<艶が~る、妄想小説>


もう一つの艶物語 ~想い~ (前半) #1  



今回は、~想い~の前半部分を投稿しました。


龍馬さんに関しては、大本命の為、何かのエンドを目指して…的な物語を制作中ですキラキラ



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季節は初夏。


私と翔太くんが幕末の時代にやって来てから約半年が過ぎようとしていた。


私達はいったん離れ離れになってしまったけれど、私は慶喜さんに引き取られ、翔太くんは龍馬さんに引き取られて、どうにか今日まで頑張って来れたのだった。


初めて龍馬さんに会ったのは、翔太くんとこの時代にタイムスリップしたその日だった。制服姿の私達を見て、驚いていた彼の顔が今も私の脳裏に焼きついている。でも、こんなふうに知り合って恋に落ちるとは夢にも思っていなかった。


幕末の英雄、坂本龍馬と…。


いつものようにお座敷に出る準備をし、呼ばれた部屋の襖を開けて挨拶をすると、目の前には懐かしい顔が二つ並んでいた。翔太くんと龍馬さんが、お座敷に遊びに来てくれたのだった。


「翔太くん!龍馬さん!」
私が笑顔で言うと、二人も笑顔で私を迎えてくれた。


「春香、久しぶり!」
「やっと、おまんに会いに来られたぜよ!」


私は、両手を付き改めてお辞儀をし、顔を上げると、二人がこれでもか!ってくらいの顔で微笑んでいた。


「翔太くんも、龍馬さんも元気でなによりです」


そう言うと、私はまず龍馬さんにお酌をする。


「ありがとう、春香」
龍馬さんはお酒を一気に飲み干すと、笑顔で言った。


そして、次は翔太くんにお酌しようとすると、彼は手で制しながら遠慮すると言った。


「翔太、おまんも今夜は一杯どうじゃ?」
「俺は、外では飲みません」
「なぜじゃ?」
「なぜって……龍馬さんは本当にお気楽すぎますよ…俺が酒弱いの知ってるくせに。帰り道、何者かに狙われたら、龍馬さんを守れないじゃないですか」
「ほんに、翔太は真面目じゃのぅ…」
翔太くんが仏頂面で言うと、龍馬さんは頭を掻きながら苦笑いをした。


私は、まるで兄弟みたいな二人のやりとりに可笑しくなると、口を押さえながらくすくすと笑った。

それから、翔太くんと龍馬さんの武勇伝を聞いたり、お座敷遊びをしたりして楽しい時間を過ごしたのだった。



「今夜は、久しぶりに楽しかったのぅ。春香の顔も見られたし、これで明日からも頑張れそうじゃき」
「喜んで貰えて良かったです。私も、二人に会えて嬉しかった!」
「名残惜しいが、今夜はもうこのへんで帰らにゃならん…」


龍馬さんはゆっくりと腰を上げて立ち上がり、窓際の小さな襖を開けて外を覗き込む。

その姿を見た翔太くんも立ち上がり、私の側に近寄ると、しゃがみこんで言った。


「春香、またいつか会いに来るからな」
「うん、次はいつくらいかな?」
「……それは分からないな。でも、なるべくこっちにいる間は様子を見に来るから、お前も頑張れよ」
「うん。翔太くんも気をつけてね」


すると、窓際で龍馬さんが空を見上げて言った。


「おっ!二人ともちくと来い!まん丸なお月様が見えるぜよ。ほんに綺麗な満月じゃ…」
私と翔太くんも、龍馬さんの傍らで同じように空を見上げると、そこには雲ひとつ無い夜空に月が輝いていた。
感嘆の声を上げると、私たちはしばらく月を眺める。

