- 前ページ
- 次ページ
『平均台の上を歩むか、台の下の自由自在の大地を歩むか』
これは「作物は菌(苦難)を与えると自己防衛の為に
潜在力を発揮して成長する」と言うことです。
しかし、これは作物だけでなく、私たちに於いても同じではないでしょうか。
「苦難が私たちの潜在能力を引き出し成長させ進化させてくれる」
と言うことを「玉ねぎ」から学びませんか。
今日は「苦難、困難があっても・・」について考えます。
今までの私たちは、細い平均台の上を「落ちない」ように歩くよう教育され
その教育に洗脳されて狭い平均台のような人生を我慢をしながら
歩いて生きてきたように思いますが、皆さんはいかがでしょうか。
そして、この平均台から落ちたら「人生が終わり・・」と
思っている方も多い様に思います。
しかし、実は、落ちるとそこは「大地」なのです。
後は、この大地で自由自在に生きればいいのです。
でも、高い平均台にはなかった様々な困難や苦労が、
この落ちた大地では襲いかかってくる可能性があります。
さて、皆さんなら、どちらの人生を選びますか?
また、この二つの人生の映画があったとしたら、どちらをご覧になりますか?
平均台を可もなく、不可もなく歩く生き方をした人の映画を観ますか?
それとも、様々な困難や苦悩には満ちているが
大地で自由自在に生きる人生を歩む人の映画を観ますか?
私は迷わずに後者のほうを観たいと思いますし歩みたいです。
いや「歩んで来た」と言った方が正解かも知れません。
大地には、様々な障害物がありますが、平均台は平均台自体が障害物なのです。
あの狭い平均台の上に立っているだけでも大変ですよね。
平均台から、落ちないように我慢することは相当苦しいですし
死にそうになることもあるのではないでしょうか。
ですから、我慢するのが嫌だったら、
死ぬ気で、思い切って大地に降りてみることです。
その大地には、苦労や苦難もありますが、太陽が降り注ぎ、
たくさんの花が咲き、美しい鳥たちがさえずっています。
私たちの人生は「生きて死ぬ人生」と「死んで生きる人生」の二つです。
あなたなら、どちらの人生を選びますか?
これからの人生、どちらを歩みたいですか?
私は「死んで生きる」ような人生であるなれば、本当に死んだほうがましです。
ですから、自由に生きて・・、楽しく生きて・・死にます。
そこに、苦労や困難があると判っても、自分の意志で歩ける
自由自在の大地を「楽しい!」「おもしろい!」と声に出して歩きます。
ですから、自分の意志で自由自在に歩める大地を選びたいのであれば
「私は、生きて死ぬ人生を歩みたいから、
この台から降りて大地を自由に生きる」と口にしましょう。
そして、大地に降りたら、どんな苦難、困難があっても
「楽しい」「面白い」と口にするのです。
「言葉はちから」です。
その口にした言葉で「生きて死ぬ人生」を歩む覚悟が出来るのです。
また、目の前に起こる苦難や困難も自分を成長させる材料となって
人生を楽しむことができるのです。
すると「自分が立つ大地は楽園」となるのです。
天皇は、記者会見で長女、愛子さまのことにも触れましたが
子を思う親の想いは、私たちと同じだと思いました。
また、今日は「ふ(2)じさん(23)」で『富士の日』です。
富士山は2013年に世界遺産に登録されましたが「自然遺産」ではなく
「文化遺産」として登録されています。
「富士山」が自然遺産でなく文化遺産とは以外と思いませんか。
『完璧を待つのではなく、いい加減でいいから始める』
これは、富士山は美しい山ですが「美しい」だけでは、他にもあることや
登山者の増加で自然破壊も進んでいるために認定が難しいとの判断になり
「信仰の対象と芸術の源泉」としての価値を打ち出すことで認められました。
「信仰の対象」は理解できますが「芸術の源泉は、なぜ?」と思いましたが
浮世絵の題材とした使われたり、ゴッホやモネなどの印象派の画家に、
大きな影響を与えたことが理由の様です。
このことから、私たちが目的を達成する為のアプローチ方法には
正面突破だけでなく違う方法もあると言うこと。
また、多くの人に影響を与えられる存在であることが大切だと
言うことを学ぶことが出来ます。
今日は「アプローチ方法」について考えます。
「Don't is better than Perfect (完璧より、実行を・・)」
これは、Facebook(現、Meta)の本社オフィスの壁に掲げられている言葉です。
「完璧より実行」
これは、行動を起こす上で大切な考えです。
皆さんはいかがですか?
