【前回のあらすじ】


いつものように剣道の稽古をしていた桜井春香は、ひょんなことから幕末時代へタイムスリップしてしまう。戸惑いながらも町の中へ一歩踏み出したその時、新選組と鉢合わせになる。袴姿の春香に疑心の眼を向ける新選組。そんな時、春香を救ったのは結城翔太という青年だった。その後も、翔太に頼ることにした春香は、彼の滞在先である旅籠屋へ向かった。


1話



【桜花舞う空を見上げて…】


第2話 「沖田総司」



あれから、また出かける用事が出来たというお俶さんを見送った後。


先ほどの部屋で終始、結城くんの話に耳を傾け続けていた私は、そのあまりの非現実的な物言いに開いた口が塞がらないままでいた。


「…文久三年?幕末時代に…タイムスリップ…?」

「口が開いたままだよ…」

「開いたままにもなりますって!でも、もしもこれが現実だとしたら…」

「いや、現実なんだって…」

「そんなドラマみたいなことがある訳無いでしょう!?」


彼は、身を乗り出す私を宥めるようにして、自分が初めてこの時代にやって来た時のことを詳しく話し始めた。


「俺も、まだこっちへ来て二カ月くらいしか経っていないんだけど…」


近所の剣道場で数名の生徒らに指導していた彼は、現役でありながら撃剣師範としての腕を持ち合わせていて、いつものように生徒らと共に稽古をしていた。


そして、私と同じように休憩時間を利用して近所のコンビニへ買い物に出かけた時のこと。


桜並木を通り過ぎたその途端、桜吹雪と共に辺りが真っ白な靄に包まれた次の瞬間、この時代で独り佇んでいたのだそうだ。


「そこからは君と同じ。俺も最初は、夢でも見ているのかと思ってた」

「それで、その後はどうやって?」

「路地裏で途方にくれていた時、さっきのお俶さんが声を掛けてくれてさ。行く宛も金も無いと言ったら、ここで働かせて貰えることになって…」

「…不幸中の幸いでしたね」

「ああ、この時代の京都の治安は最悪だからな…」


それに、私と同じ胴着姿だったから特に不思議な目で見られることなく済んだらしいのだが、その時の彼は、私以上に心細かったことだろう。


親の影響を受けて、多少は新選組や幕末時代のことを勉強していた私だったが、ここでの生き方や現状を聞いて青ざめたことは言うまでも無い。


現代の暮らしでは考えられないようなことばかりだし、まだ頭も心も整理出来ないままだったのだけれど、剣の腕を尋ねられ、私はニヤリと不敵な笑みを浮かべながら大きく頷いた。


「新選組に隊士として入隊出来るかも」

「随分と大きく出たな」

「自信はあります」

「そうなんだ。さっきの沖田じゃないが、いつか手合せしたいな」

「いいですよ!って、こんな格好じゃ無理だけど…」


お互いにふっと微笑んで、またこれからのことを真剣に考え始める。


気が付いたらこの時代へやって来ていたから、どうやったら現代へ戻ることが出来るのかは全く分からないままだが、私の滞在先を確保することが先決だということで、面倒見の良い彼は、私もここに居られるように頼み込んでくれて。


その結果、女中としてここに滞在出来ることになったのだった。



その夜。


慣れない仕事を一から教えて貰いながら過ごし、ようやく用意された部屋へと戻れたのは夜も更け始めた頃だった。


「つ、疲れたぁ。これをほぼ毎日やることになるのかぁ…」


浴衣に着替えることも出来ず、そのままの格好で布団の上に仰向けになる。


(なんだかやっぱり、未だに信じられない…)


ゆらゆらと揺れる行燈の灯りだけの薄暗い部屋で、天井を見つめながら今日一日のことを振り返り、ふと頭上にぽっかりと浮かんでいる月を見上げた。


「…150年前の月、か」



幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



子供の頃からアニメやドラマ、映画などでいろんな時代にタイムスリップしてしまう物語をいくつも観て来た。


こんなことある訳無いけど、あったら面白いだろうな…などと、思ったこともあった。


それらは全てフィクションの世界であり、作り手の都合の良いように進んで行き、主人公はいろんな困難に見舞われても最後は自分の家に戻ることが出来るのだが…


どうやらこれは、私の身に起こった逃れられない現実であり、きちんと受け止めてここでの生活に慣れて行くしかないようだ。


しかも、女の子にとって一番の死活問題であるお風呂なのだけれど、どうやら毎日入れないらしいし、下着の替えも無い。


この時代の女性は、着物だったから何も履いていなかったと聞いたことがあるけれど、生理等の時はどうしているのだろうか…。


「明日、お俶さんに聞いてみようかな。あ、でも…今更そんなこと聞くのも変な話だよなぁ…」


しぶしぶ、浴衣へと着替え始めたその時、


「まだ起きてるかな?」

「えっ、あ…うん!ちょ、ちょっと待ってね…」


襖の向こうから結城くんの声がして、急いで腰紐だけ簡単に締めて、同じ浴衣姿の彼を迎え入れる。


「どうぞ」

「ごめん、こんな遅くに。眠れないんじゃないかと思って、甘酒を持って来たんだ」

「うわ、ありがとう…」


差し出されたお盆ごと受け取り、部屋の中へ招き入れようとした私に彼は、「これを持って来ただけだから」と、言って微笑む。


「明朝、また起こしに来るよ」

「お願いします…」


じゃあ、お休み…と、言ってその場を後にしようとする結城くんを呼び止める。


「あの…」

「ん、どうした?」

「…何から何まで、本当にありがとう」

「いや、俺の方こそ…」

「え?」

「話し相手が欲しかったからさ…」


そう言ってまた微笑む彼を見送って、私はもう一度腰紐を縛り直し、帯を簡単に巻き付けてまだ温かい甘酒を口に含んだ。


(…あの時、彼が私を助けてくれなかったら…新選組に連れていかれていた。そしたら、どうなっていたんだろう?)


