【前回のあらすじ】


幕末時代へタイムスリップしてから、翔太と共に旅籠屋で働くようになった春香。その生活に慣れ始めたある日の午後、京の町を散策していた春香は偶然、沖田総司と出会ったのだった。


※艶がのキャラは登場しますが、艶がとは別のオリジナル物語になっています。そして、今回は殺陣シーンがありますので苦手な方はご注意ください!


1話 2話


【桜花舞う空を見上げて】


第3話 「柔術と剣術」


「春香さん」

「はい?」

「私の言う通りにして下さい」


早口で囁き合うと、沖田さんは刀の鞘に手を滑らせ私を壁に追いやるようにして前に立ちはだかった。


狭い路地裏。

今まで感じたことの無い殺気。


(五人、いや…六人…)


一人、二人と刀が抜かれじりじりと迫り来るのを感じながら、刺客であることに気付いた私は、いよいよ刀を抜き払った沖田さんの背中に声を掛ける。


「沖田さん…」

「…すぐにこの場を離れるように」



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



その直後、沖田さんは私から少し距離を置くと、向かってきた相手の一刀を軽く跳ね上げ、袈裟懸けに斬り捨てた。


(えっ…)


次いで、背後からの一刀を半身で交わし、すれ違いざまに刀を寝かせた状態で相手の胴を一刀した。


(す、すごい…)


目前、瞬時のうちに三人の浪士らが声も無く崩れ落ちる様を目にして、思わず目を見開いたままその場に佇んでいると、


「早く!」

「は、はい…」


低く抑えたような声にハッとなって、私はすぐに路地から抜け出すと、壁伝いに息を殺しながらその様子を見守った。


(…これこそ、本物の…沖田総司の剣…)


残された男達は、少し狼狽しながらも切っ先は沖田さんに向けたまま。沖田さんは、襟元から取り出した懐紙で切っ先を拭い去り、再び構え直して向かって来る浪士らと切り結ぶ。


そんな見事な殺陣型に目を奪われていた時、


(…!!)


背後から何者かに羽交い絞めにされ、腕を取られた状態で気が付けば喉元に小刀の切っ先が付きつけられていた。


「ちょっ…」

「動くな」


(マズイ、どうしよう…っ…これじゃ、思うように動けない…)


心臓が飛び出そうなほどの恐怖に耐えながら、何とか得意の柔術で対抗しようとするも、男の怪力には敵わず全身の力が抜けて行くのを感じた。


刹那。


般若のような眼で素早く三人を斬り捨てると、沖田さんは再び懐紙で刀の血を拭き取り、納刀しながらゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。


「卑怯な真似を」

「…沖田」

「私に敵うとでも」

「黙れ、黙れ、黙れ!」


徐々に荒くなる男の息遣い。

それと同時に、切っ先が喉元に触れて気を失いそうになる。


(なんとかこの腕を解くことが出来れば…)


私は、沖田さんの平然としながらも冷徹な眼を見つめながら、ただひたすらその隙を窺っていた。


「娘を離せ」

「その前に、刀を置け。二刀共に」

「………」


(…駄目、そんなことしたら…いくら沖田さんでも…)


そんな想いとは裏腹に、沖田さんは脇差さえも腰から抜き去ると、それらをそっと地面に置いて再び鋭い眼差しでこちらを見やる。


(沖田さん…)


じりじりとその場を後退する沖田さんの足元を見つめていたその時、一瞬の隙を得た私は、相手の腹に肘鉄を食らわした。


それと同時に腕から解放され、よろよろと前へ跪いた瞬間。


男は腹を抑え込みながらも、小刀を放って腰元の刀を抜き払い。沖田さんは素早く刀を抜き、振りかぶって来た男の肩を峰打ちで薙ぎ払った。


「命が惜しくば、二度と私に刃向わぬことだ。盟友らにも伝えておけ」


沖田さんは、苦しそうに蹲る男に剣先を向けたまま冷たく言い放ち、血のりを振り払って納刀した。その眼は妖艶に細められ…


強く、美しかった。



「御怪我はありませんか」

「…は、はい」


こちらへ近づいて来る沖田さんを見やりながらも、悔しそうにひれ伏している男の手が刀に伸びた事に気付き、


「沖田さん、後ろ!」


(危ない!)


