他の隊士によって次々と行燈の灯りが消されてゆく中、沖田さんは近藤さんの後を追い二階へ向かい。近藤さんが襖を開け、いつもの掛け声を発した途端、斬りかかって来た浪士らを次々と斬り払って行ったという。


「そんな中、暑さのせいもあったのでしょう。近藤先生から二階を任された後、急に胸が苦しくなり…集中せねば殺られると思いながらもその時の私は、相手の太刀を交わすので精一杯でした…」


次々と、窓辺から飛び降りたり、一階へ逃げてゆく浪士らを気に掛けながらも、とうとうその場に頽れてしまった沖田さんは、後に二階へ上がってきた永倉新八さんにより救出されたのだそうだ。


「…自分が労咳に侵されていたとは、夢にも思っていませんでした。いや、そんなことよりも、あの時は無我夢中でしたから…誰を斬って誰を捕縛したのか分からないままで…」

「新撰組からすりゃあ、任務だったんだ。しかも、見回り組 や奉行所の奴らより先に動かないといかんかったがやろ?」

「その通りです。あの方々から“田舎侍”と、言われる度に何度刀に手を掛けたことか…」


沖田さんは、龍馬さんの問いかけに頷いて、瞳を細めながらまた静かに口を開いた。


「近藤さんたちと共に京へと赴き、壬生浪士となった私達は剣客集団としての地位を固めて行き。後に、新撰組と改名してからは更に、活動の幅を広げてゆくことになりました」


けれど、本来ならば味方である、奉行所や見廻り組から目の敵にされていた新撰組は、そのやり場のない怒りを長州や、土佐に向けていたところもあったと言う。


「ですから、敵である長州藩士や土佐藩士らを斬ることに、なんの躊躇いもありませんでした。けれど、今は…」


苦しげに呟く沖田さんを見つめる龍馬さんの瞳が、また柔らかく細められる。


「もうえい。沖田くんも気にするな…」

「………」

「正直、仲間が新選組の手によって命を落としたことを知った時は、腸が煮えくり返る思いやった。やはり、新撰組はただの人斬り集団ながと、今すぐ攻め入りたい気持ちを抑え込んじょったが…」


それでも、誠の旗の下で生きてきた新撰組の理念も分からんこともない。と、言う龍馬さんに、沖田さんが泣き笑いのような表情を見せた。その時、「そうだな。今なら、割り切ってやらないこともない」と、いうあの人の声に全員が視線を送り、少し驚愕したような声でその人の名を口にした。


いつからこちらの話を聞いていたのか、ブラックデニムに黒T姿で現れた高杉さんは、「待たせたな」と、言ってバッグや上着などが置かれているソファーに自分の荷物を置いて慶喜さんの隣に腰掛けると、近寄って来たウエイターに生ビールを注文した後、テーブルに肘をつきながら沖田さんを見つめた。


「もう、あの頃の話で盛り上がっているのか?」

「ええ…」


高杉さんの問いかけに沖田さんが苦笑交じりに頷くと、今度は、慶喜さんが楽しげに言う。


「その為に、今夜は集まったんだ」

「ま、そうだろうとは思っていたが」


次いで、高杉さんの、あの頃と変わらぬ雄々しい眼差しが龍馬さんに向けられた。


「聞きたいことが山ほどある…」

「おう、何でも聞いてくれ」



やがて、運ばれてきたビールが高杉さんの前に置かれ、また去ってゆくウエイターを見送った後、今度は俊太郎さんの一言により、私が乾杯の挨拶をすることになった。


まず、高杉さんに労いの言葉を掛けようとして、小野さんにも関わらず高杉さんと言ってしまってから、思わず口を抑え込んだ。


「ごめんなさい。小野さんでしたね」

「お前の呼びやすいように言えばいい」

「あ、じゃあ…高杉さん…」


それそれグラスを持ってもらい、改めて高杉さんに労いの言葉をかける。


「忙しいのに、足を運んで下さってありがとうございました。解散まで、食べて飲んで、楽しく過ごしましょう」


先程と同じように、「乾杯」と、言って思い思いにグラスを傾け合っていた。その時、再び慶喜さんの携帯が鳴った。


「土方くんかな?」


先程と同じように少し離れた場所で話し始める慶喜さんを横目に、ビールを飲み干し、微かな吐息を漏らす高杉さんの、飲みっぷりを見て思わず懐かしさでいっぱいになった。次の瞬間、