口にはしませんが、心の底では「楽して簡単に成功を手に入れたい」と
思っている方が多いのではないでしょうか。
では、もし「楽して簡単に成功が手に入る方法」があったらとしたら
みなさんは、知りたいとは思いませんか?
実は、あるのです。
それは・・
「いい加減」で良いと言うことです。
いや「いい加減」が良いのです。
多くの人は「そんな、馬鹿な!!」と思われるでしょうが
本当に、それで良いのです。
いや、それが良いのです。
私たちが「何か」を成すには、必ず「行動」がすることが必要です。
「行動」なくして「成果」は得られることはないからです。
ところが「完璧主義者」の方は、条件が揃わないと
行動できないケースが多いのです。
私に言わせれば、非常に勿体ないです。
例えば「もっと立派な人間になったら彼女に告白しよう!」
「もっと収入が増えたら、プロポーズしよう!」
と思っている方は、いつまで経っても告白できないでしょう。
いや、プロポーズすることも無理でしょう。
「まだまだ未熟でも良いじゃないですか?」
「今の収入でも良いじゃないですか?」
自分の気持ちを「言葉」にして「告白」してみましょう。
「プロポーズ」してみましょう。
もしかすると「今の貴方が好き!!」と言ってくれるかも知れませんし
貴方の「プロポーズ」を待っているかも知れません。
だって、上手くいったら「ラッキー」ですし
上手くいかなかったら、上手くいかなかったで
アプローチの方法を変えれば良いだけのことです。
或いは、それを励みに更に頑張れば良いのです。
この様に、私たちが行動を起こす場合に
「最初から完璧を目指す必要はない」のです。
失敗を恐れすぎると「チャンス」を失ってしまうことになります。
それよりは、行動して「望む結果を得られなかった」なら
それは「こうすれば、上手く行かない」という発見をしただけですので
アプローチの方法を変えれば良いのです。
私は、セミナーなどで「40点でいいから始めよう」と言います。
それは「やってみないと・・」と、何が問題で・・
何が正解なのか・・、分からないからです
やってみて「間違っている」と気づいたら、アプローチの方法を変え
軌道修正すれば良いだけのことです。
すると、いろんな体験ができて、自分の能力の枠が広がるのです。
ですから「楽して、簡単に成果を上げる方法」とは
「完璧を待つ」のではなく「いい加減が丁度いい加減」なので
「よし、いい加減でいい。40点だから始めよう」と口にしましょう。
「言葉はちから」です。
その口にした言葉で、先ずは行動する人になるのです。
そして、望む結果が得られなかったら
アプローチの方法を変えて「完璧」を目指すのです。
その完璧を目指す姿こそが、自己成長であり本当の成功なのです。
ですから、真の成功を目指したかったら
「言葉のちから」を信じて
「よし、いい加減でいい。40点だから始めよう」の言葉を口に
先ずは「行動する人」になりましょう。
そして、望む結果が得られなかったらアプローチの方法を変え
多くの体験を積み重ねていきましょう。
その体験を積み重ねて完璧を目指しましょう。
すると、真の人生の成功を手にすることになるでしょう。
『誰もが、人の役に立ち、この世に必要な人間である』
昨夜、北京冬季五輪が閉会しましたが、日本は、冬季大会で最多の
メダル18個(金3、銀6、銅9)と数々の感動を私たちに与えてくれました。
今回も、スポーツの持つ人の心を動かすパワーを感じさせて頂きました。
しかし、反面、いろんな問題が多かった大会でもありました。
その一つがスキージャンプ高梨沙羅選手のスーツ規定違反問題でした。
一時は、引退も匂わせたので、彼女の才能が閉ざされるのかと心配しましたが
「たくさんの方々が純粋に喜び合えるスキージャンプという
素晴らしい競技の場に立つために、
現状を鑑(かんが)みて前進していきます」と言って
W杯に向けての活動を再開したようで安心すると共に嬉しいです。
スポーツの魅力は、自分が楽しむことで多くの人に喜んで頂くと共に
感動を与えることが出来ることです。
私たちも、自分の仕事を楽しみながら、人にも喜んで頂き、
感動を与えていきたいと思います。
今日は、ある感動の話をご紹介させて頂きます。
オリンピックでは、どのアスリートたちも、みなキラキラと輝いていましたが
彼らは、スポーツを通して、勇気と感動を与えることが
自分たちの役割だと知っているからです。
ところで、皆さんの周りで、イキイキと輝いている人は、どんな人ですか?
