台北に戻ってきて迎えた最初の朝
体には、まだどこか別のリズムが残っているようだった
指先は苔寺の石壁のひんやりとした感触を覚えていて
肩や背中は、粉雪の中で重心を移動させたあの果てしない白を、まだ記憶している
でも今、私を目覚めさせたのは
薄いカーテン越しに差し込む、この街特有の、少し灰がかった柔らかな光だった
書斎の中は、すべてが見慣れているのに、どこか少し違って見える
京都から持ち帰った萩焼の茶碗が、静かに机の上に置かれている
その表面はざらりとしていながらも温かく
真っ白ではなく、火と土の記憶を含んだ色合いで
まるで冬雲がそっとたたまれているかのようだ
そこにお湯を注ぐと、台湾高山茶の香りが立ち上り
茶碗の内側に触れながら、ほとんど聞こえないほどの、満足そうなため息を立てる
湯を沸かし、茶碗を温め、茶葉が開くのを待つ
そんな何気ない動作が、ふと重みのある儀式のように感じられた
京都で学んだ「間」という言葉が
この瞬間、手の中で具体的な形を持った気がした
それは、お湯を注いでから待つまでのわずかな止まり
香りが立ち上る時間と、呼吸の間に生まれる余白
本から視線を上げて、窓の外の古いガジュマルの木を見る、その一瞬の空白でもある
運動を終えた体は、激しい解放も求めるけれど
同時に、深く収束することも求めている
スキー板のエッジの感触や
温泉の石段のぬくもりは、記憶の中で確かな「もの」として残っている
そして今、体が必要としているのは
あの広がりや揺らぎを、静かな輪郭の中に収めることだ
肩の力を抜き
ペンを持つ指を緩め
手首のラインを、紙の上で自然に遊ばせる
それは雪の上に弧を描くような感覚に、どこか似ている
旅の意味は、何かを持ち帰ることではなく
帰ってきたあとに、自分の視線や呼吸を
どう置き直すかにあるのかもしれない
窓の外では、街が目を覚まし始め
車の音は、遠くで寄せては返す潮のように聞こえる
私はここにいる
この小さな静けさの中で
自分で淹れた一杯の茶とともに、ひとつの完全な朝を過ごしている
世界は相変わらず広い
けれど今のこの確かさは
一杯の茶、一筋の光、ひと呼吸の「間」の中に
自分の軸を見つけられると知っていることから生まれている
旅の揺らぎは、ここで静かに
生活の底色として落ち着いていった