「何を見惚れている」

「え…」

「俺に乗り換えるか?」


不意に掛けられた言葉とあの、色っぽい流し目にはっとして、思わず高杉さんから視線を逸らすと隣で俊太郎さんの、溜息交じりな声を聞いた。


「その自信はどこから来るんや…」


少し呆気に取られたような俊太郎さんを見て、右隣に腰掛けている翔太くんと顔を見合わせ苦笑し合う中。高杉さんは、私と俊太郎さんを交互に見やり、


「はっはは、冗談だ。そんな顔をするな」

「相変わらずだな。高杉さん…」


豪快に笑う高杉さんを横目に、翔太くんは苦笑したまま私に呟いた。


そして、戻ってきた慶喜さんから、土方さんもすぐ近くまで来ているとの報告を受けると、今度は龍馬さんがビールを飲み干し、「見惚れる、か。あの頃、○○に会いとうて暇さえありゃあ島原へ会いに行っもんだ。お前らもそうやろう?」と、私以外の人に同意を求めるような一言を投げかけた。


その一言に嬉しくなって、素直に感謝の想いを返すと今度は戻って来た慶喜さんが、「俺も、その可愛い笑顔と、優しくて頑張りやなところに惹かれていたんだよね」と、言って椅子の背に凭れながら秋斉さんを見やった。


「け、慶喜さんまで…」

「あれ、冗談だと思っていたのかい?何度も伝えたのにねぇ」


一気に頬が熱くなってゆくのが分かる。次いで、料理に手を伸ばしていた秋斉さんも、「知らぬは本人のみ、ゆうことやね」と、その視線を沖田さんに向ける。


「全くです。見かけによらず鈍感なところがありますからね、○○さんは」

「沖田さんの言う通りです。こいつは、はっきり言ってやんないと伝わらない時があるんですよ」


秋斉さんからの視線を受けて、微笑みながら言う沖田さんに翔太くんが苦笑交じりに言った。そんな二人に少しふくれっ面を返すと、続いて高杉さんの少し呆れたような声を聞いた。


「やはりそうだったのか」


(…ん?)


「まぁ、今夜は無礼講だからな。古高殿も大目に見てくれるだろう」

「あの、それってどういう…?」


意味が分からずきょとんとする私に、俊太郎さんは困ったように微笑んだ。高杉さんは、そんな私達のことなど気にも留めずにすっくと席を立つと、荷物が置かれているソファーへ向かい、何かを手に戻って来た。


「もしや、そりゃあ三味線か?!」

「ああ。撮影用に京で購入したものだ」

「まさか、お前の三味線が生で聴けるとはな」

「物心ついた頃にはもう、手にしていた」


高杉さんは、嬉しそうに言う龍馬さんに答えるとカバーを外し、窓辺に設置されているソファーに腰掛けると、「あの頃を想い、一興」と、言って弦を見つめながら何度か試し弾きを繰り返し、曲を奏で始めた。


(これは、よく高杉さんが気に入って奏でていたあの曲…)


その音色は、か細く、時に地吹雪を思わせるような力強さを感じる。あの頃も、高杉さんの奏でる音は、透き通っていてかつ、妖艶な雰囲気を醸し出していた。


目蓋を閉じれば、浮かんで来るのはお座敷での自分と彼らで…


笑顔ばかりでは無く、時に、悲しげな顔も沢山目にして来た。そんな彼らの前で、私はただ、どんな時も笑顔でいようと努めていた。それが、私に出来る唯一のことだと思ったから…