オリンピックのアスリートではありませんが、自分の役割に気づき
まるで金メダリストのように輝いている女性がここにいます。
彼女の手料理の味は、とても素晴らしいものです。
彼女は先天性脳性マヒを持って生まれました。
言葉もほとんど喋れません。歩くのも大変です。
指も、左右1本だけ伸びていてあとはカチカチです。
生まれた時から、たくさんのものを奪われて生きていますが
先天的な素晴らしい舌を持って生まれたんです。
彼女は、動く1本の指で、いろんな料理を作ります。
そして、家族の為、時々訪れる人の為に食事を作っていました。
あるとき、彼女の料理を食べた人が、その味に感動しスカウトしました。
その方は、問題を抱えた子達(引きこもり、ウツ等)を集めて、
北海道で大きな農場を営んでいます。
その集団生活の中では、もめごとが絶えず言い訳も多かったのです。
その人は、重度障害を持った彼女に三度三度の食事を担当してもらう事で
言い訳ばかりしている彼らに気づかせようとしたのです。
スカウトされた彼女は、ポロポロと涙しながら・・
「この私に役割をくれるの?」
私はこんな体に生まれた小さい時から、何のお役にたつこともできなかった。
この体なので、小さい時から、お母さんを何度も恨んだ。
お母さんは、その度に「あんたは意味がなく生まれてきたんじゃない。
お前には、お前の役割があるんだ」と言っていました。
だけど、私にはそのことが理解できなくて、何度もお母さんにくってかかった。
そして、やっと出会った私の役割。
「これからの人達のために、この体で役に立つことであれば北海道へ行きます」
そう言って九州から誰一人知り合いがいない北海道へ、
そこの土となる覚悟で旅立ちました。
彼女の存在で、問題を抱えた子たち全員の心にスイッチが入って
今では言い訳を言わなくなり素晴らしい農作物を作ろうと励んでいます。
皆さんは、彼女の想いと行動をどう思いますか。
「人は役割で輝く」という言葉をよく 耳にしますが
「まさにその通りだな」と思います。
「自分も人の役に立ち、この世で必要な人間なんだ」と
感じられるからこそ輝くのではないでしょうか。
このように、誰の人生にも・・、
どんな人生にも、産まれてきた意味はあるのです。
ですから、何があっても・・、
そして、どんな境遇であっても・・
「これには意味がある」
「これが私の役割」と自分自身に語りかけましょう。
『「生き様」は、誰でも次の世代に残せる最高の財産』
昨日、北京五輪のフィギュア女子フリーが行われ、ドーピング疑惑の
ワリエワ選手が出場しましたが暫定4位になりました。
その結果、坂本花織選手が暫定銅メダルになりました。
しかし、今回の件では、大人たちの思惑によって振り回されている
15歳の少女の心の傷と出場した参加選手の心境を思うと涙が出ます。
五輪が、国や特定の団体に振り回されないで、純粋に磨いた技を競うだけの
スポーツの祭典であって欲しいと私は思います。
また、昨夜は『ZOOM親子塾』を初めて開催し10数名に参加頂きましたが
残念のことに子供の参加はありませんでした(笑)
これも、先ずは「自分が確認してから」という大人の事情からでしょうか。
内容は、子供と一緒に社会の仕組みを知って頂き、実社会で役立つ知恵を
身に付けて「生きて死ぬ人生」を送って頂こうというものです。
塾の中で「私たち大人が子供たちへ残せる財産は、私たちの生き様です。
これは、金持ちだろうが、貧乏だろうが。有名だろうが、無名だろうが
誰にでも残せる一番の財産です」と話させて頂きました。
参加者からは好評だったので、次回は子供たちの参加を期待したいと思います。
今日は「次の世代に引き継ぐ財産」について考えます。
「語る人貴し 語るとも知らで からだで語る人 さらに貴し
