【花咲く戯作の二律背反】~第二幕~(後編)



「わしらが出会うてから、もう1年が過ぎようとしちゅう…」

「…そうですね」

「初めて会うた頃は、まっことどうなるこらぁと思うたが、ほがなおんしも今じゃー立派な男になりゆう。好いた女子もおるようやしな…」

「なっ、何を言っちゃってるんですか!?あいつは、幼馴染で…その、だから守ってやらないと…」


俯き加減だった翔太が真っ赤にした顔を上げて、ひがち(必死)にゆうものやき、腹を抱えて笑うてしまう。


(…やっぱり、あの子のこと好いちゅうんじゃな…)


「別にわしは、あの子やとはゆうちゃーせんぞ」

「あっ!いや、それはその…」

「はははは、ゆでだこみたいになっちゅう!」
「お、俺のことより!龍馬さんはどうなんすか?」

「わしか?」



──わしにとっておんしらは…。



「好いとるに決まっちゅう!あの子も、翔太もわしにとっちゃあ掛け替えの無い家族のような存在やき」

「それじゃあ、答えになっていませんよ…」

「ほうか?」


まことの気持ちをゆうたち良いものかどうか、いつも迷ってしまう。


もしも、翔太があの子のことを好いちょるんなら……わしは。


「……あの子の笑顔に癒されるちや。さかしーに、あの子が泣いちゅう時は励ましてやりとうなるくらい大事に想っちゅう」

「龍馬…さん…」

「翔太、自分の気持ちに嘘をついたらいかんぜよ。誰にも遠慮せず、上手くいく事ばぁ(だけ)を考えるんじゃ…」


誰にゆうわけでもない。いつも己自身にゆうちゅう…。


ほがなことを思い、遠い眼をしよったがやろか──。


「そういえば、以前話してくれましたよね?『人間というものはいかなる場合でも、好きな道、得手の道を捨ててはならない』と…」

「ほがなこともゆうたな」


いつじゃったか、翔太が思い悩きいた時。自分の経験を話して聞かせたことがあった。


自分の得意な事や、慣れ親しんだことは時として、まっこと陳腐なもがやき見える時がある。でも、ほがな一時的な気まぐれや自分に対する嫌気から、違った展開を試みたりする場合があるが、往々にしてしくる(失敗する)ことの方が多い。


困難にぶち当たった時こそ、その場から逃げるがや無く、壁を乗り越える努力をしゃーせんと次に進めんものや…と。


「他にもたくさんありますけど、俺…いつか故郷に帰れたら、みんなに伝えたいって思っているんです。龍馬さんの想いの全てを…」

「…そない思うてくれたがか」


湯から出ちょったにも関わらず、半ばのぼせ上がった頭でこれからのことを考え始めた。


「そろそろえいかぁ…」
「何がですか?」
「いんや、なんちゃーないちや」



その後も、わしらは男同士の話で盛り上がり、これでもかっちゅうくらい激論しちょった。翔太は奥手やから、わしがいろいろ教えてやったがじゃ。


「えっ!そんなこと…出来ないっすよ」

「好いた女子の前じゃー、どうしたちしょうえい格好を見せとうなるもんやけんど、ほがなことより、わしに着いて来い!ゆうくらい、でっかい気持ちを持ち続けることが大事じゃ!女子は、いつもそうゆわれるがを待っちゅうんだぞ」

「もう、龍馬さんには敵わないな…やっぱ」


溜息をつきながら観念したように苦笑する翔太に微笑み、その後も男同士の話で盛り上がりながら、わしらは夕焼けが空を染めるまで温泉に興じちょったが。


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それから、わしらは早めの晩酌に興じた。


伊東さんを始め、そこによっちょったが同志らとの賑やかぇ夕餉にわしは、全身の力を抜いて楽しきいてのう。わしが故郷の歌を披露すると、誰からともなく踊り始め、すぐ傍で、翔太も楽しげに箸で茶碗を叩き出す。


「今宵は無礼講じゃあ!皆、飲め飲め!」


ここまでの解放感はいつぶりやろうか。酒に酔ったわしは、飲めん翔太にも酒を勧めちょったがじゃ。


「俺は……まだ…」

「なんやほんなら、例の“みせいねん”ゆうやつか?翔太!」

「そうです。だから俺は……」

「なんちゃーないちや!わしは、おんしくらいの頃にゃあもう飲きいちょったき!」


肩を抱き寄せると、翔太は観念したようにお猪口をわしに差し出した。


「じゃあ、少しだけ…」

「その意気ぜよ!」


お猪口にほんのちっくとばぁ酒をくべると、同志らの声も相俟って、翔太は咽込みながらもちびちびと飲み干して行ったがじゃ。


仲間と共に過ごすこがな一時こそ、人生の中で一番楽しいのやか…。それぞれの、はち切れんばかりの笑顔ば交互に見やりながらそう思った瞬間、なぜか涙が込み上げて来よって。



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



哀しくも無いし、辛くも無いがやき流れよったちゃ涙。


理由は分からんけんど、ほりゃあ今わしがここで生きちゅうゆう証じゃった。


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それから、なんぼの時が経ったやろうか。


気が付けばその場に横くじゅうて眠り込きいちょったわしは、何人か眠り込んじゅう同志らを起こさぬように自分の部屋へ戻ると、文机に忍ばせておいた例の物を見つめながら、改めて心に問いかける。