咄嗟に、声を掛けて間もなく。

刀を抜き放ち、半身が翻った時に靡いた沖田さんの袖先が私の頬を掠め、


「ぐっ」


その剣先が、相手の剣よりも先に腹部を貫いていた。


(…!!)


抜かれた切っ先から滴り落ちる血と、声も無く頽れる男の姿を目前にして、改めてこれが現実であるということを思い知らされる。


「そんな……あっ…」


震える声を発しながら思わず口元を押さえ込むと、沖田さんは私に背を向けたまま、その男の袖で刀の血を拭い去り言った。


「己の身は己で守る」

「…っ…」

「そう、習いませんでしたか?」

「…そう…でした…」


納刀し、また何事もなかったかのように歩き出す沖田さんの背中を追いかけるようにして、一歩後ろをついて歩き始める。


(…これって……全部、現実なんだよね…)


初めて真剣で命を落とす人達を目にして、咽返りそうなほどの息苦しさを感じた。


「何故、すぐに大通りへ逃げなかったのです」

「ごめんなさい。でも、」


あまりに素晴らしい殺陣に目を奪われて、その場を動くことが出来なかったことを告げた途端、沖田さんは厳しい表情で声を抑えるように言った。


「無謀過ぎる」

「………」

「貴女の腕がどれ程のものか分からないが、一歩間違えば命は無い。それに、むやみに素性を露呈せぬことです」

「…はい」


沖田さんの言う通りだ。

真剣での実戦なんて経験があるはずもなく、刀を突き付けられて舞い上がってしまっていた。


(情けないけど、何もできなかった…今の私は、ただの未熟者に過ぎないのか…)


そんな風に落ち込みながらも、後に家中の者に処理されるであろう斬られた浪士達を弔い、ただ無言で歩き続けた。



それから、しばしの沈黙を経て。

最初に口を開いたのは沖田さんの方からだった。


「ところで、貴女の流派は?」

「え、流派…あ、北辰一刀流ですけど…」

「なるほど、納得です」

「え?」

「いえ、何でもありません」



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



この時の私はまだ知らなかった。


沖田総司を含め、近藤勇や土方歳三らが天然理心流であることに対し、山南敬助や藤堂平助らが北辰一刀流であることを。


剣道を嗜んでいる者として、自分の流派に関しては勉強していたのだけれど、同じ北辰一刀流である坂本龍馬以外の歴史上の人物らが、どの流派に所属していたなんてことは全く知らなくて…。


この流派が原因で、後に一波乱起こることなど知る由もなかったのだった。



 ・


 ・


 ・


その後は、とてもじゃないけれど町を散策する気になどなれず、他に目的も無かった私は、引き続き沖田さんに付き添われながら四国屋へと急いだ。


本来なら、あの沖田総司と一緒にいるのだからとっても嬉しいはずなのに、時折見せる冷めたような視線が気になり、一刻も早くその威圧感から解放されたいなどと思っていた。


(…何かまだ、私に聞きたいことでもあるのかな?)


そんな風に思いながら、近くの路地裏に差し掛かった時だった。


「すまんちや、通してくれ!」

「!?」


背後から私と沖田さんの間を割り入るようにして、ものすごいスピードで追い越していった男性の背中を見やる。


「え?!」


次いで、背後から迫り来る殺気を感じ、二人同時に間合いを置きながら振り返ると、行商人らしき男性が沖田さんに耳打ちをし、あの男性を追い掛けるように走り去って行った。


(沖田さんのことを知っていたという事は、あの人も新選組の誰か?)


