<艶が~る、二次小説>


【前回のあらすじ】


非番中だった沖田が偶然目にした北村に似た男。その後、同時にその男を追いかけていた監察の山崎に後を任せ、沖田は一路、置屋を目指した。沖田からの報告を受けた秋斉は、春香にもその旨を伝え、これからも十分に注意するようにと諭す。そこへ現れた慶喜と共にこれ以上の犠牲者を出さぬよう、また春香を守る為、強硬策を出そうとしていた。


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【比翼の鳥】第8話



二日後の夕刻時。


あれから花里ちゃんの行為に甘えて、眠る時は一緒に布団を並べさせて貰ったりしながら、その間怖い夢を見ることも殺人事件が起こることもなく、少しずついつもの日常を取り戻しつつあった。


「お守りと鈴のおかげかな…」


久しぶりにお座敷へ出る準備を済ませ、改めて秋斉さんから頂いたお守りだけを帯の中に挿み込み、鈴を鏡台の引き出しの中へとしまい込む。


まだ少し体調は優れなかったけれど、部屋に独りでいるよりは気が紛れると思い、いざとなったら遠慮なく頼ってくれと言ってくれる、花里ちゃんたちに助けられながらお座敷へ足を運ぶことになったのだった。


「春香はん、入ってもええか?」

「どうぞ…」

「支度出来たようやね。ほな、そろそろ行こか」

「うん」


気を使ってくれているのだろうか、こういう時には特に笑顔を絶やさずに声を掛けてくれる。


置屋から揚屋までの間、そろそろ桜が満開になる頃だからみんなでまたお花見に行こうとか、新しく通うようになった呉服屋さんの若旦那さんがとても素敵な人で、一目惚れしてしまったことなど。


終始、楽しそうな花里ちゃんの話に耳を傾けていた。


そして、揚屋に辿り着いた私達はそれぞれ別のお座敷へと向かい、そこで私を待っていてくれたのは…


「春香、会いに来たぜよ!」


開口一番に元気な声で迎え入れてくれた龍馬さんと、その横で少し緊張した表情を見せる翔太くん。そして、手酌でお酒を飲もうとしていた高杉さんだった。


「お久しぶりです!お元気でしたか?」

「わしらは元気じゃったが」

「良かったです!高杉さんは…」

「何とかな。春香、早速だが酌を頼む」

「あ、はい。只今…」


高杉さんの隣に寄り添い、直に銚子を受け取って差し出されたお猪口にお酒を注ぎ始める。


「三人同時に会えるなんて、思ってもみなかったです」

「高杉とはここで会うたんじゃけんどな」


私の問いかけに龍馬さんがそう答えると、今度は翔太くんが少し真剣な表情を浮かべながら、「高杉さんから聞いたんだけど大丈夫か?」と、お酌をし終わって銚子を持ったまま固まる私の顔を覗き込むように言った。


「うん…」

「その様子は大丈夫じゃないな」

「…バレバレだね…」


(やっぱり、翔太くんには隠し事出来ないか…)


