……?)
~その後3~
スラヴィ「市井くんのお見舞いに行くので早退します」
課長アーヴィヌス「ああ。マイダードによろしく」
オルグァン「阿比野課長までその呼び方をなさるのですか」
課長アーヴィヌス「水臭いことを。私がお前たちのオフィス・ラブや定時上がりや早退を許可しているのは、何故だと思う?」
オルスラ「?」
課長アーヴィヌス「前世での私は、無能な上司だった。お前たちに無茶な特攻をさせて死に追い込み、私だけが天寿を全うした、それをずっと悔いていたのだ」
オルスラ「……」
課長アーヴィヌス「三人がこの会社に入ったのは、偶然だけではない。私は、今度こそお前たち……いや、君たちには幸せになって貰いたいと……」
オルグァン「スラヴィ、この人のことを覚えてるか?」
スラヴィ「さあ」
課長アーヴィヌス「おい!!」
~おわり~