やがて、月を見上げたまま龍馬さんが口を開いた。


「お月様ん中で、兎が餅つきをしゆう話を知っちゅうか?」
「はい、そういうふうに見えますもんね」


翔太くんが答えると、龍馬さんは目を擦りながらまた話し始める。


「そうじゃ、わしにもそう見えちょったが…今夜は人の顔のように見えよる…何でかのう」
龍馬さんが言うと、私と翔太くんはお互いに顔を見合わせて首をかしげた。
「人の顔に?」
「ほうじゃ……不思議じゃのぅ…」


二人を見送ると、私はさっきの龍馬さんの言葉を思い出した。
龍馬さんだけ、月の中の兎が人の顔に見えたことが胸の奥で引っかかっていた。

月の中の兎が人の顔に見えるとき…心が弱っている証拠だとお母さんから聞いたことがある。
龍馬さんは、身も心も疲れ果てているのかもしれない…。


私はそう考えると、急に胸騒ぎのような動悸に襲われた。

月明かりに照らされた龍馬さんの横顔は、憂いを宿したようにも見えたから…。
不安な気持ちを抑え込みながらも、私は自分の部屋へと戻ったのだった。


あの夜から、数日が経ったある日のこと。


倒幕勢力最有力であった長州藩の京都における勢力を一網打尽にすべく、薩摩藩と会津藩が手を組み「八月十八日の政変」が起きた。これにより京の政情は一変し、八月に天誅組が大和国(奈良)で挙兵したが、翌九月に壊滅して吉村虎太郎、那須信吾ら、多くの土佐脱藩志士が討ち死にしている。


そして、その後。


龍馬さんは、高杉さんたちと一緒に動くことになるのだった。世に言う、薩長同盟だ。


薩長同盟が盟約されるのはまだしばらく後のことだが、その間、龍馬さんと翔太くんはずっと忙しく動き回っていたのだった。そんなことも知らず、私はいつものように遊女としての稽古や仕事を一生懸命勤めていたのだった。


それから夏が過ぎ、秋が顔を見せ始めた頃。

突然、置屋に翔太くんが訪れた。


「翔太くん!」
「よぉ、元気だったか?」
「うん、元気だよ。龍馬さんは?」
私が尋ねると、彼は少し俯いて龍馬さんが体調を悪くして倒れたと教えてくれた。


「え…龍馬さんが?」
「ああ。龍馬さんと仲の良かった武市さんが投獄されたりして…少し元気も無くて…」

「おや、あんさんは……翔太はん?」
突然、部屋から出てきた秋斉さんが、翔太くんを見て言った。


「あ、どうも!お久しぶりです藍屋さん」
「今日はどないしはったん?」
「あ、春香にちょっと話があって…寄らせて貰いました」
「ほなら、春香はんの部屋でするといい。さ、お上がりやす」


それから、翔太くんを私の部屋へ案内すると、彼は少し疲れたようにため息をつきながらあぐらをかいて座り込んだ


「ところで、龍馬さんの容態は?」
「高熱が続いたからちょっと心配だったけど、今は少しずつ回復してるよ」
「心配だな…龍馬さん、頑張りすぎちゃう人だから…」
「……ああ」

彼は一口お茶を飲むと、俯きながら話し出した。


「あのさ、お前も龍馬さんがいずれ暗殺されてしまうことは知ってるよな?」
「……うん。でも、私…なんとか暗殺を前もって防げないかと考えてたの」
「俺も、それはずっと考えてたよ。もしも龍馬さんを守りきることが出来たら嬉しいけど…歴史を変えることになる…俺たちが勝手にそんなことしていいのかな」


彼は俯いたまま、何かを考えているようだった。


「そう…だけど。私は龍馬さんに生きて貰いたい。私にとってあの人の笑顔は心の支えだから…」
真剣な眼差しで言う私を見て、彼は少し驚いた表情をした。


「もしかしてお前、龍馬さんのこと…好きだったりする?」
「……うん。いつからなのかは分からないけど、私…気が付くと龍馬さんのことだけを考えてしまうんだ」
「そうか…でも、もしも俺たちが龍馬さんを守りきれなかったら、龍馬さんが死んでしまったら…辛い思いをするのはお前だ。俺は、お前にそんな思いをさせたくない…」