心配そうにこちらを見る翔太くんにぎこちない微笑みを返し、「わしにも頼む」と言ってお猪口を差し出す龍馬さんに寄り添いながらお酌をし、銚子をお盆の上に置いた。


「でも、三人同時に会えるなんて…何だか嬉しい」

「久しぶりに島原を訪れたいと思ってはいたんだけど、正確には藍屋さんに呼ばれたんだ」

「秋斉さんに?」


翔太くんの言葉にきょとんとしながら言い返すと、高杉さんが三味線の弦を調整しながら、例の騒乱事件のことで足を運んだのだと告げられた。


「ま、俺はその手の夢物語は信じない性質だが、お前に何かあってからでは遅いからな」

「何かって…」

「例の下手人は、若うて綺麗な女子ばかりを狙っちょるき。春香も用心するにこしたことは無い」


高杉さんの言葉に戸惑いの色を浮かべていると、龍馬さんも真剣な面持ちで私を見つめる。


「あ、あの…私は大丈夫ですから!あれから、変な夢は見なくなったし。同じ事件もその後は起こっていないみたいですし…勿論、まだ下手人は捕まっていないんですけど…」


あたふたと答える私に、三人の心配そうな瞳が向けられる中。



「お待たせしてすんまへん」


秋斉さんのくぐもった声がしてすぐに障子が静かに開いた。


「おや、おったんか…」

「…はい」


秋斉さんは私を見下ろしながらそう言うと、連れだっていた桝屋さんが私の隣に腰掛けるのを見届けながら、障子をゆっくりと閉めてその場に腰を下ろした。


「春香はんがおるとは思わへんかったし、あんさんらが同時に集まれるとも思うとらんかったんやけど」


これは好都合どした、と言って秋斉さんは、私が初めて奇妙な夢を見たあの日からこれまでのこと。昨日、新選組隊士の方からの報告を受けていたことなどを丁寧に話し始めた。


「沖田はんの代わりに男の後を追っとった監察方の件で…」


後を追い続けた監察方の山崎さんは、人里離れた人気の無い山道に差し掛かった時、いきなり斬りかかって来たその男と斬り結び、危うく命を落としそうになったところを命からがら逃げ帰ったのだそうだ。


秋斉さんの話が一通り終わると、「監察方…ねぇ」と、胡坐をかいた膝の上に右肘を付きながら高杉さんがぼそりと呟く。


「腕の立つ山崎はんが負傷して戻って来はるとは…その男、余程の腕前と見てええ。しかも、二刀流に加え、細められた眼ぇがこの世のものとは思えへんほど殺気立っとったそうや。せやけど、相手の左手首にも傷を負わせたゆう話やさかい、」

「ほぉう」


高杉さんの細められた鋭い眼が、秋斉さんに向けられた。


(…二刀流…殺気だった眼。私の夢に現れた男も…)


「春香、大丈夫か?」

「え、うん…大丈夫」


心配そうに声を掛けてくれた翔太くんに小さく頷いて、まだ話し続けている秋斉さんを見やる。


「今、それらしい男を追うと同時に、左手首に怪我を負った者を片っ端から探しとる」

「なるほど。わしらにも、その男を探す手伝いをして欲しいゆうことじゃな?」

「京におられる間は、どんな些細なことでもええから、わてに報告しとくれやす」


秋斉さんは、真剣な眼差しの龍馬さんにそう言うと、今度は桝屋さんに目配せをした。


「高杉はんがゆうてはった通り。春香はんの夢に現れたんは、『比翼の鳥』や思います」


それぞれが桝屋さんへ視線を送る中。

桝屋さんは、正座していた足を崩しながら静かに語り始めた。


「『天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん。』これは、今から約千年前。中国の詩人である白居易(はくきょい)によって詠われた、「長恨歌」の中の有名な一節で…」


桝屋さんの話では、安禄山という中国の軍人により起こった乱により、都落ちすることになった玄宗皇帝が、最愛の楊貴妃に詠われたとされるものだそうで。


その比翼の鳥とは、一眼一翼(一説には、雄が左眼左翼で、雌が右眼右翼)の伝説上の鳥で、地上ではそれぞれに歩くが、空を飛ぶ時は一対となって助け合わなければならない。このことから、後に人は仲のいい夫婦を「比翼の鳥」に譬えるようになったと言われているのだと教えてくれた。


一方、「連理の枝」は、東晋に著された志径物語集『捜神記』のある説話に由来していて、戦国時代、宋の国の大臣・韓凭(かんひょう)と夫人の何氏(かしん)は仲睦まじい夫婦だったらしい。


