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艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~




【花咲く戯作の二律背反】~第二幕~(前編)



「えっ、熱出して寝込んでる!?」

「へぇ。ここ数日、暑うなったり寒うなったりで…体調を崩したようなんどす」


藍屋さんは、眉を吊り上げながら驚愕する翔太とわしを交互に見ると、伏し目がちに呟いた。


「ほうか…」

「それで、あいつは大丈夫なんですか?」
「高熱では無いものの、熱が下がらへん。せやけど、一晩ゆっくりと寝とれば大丈夫や思います」

「…少し、安心しました」


あれから、町へ資材の買い出しをして宿へ戻ったが、あいた(明日)、下関へ出立することになっちょったわしらは、あの子に会う為に再び島原を訪れちょったが。


まさか、あの子がほがなことになっちゅうことも知らずに…。


「あいつに話したいことがあったんだけどな…」


藍屋さんは、溜息をつきながらゆう翔太に、容体次第じゃーしばらくお座敷を休ませるつもりやけんど、良ければまた足を運んで欲しい、ゆうて微笑んでくれたが。


ほがな微笑みに、わしと翔太は顔を見合わせ、


「じつは俺達、明日また京を発たなければならないんです…」

「そやったんどすか…」


すぐに曇りだす藍屋さんの表情を見て苦笑し合う。


「藍屋さん、ちっくとでもあの子に合わせて貰えんやろうか?」

「りょ、龍馬さん…寝てるんですから、もしも俺達が行って起こすことにでもなったら…」

「分かっちょる。あの子の寝顔を見たらすぐに帰るき」


どうしても会っておきたかったわしは、慌てて制してくる翔太にいつもの笑顔で訴えかけると、翔太は観念したように項垂れながら口を開いた。


「すみません、絶対に起こさないようにしますから…少しだけ、あいつに会えませんか?」


ほがな翔太に藍屋さんは、苦笑いしながらも自分について来るように言い、番頭さんにちっくとこの場を離れることを告げると、置屋のあの子の部屋へと案内してくれたのじゃった。


「ここどす」


襖がゆっくりと開けられてじき、押し入れのがけ(傍)に敷かれた布団の上にあの子が寝ちゅうのが見え、枕元の行燈の灯りに照らされたその寝顔は、顔色が悪くちっくと辛そうに見えよる。


「ちょ、龍馬さんっ…」


部屋の中に入ろうとして、袖を掴まれたが…


「静かにするちや…」


わしは、人差し指を口元に添えて片目を瞑りながら小声で呟き、這うようにあの子の元へと近づいて行くと、


「敵んな、坂本はんには…」

「ええ…」


背後で何かを呟くような声を耳にしつつも、彼女の目元にかかった髪に触れた。


「おまんの笑顔ば見たかったぜよ…」


いつの間にか隣にやってきていた翔太も同じように彼女の手に触れ、「また無茶をしたな…」と、慈しむように彼女を見つめながら呟く。


(…翔太……)


二人はただの幼馴染やと聞いちゅうが、しょうまっことそればあながろうか(本当にそれだけなのだろうか)?胸の中で、常にほがな想いを抱え込むと同時に、わしにとって二人は、まっこと大切な存在やきことは変わらのうて。


三人でおることが楽しい反面、一番伝えたい想いを胸の奥にたっ込め(閉じ込め)ちょったが。


「また来るからな…」


そう囁いて、入って来た時と同じように部屋を出ようとする翔太を横目に、わしはちっくと微笑んだように見えるその寝顔を見つめながら心の中で呟いた。


(…次、会えるのはいつか分からんけんど、わしらは必ずおまんのところへもんて(戻って)くるぜよ…)


それは、おまんと初めて出会うた頃からそう思っちょったがことやき…。


「龍馬さん…」

「今、行くぜよ…」


(…それまで達者でな…)


ゆっくりと立ち上がり、また彼女を見守りながら部屋を出ると、わしらは藍屋さんに改めてお礼をゆうて置屋を後にしたがじゃった。


 ・

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――翌朝。


朝一番に旅館を後にし、神戸港へと辿り着いたわしらは、しばらくの間海を見つめながら船の到着を待っていた。


ふと隣を見れば、いつものように翔太が微笑みかけてくれて。


「ねぇ、龍馬さん」

「何じゃ?」

「薩摩に着いたら、また温泉でも入りに行きませんか?」


屈託の無い笑顔のまま話し掛けてくれる。


「ほりゃあえいのう!」

「決まりですね!久しぶりにのんびりしましょう」


そうゆうて、翔太はまた海に視線を向けた。雲間から漏れる太陽の日差しを浴びたその横顔は、とても凛々しく見えよる。


(…あの頃と比べたら、成長したのう……)


