MBTI診断ってありますよね。


私、まぁまぁ稀少と言われるINFJ-Tなんですよ。(日本では比較的多いらしいけど、世界で見ると少ないっていうのが笑える)



先日、YouTubeの動画で、「INFJ-Tは、虐待サバイバーや家庭環境が悪かった子がなりやすい」という言葉を目にして若干ショックだった。


んなバカなと。


もしかしたら、前に受けた無料テストが間違ってたのかも?と思って、数年ぶりにMBTI診断を受けてみた。


今回は、一問一問丁寧に考えながら解いた。昔と変わった部分もきっとある。


でも、結果はやっぱりINFJ-Tだった昇天


MBTI診断なんて訳分からんものに振り回される訳じゃないけど、もしかしたら自分のCoreを知るチャンスになるかもと思い、なぜこんなに面倒な性格になったのか深掘ることにした。


もはやINFJ-Tっていうのは、単純な「性格」というよりも「生き方の履歴」に近いものなのやもと感じるようになった。

私がINFJ-Tになった理由


私は四人きょうだいの次女。


姉、私、年子の弟、そして一番下の弟。

姉は最初の子として大切にされ、弟は初めての男の子、末っ子はみんなに可愛がられた。


「2人目」の「女の子」という微妙なポジションにいた私は、「私だけを見てもらった記憶」がほとんどない。


家庭環境が悪かったわけではない。


でも母はいつも忙しく、子どもたちの世話に追われていた。ザ昭和な父は、仕事が忙しくて休日しか会えなかった。


別に愛がなかったわけでも、放置されていたわけでもない。ただ、親を(特に母親を)独占できる時間がなかった


子どもにとって、「愛されている」ことと「愛を感じられる」ことは別物だ。私は後者の経験が、少なかったのだと思う。


幼い頃の私は、決して「いい子」ではなかった。わがままを言い、自分のやりたいことを主張し、道にしゃがみ込んで駄々をこねたこともある。親を困らせるような行動も、たくさんした。(バレエの発表会の日に母と喧嘩して、わざと下手に踊ったり)


今思えば、あれは「困らせたかった」のではなく、見てほしかったのだと思う。


自分の存在に気づいてほしかった。

子どもにとって、泣くことや癇癪は、言葉の代わりのSOSだ。


けれど、そうした行動は歓迎されなかった。

置いていかれた経験もある。そのとき私は、無意識に学んだ。


「こうすると、嫌がられる」

「こうすると、関係が壊れる」


成長するにつれて、私は方向転換をした。

わがままを言わない。

迷惑をかけない。

空気を読む。

相手の反応を先回りする。


そうすれば、親は喜ぶし、友達との関係も続いた。


私は「いい子」になったというより、

関係を失わないための最適解を身につけたのだと思う。


INFJ-Tの特徴としてよく言われる「共感力」や「察しの良さ」は、生まれつきの才能というより、こうした学習の結果だと感じている。


私は、人に喜んでもらえると安心する。

役に立てたと感じると、自分の居場所があると思える。


「いてくれて助かった」「あなたがいてくれて良かった」と言われた時が一番嬉しい。


一方で、私が深く悲しむのは、嫌われたときよりも、必要とされていないと感じたときだ。


返信が遅い。

誘いを断られる。

反応が薄い。


頭では「忙しいだけ」「タイミングが合わなかっただけ」と分かっていても、心のどこかで、こう感じてしまう。


「私は、いなくてもいい存在なのかもしれない」「私のことが嫌いだから返信したくないのかな」


この感覚は、今の人間関係だけの話ではない。

きっと、ずっと前から胸の奥にあったものかもしれない。


ここまで振り返って、ひとつ分かったことがある。


私は、愛をもらえなかったわけじゃない。

ただ、「何もしなくても大切にされる」という経験が少なかっただけだ。


だから私は、役に立とうとした。

必要とされる位置にいようとした。

それは弱さではなく、生きるための知恵だった。


今の私は、もう子どもではない。

何かをしなくても、誰かの役に立たなくても、

存在していていい場所を、自分で選べる。


INFJ-Tという気質は、傷から生まれた欠陥ではない。人との関係を大切にしすぎるほど大切にしてきた証なのかも。


そう前向きに捉えて、この気質と生きていくしかない。


「必要とされないこと」を怖がってきた私だけど、母になって「圧倒的に私を必要してくれる存在」が身近になり、いま人生で一番メンタルが安定している。


息子よ、ありがとう。