ところが、酒色に溺れ非道であった宋の国王・康王(こうおう)は、何氏の美貌が気に入り、韓凭を監禁してしまった。

「何氏は密かに夫に手紙を書き、『雨が降り続き、川の水かさが深くなっています。出かける際は気をつけて下さい』と記したそうや。ところが、その手紙は康王の手中に落ち、夫の元には届かへんかった」

「そんな…酷い」


思わずぽつりと呟いた私に、桝屋さんは困ったように微笑って続きを話し始める。


「実は、これは何氏の絶命詩でな、「出かける際は気をつけて下さい」ゆう部分は、自ら命を絶つ覚悟を表していたとされとる…」

「え、それじゃあ…」

「翔太はんの察する通り。何氏は、康王に付き添って出かけた際、高台から飛び降りて自害しはったんや…」


一方、夫の韓凭も間もなく愛する妻のために命を絶ってしまう。

その結果、康王は激怒し、お互いがすぐ傍にいるにもかかわらず、いつまでも一緒になれない辛さを味あわせる為に、この二人をわざと別々に埋葬した。


ところが、数日後には二つのお墓から木が生え、枝と葉が抱き合うように絡み合い、根も繋がって絡みついて、その木の上ではつがいの鳥が何とも物悲しい声でさえずりあっていたのだそうだ。



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



「これが「連理の枝」の由来どすが…」


溜息交じりにそう言うと、桝屋さんは少し哀しげに眉を顰めた。


「…そんなお話があったなんて…知りませんでした…」


(雄と雌が一対とならないと、空を飛べない……悲恋の死を遂げた夫婦…)


「…!!」


ふと、心の中で思い返して気付く。


「夢の中の声が私の名を呼び、『やっと見つけた』と言う声がして…で、空中に浮かんですぐに比翼の鳥を目の前にして…その一対がとても弱っていた…」


いきなり夢の中でのことがフラッシュバックのように鮮明に思い出され、一瞬、眩暈を覚えた。


「春香…」

「それに…命を奪われたのは、いずれも結納を済ませたばかりの……いやでも、比翼の鳥の話も、連理の枝の話も…ただのお伽話なんですよね?」


震える肩を抱き寄せてくれた翔太くんの胸に寄り添いながら、高杉さんの声を遠くに聞く。


「その通りだ。だが、昔から人や物の怨念というものは根深く残るものもある。それに、そのような物の怪らに憑りつかれた奴らの話も多数知っている。引き続き、例の北村という男の事も気に留めておいたほうがいいだろう」

「でも、なぜ春香の夢に?」


翔太くんの言葉に全員が口を噤む。


(…そうだよ…どうして私なの?)