導く人貴し 導くとも知らで うしろ姿で導く人 さらに貴し」
これは『一人のために』という詩集の中にある
安積得也(あずみ とくや)さんの『うしろ姿』という詩です。
「からだで語る人さらに貴し。うしろ姿で導く人さらに貴し」とある様に
言葉よりも行動で導くことの大切さを表した詩ではないでしょうか。
石川真理子さんの著書『武士の子育て』にも次の様な一節がありました。
子弟の教育には、父兄たる人が、読書・手習い、および学業や運動など
怠ることなく自ら執り行うようにすべきである。
すべて幼少の者は、どんなことでも人真似をする。
その中にも、天然の血筋にて、父兄は特別でほかに並ぶ者がないとまで思う為
何事も父兄の所業を手本にするものだ。
すると、子弟は自然に八徳および学業や運動をも身につけ覚える。
叩いたり叱ったりすることなく、身を以て子弟を導くことになる訳で
これを徳行というのだ。
この様にすれば、わざわざ厳しく戒めたりせずとも子供は素直に従うものだ。
特に教えたわけではないのに、気づいたら子供が親とそっくりな仕草を
するようになっていたというのは、実によく聞く話です。
子平は「子供にとって父親はほかに並ぶ者がないほど特別な存在だ」
としていますが、家庭の中にある幼い子にとっては、
親が世界そのものといっても過言ではありません。
自分が子供にとって世界そのものだということは、
その責任の重さもさることながら、
一方で親としての喜びこれに勝るものはないでしょう。
ある人から「最も尊いのは後ろ姿で導く人だ」ということを
一篇の詩を通じて教えていただいたことがありました。
(中略)
言葉で教え諭すことは親と子のコミュニケーションにもなり
説得力は増すでしょう。
しかし、特に子供の教育ということを意識することなく、
親自身が喜びを感じながら体を鍛えたり、
様々なことを学んでいたとすれば、子供は学んだり鍛えたりすることは
とても楽しいことなのだという感覚を、自然と抱くことになるでしょう。
まさに「導くとも知らず、うしろ姿で導いている」ことになります。
(『武士の子育て』より)
私も、いろんなセミナーを開催して思うのは、
「人は、人から言われてもやらない」と言うことです。
特に「子どもは、親の言うことはきかないが
親の後ろ姿は見ている」ということです。
最近「後継者がいないので廃業」と言う話が社会問題になっていますが
これは、親(事業主)が自分の仕事を楽しんでいないからです。
親(事業主)が、自分の仕事に誇りを持って楽しんでいたなら
「あとを継ぎたい」と言う方は、必ず現れるはずです。
そして、それが次の世代に残せる最大の財産となるのです。
ですから、子供たち(次の世代)に、何かを引き継ぎたいと思ったら
「やりなさい!!」「やると得するよ!!」などと説教するよりも
自分の仕事に誇りを持って「これ楽しい」「面白い」
「これが私の自慢」と言って楽しんでいる後ろ姿を魅せましょう。
また、自分自身には「私は、生きて死ぬ」と誓いましょう。
「言葉はちから」です。
その口にした言葉に人は心を動かし、真似をしたくなるのです。
また、自分への誓いの言葉で、活き活きとした
輝く毎日を送ることが出来るのです。
すると「私も、やりたい」と言って後に続く人が現れるのです。
そして、それが、私たちが次の世代に引き継ぐ最高の財産となるのです。
私たちが、誰でも次の世代に残せる最高の財産は「生き様」であり
その財産は、人に奪われることもなく相続税も掛かりません。
だから、今日も・・
「言葉のちから」を信じて
「楽しい」「面白い」「これが私の自慢」の言葉と
「私は、生きて死ぬ」の言葉を口に、毎日を活き活きと輝いて生きましょう。
すると、後に続く人が現れ、人生最高の財産を引き継ぐことができるでしょう。