翔太くんのお茶を持つ手が少し震えた気がした。

私は少し躊躇いながらも、話し始める。


「それでもね…私、龍馬さんのことずっと好きでいたいんだ。遠く離れていても…彼が、いつか暗殺されてしまう人であっても…」

床に目を落としながら言うと、つかの間の沈黙が流れた。
やがて、彼はふっと笑って私の肩に手を置いて言った。


「お前がそこまで覚悟していたとはな……それなら、もう何も言わないよ。俺は全力であの人を守る!今までも、それだけを考えてきたけれど、これからはもっと力になれるように頑張るよ」
「翔太くん…」
「お前を泣かせないためにも…」


いつにない彼の真剣な眼差しに、私は力強く頷いた。


丁度その頃、龍馬さんの航海術の専門知識を重視して、薩摩藩は亀山社中を作っていた。商人が参集していた長崎の小曽根英四郎家を根拠地として、下関の伊藤助太夫家、そして京都の酢屋に事務所を設置していた。亀山社中の成立は、商業活動の儲けによって利潤を上げることの外に、当時、水火の如き関係にあった薩長両藩和解の目的も含まれており、後の薩長同盟成立に貢献することになるのだった。そして龍馬さんは、なんとか薩長同盟を成功させたくて必死になっていたのだった。


翔太くんと会って話をしてから、数週間。
龍馬さんたちは、下関と京を行ったり来たりして忙しい日々を過ごしていた。



そして、冬が顔を覗かせ始めた頃。
久しぶりに、あの無邪気な笑顔が私を待っていてくれたのだった。


「春香!会いたかったぜよ!」
龍馬さんは、襖の前に立ち両手を広げて私を出迎えてくれた。
今夜も、翔太くんと龍馬さんは私をお座敷へと呼んでくれたのだ。


「よぉ、春香」
ふと、声をかけられてそちらを見ると、そこには高杉さんがニヤリと笑っていた。


「お前、色気が出てきたな……惚れたやつでもいるのか?」
「た、高杉さんってば、もう何を言ってるんですか!」

私がうろたえていると、彼はますます面白そうに笑い出した。


「お前のその顔が見たかった。酒のつまみには最高だ」
「高杉、おんしという奴は…」
龍馬さんが少し不機嫌そうな顔で言うと、高杉さんの隣に座った。


すると、高杉さんの傍にいた翔太くんが私のほうまで歩いて来ると小声で囁く。


「春香、ちょっといいか?あのな、どうやらいよいよ…薩長同盟が結ばれそうなんだ」
「え?本当に?!」
「ああ、これからが本番って感じだな…」

すると、そこへ高杉さんの私を呼ぶ声がした。


「おい、春香。酌を頼む」
「あ、はい!ただいま」


私は急いで高杉さんにお酌をすると、龍馬さんにもお酌をした。


「二人でこそこそと、秘め事か?」
高杉さんがからかうように話しかけてきた。

すると、高杉さんの近くに座っていた龍馬さんがびっくりしたような顔で言う。

「何?おまんら、わしに内緒にしゆう事でもあるがか?!」
「そんなのありませんよ!」
翔太くんも私たちの元へゆっくりと戻ると、弁解した。


私は何か話題を変えようと思い、高杉さんに三味線を弾いてくれとお願いしてみることにした。

「あ、あの…高杉さん!久しぶりに三味線を奏でて下さい!」
「ん、聴きたいか?」
「はい!是非」


私がしどろもどろになりながら言うと、高杉さんは何曲か演奏してくれた。


「ほんに、高杉の三味線はごっついのう!」

龍馬さんは大きく拍手をしながら、満面の笑顔で言った。
「褒めても何にも出ないぞ、坂本」
弾き終わると、高杉さんはお酒を一杯ぐいっと飲んだ。


「お世辞じゃないき、まっことおんしの三味線の音色は日本一じゃ。のう、翔太、春香!」
「本当にいつ聴いても、素敵です」
私も拍手をしながら絶賛した。
翔太くんも初めて聴く高杉さんの演奏に、びっくりしていたようだった。


