<艶が~る、妄想小説>
今回は、秋斉さんと慶喜さんが喧嘩をしてしまい、その場に偶然居合わせた主人公(春香)との葛藤なんかを書いてみました そのうち、ひょんなことから慶喜さんが春香の部屋に泊まることに…。

艶サイドストーリー。よかったら、読んで下さいませ
※まことに勝手ながら、主人公の名前を「春香」と書かせてもらっています
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もう一つの艶物語 ~相思~ *慶喜&秋斉*
「もういい!この話はここまでだ」
ふと、秋斉さんの部屋の前を通り過ぎようとした時、怒鳴り声と共にもの凄い勢いで襖が開かれた。そこから現れたのは、慶喜さんだった。彼は、目の前にいる私に驚きながらも、無視するかのように急ぎ足で通り過ぎる。私はすぐに慶喜さんの名前を呼んだが、彼は一度も振り向くことなく去って行った。
(……あんな慶喜さんを見るのは初めてだ……)
彼の姿が見えなくなるのを見届け、部屋の中を見ると、秋斉さんが一点を見つめて座っていた。
「あ…秋斉さん?すみません…ちょうど前を通りかかって…」
「心配せんでええ…なんもあらへん。あんさんが気にすることやおまへんさかい…まだ仕事の途中でっしゃろ?もう戻り」
秋斉さんは静かに言うと、いつもの微笑みを見せた。私はこれ以上ここにいてはいけない気がして、すぐに挨拶をし、その場を離れたのだった。
それからしばらくして、いつものように準備をし、お座敷へと向かって廊下を歩いていた時だった。店先で、番頭さんたちが小さい声で話しているのが聞こえてきた。
「藍屋はんが軽く熱出しはったん言うんは、ほんまかいな」
「ああ、最近しんどそうやったしな…」
(秋斉さん、熱を出すほど体調が悪かったのか…)
私は、彼の容態が気になりつつも姉さんたちとお座敷へ向かった。
そして、無事に仕事を終え、化粧を落とし着替えを済ませると、すぐに秋斉さんの元へと急いだ。部屋からは、微かな灯りが隙間から漏れている。寝ているかもしれないと思いつつ、思い切って声をかけた。
「秋斉さん、あの…起きてますか?」
「……春香はんか?お入り」
襖をゆっくりと開けると、秋斉さんは布団の上で上半身だけ起き上がっていた。
「熱を出したと、番頭さんが話しているのを聞いたのですが…大丈夫ですか?」
「熱は下がったさかい、もう大丈夫や」
「……よかった」
私はホッと胸を撫で降ろした。顔色も、さっき見た時よりは良くなっている気がする。
「あの、何か欲しいものは?お茶でもお持ちしましょうか?」
「そやな、ほな、お茶を頼みます」
私は、「はい」と頷くと、急いで台所へと向かった。お茶の用意が出来て、部屋まで戻ろうとした時だった。廊下に、誰かが立っているのが見えて目を凝らすと、薄暗い中に立っていたのは慶喜さんだった。
「け、慶喜さん…」
「え……」
私が声をかけると、彼は少しびっくりしたようにこちらを振り返った。
すると、その時。
「二人とも、入り…」
部屋の中から秋斉さんの声がした。
私と慶喜さんは、バツが悪そうに顔を見合わせながら部屋へ入ると、慶喜さんは無言で襖の側に座り込んだ。私は、秋斉さんの側へ行くと、そっとお茶を置く。
「あまり、わてに近づかんほうがええよ。今、あんさんに身体を悪くして寝込まれたら、こっちが敵わんさかい」
そう言うと、秋斉さんは布団の上に正座しながらお茶をすすった。
それから、しばらくの間沈黙が流れた。
横目でチラリと慶喜さんの方を見ると、少し俯き加減に一点を見つめている。何が原因なのか私には検討もつかなかったが、二人がこんな風に気まずい雰囲気を作って、ただ押し黙っているのに耐えられなくなり、慶喜さんにお酒でも持って来ようかと立ち上がった。
「あの、慶喜さん。お酒でもお持ちしましょうか?」
私が言うと、慶喜さんはやっと重い口を開いた。
「……じゃあ、熱燗を頼むよ」
