先日、新車登録してから20年経ち、再来月車検の自動車を

自動車税が課される来月を前に手放しました。

 

もう次の車検は通さないと事前に決めていたので

今回の売却に躊躇はなかったものの、

走行距離が20年で7万キロ以下ですから

塗装などの外装の劣化を除けば状態は良く、

乗り心地はとても快適でまだまだ乗ることができます。

 

そのため、売却先へ自分で持っていく最後の運転でもまったく揺れはないし、

大きな幹線道路で後ろから煽られてもスムーズに加速できる。

乗り心地の良さは新車の時からあまり変わらないなあと思いながら

車を降りました。

 

そのあと必要書類を渡して、最寄りの駅まで今度はこの車で送ってもらいました。

自分がいつも運転席で乗っている車ですから助手席に乗ることはほとんどなく、

最後の最後に自分がここに座るとは何とも表現しがたい状態でした。

 

普段人を乗せているときも乗り心地はよかったんだなあと改めて感じ、

20年前にこの車がいいと選んだ亡き父のクルマ選びは正しかったと思いました。

 

 

 

というのはこの前日に、

このクルマに免許返納前まで乗っていた母を乗せて、

昔、家族で住んでいたところを久々に見にいこうドライブしたのですが、

そのときに「オヤジがいいって言うからこれにした」という話を聞いており、

このクルマでどこへ行ったとか、ここを取り換えて直したとか、

思い出話をしていたからです。

母もこのクルマは乗り心地がいいねえと繰り返し言っていました。

 

このようなことを経て昨日クルマを手放し、

一晩経ってみるとこれまでに感じたことのない気持ちになりました。

 

 

肩の荷が降りたというか、ほっとしたというか、余計な力が抜けた感じです。

 

 

20年前に父がこのクルマを選び、父も母もこのクルマに乗り、

母の免許返納のあと私が引き継いでからの数年、

たぶん私自身、何らかのプレッシャーを感じてきたのだろうと思います。

 

 

きっとクルマを「所有する」という概念がなくなって

もう税金からも、車検からも、任意の自動車保険からも、駐車場代からも

というように維持していく手間から開放されるのと同時に、

何かを「引き継いで」所有するということから解放されたのかもしれません。

 

 

だから肩の荷が降りてほっとしたり、余計な力が抜けたりというような

これまでに感じたことのない感覚になったのかもしれません。