憎まれ口をたたきながらも、普段から艶やかな表情を見せる高杉さんだけど、三味線を弾いている時の彼はまるで別人で、瞼を閉じて演奏する姿は例えようも無いほど美しかった。


それから、私たちはお座敷遊びをすることになって、私は新撰組一番隊隊長、沖田さんから教わった投扇興を提案した。投扇興とは、枕といわれる桐の箱の上の蝶と呼ばれる的に扇を飛ばして当て、その形によって点数を競うものだ。

蝶の乗っている枕を挟んで、枕から競技者の距離は開いた扇四つ分。
お互い五投ずつ交互に扇を投げたところで、チェンジしてまた五投ずつ投げる。
そして、十投の合計点を競う。
それぞれ点数のジャッジは行司が行うというもの。


まずは、龍馬さんと翔太くんが競うことになって二人は先行後攻を決めた。
その結果、翔太くんが先行となって、彼は持ち慣れない扇を構えながら呟く。


「やり方は理解したつもりだけど…難しそうだな…」
「翔太くん、扇の持ち方はピストルを握るみたいにするの。で、中指から小指までは軽く曲げる感じだよ」


私が説明をすると、彼はすぐにその通りにしてスッと扇を投げた。


「翔太くん、朝顔。7点…」
「へ?たったの7点?…難しいなぁ…」
翔太くんは頭をかきながらため息をついた。


「わしも苦手じゃ…」
龍馬さんも同じように構えると、一投目を投げた。
けれど、扇は蝶に掠りもしなかったのだった。


「龍馬さん…0点」
「ぬぅ……次は頑張るきに」


こんな具合で、翔太くんと龍馬さんは十回ずつ投げ終わった。
行司をしながら、私は二人の競い合う姿がとても面白くて、久しぶりに大笑いした。
そして、翔太くんが龍馬さんに圧倒的な点差で勝負を決めたのだった。


次は、私と高杉さんとの勝負。


高杉さんは手酌をして一杯お酒を飲み干すと、すっくと立って私の肩を抱いて言った。


「もし、俺がお前に勝ったら…朝まで付き合ってもらうぞ」
「え?」


私が戸惑っていると、近くにいた龍馬さんが驚きながら言った。


「おい、おんしは何を言いゆうが!」
「何って、こういうお遊びは賭け事をしたほうが盛り上がるだろうが」
「ずるいぞ、高杉!ほなら、わしと翔太も春香をかけてもう一勝負じゃ!」


龍馬さんの勢いに、翔太くんは呆れ顔で呟いた。


「何を言ってるんですか、龍馬さん…高杉さんも、春香をかけて勝負するなんてむちゃくちゃですよ」
「お前ら、本当に真面目だな…春香はどうなんだ?」


私の顔を覗き込む高杉さんは、いつにも増して艶めいて見えた。


「え?あの……その…」
「春香が困っちゅうやろうが!」
「ははは、なんでお前がムキになってんだ?坂本」


高杉さんの言葉に、龍馬さんは一瞬、頬を染めて黙り込んだ。


「それは…なんちゅうか……」
「お前も、春香が気になるのか?俺は欲しいものは必ず手に入れる性質でな。悪いが、俺が勝ったら春香はいただくぞ」


ニヤリと笑いながら高杉さんが言うと、龍馬さんは真剣な顔つきになり腕まくりをした。


「高杉、わしと勝負じゃ」


龍馬さんの真剣な顔に、私と翔太君はただただ驚くだけだった。
私と高杉さんの勝負のはずが、高杉さんと龍馬さんの勝負となり…。


なぜか、私をかけた戦いが始まってしまったのだった。




<つづく>