「…またですか」


溜息交じりに前方を見つめるその眼が、一瞬、訝しげに細められた。私はまたぞくりとした何かを感じ、すぐに言葉を探し始める。


「い、今の方も新選、じゃない…壬生浪士ですか?」

「そうです」

「あ、そ…そうですか…」


(…そっけないのは何故だろう。私、なんか不味いことでも言ったのかな…)



それからしばらくして、四国屋まで送って貰った私は、改めて沖田さんにお礼を言って来た道を戻り行く広い背中を見送り。


次いで、玄関から少し離れた土間へ腰掛けながら大きな溜息を漏らした。


思わず漏れた溜息から、自分がどれだけ緊張していたかが分かる。そして、改めて激動の幕末時代で息をしているのだという現実を突き付けられたのだった。


(今までやって来たことの半分の力も発揮することが出来なかった…)


そんな風に落ち込んでいた時、


「どうしたんだこんな所で…」

「え…」


背後からの声に振り返ると、結城くんの柔和な微笑みと目が合い、


「具合でも悪いのか?」

「ううん、そうじゃないんだけど。じつは…」


誰もいないことを確かめ、彼にこれまでのことを簡潔に説明すると、その表情がみるみる険しくなり、呆れたようなでも、諭すような言葉を投げかけられた。


「死ぬ気か?!」

「うっ…」

「それも、あの沖田総司の手前、女が柔術の腕を見せつけるなんて。そんなことをするのは、忍者か隠密くらいだ」

「そう…だね…」


(だから、沖田さんは私に素っ気なかったのかな…)


「君の腕がどれほどのものか知らないが、ここは幕末時代だ。平気で人を斬り捨てる奴らばかりだし、腕の立つ浪士にでも狙われたら、まず命は無いと思ったほうがいい」

「…沖田さんからも同じようなこと言われた」

「特に、新選組は容赦無い。それに、本物の沖田総司は現代で作り上げられた性格とは異なるかもしれないしな」


彼の言う通りだ。


あの、沖田総司と一緒にいたことで舞い上がってしまい、それと同時に自分の腕を試したいと思ってしまった結果、こういう事態を招いてしまったのだから。


全て、自分の蒔いた種だと思いつつ、それでも私はどんな時でも強く生きて行きたいと思ってしまう。


「確かに、軽はずみな行動を取ってしまったことに関しては反省してます。でも、さっきみたいに襲われそうになったら、あるいは…誰かが同じような目に合っている姿を目にしたら、助けたいって思ってる…」


だから、もっと強くなりたいのだということを告げると、彼はやれやれと言いたげに深い溜息をついた。


「なら、俺と勝負だ」

「えっ?」

「君の腕を見せてくれ」


真剣な眼差しを受け、少し怯みながらも私はその眼を見つめ大きく頷いた。





【第4話へ続く】




素敵な沖田総司をありがとうどざいました!!

~あとがき~


今回、この三話を読んで下さった素敵絵師様とコラボさせて頂きました!


naluさんのブログでは、主に格好いい土方さんや、沖田さんがラブラブ


Chockablockn


素敵な沖田総司を描いて下さって、本当にありがとうどざいました!!

何となく、まだどこか平和ボケしているような主人公あせるそれでも、自分の思っている剣道や柔道の腕を磨きつつ、新選組のように強くなりたいと願い続ける…。


そのへんは、あの時代の人とえらい温度差があるわけですが(苦笑)


今どき珍しい、熱い想いを抱いている…という設定だけは、ずっと描いて行きたいところですラブラブ!


でもって、ここでの沖田総司は、他の物語とは違った感じに描いています。こんな沖田総司もいいかも?と、これまた勝手に思い描いてしまっているので、違和感を感じられた方もおると思いますあせる

翔太くんも同様ですなあせる

そして、ちょこっと登場した龍馬さんもあせるあせる


それに、沖田さんと一緒にいたからあんな目にあった…とも言えるこの展開(笑)


これから、それぞれがどのように関わってくるのか…。

これまた、じっくりゆっくりですが汗


良かったら更新の際は、また遊びに来てやって下さいキラキラ