「はいっ!」
私は元気良く答えると、またいそいそと部屋を出て行った。
「なぁ……秋斉」
慶喜さんが静かに口を開いた。
「なんや…」
「ごめんな……」
「あんさんのせいやおまへん。そやけど、あんさんのあないに怒った顔を見たんは、久しぶりやったな」
秋斉さんが目を細めながら言うと、慶喜さんは少し安心したように話し始める。
「……いつもは、お前に泣かされてばかりだったのにな」
「あんさんがヘラヘラしとるからや。せやから、わてが尻を叩かんとな」
「…そんなに頼りない?」
「ヘラヘラしっぱなしや…」
少しだけ二人に笑顔が戻り始めた。
そして、またいつものように話し始める。
「さっきの件なんだが…やはり、お前の言うことが正しいな」
慶喜さんは、真剣な眼差しで言った。
「せやけど、あんさんの言うことも間違ごうてやおまへん。さっきは、あんさんの気持ちもよう考えんと…ずけずけと言いすぎてしもた」
「秋斉……お前には、いつも感謝しているんだ」
「はは…改めて言われると、なんや気恥ずかしいどすな。あんさんの為ならわては火の中、水の中や。あんさんの笑顔を見守るんがわての使命やと、そうするんが一番、わてにとって名誉なことやと…そう思って今日まで来たさかい」
秋斉さんは少し照れながら言った。
お酒の用意が出来て、秋斉さんの部屋の前まで戻り襖の引き手に手をかけた。
その時、一瞬二人の会話に手を止める。
「それと…慶喜はん、春香はんのことやけど。本当のところ…あんさんは、どない思うとるんや?」
「……好きだよ、掛け値無しに。初めて会った時から……一目惚れってやつだな」
(え?慶喜さんが、私のことを?)
これまた偶然とはいえ、聞いてはいけないことを耳にしてしまったようで、私はその場を動けないままだった。
「ほんまに好いとるんなら、ええ」
秋斉さんの優しげな声が聴こえた。
「お前こそ、春香のことを気に入ってるんだろ?」
「……わてはあの娘を立派な遊女にしたいだけどす」
「……本当にそれだけ?」
「……………」
二人のやり取りに、心臓がドキドキして思わず胸を押さえた。けれど、そのドキドキを押さえ込み思い切って襖を開けて入って行く。
「お酒、お待たせしました!」
部屋に入ると、二人は私を見つめて微笑んだ。
「待ってました!」
慶喜さんが私からおぼんごとお酒を取り上げると、畳の上に置きにこにこしながら言う。
「お酌してくれないか?今夜は気分がいいんだ」
「はい、ただいま」
私も笑顔で言うと、お猪口を持つ慶喜さんにお酒を注ぎながら、二人に話しかける。
「お二人とも、仲直りされたみたいですね」
「はじめから喧嘩なんてしてないよ。なぁ、秋斉」
「そやけど、春香はんに心配させてしもたさかい、謝らないとあきまへんな」
「そんな!謝るだなんて」
偶然とはいえ、私が通りかかったことで逆に二人に変な気を使わせてしまったかもしれないと思うと、私の方こそ謝りたいくらいだった。
今までも、私の知らないところで言い合いはあったのかもしれない。いつも二人がどんな話をしているのか、私には検討もつかないけれど、とても大切なことに違いない。でも、二人がまたいつものように楽しそうにしてくれている。それが、当たり前だけど嬉しかった。
それから、私たちは時が経つのも忘れ、いろんな話をした。それは世間話のような、たわいの無い話しや、秋斉さんと慶喜さんの子供の頃の話、彼らの思想や夢、日本の未来を想像した話など。笑ったり怒ったり、本当に楽しい時間を過ごしたのだった。
「はぁ~、こんなに笑ったのは久しぶりかもしれないな。でも、もうそろそろ帰らないと」
と、慶喜さんが笑顔で言った。
「慶喜はん、今夜はここへ泊まって行き。春香はん、今夜はあんさんの部屋に慶喜はんを泊めたってくれはりますか?」
「はい……って、ええ?」
私は、一瞬返事をしてしまったが、秋斉さんの言葉に驚いた。
(私の部屋に、慶喜さんを泊める?)