「…新選組か」


親の影響とはいえ、新選組のように強くなりたくて始めた剣道や柔道の稽古。


でも、現実の彼らは私が思っていたよりも嫌われ者らしい。あの隊服も現代に伝えられている青よりもっと藍色に近かった。


それに…



『しかし、か弱そうに見えて剣の道を嗜んでおられるとは。いつか、拝見したいものだ』



あの人が、かの有名な沖田総司。


私の知り得る限りの史実では、天才剣士である彼。新選組のドラマなどでの沖田総司は、美男子で心優しい青年だという印象が強い。


確かに、微笑んだ顔が優しそうだったが…時折見せる冷めた眼に、威圧感のようなものを感じた。


(でもって今は、文久三年。確か史実からすると、壬生浪士組が結成されて間もない頃だったかな。それから、どうなるんだっけ?こんなことなら、もっと歴史の勉強をしておくんだった…)


そんなふうに思いながら残りの甘酒を飲み干し、少し火照り始めた体を冷やさないように布団の中へと潜り込む。


(まぁ、今そんなことを考えてもしょうがないか…)


私は、結城くんと一緒に現代へ戻れる日まで、ここで生きて行く覚悟を決めたのだった。


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幕末時代にやってきてから、二週間が過ぎたある日の午後。


初めてのお休みを貰った私は、結城くんに書いて貰った地図を頼りに京の町を散策していた。


(うわぁ…時代劇で良く目にしていた橋だ!)


感動しながら橋を渡っていた時、襟元をだらしなく開いたガラの悪そうな男とすれ違いざま肩と肩がぶつかり、こちらから謝ってみるも、相手の男は私を睨みつけ言った。


「謝って済むんなら、お天道さんはいらねぇんだよ」

「しっかし、どの時代にもいるんだね。こういう奴が…」

「何だと?」


咄嗟に刀の鞘に手が伸びたのを目にして、すぐに柔術での殺陣型を取り、刀を抜こうした男の手より先にその胸ぐらを掴んで背負い投げ、腹部に拳を落とした。


「ぐああっ、痛ってぇぇぇ!」

「ま、ざっとこんなもんだ」


背中を強打したのか、お腹と背中を手で押さえ込みながら身悶えている男を見下ろし、右の拳を左手で包み込んでいると、男は「お、覚えてやがれ!」と、お決まりのセリフを吐き捨て、大慌てでその場を逃げ去って行った。


「一昨日来やがれーだ!」

「お見事です!」

「えっ?」


後方から爽やかな声がして振り返ると、


「あ、貴方は…」

「またお会いしましたね」


あの沖田総司であろう青年が、藍色の着物にグレーの袴姿でこちらに近づいて来ると、「私は、沖田総司と申します」と、言って微笑った。


(知らない人はいないって…。それにしても、あの沖田総司を目の前にしているなんて。これって、凄いことだよね…)


「しかし、刀を抜く間も無かったな」

「え、あ…あはは…」


苦笑する私に、彼は感心したような眼差しを向ける。


「ところで、貴女の名は?」

「桜井春香…です」

「はるか。どういう字を書くのですか?」

「春に香ると、書きます」

「…春香。良い名だ」

「ありがとう…」


集まっていた野次馬達も、その足を動かし始めた頃。


「え、沖田さんが私を?」

「はい、ご迷惑でなければですが」

「迷惑だなんて、とんでもない!」


女の一人歩きは危ないからと、私のお伴をしてくれることになったのだが…二人でゆっくりと歩みを進める中。


沖田さんの興味は、私がどこで柔術を習ったのかというところにあり。私は返答に困りながらも、自分の故郷では小さい頃から柔道と剣道を習わされるのだと、苦しい嘘をついた。


その後も、出身を尋ねられて東京と答えてしまったり。すぐに江戸と言い直すも、江戸にそんな風習などあった訳も無く。


私は、冷や汗を流しながら何とかその場を取り繕った。


「でもですね、これからは女も強くならないといけないって思うんです…よね」

「そのような考えは珍しい」

「や、やっぱそうですか…」


尤もらしく話しながらも、逆に隊服を着ていないことを指摘すると、あの羽織はその数に限りもあることから、捕物の際に出動する隊士らのみが着用するのだと説明された。


(そうか、いつも着ている訳では無かったんだ…)


そんな風に話しながら、とある路地裏に差し掛かった時だった。


「…何奴」


不意に現れた浪士らしき男達を目前にして、刀の鞘に手を伸ばす沖田さんの研ぎ澄まされた様な眼に、思わず息を呑んだ。





【第3話へ続く】




~あとがき~


俊太郎さまとの露天風呂シーンは、もうしばらくお待ちを笑


先に、チェックのみとなっていたこちらをUPしました音譜


まずは、やはり沖田総司との出会いを描いておきたくて登場させてしまいましたが、この物語の沖田総司は、艶がの沖田さんとは多少性格が異なりますあせる


しかし、あの時代の女性のことを調べていると、いろんな面で苦労していたことを知りました涙


実際、この現代で生まれ育った人があの時代で生きて行くのは、ほんまに不便でしょうねあせる


艶がでは描かれていなかったけれど、女性の月一の件に関しては、なみなみならぬ苦労もあったようですからガーン


それでも、やっぱ…この物語の主人公のように、あの時代を生きた志士達に憧れてしまうんですけどねキラキラハート赤