以前「読み語り」ボランティアをしていました。「読み聞かせ」ではなく、あくまで「読み語り」です。
この「読み語り」ボランティアでは、大人が聞かせるのではなく、語りかける場をつくり、自然と聞き入る姿勢を大切にしていました。

「読み語り」の講座を受けた際、先生がおっしゃられていたこと。
・あえて「こっち向いて!」などと言わず、こどもが自然と聞きいるのを待つ。...
・あまり大声を出さず、よく聞かないと聞こえないくらいの声で語ること。

講座の時、先生が実践されていて、こどもたちが自然と引き込まれていくのを目の当たりにしました。
もちろん、絵本の内容や、言葉かけの上手さもあり、その時は、私もテクニックに目が行っていました。

でも最近、この「読み語り」の姿勢は、子育てそのものなのではないかと思っています。
「聞かされる」
のではなく、語られることによって
「聞きたくなる」

こどもがやりたくなるのを待つ。

言葉では、簡単そうですが、なかなか難しい。

良かれと思って、先回りしたり
こんなこどもになって欲しいという
こちらの欲求が先に立つ。

周りに流されず
ゆったりとした関係性を
大切にしていきたい

と、今日、部活から帰ってイキイキとしている
息子を見て、改めて思いました。



 

こどもが育つ空間づくりをしています。


こどもが「育つ」

と聞いて、


そんなの、放っておいたら育つよ!

とか

どうしたら、「思うように」育つの?

とか

そんなこと、実現できるんだったら、
もうとっくにやってるわ!

とか

色んな意見があると思います。


わたしも、親となり、こどもが小さいうちは、
普通にしてれば育つものだって考えてました。


ただ、今の時代、

たくさんの情報が氾濫し

メディアやSNS、

相手の顔がみえない

実態のないものに支配され、

意識しなくても勝手に

情報が入ってくる環境におかれている



そして、ある時点では

普通であることを求められているのに

大人になると、個性的であることが評価される





学校から帰ると

塾や習い事に忙しく、

公園に行ける子でも

鬼ごっこするよりも

集まってゲーム。


家に帰っても、

やりたいことではなく、

やらなければならないこと

をこなす日々。

こども部屋に入っても、

オンラインゲーム、SNS…

カラダはそこにあるけれど。

ココロは、外にある状態。

自分のことをしっかり考え、

コントロールしている感覚がない。


公園に行っても

この遊具は事故があったから

と、多くの遊具が撤去され

まともな遊具もない公園ばかり。

そして近所迷惑になるからと

ボール遊びも禁止。


でも、本当に大切なこと

これからの未知の時代を乗り越えるためには

こどもが

自ら行動を起こせること

自身で考え

自分の道を切り拓く術を身につけること。



これを見守り、支えること

それこそが、

私たち大人がすべきことだと考えます。




こどもたちが育つ空間を

社会、

そして

家にもつくること。

大人が自分の思い通りに育てようとするのではなく、

こども自らが育つチカラを身につけること。

これこそが、

私たち大人がすべき

大切なことだと考えます。




大阪、今日は日中26℃を超えるらしい。

すっかり春。

今朝、

葉がすっかり落ちた
我が家のガジュマル
から、新芽🌱を発見。

朝から
元気をいただきました。

その形から『母の木』
と呼ばれること

そのフォルムと
力強さに惹かれ

昨年から我が家にいます。