「あ、あの……どうして私の部屋なのでしょうか?」
私が慌てて聞き返すと、秋斉さんは苦笑しながら言った。
「この寒う中、夜道を帰す訳にはいかへんし、わてはこないな病み上がりやさかい、ここに寝かせる訳にもいかひん」
考えてみれば、他の部屋は全て使用中で、私の部屋が妥当なのかもしれないが、よりによって大好きな慶喜さんが私の部屋に泊まるとなると、私は眠れる訳もなく…。秋斉さんは、そのへんを分かって言っているのだろうか?
「春香は、俺を泊めるのが嫌なのかい?」
慶喜さんが悲しそうな顔で言った。
「い、いいえ!そんなことは無いんですけど、あの、その…」
「何もそないに動揺せんでもよろし。慶喜はんはあんさんを取って食おうとは思うとらんさかい」
「いや、それ以上のことをするかもしれないな」
慶喜さんが悪戯っぽく笑うと、秋斉さんが眉毛をピクリと動かしながら言った。
「そないな事、わてが許しまへん……」
「嘘だよ……本当に冗談の通じないやつ…」
その後…。
結局、私の部屋に慶喜さんを泊めることになったのだった。慶喜さんは秋斉さんの部屋で着物を着替えを済ませ、私は一足先に自分の部屋へと戻ると、急いで着替えを済ませ、布団を二式分敷いた。
(本当に、慶喜さんと一夜を共にすることになるなんて…)
すると、そこへ秋斉さんの浴衣を纏った慶喜さんがゆっくりと襖を開けて部屋へ入ってきた。彼は、布団の上に横たわると、私のほうに手を差し伸べる。
「さ、こっちへおいで」
その姿は、静止できないほど色っぽく、その声はいつもよりも甘く感じられた。
「べ、別々に寝るんです!」
「離れて寝るより、一緒に寝たほうが温かいだろう?さ、意地をはらずにこっちへおいで」
彼は優しく微笑むと、更に手招きをした。
(…確かに、一緒にくっついて寝たほうが温かいだろうけれど…)
私は俯きながら自分の布団の上に座り込むと、彼はゆっくりとこちらへ近寄って来た。
「じゃあ、お前の布団で一緒に寝るか」
「そういうことじゃなくって!」
私は顔を真っ赤にして言うと、彼はくすくすと笑った。
「取って食ったりはしないから」
「当たり前ですっ!」
「俺って、そんなに信用ない?」
彼は、子供のような瞳で唇を尖らせながら言った。その少し泣きそうな表情に観念して、私は少し微笑んだ。そして意を決して、私は彼と一緒の布団で眠ることにしたのだった。
一つの布団に二人で寝るなんて、それも大好きな人と。女の子にとって、こんなに幸せなことは無いだろう。すぐ隣に感じる彼の息遣いや、温もりが身も心も温める。そして、さっきまでドキドキしていた心臓が、なぜか落ち着きを取り戻し、不思議と安心感へと変わっていった。
「ほら、温かいだろう?」
彼は私のほうを向き、片肘を立てて言った。
「……はい。あったかい…」
私は彼の瞳を見つめると、少しだけ慶喜さんの胸元に顔を寄せた。すると、彼は私の耳にかかった髪をやさしく触れながら囁く。
「我慢出来るかな…俺」
にこっと笑うと、今度は私の頬に優しく触れる。
「こんなに早く俺の夢が叶うとはね。秋斉に感謝しなきゃな」
行灯の火に揺られる彼の顔は、とても色っぽかった。
「しかし…久しぶりだな。こんな風に同じ布団で誰かと眠るのは。ガキの頃以来かな…」
「私もです…」
「……嫌じゃなかった?俺とこうするの…」
「嫌なことはありません!逆に私、あの…慶喜さんのこと…す……す…」
私がその続きを言えないでいると、彼はくすくすと笑う。
「す?なんだい??」
「あの、す……す…すごく信用してます!」
「なんだ…俺のことが好きでたまらないって言うのかと思ったよ。俺はこんなにお前のことが好きなのにさ」
