教師が数人がかりで、ステージにあったアップライトピアノをフロアーに降ろそうとしているのだ。

 ここにいたって黒川は想い出した。

 本番でこのピアノを使うことを、運営委員会に申請してあったのだ。

「ピアノも使うか?」

「んだな。あるなら使うべ。フロアーに降ろしておいてもらうべ」

 と、深く考えることもなく、四人で話していたからだ。 

 しかし、この日に用意した楽器は

 

 シンセサイザー

 エレクトーン

 トロンボーン

 トランペット

 ホルン

 アルトサックス

 クラリネット

 フォークギター

 トライアングル

 タンバリン

 

 と、楽器屋でも開業できるほどの数があった。

 目の前には全校生徒600人がずらりと並び、我々をじっと見詰めている。

 最前列の1年生など、期待に目を輝かせている。

 幼い彼らからすれば、輝く楽器を持って華麗に登場した、素晴らしい上級生に見えているはずだ。

(そ、そんなに期待すんなよ)

 4人は緊張の頂点に達していた。

 元々は、みんなに演奏を聴かせたくてバンドを組み、謀略を使ってまで後夜祭の演奏権を獲得したのだ。

 ああ、それなのに。

 出来る曲はまったくない。それでも今から本番スタート。

(お、俺たちは見せ物じゃねえぞ。こっち見んなよ)

 不安と緊張でおかしくなっている。

 すると、視界の隅に小さな騒ぎが起こっているのが見えた。

 さて、本番のステージはどんな有様だったのか。
 当事者である筆者も、出来れば知りたいと思う。
(何を妙なことを。君が書いてるんではないか)
 と思われるかもしれないが、実は筆者には記憶がないのだ。
 断片的な光景は憶えているものの、全体としては白一色である。
 俗に言う
(もう、すべて真っ白な状態)
 だったのである。
 人間の記憶というのは便利なもので、あまりにも酷い思いをすると、その部分だけ欠落するようになっているのだ。
 我々4人は、体育館のフロアーにパイプ椅子を並べて座っていたことは憶えている。
 つまり、ステージに上がって演奏したのではなかったようだ。