路地裏にしゃがみ込きいた少年が…今じゃー、わしの右腕になろうばぁにまで成長しちょる。




──あの日。


武市らと共に積極的に挙藩勤王を目指し、諸藩の動向にも注意しながら、土佐勤王党の同志として動静調査に赴いちょったがわしは、その後、次々と脱藩する同志らと上洛しちょった。


こういうがを神様の思し召しゆうがやろか、京の町中で偶然わしらは出会うたんじゃ…。



『おんし、こがなところで何をしゆう?』



しゃがみ込きいた翔太の憔悴しきったが様な視線と目が合い、わしは素性を聞くより先に翔太を滞在先へと誘(いざな)っちょったが。


そして、名を名乗って間もなく。



『さ、坂本…龍馬?』



なぜか、わしの名を聞いた途端、翔太の顔色がみるみる驚愕の色に変わり、素直にわしのゆうことを聞いてくれるようになり…。


気が付けば家族の様に。いや、それよりも近い存在になっておったがじゃった。



「ん、何ですか?」

「いや、なんちゃーない(何でもない)」


不思議そうに首を傾げる翔太にいつもの笑顔を見せて、わしはまたでっかい海に目を向けた。髪を揺らす潮風が心地良さを運ぶ中。


「のう、翔太…」

「はい」


海を見つめながらわしが呟くと、翔太はまた不思議そうにこちらを見やる。


「これからも命懸けの旅が続く。わしとおる限りな…」

「龍馬さん…」

「いつも思っちょったが…この生き方に後悔はしちゃーせんか?」


翔太は何かを考えるように口許に手を置き、


「後悔はしていません。逆に、龍馬さんの傍で生きる意味を毎日考えています。好きな人を守れるくらい強い男になって……龍馬さんのように計画された生き方に流されず、自分の意思を貫き通せるようになること。それが、俺の夢であり目標です」


潮風に身を任せるようにしてそうゆうと、気持ち良さそうに目を細めた。


「今更ですけど俺……龍馬さんとこんなふうに世直しの旅が出来て、本当に良かったと思っているんです。きっと、龍馬さんと出会えなければ感じることは出来なかっただろうって」

「翔太…」


(…いつの間に、こがな事をゆうようになったんじゃ……)


「俺、龍馬さんの右腕になりたいと思って頑張って来ました。これからも、その気持ちは変わりません…」

「おう、わしも同じ気持ちじゃ」

「えっ…」

「わしも、おんしと出会えて良かったと思っちゅう。翔太がおらんかったら、わしの旅もつまらんものやったやもしれん。ちくとばかし、たまにへんてこりんな事をゆうがのう」


おどけた顔で翔太を見やると、翔太はいつものように眉間に皺を寄せながらわしに詰め寄ってくる。


「な、へんてこりんな事ってなんですか?!」

「“ヤバイ”とか、ゆうちゅうが」

「そ、それはその…何て言うか、俺達の故郷では“不味い”と、いう意味で…っていうか、龍馬さんに言われたくないっすよ!」

「おっ?!わしが何かヤバイことをゆうたか?」

「そりゃあもう、言ったりやったりしてますよ!」


顔を真っ赤にして言い寄ってくる翔太が面白くて、ついからかってしまうのばぁあれど…道に迷いよったちゃ時、まっことこれでえいのかと思った時。


いつもわしを励ましてくれる翔太の存在は、はや(もう)無うてはならんもの……と、ゆっても過言じゃーないがよ。


さかしー(逆)に翔太が悩んだ時。


なんぼかの想いを告げてきたことがあったが、翔太はそれらの全てを汲み自分のものにして実行する勇気を持っちゅう。


わしは、ほがな翔太が傍にいてくれることを嬉しく思うと同時に、誇りに思う。


「……でも、俺。何事にも屈せずに前だけを向いて邁進し続ける龍馬さんが…大好きです」

「ほぉか…」


(…大好き…か…)