ふと、その言葉を聞いて見上げると、彼は真剣な眼差しで私を見ていた。
「春香、今夜は俺だけのことを思ってくれないか?」
「け、慶喜さん…」
すると、彼は私の頬に優しくキスをした。触れるか触れないか分からないほどの優しいキスだった。いつもは、お世辞みたいなことばかり言っていたから、私だけ自惚れてしまっていたけれど、今夜の彼の告白は心底嬉しかった。
(本気にしてもいいのかな…)
それから、私たちはすぐ側にある温もりを感じながらも、また思い出話に花が咲く。今度は私が小さかった頃の話しを、彼はにこにこしながら聞いてくれた。そして、しばらく私は天井を見つめながら話を続けていたが、ふと彼のほうを見ると、彼は目を閉じてコクリコクリとしていた。
「あ、慶喜さん…」
「……ん?あ、ごめん。うとうとしてしまったみたいだね」
「いいんですよ。慶喜さん今日は特にお疲れでしょうから」
私が笑顔で言うと、彼は大きな欠伸をする。
「お前の声は子守唄みたいだね。思わず心地よくなって眠りそうになったよ」
「ふふ、寝てたくせに」
そう言いながら、私は行灯の火を消し、また慶喜さんの隣へ静かに潜り込むと、そこには、気持ち良さそうに寝息を立てて眠る彼の顔があった。
そしてしばらくすると、月明かりに彼のシルエットが浮かび上がる。気持ちよさそうに眠る彼の顔を見つめながら、私もいつしか深い眠りに入って行った。
次の日の朝。
私の名前を呼ぶ声がして、目を開けると慶喜さんが笑顔でこちらを見ていた。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「あ……」
私は布団を目の位置まで持ってくると、躊躇いがちに挨拶をする。
「お、おはようございます…夢じゃなかったんだ」
「昨夜はせっかく二人が結ばれる良い機会だったのに、もったいないことをしたな。不覚にも先に寝てしまうとは…」
「け、慶喜さん…」
「次は多分…我慢できないだろうな」
その言葉に、私は気を失いそうになるくらい恥ずかしくなり、さらに布団を頭まで被ると、そんな私の行動に、彼はくすくすと笑った。
「顔を隠さずに、見せてくれ。寝起きのお前も可愛いから」
「む、無理です!今は…」
すると、彼はゆっくりと布団を捲り上げ、私の顔を見つめて言う。
「…寝顔も可愛かったよ」
そう言うと彼は、私の頬に優しく触れる。
「また泊まりに来ようかな」
にこっと微笑む彼の顔を見て、私も思わず微笑んだ。
それから、いつもの朝が始まった。
慶喜さんはいったん秋斉さんの部屋へ行き、着替えを済ませると笑顔で帰って行った。
秋斉さんも、一晩ぐっすりと眠ったおかげで体調も良くなったのか、またいつものようにいそいそと動きまわっている。
「あ、秋斉さん!」
廊下を急ぎ足で歩く彼を見つけて、声をかけた。
「おはようさん」
「おはようございます!あの、もう大丈夫なんですか?」
「へぇ、もうすっかり元気になりました。ところで、慶喜はんから何もされへんかったやろな?」
目を細めながら言う彼に、私は顔を赤くした。
「わ、私も慶喜さんも、疲れていたので…あの、その…すぐに寝てしまいました」
「慶喜はんは、ああ見えてもあんさんのこと本気やさかい、大事にしてくれはるよきっと」
「え……あ、あの…」
言いよどむ私を見て、秋斉さんはまたくすくすと笑う。
「さ、今日もおきばりやす」
「はいっ!」
私はいつものように、置屋の玄関先から掃除をし始めた。
ふと、見上げると雲一つ無い青空が澄み渡っている。
そして、昨夜の事を思い出し、一人頬を赤くした。
(次は、いつ会えるかな?)
<おわり>
読んで下さってありがとうございました♪
( *´艸`)