「……もう、えいじゃろう」


楽しいことも、苦しいことも共に乗り越えてきた同志であり、大切な存在やき翔太になら…。


ほがな風に思いながら、あれを持ってわしは部屋を後にした。


「翔太、まだ起きちょるか?」

「起きてます、どうぞ」


襖をゆっくりと開けてじき、文机に向い筆を滑らせたままの翔太の傍に腰を下ろす。


「あの子に書簡を認めちょるがか…」

「はい。あいつも、書いてくれていると思いますが…一日も早く無事に着いたことを知らせたくて」


翔太は、筆を置きゆっくりとこちらを向き直るとまた静かに口を開いた。


「どうしたんですか?」

「おう、さっきも話したが…これを…」


あれを手渡すと、翔太は不思議そうな顔で呟く。


「これは?」

「おんしのゆう、“みらい”に役立つやもしれん」

「えっ…」


たまげた表情のまま書簡を開く翔太を見やり、そこにゃあわしの想いが込められちゅうことを言い聞かせる前に、伊東さんからここへ滞在してじき(すぐ)、あの子もゆうちょった『八犬伝』の話ば聞かせてもろた事を翔太にも詳しく語ると、その顔がみるみる明るくなって行ったがじゃ。


『八犬伝』とは、室町時代後期を舞台に里見家の姫やき伏姫と、神犬八房の因縁によって結ばれ八犬士を主人公とする長編物で、共通して『犬』の字を名字に持つ八犬士は、それぞれ『仁、義、礼、智、忠、信、考、悌』の文字のある数珠の玉を持ち、牡丹の形の痣を身体のどこかに持っており、関八州の各地で生まれた彼らは、それぞれに辛酸を嘗めながら、因縁に導かれて互いを知り、里見家の下に結集したがじゃった。


それぞれの数珠玉の意味も教えて貰ったけんど、特にこん中の、“他人に対する親愛の情や優しさを表す”【仁】と、“様々な行事の中で人間関係を円滑に進め、秩序を維持する為の道徳的な規範を意味する”【礼】の事がづつのうちょった(気になっていた)が。


数珠玉の意味は、人間が本来持ち合わせている能力を八つに分けたようなものやとわしは思う。そん中でも、わしは【仁】の持つ意味に惹かれ、翔太は【礼】の持つ意味に興味を示した。


自分の運命を受け止めながら仲間同士肩を並べ合い、姫を守るべく敵に立ち向かってゆく八犬士の魅力を語りながらも、わしは話の合間を見計らって例の話を切り出した。


「翔太はわしの右腕になりたいゆうてくれたじゃろ…。やき、おんしにわしの想いを託そうと思うてのう…」

「龍馬さん…」


(いつかは、この日を迎えるやろうと思っちょったが、こがーに早うやってくるとは…)


翔太がよぉ話してくれた“みらい”の話を思い出しながら、わしはその真剣な瞳を見つめ静かに口を開いた。


「もしもこの命脅かされても、おんしがわしの夢を叶えてくれる…。そう、思っちゅうんじゃ」

「そんな、貴方は死なない!俺が死なせない…」

「万が一じゃ翔太、わしが先に逝くことになってもそれがあれば…おんしは独りやない」

「……遺言みたいなものですか?」

「いんや、わしらの“みらい”へ繋がる書簡じゃ!」


泣きそうな顔の翔太に微笑み、信頼の眼差しを向ける。




のう、翔太。


いつか、一緒に大声で叫ぶぜよ。



──日本の“みらい”は明るいと。



わしは、ずっとおんしの傍におる…。


いずれ、おんしらの“みらい”へ繋がるそん日まで。



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~





【完】



第三幕へ続く


※三幕は、後日アメンバー記事にて公開予定です。三幕は、BL的要素(艶シーン)を含みますので苦手な方はご注意ください。




『花咲く戯作の二律背反』


※その他の物語はこちらです。名前をクリックしてお読み下さいませ。



一幕

文:飴屋  




二幕


≪誠組≫

・沖田×土方
文:♪ケロりん♪

絵:たまごかけごはん

・土方×沖田

文:宵華
絵:
ゆき



≪幕府組≫

・秋斉×慶喜
文:廣黎
絵:カヲリ


・慶喜×秋斉
文:飴屋

絵:イツキ




≪攘夷組≫

・高杉×古高
文:みずほ

絵:椿

・古高×高杉
文:まややん
絵:ゆっちそっち




≪夜明組≫

・翔太×龍馬
文: 七瑚

絵:ひよこ

・龍馬×翔太
文: *沖田小春*
絵:
てふてふあげは



・企画監修
けなげ さま



~あとがき~



少しでも龍馬さんと翔太くんを感じて貰えましたでしょうか?あせる二幕に関しては一般公開ということで、ほとんど普通に描いてみました。ただ、その分…三幕(アメンバー記事)は、ドドーンと書いてしまいました!!


それと、三幕には二人の挿絵は入りません。三幕は、書かれる人と書かれない人といたので、通常アップになりますニコニコ


今回も、あげはさんの素敵な龍馬さんと翔太くんに感動して…。助けられましたドキドキ翔太きゅんのカッコイイ背中とか、二人のお風呂でのシーンとか、龍馬さんの涙とか…。送られてきた絵を初めて見た時、ヤバかったですラブラブ!素敵過ぎて…。


あげはさんのブログでも、2日から今回の絵と共に制作秘話などがUPされると思いますラブラブ!


BL物語は、初めてにつき…手探り状態だったので、三幕UPもドキドキですあせるしつこいようですが、三幕には、普通にBL的要素を含んだ艶シーンがあります。苦手な方は、旦那様のイメージが壊れる可能性がありますので、ご注意下さいねあせる


三幕UPの後、今回の制作秘話もUP予定です。


今回も、遊びに来て下さってありがとうございましたラブラブ!




絵:すん