【バレンタインデーの夜は…】第1話
高杉晋作編
バレンタインデー前夜。
毎日のように花里ちゃんとお菓子作りをしてきた結果、あの人が好きそうなお菓子にめぐりあった。
それは、鹿の子(かのこ)というお菓子だ。
三層、四層構造で、まず餅、求肥、羊羹のうちどれかを芯とし、そのまわりに餡をつける。できた餡玉に鹿の子豆と呼ばれる形の整った豆の蜜漬けを外側に隙間なくつけて、最後につやを出すため寒天につけて完成した。
この鹿の子を作るのに、行きつけの和菓子屋さんのご主人に作り方を親切に教えていただいたり、図々しくも台所をお借りしたりして、何とか今日を迎えることが出来たのだった。
「上出来や~!これなら、高杉はんも喜んでくれるんとちゃうかな?」
私の作った鹿の子を見て、彼女が微笑みながら言った。
「……そうだと、いいんだけど…」
「大丈夫やって、自信持ち。これ、高杉はん好きやと思うわ」
それから私たちは、しばらくの間、出来上がった鹿の子を見つめながらニヤニヤしていた。
(……でも、高杉さんに渡せるだろうか…)
高杉さんは、龍馬さんたちと同じように日本中を駆け巡っているから、バレンタインデー当日に会えるとは限らない…。
私はお菓子を見つめながら溜息をつくと、彼女は私の肩にポンッと手を置く。
「あの高杉はんが、あんさんに会いに来ないわけないやんか!絶対に会いに来てくれはるよ」
「う、うん…」
彼女の笑顔に背中を押され、私はそっとお菓子を台所の隅に保管した。明日、いや、明日じゃなくてもいいから、高杉さんにお菓子を渡せますようにと、願いながら…。
そして、バレンタインデー当日。
私はいつものように、置屋や揚屋の掃除をしながら、朝からいろんな意味でドキドキしていた。今日、高杉さんと会えるだろうか?とか、会えたら何をどう伝えようか…とか。逸る気持ちを抑えられずにいたのだった。
舞や三味線の稽古をしているうちに半日が過ぎようとしていた頃、私はいつものように、お座敷へ出る為にある程度の身支度を整え、窓辺に座り込み外を眺めていた。
(……高杉さん、今どこで何をしているんだろう?)
やっぱり、今日中に渡すことは無理だと半ば諦めかけたその時、置屋の前に高杉さんらしき人が走りこんで来るのが見え、私は思わず息をのんだ。
「あれは、高杉さん?!」
そして、またしばらく外の様子を窺っていると、数人の男の人たちがキョロキョロしながら辺りを見回しているのが見える。
(……さっきの、高杉さんだった…よね?)
私は窓辺にギリギリまで前かがみになっていると、襖の向こうから、「入るぞ」という声と共に、高杉さんが上がり込んできた。
「高杉さんっ!」
「よお、久しぶりだな春香」
彼は、ビックリして目を見開く私をニヤリと見ると、澄ました顔で言った。相変わらずの突然の訪問に、私は呆れながら尋ねる。
「また追われていたんですか?」
「……まぁな。人気者だからしょうがない」
そう言いながら、彼は私の傍に胡坐(あぐら)をかいた。
「そろそろ、俺に会えなくて寂しがっている頃だと思ってな…京に来たついでで悪いんだが、お前に会いに来てやったぞ」
そう言いながら、彼は私を強引に抱き寄せると、私の首筋に顔を近づけそっと囁く。
「……お前のこの香り、久しぶりだな」
彼の鼻先が首筋に触れる度に、私はくすぐったさに身を竦(すく)めた。
「高杉さん…あの、元気そうで何よりです」
「ああ、命はいくつあっても足らんが」
そう言うと、彼はクスッと笑った。そして、私も会いたかったことを簡単に説明すると、彼は少し驚いた顔をして私を見つめる。
「ばれん…たいん?」
「はい、私の故郷の…一種のお祭りみたいなものなのですが…」
「で、俺にその菓子を渡したいと?」
彼は、さらに自信あり気に微笑んだ。
私はドキドキしながらも、そうだと呟くと、彼はなおも嬉しそうに言う。
「そうか、偶然とは言え…そんな日にお前に会えるとはな。日頃の行いが良いからだろう」
「日頃の行い、ねぇ…やっぱりここにおったんか…」
その声に振り返ると、秋斉さんが私の部屋の前で溜息をつきながら立っていた。そして、彼は開いたままだった襖を静かに閉めながら呟く。
「……さっき、あんさんのお連れ様がやってきて、お引取りいただくの大変やったんどすえ…。それに、お座敷前の新造の部屋に勝手に上がり込んで、ほんまに困ったもんやな…」
「藍屋、そう堅いことを言うな」
(……確かに…高杉さんに会いたかったけど…いつも突然で、彼に振り回されているような気がする…)
ニヤリとする高杉さんに、秋斉さんは溜息をつきながら、「これで最後にしておくれやす」と、言うと、高杉さんは頭をかきながら、「わかった」と、笑顔で答えた。
「……その言葉、何回聞かされましたことやら…とにかく、春香はんはまだ新造やさかい、いくらあんさんが気に入った言うても、手を出したらあきまへんえ」
「……それは約束できんな」
「そうか……ほなら、お勘定も上乗せさせてもらうが…それでもええな」
「…………」
秋斉さんの容赦ない言葉に、高杉さんは少し呆気に取られながらも、次第に余裕の笑みをこぼしだす。
「わかったよ、じゃあ…もう少し我慢するとしよう」
そう言いながら、高杉さんは鼻と鼻がくっつくくらいの距離まで近づいてきた。無言で呆れる秋斉さんを横目に、私は高杉さんの肩を押さえて距離を置く。
「春香、お前も素直になれ……藍屋に遠慮することはない」
「高杉さんは良くても、私は気にします…」
高杉さんは、恥ずかしげに俯く私を横目に、秋斉さんのほうを見ながら言った。
「明日また、京を離れることになったから、今夜は春香を借りるぞ」
「……承知しました。せやけど、行き過ぎた行為はわてが許しまへんえ」
秋斉さんが苦笑しながらそう言うと、高杉さんは立ち上がり、私を見下ろしながら、「揚屋で待っている。今夜は俺だけの為に今よりも綺麗になったところを見せてくれ」と、言い残し、二人は部屋を後にした。
(……高杉さん、また遠くへ行ってしまうのか…)
私は、鏡の前で高杉さんが好きそうな着物を羽織り、髪の乱れを確認する。そして、台所へ寄ってお菓子を持つと彼の待つお座敷へと急いだ。
【第二話へ続く】
~あとがき~
この後、いよいよ高杉さんとの熱い一夜を……。
( *´艸`)
この続きは、いつになるかわかりませんが
今回も、読んで下さってありがとうございました!
そして、ひな祭りイベは、慶喜さんのみで我慢です
龍馬さん本編用にガチャ券使えないから
イベ、続きすぎですよね…。
嬉しいけれど