<艶が~る、妄想小説>
「もう一つの艶物語 ~比翼の鳥~」 第3話
(前回のあらすじ)
奇妙な夢を見た主人公(春香)は、その次の日の朝、自らを植木職人見習いと名のる、見知らぬ青年と出会う。どこか懐かしさを感じる彼に、彼女は魅了されていく。そして、その夜。彼女をお座敷で待っていたのは、常連客とその青年だった…。
【比翼の鳥】第3話
「あ、あなたは…」
彼を目にした途端、私は挨拶をするのも忘れその場に佇んだ。
「どないしはったん?」
「あ、申し訳ございません…」
私は、加瀬様から声をかけられ我に返ると、すぐに挨拶をし彼らの元へと急いだ。
まず加瀬様にお酌をして、次に彼にお酌をする。
彼は、「ありがとうございます」と、言ってぐいっとお酒を飲み干した。その豪快な飲みっぷりは男らしかったが、朝とは違い端正な茶色い着物姿の彼は品良く見えた。
「あの、菖蒲姐さんは他のお座敷が済み次第、こちらに来られると思いますので、それまでは私がお二人のお相手をさせていただきます」
改めて手をついてお辞儀をすると、加瀬様は微笑みながら私に彼の事を紹介してくれた。
「わてんとこの新入りどす。島原は初めて言うさかい、連れて来たんやけど…」
「あ、今朝…植木を届けていただいた時にお会いしました…」
「そうやったんや、それなら紹介する手間が省けたな」
言いながら、お猪口を差し出す加瀬様に私はまたお酌をすると、今度は彼が口を開いた。
「今朝、お会いした方でしたか…。気が付きませんでした…すみません」
「い、いえ…」
「女の人というのは、お化粧や着物一つでこうも変わるものなのですね…。今朝も言いましたが、つい先日、加瀬様の元に弟子入りした、北村隼人と申します」
「私は、春香と申します」
「……春香?」
私が名乗った途端、彼は不思議そうな顔をして私の名前を繰り返した。
「春香か……素敵な名前だ…」
「あ、ありがとうございます…」
彼の優しげな視線を受けながら、私は褒められたことが嬉しいやら恥ずかしいやらで…頬が熱くなるのを抑えきれずに俯くことしか出来なくなっていた。
(そんなふうに言われると、素直に嬉しいけれど…)
私は照れ笑いをしながらも、今朝とは違う彼の眼差しを受け、ほんの少しだが戸惑いを覚えたのだった。
それから、加瀬様から三味線を奏でて欲しいと言われ、私は用意してあった三味線で一曲弾き始めた。その間、二人は私のほうを見つめて微笑んでいる。
そんな時だった。
すーっと襖が開くと、菖蒲さんがにっこり微笑みながら部屋へ入ってきた。私は、いったん三味線の手を止め、菖蒲さんを見やる。
「加瀬様、今宵もお呼び下さいまして…ほんまにおおきに」
「おお、菖蒲はん。待っていましたよ」
菖蒲さんは微笑む加瀬様の傍に寄り添うと、私に微笑んだ。
「春香はん、おおきに。引き続き、ここで御持て成し宜しゅう頼みます」
「はい、承知しました」
そう言うと、私はまた彼らの会話を邪魔しない程度に、静かな曲を奏で始める。
「……あら、こちらのかいらしい旦那はんは?」
菖蒲さんが加瀬様に尋ねると、彼はご機嫌な様子で菖蒲さんの耳元で囁く。
「先日、わてんとこに弟子入りした者どす」
「そうやったんどすか、加瀬様は優しいお人やさかい、そのお人柄に自然と人も集まるんやね」
「嬉しいことを言うてくれはる」
加瀬様はほんのりと頬を赤く染めながら、そっと菖蒲さんの肩を抱き寄せた。菖蒲さんも、加瀬様の胸にしなやかな手を置き頬を寄せる。
「私は、北村隼人と申します。以後、お見知りおきを…」
北村さんは、菖蒲さんの方を見てにっこりと微笑むと、菖蒲さんも挨拶を返し微笑んだ。
やがて、加瀬様から舞を披露してくれと頼まれた菖蒲さんは、私の三味線の音色に合わせて舞い始めた。その、しなやかで心のこもった舞に、加瀬様も北村さんもうっとりとした目線を送っている。
(……今夜の菖蒲さんも、綺麗だなぁ…)
今夜も、艶(あで)やかに舞う彼女は、いつもよりも綺麗に見えた。
そして、数曲披露した後、加瀬様はご自身の仕事についてや、今後のことについて話し始めた。その話に、北村さんも、菖蒲さんも熱心に耳を傾けている。
今、植木職人の仕事が江戸や京で人気らしい。
北村さんも、加瀬様の腕を見込んでわざわざ江戸から足を運んで来たのだそうだ。
普段から、あまり意識したことのなかったこの仕事の奥深さを聞き、改めて今朝、北村さんが植えたであろう草木が気になりだし、私は彼に尋ねてみた。
「朝、持って来ていただいたものは、揚屋のどこに植えられたのですか?」
「ちょうど、この部屋の前にある庭ですが…」
それを聞いた私達は、話しをいったん中断すると、襖を開けて庭先へと足を運んだ。
「今朝手入れしたのは、あの辺りです」
みんなで、北村さんが指差すほうに目を凝らすと、夜の闇に黒く染まった草木の中、その部分だけが微かに白く光って見えた。