面と向かって言われると、照れてしまうが。その翔太の想いを受け取って、わしは心の中で半ば決心しよった。


「前にもゆうたが、わしは常にこの日本とゆう国のあり方を考えて来た。皆、志は違えど…自ら愛する者達との平穏な日々を願いながら必死に生きちょる。やき、いつの日か必ず、互いに争い合うより許し合える日が来る……そう、思っちゅう」

「龍馬さん…」

「その為には、まだまだやらにゃあならんことばかりじゃが…翔太が傍におってくれるんなら百人力じゃ!」

「お、俺が…」

「そうじゃ!これからも頼りにしちゅう」


言いながら、一回りも二回りも大きくなった背中をつくと、翔太はちっくと態勢を崩しながらもまたこちらを振り返り、


「任せて下さい!」


明るくそう答えてくれたのじゃった。


「お、船が来たぜよ!」

「はい!」


荷物を担ぐように背負い込み、わしの前をちょこまかと走り出す翔太の広い背中を見やりながら、わしは新たな野望を胸にうだいた(抱いた)。



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──翔太やったら、と。


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船旅も無事に終え、下関の事務所であり昔からお世話になっちゅう伊東助太夫邸に辿り着いた頃にゃ、もう昼を過ぎちょったが。


着いて早々に昼飯を頂き、翔太は書状を認めるわしを気に掛けつつも雑務を熟し、滞在先の手伝いも含め忙しなく動きまっちょった(回っていた)がじゃ。


「これでえい…」


とりあえず仕事を終えたわしは、視界の先に映りこんだ何かに目を凝らすと、ここから見える庭先で勇ましく刀を振るう翔太の姿を見つけた。


間合いを置いて、袈裟懸けから一気に前へ振り切り、受け流して素ばよぅ突くと態勢を変えて再び振りかぶり、鋭い眼差しのまま見えない敵に斬りかかる。


「いつか、わしを超える日が来るやもしれんな…」


わしは、しばらくその場で翔太の殺陣型を見守り、温泉へ行く支度をして庭先へと向かった。


「精が出るのう!翔太」

「えっ…あ、」


鋭い眼差しがわしに向けられてすぐ、徐々にその表情は柔和なものへと変わっていく。


「いくらやっても足りないくらいです…」

「翔太は、クソがつくほど真面目やからな。もっと、肩の力を抜いてやらにゃあいかんぜよ」

「龍馬さんがお気楽過ぎるんですよ…」

「ほいじゃ、もっとわしを見習うちや!一汗かいたじゃろ?飯がけ(前)に温泉ば行かんか?」

「じゃあ、支度して来ますからここで待ってて下さい!」


そうゆうと、翔太は刀を鞘へしまい込み駆け足で部屋へと戻ると、あっちゅう間にわしの元へもんて(戻って)来て楽しそうに微笑んだ。


「お待たせしました!」

「おう!」


それから、わしらは滞在先から一番近い露天風呂のある温泉宿へと急いだがじゃ。そして、風呂場に着いて早々に素っ裸になったわしは、手拭い一枚を首から掛けて、のんびりと脱いじゅう翔太を横目に露天風呂へと向かった。


「久々じゃな~!この解放感、たまらんぜよ!」


手拭いを岩に置いて首まで浸かり、でっかい空を見上げながら思わず安堵の息を漏らした。


「湯加減はどうですか?」

「おう、ぼっちり(丁度)えいちや…翔太もはよう入れ」

「はい…」


そうゆうて、翔太もわしと同じように手拭いを岩に置き湯船に浸かって間もなく。


「はぁ~…」



艶が~る幕末志士伝 ~もう一つの艶物語~



二人同時に安堵の息を漏らすと、顔を見合わせて笑い出す。


「やっぱり、温泉はいいっすね~!」

「来て良かったぜよぉ!」


しばらく湯を堪能しながら、風のそよぐ音や小鳥の囀りを聞いちょったが。


ほがな中、ふと見上げた青空に故郷の空を重ね見る。


(…皆、元気じゃろうか。そういやぁ、わしもなかぇか帰れんが、翔太もあの子もまだいっさんも故郷へ行きいないがやか…)


「翔太」

「何ですか?」

「おんしら、故郷へ帰らんでえいがか?」

「故郷へ…」

「たまにゃ帰らんと、おとやんやおかやんも心配しちゅうろう」

「し、書簡を送っているので……心配はさせていませんよ」

「ほうか?」


背にしていた岩にゆっくりと腰掛け、手拭いを腰元に置いて火照った体を冷やしながら、わしはまた翔太に語り掛けた。




【後編へ続く】