自分が適応できなかったものの価値をおとしめない、脱価値化しない
かなめさんのこの記事『自分には、出来なかったこと、向いていなかったこと、適応できなかったこと』コロナウィルス感染拡大によってたくさんのひとたちが今まで機能したやり方がスムーズに運ばなくなった等、あれこれ模索している最中だと新聞やテレビそしてSNSの…ameblo.jpこれにはまるっと同感です。自分が適応できなかったものの価値をおとしめない、脱価値化しない、ということはとても大事。主流の規則や文化に適応できないために、自分自身の価値を周囲に(特に親や教師)に正当に評価されてこなかったという恨み。この恨みが未解消だと、ついついそれらの価値を低く見積もりたくなってしまいがち。身に覚えもあるからよくわかるんですけれどね。社会に対するその恨みや、認めて欲しかったという願望。これは、親や教師との個人の関係や体験のなかで受けた傷や痛みが関係しているので、それらをしっかりケアしたうえで、もう一度見直すのがおすすめです。個人の傷や痛み、恨みが正当にケアされると、以前はわからなかった既存の規則や文化の価値や意味がだんだん見えてきて、敬意を払うべき部分には正当な敬意を払えるようになってきます。逆に変えるべきものは、恨みや否定の動機付でなく、愛を持って関われるようになるんじゃないかな。もしくは、自分とは関係ない無縁・無関心なものになって行くような気がします。