「…今後の展開を見守るしかない」


そんな中、秋斉さんが静かに口を開いた。


その言葉にそれぞれが思うように頷いて、「わしらがついちょるき、安心するぜよ!」と、その場ごと明るくするような龍馬さんの笑顔が私に向けられる。


「龍馬さん…」

「おまんだけやのうて、これ以上犠牲者を出さん為にも、はよう見つけ出さにゃならんのう」


「ところで、今後も新選組の連中はこの件に首を突っ込んで来るのか?」

「それは、わても気になっとりました」


高杉さんの低く抑えたような声と、次いで桝屋さんの柔和な声がしてそちらを気にしながらも、少し困ったように微笑む秋斉さんを見やった。


「勿論どす。あのお方らも忙しい身の上ながら、この件も含め今後は昼夜問わず警護に回るそうや。そやし(だから)、この件に関してはそれぞれ協力して貰うほかない」

「やはりか。しっかし、昼夜問わず動き回られたら困るのだがな…」


高杉さんの深い溜息が聞こえてすぐ、


「春香はんを守る為どしたら、仕方がない。適当に話を合わせまひょ」


桝屋さんは余裕の笑みを零しながら言った。


「もしも、新選組と鉢合わせにならはった際は、わてんとこの用心棒やゆうてくれて構へん」

「分かりました。でも、面を割られていなくて良かった…」


秋斉さんの言葉に翔太くんが大きく頷くと、次いでそれぞれの自信に満ちたような笑みが私に向けられる。


「さっき龍馬さんも言ってたけど、俺達がついているから心配はいらない」

「翔太くん…」

「俺には、お前を守る義務があるからな」


ぽつりと呟かれた優しくも懐かしいその言葉に、また少し心が和んでいく。


「翔太、それはどういう意味だ?」

「え?」

「だから、お前が春香を守る義務とは何なのだ?」


高杉さんの悪戯っぽい眼差しを受け、少したじろぐように身を避けると、翔太くんは姿勢を正して言った。


「それは…」


その熱意の籠った言葉に、それぞれの視線が翔太くんに向けられた直後。


「ほれは、何じゃ?」

「え、だから…その…」


龍馬さんからも同じように質問され、ますます狼狽えるように答えると、桝屋さんと秋斉さんからも同じ質問を受けた後、翔太くんは堰を切ったように口を開いた。


「お、幼馴染だから絶対に故郷へ帰すまでは守り切らないと!って、それだけ言おうとしたのに、どんどん言えなくなってしまったじゃないですか!」


まるで、足掻くように手を振りながら顔を真っ赤にさせる翔太くんに、誰からともなく笑いが込み上げる。


「相変わらず、からかい甲斐があるな」

「ま、またしても高杉さんの口車に…」

「プッ…ふふ…」


高杉さんと翔太くんのやり取りを聞いて私も思わず笑みを零してしまう中、秋斉さんだけは厳かな瞳を浮かべ静かに口を開いた。


「今後、どないなるか分かれへんけど…なるべく、今おる滞在先を離れいでおくれやす」


それぞれが真剣な表情で頷いて、去って行く秋斉さんを見送ると、龍馬さんの希望による高杉さんの三味線が奏でられ始め…


その音色は以前聴いた時よりも情熱的で、同時にそれを奏でる高杉さんの色っぽい流し目にも目を奪われる。


その後も、私が持て成す立場にあるというのに、気が付けば彼らから元気づけられていて…。


それぞれから告げられる想いを受け止めた。


───絶対に守るから安心して欲しい。



私は小さく頷いて、これから起こるかもしれない数奇な出来事を受け止める覚悟をしたのだった。





【第9話へ続く】




~あとがき~


ぴやぁ~!という感じだったインフルエンザは、熱も引いてものすっごく楽になりました(`-ω-´)パパも、僕ちんもまだ咳は多少出るけど、元気になったしきらハート


僕ちんも、パパも、月曜からはそれぞれ登園、通勤に行けそうですすまいる


お見舞いコメントや、メッセージを下さった方!何度も読んで励まされました!!本当に、ありがとうございましたきらハート


でもって、インフルに掛かる前からもう少しで書き上げられるところだった、今回の比翼の鳥では、攘夷組と夜明組を揃って登場させてしまいましたpnish


この人達には、座敷へ足を運んで貰うほかないですもんね涙こういう非常事態の場合は…。


でもって、わたすの中で一番の博識を持っているだろう人(笑)俊太郎さまに、比翼の鳥のことなどを語って頂き、彼らにも新選組や幕府と共に、この件に関しては働いて貰おうとゆうことににこっ


ここでは、本編と同じように新選組の二人は彼らを敵と知らないままで、一緒に戦って貰うという。


ただ、何かをめぐって多少の口喧嘩程度はあるのではないかと笑


例えば、いつもの高杉×古高や、龍馬×高杉、翔太×高杉もありますが、高杉×土方とかむふっ。つーか、全部高杉さんが関わっているっちゅう笑


そして、ようやく明かされた比翼の鳥の由来。

心の優しい北村と、夢の中の冷徹無比な男は、同一人物なのか…。


でもって、春香は何者かから狙われているのか…。


まだまだ謎は多いままですが、また更新の際は良かったら遊びに来てやって下さい音譜