(懐かし過ぎる…)


みんなも、思い思いに聴き入っている様子で。一曲終った後、拍手をしながらもう一曲お願いしようとした。その時、「あ、土方さん!」と、言う沖田さんの歓喜の声にそれぞれが出入口へ視線を向けると、黒い革ジャンを脱ぎ、荷物置き場と化しているソファーの背に掛けている土方さんの凛々しい姿を見とめた。


「お疲れさま、土方くん。待っていたよ」

「………」


にこにこしながら言う慶喜さんに土方さんは一瞬、小さな溜息を零しながらこちらへゆっくりと歩みを進める。


「あんたからそう呼ばれると、何故かむかつくのは俺だけか?」

「遅かったな。土方さんよ」


その間、高杉さんからも野次が飛ばされる中。一瞬だけれど土方さんの鋭い視線が俊太郎さんに向けられたような気がして、すぐに俊太郎さんを見やると、いつもの柔和な微笑みと目が合った。


(笑顔なのが余計に気になるなぁ…)


と、その時、「ここ、空いていますよ」と、楽しげに言う沖田さんの声に再び視線を土方さんへ戻す。


「ここしか空いてないだろうが…」

「あはは、そうですね」


土方さんは、沖田さんの隣に腰掛けながら、にっこりと微笑んだままの沖田さんに少し呆れたような微笑みを返した。


「私が隊を離れてからのことを、余すことなく話して頂きたかったので」

「今更そんなことを聞いてどうするんだ」

「ま、ドラマを観続けていればやがて描かれると思うのですけれど…」


土方さんの口から聞いてみたかったのです。と、言って沖田さんは少し伏し目がちに瞳を細める。土方さんは、そんな沖田さんを見やり、再びやって来たウエイターに生ビールを頼むと前髪を整えながら言った。


「お前の気の済むまで話してやる」

「…ありがとうございます」



それから、土方さんの分の飲み物が揃った後、今度は慶喜さんから乾杯の挨拶があり、私達はまた口ぐちに「乾杯!」と、言い合いながらグラスを合わせた。


未だに多少のぎこちなさは否めないけれど、あの頃の尊い時間を取り戻そうとするかのように話し始める彼らの嬉しそうな笑顔を見て、微笑まずにはいられなかった。


でも、私にはまだ受けとめなければならない現実がある。



『すまねぇが、今回ばかりは聞くことは出来ない。あいつのことは諦めろ』



拷問部屋から叩き出され、見上げた先で目にした土方さんの、冷徹な眼差しを思い出す。


(土方さんからは、どんな想いを聞くことになるんだろう…)


そんなことを思いながら、既に何かを話しこんでいる土方さんと沖田さんを見やっていた。その時、俊太郎さんの囁くような声が私の耳元を掠めた。


「長い夜になりそうやね」

「…そうですね」


すぐ傍にある優しい眼差しを受け、改めて、沖田さんと話している土方さんを見つめた。





【第34話へ続く】




~あとがき~


今回もお粗末様でした汗


こっからがまた、高杉さんと土方さんも含めて盛り上がってくるのですけど、長くなってしまったのでこの先は次回ということであせる


酔っぱらった彼らから、さらに本音トークが出始める??って、何人かは酔わすつもりですww


誰を酔わせようか( ´艸`)


余談ですが…

最近、私の描く龍馬さんに惚れて下さる方が増えてきて、嬉しいっす(笑)



あとちなみに、調べていて良い感じのHPを見つけました!


坂本龍馬人物伝HP

↑坂本龍馬や、倒幕派志士らのことが詳しく書かれていました!


池田屋事件(新撰組)HP

↑思わず、「なるほどぉ!」と、思いました(笑)


今回も、遊びに来て下さってありがとうございましたラブラブ!