「えっ……あそこだけ白く光ってる…」
思わずそう口にすると、菖蒲さんも、加瀬様も少し驚いたような顔をしてそちらを見やっている。そんな中、北村さんが静かに呟いた。
「月明かりのせいかもしれませんが…不思議なこともあるものですね。でもきっと、月に選ばれたのでしょう」
「えっ?」
私達の視線を一斉に受け、彼は苦笑しながらも、そうだったら素敵ですよね…と、微笑んだ。不思議なこともあるもので、月明かりに照らされ輝いて見えたのは、今朝、彼が持ってきたという草木だけだったのだ。
「……なんて、柄にもないことを言ってしまったが…」
頭をかきながら苦笑する北村さんを見上げて、私も口を開く。
「いえ、きっとそうなのかもしれませんね。加瀬様や、北村さんたちの愛情がそうさせているのかもしれません…植物も生きていますから…愛情を注がれれば普段以上に輝きを放つもの。そう考えると、素敵ですしね」
「そうどすな…怖い言うより、もしそうやったとしたらなんて素敵なことでっしゃろ…」
私の横で、加瀬様に寄り添いながら菖蒲さんも呟いた。
(しかし、この人…なんて顔をするのだろう?こんなに素直で純粋な人もいるんだ…)
煩悩の欠片も感じられない彼の無邪気な笑顔に、私はどんどん引き込まれていった。
その後、私達はまた部屋へ戻ると、しばらくお座敷遊びなどをして夜更けまで楽しい時間を過ごした。そして、名残惜しいけれど、私と菖蒲さんは揚屋の玄関先まで二人を見送ることにしたのだった。
「加瀬様、今度はいつ来ていただけますか?」
菖蒲さんが加瀬様の腕に寄り添いながら呟くと、加瀬様は優しく菖蒲さんの肩を抱きしめながら、また近いうちに来ますと言い、今度は菖蒲さんの耳元で何かを囁いたようだった。
「……その日を楽しみにしています」
菖蒲さんはそう言い返すと、加瀬様はくすっと笑い今度は正面から抱きしめる。
「あの、春香さん…」
北村さんに声をかけられ、私は彼の澄んだ瞳を見つめて応える。
「はい、何でしょう?」
「私もまた…あなたに会いに来ても良いでしょうか?」
「……勿論です、また遊びに来て下さい。お待ちしています」
私はお辞儀をし、彼に微笑んだ。
その横で、加瀬様が菖蒲さんを抱きしめていた手を名残惜しげにそっと離すと、踵を返して大門のほうへと歩きだした。北村さんも、「では、またいつか…」と、言い残し、私に背を向け加瀬様の後を追いかけて行き、残された私達は、彼らの背中が見えなくなるまで見送ったのだった。
「あの、菖蒲さん…」
「何どす?」
「今更こんなこというのもなんですが…」
私は、なぜか…普段から心の中で思っていたことを伝えたくなって声をかけた。今までこんな私を、時には厳しく、時には優しく支えてくれたことに対しての感謝の気持ちを口にしていた。
「……ありがとうございます」
「なんどす?改まって…」
「私がここまでやって来られたのは、菖蒲さんのおかげです。勿論、秋斉さんや花里ちゃんたちのおかげでもありますが…」
俯き加減に呟く私に、彼女は優しく肩を抱きながら、春香はんはわての本物の妹みたいなもんやさかいと、言って微笑んだ。私は、この優しげな笑顔に何度励まされたことか…。
「姐さん……これからも、宜しゅう頼みます…」
「ふふ、こちらこそ宜しゅう頼みます、春香はん」
お互いにくすっと笑い合うと、私達は仲良く肩を並べて置屋へと戻った。
自分の部屋へ戻った私は寝支度を整え、行灯の火を消して布団に潜り込み、天井を見つめながら今日一日を振り返ってみる。
(……しかし、不思議なことってあるものだなぁ…)
月明かりに照らされて白く光っていた草木のことを考えると、不思議なことは本当にあるものだと、思わざるおえなかった。
幽霊とか、妖怪とかはあまり信じていないけれど…。
実際に、物の怪などはいるのだと思いたくなるほどに、私はあの夢のせいで少しずつ感化され始めているのかもしれない…。
そして、また怖い夢を見ないように、私は楽しいことを思い浮かべた。
でも、最後に浮かんでくるのは……。
彼の澄んだ瞳と、あの言葉だった。
『……春香、素敵な名前だ…』
『私もまた…あなたに会いに来ても良いでしょうか?』
どうしてこんなにも、彼のことが気になるのだろう?
私は布団を目元まで持ってくると、ギュッと目を瞑って必死に考えないようにした。
でも、そうすればするほど…。
彼の笑顔が浮かんでしまうのだった。
~あとがき~
また艶がのキャラ登場できず
とりあえず、ここまでは新キャラのことをしっかりと伝えたくて
次回からは、少しずついつもの旦那様たちが出てくる予定です
新キャラが…沖田さんと被ってしまうのは…何でだろう(笑)
またまた読んで下さってありがとうございました
って、これ…3月から滞っていたんですね…(7月1日現在)
この続き、書かねば!!